静かな夜の愛し方
少女のステップ
エドワードは右手を握った。精巧な機械鎧の腕は手袋の感触まではわからないが、生身の方の手で触れれば柔らかな手触りを感じることができる。
無駄に高級品だ。旅で汚れた服には似合わないが、パーティ用のタキシードとセットなら違和感はない。
「よく似合ってるよ、兄さん。後で写真を撮ってもらおうよ」
仮装パーティと勘違いしてるのか、弟のアルフォンスは楽しそうだ。エドワードの正装と同じく、鎧姿の彼も緋色のマントを羽織ってと派手な格好だ。
「遊びじゃねえんだぞ、アル」
兄らしい口振りも、アルフォンス相手では効果がない。
肩の凝る衣装を着せられたエドワードは、原因であるロイ・マスタングを恨みたくなった。謝礼がなければ断っていたところだ。
「エドワード・エルリック、ならびに弟アルフォンス・エルリック参りました」
夜会がはじまる前に会場に着いたエルリック兄弟は、主賓のベル氏の元にあいさつに訪れる。数々の修羅場をくぐり抜けてきた兄弟は年に合わない落ち着き振りで氏の前に立った。彼らの余裕さにベル氏は「さすが鋼の錬金術師」と、アルフォンスにあいさつをした。
「ごめんなさいね、てっきりあちらの方が鋼の錬金術師さんかと思いましたわ」
エドワードと同じ年だというベル氏の娘サンディは、悪びれもなく謝った。本心で申し訳なく思ってるのだろうが、誠意があまり感じないのはあどけなさの一言で片付けるべきだろうか。
アルフォンスをエドワードと間違える話はよくあることだし、少女に、しかも護衛相手に怒鳴りつける訳にもいかず、エドワードは気にするなと無難に返す。
「マスタング大佐が太鼓判を押す方だと聞いたから、いかつい方が来るのかと思いました」
「大佐が?」
「エドワードさんが傍にいれば、心配するのは襲いかかってきた相手ぐらいなものだと言ってましたよ」
それは誉め言葉なんだろうかと、エドワードは疑問に思った。
「信頼されてるんですね」
ふたりの日常を知らないサンディのコメントに、エドワードは力が抜ける。
「やっぱりそう思いますかー?」
無邪気に同意した弟に、さらに撃沈するエドワードだった。
「今日はよろしくお願いしますね」
「任せとけ。それより、おれみたいのがパートナーで悪いな」
胸を叩く勢いで言ったのは最初の一言目だけで、後半は歯切れが悪い。
「そんなことありません。鋼の錬金術師さんにお相手をしてもらえるなんて、友達に自慢できます」
「そうじゃなくて、おれ、まともに踊れないんだ」
今日はじめてステップを叩き込まれたと正直にエドワードは話した。うっかり少女の足を機械鎧の左足で踏む可能性を思えば、エドワードが気後れするのも無理はない。
「夜会がはじまるまで練習しましょうか?」
「いいのか?」
意外な申し出にエドワードが聞き返すと、サンディはうなずく。
「後ははじまるのを待つだけだから」
彼女の言葉に後押しされ、エドワードはやる気をだした。
「よし、頼むぜ、サンディ」
そして弟を振り返り、
「完璧にマスターして、おまえにも教えてやるからな」
「がんばれ兄さん!」
兄弟の会話にサンディは微笑み、仲がいいのねと呟きエドワードの手を取った。
「エドワードさんはダンスを誘いたいひとはいないの?」
レッスン中の少女のなにげない一言は、エドワードにとって爆弾発言にも近いものだが、両者とも気づかなかった。
「はい?」
エドワードが聞き返すと、サンディは言い方を変える。
「好きなひとはいないんですか」
ストレートな質問に動揺したエドワードは足を絡ませた。対してサンディは軽やかだ。彼女の余裕は少女特有のものなのか。
「そんなひとはいない」
慌てて否定した。事実、誘いたい女性などいない。
この手を差しだしたい相手など。
『私が女性パートでリードしてやる』
ふいに、強引に手を取った青年を思いだした。あれほどまで接近したのは、リゼンブール村ではじめて会ったとき胸倉を掴まれて以来だ。
普段、ひとと接触が少ないエドワードはひとの体温に戸惑った。ダンスに意識を集中してたからよかったものの、素面で彼の傍にいるのはできないと、何故かエドワードは強く思った。
(つーか、なにあいつのこと意識してんだ。おれ? これじゃまるで・・・)
その先の言葉を自分で想像して、エドワードは知らず頬が熱くなる。
「顔が赤いですよ? 疲れましたか?」
少女の言葉はエドワードの心臓に負担を与えた。
大丈夫、そうエドワードがこたえたとき、爆音とともに建物が揺れた。
エドワードは倒れそうになるサンディを支える。
「アル、入口を注意しろ。勝手に開けさせるなよ」
どさくさ紛れにベル氏の娘を浚う輩が現れるかもしれない今、下手に動く訳にはいかない。
「お父さまが・・・」
「心配ない、あのロイ・マスタング大佐が警護に当たってるんだ。ベル氏は傷ひとつつかないさ」
傷のひとつぐらいつくかもしれないが、大佐の名誉のため黙っておいた。エドワードのはったりに少女も気を落ち着ける。
「サンディさま」
激しいノックだった。知っている者の声に、サンディがエドワードの制止を振り切りドアを開ける。
「あたしは無事で・・・」
サンディの言葉が途切れた。現れた人物が前のめりに崩れていく。室内に丸いものが放り込まれた。爆弾かと思ったが、球体からは白い煙が吐き出された。
(催眠ガス?)
「アル、サンディを守れ!」
兄の言葉に、アルフォンスは意識を失いかけた少女を片手で支える。侵入者が姿を見せたのと、アルフォンスがマントでサンディを隠したのは同時だった。
「でかいの、娘をだせ!」
顔に防護マスクをつける男がくぐもった怒声を上げる。
「ここにはいないよ」
アルフォンスは両手をおどけるように上げた。そこにサンディはいない。
「どこに隠した」
「マジシャンは種明かししないもんだぜ」
エドワードが変わりにこたえ、銃を持つ男に襲いかかる。手には錬金術で造った槍を持っているが、剣先はかすって終わった。
過去に大きな手術をしたため多少薬に免疫のあるエドワードだが、確実に手足の動きが鈍くなってきていた。
「アル、おまえは行け」
鎧のなかに隠したサンディを安全な場所に連れていけと、暗にエドワードは告げる。
「でも兄さん」
「やばくなったらおれも逃げる」
エドワードは両手を合わせると壁に手をついた。錬成されたドアをアルフォンスが通ると、再び術でドアを消す。
「きさま、錬金術師だな」
「あんたがおれに捕まってくれたら、もっといろいろ教えてあげちゃうぜ」
茶化すと銃弾が足下に撃ち込まれる。
「てめえにいろいろ吐かせるって手もあるぜ。鋼の錬金術師」
「おれも有名だねー」
じりじりと、エドワードは男と間合いをとっていった。
「軍が警護する場所にいるガキの錬金術師とくれば、国家錬金術師エドワード・エルリックぐらいなのもだろ」
男は一旦言葉を区切る。
「そう、焔の錬金術師ロイ・マスタングの懐刀のな」
「え?」
緊迫した空気のなかで言われた台詞に、エドワードは瞬間力が抜けた。
「な、な、な、なんだよ、それ!」
思わす大きく息を吸い込み、まずいと思ったときには遅かった。限界までガスを吸った体は、本人の意思とは関係なく意識を手放す。膝が崩れる痛みでかろうじて意識をとどめたが、すぐに消える。
(こんなところで終わる訳には・・・)
鎧の弟の体を取り戻すまでは死ねないと、浮かんだ思考は闇に呑まれた。
「政府に反感を持つグループのひとつだ。目的はベル氏に危害を与えるためじゃない。軍が失意するネタが欲しかったのだろう」
警護責任者ロイが早足に合わせて、アルフォンスも早足で彼を先導する。
空洞の鎧に隠したサンディを安全な場所に届け、兄が侵入者と対峙してると報告した。兄なら大丈夫と信じたいアルフォンスだが、建物内の静けさが願いを不安に変える。兄の立ち回りは、なにかの目印のようにいつも派手だ。
目的の部屋に辿り着くと、ロイが今にも中に飛び込もうとするアルフォンスを制止して、部下に目配せした。
開かれたドアをくぐると同時に、ホークアイらは銃を構える。しかし、反応はなかった。
「兄さん?」
足を踏み入れたアルフォンスが見たのは、誰もいない静かな部屋だった。
続く