静かな夜の愛し方

ゼロの選択



「話し合いといこうじゃないか、鋼の錬金術師」
 穏便な提案にエドワードは鼻で笑った。
「話し合いってのは対等に行われるもんだろ」
 一方は椅子に、一方は薄汚い地面に転がされていては説得力がない。そのうえエドワードは後ろ手に縛られている。
 ガスによって意識を手放し、目が覚めたら知らない場所だった。その場で殺されると思っていた彼は安堵した。楽観できる状況でなくても、生きてるなら次にいける。
 当面の障害物はエドワードに話し合いを持ちかける男だ。彼の背後に銃を構えた男が何人かいる。
「どうだ、おれたちの仲間にならないか? 軍の狗と蔑まれて生きるより、軍の狗と偽って腐った世の中を改革する助けをする方が有意義な人生と思うけどな」
「却下」
 エドワードは即答した。その早さに男は目を丸くする。
「考えるまでもないってか? そんなにロイ・マスタングの元で働きたいのか」
「あいつは関係ねえよ」
 誤解のある男の物言いにエドワードは噛みつく。
(なにがロイ・マスタングの懐刀だ!)
 誰が流した噂か知らないが、見つけたらいびり殺してやろうとエドワードは誓った。
「考えを変える気はないか?」
「ないね」
 エドワードは再び即答した。はっきりした道筋が決まっているエドワードに選択肢はない。弟の体と自分の右手左足を取り戻す。その目的のためなら軍の狗と呼ばれても構わないし、正直、世の中がどうなろうと知ったことではなかった。
「そいつは残念だ。悪いな、生きて大佐の元に返してやることができなくて」
 男は薄く笑う。
「今回の目的は東方司令部の切れ者に対する嫌がらせだ。ベル氏や娘が無事なのは失敗だが、変わりに大佐へいいみやげができた」
 ナイフを取りだした男は、刃先をエドワードの首筋にあてる。金属の冷たさと、にじりよる恐怖にエドワードの肩が震えた。
 男が考えるようにナイフを滑らせる。遅れて赤い筋が首に浮かんだ。
「よく見りゃかわいい顔してるじゃないか」
 男の背後から冷やかしの口笛が鳴った。
 顎を掴まれ無理矢理顔を上げられたエドワードは男を睨む。
「かわいいげないとはよく言われるけどな」
「この状況で憎まれ口叩く度胸は誉めてやりたいところだが・・・」
 男はエドワードのシャツを上着ごと力ずくで開いた。飛び散ったボタンが小さな音を立てて地面に落ちる。
「かわいい声をあげさせたくなる」
 低温の声音は本気か脅しか冗談か、エドワードには区別がつかない。
「男に犯される鋼の錬金術師さんの写真を撮って、世にばらまいてやろうか?」
 弱味になるだろうと思っての台詞にエドワードは鼻で笑う。
「なにがおかしい?」
「安っぽくて笑えるぜ? 溜まってるから犯しましたの方が納得いく」
 エドワードがスキャンダルを恐れる理由はない。地位も名誉も金もあるが、それは手段であって執着すべきものではなかった。大切なことは、元の体に戻ること。そのためならなんでもする。
(男にレイプされたぐらいじゃ、国家錬金術師の資格は剥奪されないだろ)
 世間に白い目で見られようと、弟は変わりなく自分を見てくれる。それで充分だ。
『好きなひとはいないんですか』
 ふいに、サンディの言葉が甦った。唐突に、彼に知られるのは辛いな、と思った。東方司令部の連中なら、エドワードを偏見の目で見ないだろう。普段は大人げないくせに、ちゃんとしたところで憎らしいぐらい『大人』の男は、何事もなかったように接するはずだ。それなのに、胸が苦しくなる理由がわからなかった。
(大佐・・・)
 自分の体を撫で回す手は不快でしかない。押し広げられる痛みに歯を食いしばった。今以上の不快感や痛みを4年前に体感した。それに比べればかわいい吐き気だ。
 やがてエドワードは意識を失った。



 自分のくしゃみとでエドワードは目が覚めた。
(生きてる・・・?)
 一日に2度も同じ台詞を浮かべるのも変な話だが、とりあえず安堵する。気配を探るが近くにひとはいない。
 無理な体勢で犯されたため、肩どころかあちこち痛むが構っていられなかった。縛られた手の、左手首の関節を外して縄から抜けだす。元通りにはめるとエドワードは立ち上がった。足下にひっかかってるだけのズボンを上げる。簡単に身支度をすませると、両手を合わせて壁に手をついた。一人分がくぐれる穴ができる。
 気力があれば奴らを叩きのめしてやりたかったが、まともに立てないうえに精神的にも疲れて錬成を練るのが難しい。
(かっこ悪いが逃げるしかない)
 目的は生きること。
(泥の水を飲んだって生きてやる)



続く


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