静かな夜の愛し方

美しき夢の在処



 エドワードが捕らえられていたのはイーストシティの外れの廃墟だった。街の明かりを目指して歩くエドワードは、巡回中の軍の車に拾われる。東方司令部の面々には覚えめでたい鋼の錬金術師は、余計な事情を聞かれることなくロイと連絡が取れた。
 ロイたちはすぐに駆けつけた。
「兄さーん」
 車を降りて真っ先に駆けつける弟に片手を上げてこたえる。
「無事だったか、鋼の」
「おかげさまで」
 本当は立っているのも辛いが、エドワードはふてぶてしく笑った。
 エドワードの服は破れていない。ぼろぼろになった服のまま姿を見せれば勘ぐられると思った彼は、表にでるとき錬金術で服を元通りにしたのだ。
「おれが捕まってた場所はこの近くだ。案内するぜ」
 手近な車に乗り込もうとしたとき、見慣れたひとたちを見て安心したのか、気が緩んで足がふらついた。
「鋼の? 怪我をしてるのか?」
「ちょっと捻っただけだ。早く行こうぜ。リーダーらしい男は大佐に嫌がらせするのが好きみたいだからな。逃がすと後が厄介だぜ」
 下手に気を遣われたくなくて見当違いなことで誤魔化す。意味不明なエドワードの言葉に、ロイは案の定不可解な顔をした。
「なんだね、それは?」
「聞くも楽しい物語、ってね」
「大丈夫か、鋼の?」
 ロイが怪訝な表情でエドワードの顔を覗き込む。
「これぐらいでへばってられるか。とりあえず最後まで付き合ってやる」
 自分でも呂律が怪しくなってると自覚はあるが、このまま帰るのも癪だった。もし彼らが捕まれば、自分の身に起きたことは間違いなく軍部に知れ渡る。自分の知らない場所で知られるのはごめんだ。
 一度は逃げた建物に戻ったエドワードは複雑な気持ちになる。
 結局、犯人たちは逃げた後だった。エドワードは胸を撫で下ろす。恥も外聞も、軍の狗と呼ばれる覚悟を決めたときに捨てたはずだ。
(かっこ悪いな)
 たったひとりに知られたくない気持ちを、なんと呼ぶのか知らない。乱れた前髪を掻き上げながら空を仰ぐ。欠けた月が浮かぶ夜空は蒼くて吸い込まれそうな気がした。



 深夜にさしかかる頃、ようやく帰っていいと言われたエドワードは、司令部の仮眠室で休息を勧めるホークアイの厚意を振り切り宿に戻った。
「アル、寝る。おれが起きるまで起こすなよ」
 シングルしかない宿屋で、自分の部屋に入る前に弟に告げた。
「兄さん、怪我の手当をしなきゃ」
「怪我?」
「足を捻ったって、大佐に言ってたじゃないか」
「あれ、嘘」
 弟の追求を煙に巻いて、エドワードはおやすみー、と呑気に手を振り部屋に入る。向かった先は小さなバスルームだ。破るように服を脱ぐと、熱いシャワーに体を晒した。
 体に残った男たちの残滓を掻き出す。後始末をするのは気分よくないが、体内に残っているのはもっと嫌だった。
「ちくしょう」
 エドワードは言葉を噛み砕くように呟く。
 父の蒸発、母の死、禁忌を犯した罪、軍の狗。年齢の割に多くの体験をしているエドワードだが、早熟しているとはいえ踏み込んでない領域もあった。性に関してがそうだ。キスだって、幼なじみのウインリィと事故のようなことが一回あっただけだ。母が死んでからというもの、脇目も触れず錬金術のみで生きてきた。
「やっぱ、かわいくないガキかも」
 エドワードは自嘲する。恋をする前に名前も知らない連中に犯されたのは洒落にならない。もとより、まともでない道を歩いている自分だ。おかしいぐらいが普通なのかもしれないと思い直し、また笑う。
 苦しいと、鋼の右手を胸に当てる。冷たかった機械鎧はシャワーに打たれて暖かい。苦しみは常にエドワードの傍らにあった。しかし、今、彼が感じている苦しみは、味わったことのない種類のものだ。
 不確かで曖昧な感情のこたえを、知っている者はいるだろうか?
(大佐は・・・?)
 周囲で馴染みのある大人といえば限られている。彼なら知っているだろうかという疑問は、不思議な感覚によって中断された。
「あ・・・」
 下肢を襲う感覚にエドワードの膝が崩れる。いくら経験がないに等しい少年でも、わかるそれは、快感だ。
「な、んだっよ」
 ロイを思って自身に触れたら体が痺れた。犯されたときには立ち上がらなかったそこが熱を孕んでいる。いつもの彼ならば、そんなばかなといって冷水でも浴びたところだろうが、心も体も疲れている状況では快楽から逃れられなかった。
 ためらわずに己を握り、思うがままに扱う。零れる声を呑みこむと、かわりに涙が目に浮かんだ。
「あ、あ・・・んっ」
 快楽を少しでも多く得られるよう自身を弄ぶ。体を伝うお湯と明らかに違うぬめりに背中が震えた。
 熱を吐き出し、大きく息をついたエドワードは唐突に頭が冷えた。
「寝よ」
 なにも考えたくなかった。頭を使うのは起きてからでいい。最後まで思考を占めていたのがロイだという意味のこたえは、先延ばしにしたかった。
 苦しみは消えない。だが、黒髪の青年を思うだけで胸が暖かくなる。悪夢を見ることはなさそうだとエドワードは思いベッドに倒れた。
「大佐・・・」
 眠りにつく寸前の呟きの甘さの、意味に気づくのはもう少し後の話だった。



続く


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