静かな夜の愛し方

Shall we dance?



 イーストシティに来たらあいさつ。去る時もあいさつ。普段は電話連絡もろくにしないエドワードに、「最低それぐらいはしろ」と言ったのはロイ・マスタングだ。そして猛反発したエドワードを宥めつつも説得させたのは弟アルフォンス・エルリックである。
 明日イーストシティを出る予定のエルリック兄弟は、東方司令部に顔をだした。
「大佐ー」
 東方司令部bQの執務室に恐れげもなくエドワードは入る。この部屋にノックもせずに入るのは、彼とロイの悪友だけだろう。
「おお、鋼の、丁度よかった」
 執務室の主もエドワードの無礼を咎めない。そのうえ本日は待ってましたと言わんばかりの空気だ。思わずエドワードの腰が引けた。
「先日の礼だ」
 ロイは机の横にあった段ボールを机の上に置く。
「まさか、全部手袋?」
 先日ロイを狙う銃弾から庇ったため手袋に穴があき、新品を寄こせとエドワードは要求した。予備はいくらあっても困らないが、持ち歩くのが大変なほどたくさんは欲しくない。
「そんな訳あるか。嫌がらせならもっと別な方法を選ぶ」
 もうすぐ三十路になる男は、妙に自慢げに言った。
 箱のなかから取りだした手袋を三組だった。受け取るエドワードは礼を口にしかけたが、外されていない札を見て固まる。
 三組1000センズと書いてあった。
「安すぎなんじゃねえ?」
「おや。きみの私への命の等価ならそれぐらいじゃないか?」
 にこやかな青年の言葉に、エドワードは二の句もつげなかった。
「兄さんの負けだよ」
 弟の指摘は正しい。
 エドワードが悔しさに暴れだそうとしたところ、絶妙なタイミングでホークアイが上司を諫める。
「大佐」
 重圧のある一言に、ロイはわかったと言うようにうなずく。
 なにかありそうな空気にエルリック兄弟は顔を見合わせた。
「きみたち、今夜は空いてるか?」
「予定はないけど、なんだ?」
 胡散くさげにエドワードが聞き返す。プライベートでは付き合いのない間柄だ。今さら食事でも、と誘われるとは思えずエドワードは警戒した。
「ウエストシティから来たお客さんを主役に今夜パーティを開く」
 軍部は護衛に回る。大佐自ら指揮をとるほどの来賓だった。先日、ロイが襲撃されたのも視察コースの下見途中だったという。
「おれらにも護衛に参加しろと?」
「ベル氏にはお嬢さんが同伴されてる。彼女のパートナーになれ」
「女ならてめーが相手すればいいだろ」
「私の許容範囲は二十歳過ぎだ」
「大佐、話は真面目に簡潔にお願いします」
 有能な部下の零下な一言に、ロイは咳払いをしてごまかした。
「きみも知っての通り東部は情勢がよくない。テロの可能性も考えると娘さんにも護衛はつけた方がいいだろう。ダンスパーティなんてひとがごった返す場所は、いつ狙われても不思議じゃない」
 余計な仕事増やしやがって、とロイの心の声が聞こえてきそうな口振りだ。彼が、このパーティに賛成してないのはわかる。不安定な情勢のなか、派手な動きは狙われる元だ。
「話はわかった。が、おれ、ダンスできないぜ」
「ダンスができたら引き受けると言いたいのか?」
 ロイの質問に「まあな」と曖昧にこたえたのがいけなかった。
「きみは天才だ」
 いきなりの誉め言葉にエドワードは鳥肌がたつ。
「できないことはないだろう。羨ましい限りだ」
 そして箱からスーツを取りだした。
「きみのために用意した衣装だ。無駄にしてくれるなよ。なーに、ダンスなんて大体できればいい」
「大体ってなんだよ。つーか、今夜なんだろ? パーティは」
「私が教えるから一回で覚えろ」
 すでに命令だ。
「そんな無茶な!」
「安心しろ。きみならできる、天才錬金術師よ」
「ダンスと錬金術は関係ないだろ」
「時間が惜しい。ホークアイ中尉」
 ロイの呼びかけにホークアイはうなずき、部屋の片隅にあった蓄音機に手を伸ばした。見事な連携プレイだが、今は感心してる場合ではない。
「助けろ、アル!」
 頼みの綱の弟を振り返るが、唯一の肉親は大佐に肩を持つ傾向があった。
「たまにはマスタング大佐に恩をかえそうね、兄さん」
 兄に救いの手を差しのべようとはしない。
 裏切り者、と叫ぶ間に音楽が流れてくる。
「大人しく協力してくれるなら、私の書斎にある生体錬成の本をあげよう」
 ロイの言葉にエドワードの金色の瞳が輝く。
「誰の著だ?」
 エドワードの問いにこたえたロイの口からでた名前は、知らないひとの名だった。読んでいないひとの本。可能性という道。
「その言葉、忘れるなよ」
 エドワードのなかでスイッチが変わる。本気の集中力をだしたエドワードは、ロイがはじめに言った通り、一回の指導でステップを覚えた。ぎこちない動きだが、後は数をこなせば解決する。もとより運動神経がよく記憶力も並でないエドワードだからできたことだ。
「死んだ・・・」
 とはいえ、慣れない動きに疲労困憊してソファに倒れる。ホークアイがそっと、彼のために紅茶を用意した。
「筋は悪くない」
 冷やかすようなロイのコメントにも、うるせーとしか返せなかった。
 同じだけ動いたのに、慣れの問題もあるだろうがロイは息ひとつ乱してない。しかも彼は女性パートでエドワードに教えていた。器用としか言いようがない。
「大佐、そろそろ時間です」
 ホークアイの言葉にわかったとこたえるロイは、エドワードに紙切れを渡した。
「4時までに服を持ってこの美容院に行け。店に話は通してある。着付けしてもらうんだ。5時には迎えの車を寄こすから美容院で待っていろ。警備の打ち合わせはハボックに聞け」
 指示の勢いがマシンガン並なのは時間が押し迫っているせいだろう。エドワードはかろうじて「服ぐらい自分で着られる」と抗議した。
「無理だ。破くのがおちだ。手間をかけさせるな」
 と言って出て行った。
「あなたたちの都合も聞かずに勝手に決めてごめんなさいね」
 ホークアイの謝罪に、エドワードは慌てる。気にくわないのはロイ・マスタングだけで、他の東方司令部の面々は気安くて好きなひとたちばかりだ。
「中尉が謝ることないよ」
「そうそう、兄さんもダンスを覚えられたしね」
 アルフォンスの追い打ちに、エドワードは関係ないだろと言い返す。
「マスターしたらぼくにもダンスを教えてね」
 ひそかに彼女が欲しいと思っている弟の下心に、兄はため息をつきながらも了解した。
「あなたたちならきっと、たくさん声をかけられるわよ」
 微笑みながらホークアイは、ダンスを申し込むときの言葉を口にした。
「Shall we dance? てね」



続く


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