静かな夜の愛し方

白い右手



 夜の街でエドワードが見かけたのは、見慣れた上官と見知らぬ女性だった。
 青い軍服に身を包むロイ・マスタングは、胡散臭いほどに完璧な笑顔で女性をエスコートしている。レストランの入口のわずかな段差に気を遣って手を差しのべる彼は楽しそうだ。
「あ、大佐だ」
 兄より遅れてロイに気づいたアルフォンスの声は好意的だ。礼儀正しい弟が「あいさつぐらいしなくちゃ」と彼に駆け寄る前にエドワードは釘をさした。
「邪魔しちゃ悪いだろ」
 行こう、アル。と、弟を促した。
「下手に声かけて嫌味のひとつも言われちゃ、つまらねえしな」
 もっともらしいことを言い歩きだせば、アルフォンスも兄の後を追いかける。
「きれいなひとだったね」
 アルフォンスの感想に、エドワードは気のない声で同意した。
 まるで女優のような存在感のあるひとだっだ。ロイの部下のホークアイも存在感のある美人だが、彼女とはまた違った意味でロイのデートの相手はうつくしい。彼のデート現場をはじめて目撃したエドワードは、ロイが「女たらし」と言われやっかまれる理由がわかった。
 銀色の毛皮のコートの袖から覗く手は儚く、世の男共は守りたくなるだろう。ロイの手に添えられた白い手は、しばらくエドワードの記憶に残った。



 オープンカフェで己の右手を眺めるエドワードは退屈そうだ。白い手袋に包まれた右手は義手だが、ただの義手ではない。手術には大の男でも泣いて苦しむと言われる機械鎧(オートメイル)だ。衣服に隠れて見えないが、左足も機械鎧だった。
 親指から順に一本ずつ曲げていく。手袋をしてれば本物と見まごう義手だが、
( 違うよなー)
 と、思いため息をつく。
 なにと、とは、恐ろしくてあまり意識しないようにするエドワードだった。
「恋患いかい」
 あいさつより放たれた第一声に、エドワードは小さなテーブルの上に肘を滑らせた。
「色ぼけ大佐と一緒にすんな」
 顔も見ずに噛みつけば、目の前には予想に違わすロイ・マスタングがいた。
「元気がないように見えたからね」
「ご親切にどーも」
 エドワードは憎まれ口を叩く。会えば嫌味を言われると彼は言うが、エドワードも似たようなことを言うので実際はお互い様だ。
 ロイの背後にはホークアイとハボックといったいつもの顔ぶれを見つけてエドワードはあいさつをする。ロイとはまるで違う和やかな対応だ。あからさまな態度の違いが、子供っぽさを強調してると本人は気づいてない。
「お仕事?」
 さぼりなら彼ひとりで街を出歩くはずだ。
 まあね、とロイは曖昧にこたえ、違う話題を振る。
「アルフォンスくんは?」
「アルとはあっちの噴水で待ち合わせ。遅刻だけどな」
 咽も乾いたからオープンカフェに腰を落ち着けたのだが、どこから弟が来ても見つけやすいようにと寒いなか外の席で待っていた。
「あら、噂をすればよ」
 ホークアイが遠くを見てエドワードに告げた。
 兄さーん! と手を振って駆け寄る鎧の弟は目立つ。エドワードも立ち上がって手を振り返した。
(てっきりあっちの道から来るものだと思って・・・)
 アルフォンスが来ると思っていた道をエドワードは横目で見る。冬の太陽の陽射しに小さく反射する光が目についた。
(銃?)
 その先にあるのは、無能で女好きだが東方司令部bQの男、ロイ・マスタングがいるのは間違いない。
 エドワードはとっさに右腕をロイの前に出した。銃声が噴水広場に響き渡り、次に金属の高い音が鳴る。
 悲鳴が沸きおこるなか、炎のうねりが空気を揺るがした。
 ロイを狙った犯人は、獲物自らの錬金術で動きを封じられた。対応の早さはさすが軍人。ハボックが焦げた犯人の元に行き、短銃を構えるホークアイは他に仲間がいないかと鋭い視線で周囲を見つめる。
「兄さん、大丈夫?」
 情けない声をあげるアルフォンスにむかってエドワードは手を振る。すると、手袋に埋まっていた銃弾がテーブルに落ちた。
「まったく、無茶をするな、鋼のは。もし機械鎧でない部分に当たったらどうするつもりだったんだ」
 呆れたようにロイは言った。
 自分でも馬鹿をしたとエドワードは自覚していた。体が勝手に動いたなどと、理由にならない理由を彼に言う気はないし、礼よりも説教をするこの男に言ってやりたい。憎まれ口なら山のようにあった。その、どれかを言う前に、
「ありがとう、礼を言う」
 ロイの一言はエドワードの口を封じた。
「・・・なんだね、その珍獣でも見るような目は?」
 私だって礼ぐらい言うぞ、と憮然となるロイにエドワードは笑った。
「礼よりも等価交換」
 いたずら小僧の顔丸出しでロイに笑いかけると、横から弟が諫めるように腕をつつく。
「ロイ・マスタング大佐の命の等価なら・・・そうだな、この手袋ってとこかな」
 片側だけ穴のあいた手袋を差しだすが、相手も負けていなかった。
「一生分の手袋が欲しいか。保管が大変そうだな」
「一組で結構です」
「高級羊の皮を使いオーダーメイドといったところか」
「手入れに困るようなものは欲しくない」
「私の命なら高いぞ」
「価値観の違いって知ってる?」
 噛み合わない会話にアルフォンスとホークアイが笑う。
 ハボックが捕らえた犯人とともにロイたちは司令部に戻る。その場でエルリック兄弟は彼らと別れた。
「おれらも宿に帰るか」
 エドワードは穴の空いた手袋を再びはめた。
 トラブルはエルリック兄弟にとってすでに日常茶飯事だ。好き嫌いは別として、慣れてしまったため大概後には引かない。何事もなかった足取りで兄弟は歩きだすふたりは散歩帰りにも見えた。
「あんまり無茶はしないでよ」
 弟は一言注意したけれど。
「わかってるよ」
 こたえる声は生返事だ。でも心は、誰かを守れた安堵感で満たされていた。機械鎧の手でよかったと珍しく義手に感謝する。白い右手の記憶は、いつのまにか色褪せ消えていた。



続く


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