静かな夜の愛し方

指先の微熱



 2階に泊まるエルリック兄弟のもとに向かったロイとホークアイは、アルフォンスが所在なげに立っているのを見つけた。大きな鎧とはいえ中身は14才の子供だ。困っている心は雰囲気でロイたちに伝わる。
「どうした?」
「兄さんが起きてこないんです。起こすなって言われてるんだけど・・・」
「今は昼だぞ?」
 ロイは呆れたが、昨日の彼の疲れた様子を思い出し納得もした。
「悪いが邪魔をする」
 一応アルフォンスに断りをいれてロイは室内に足を踏み入れる。
 鋼の、と呼びかけるが返事はない。扉の正面奥のベッドには膨らみがあった。ベッドに近づきエドワードの顔を覗きこむが、機械鎧の右手に邪魔をされて顔が見えない。
 熱を持たない機械鎧を、冬に肌にあてては自身が冷えるだけだろう。疑問に思ってロイが機械鎧に触れると妙に暖かい。そして首筋に手を当てると不自然な熱が伝わってきた。
 機械鎧の右腕を外して見たエドワードの顔は赤く、寝てるというのに眉間に皺がよっていた。
「風邪、だな」
 昨晩は、タキシードだけで外をうろつくには適さない寒さだった。
「軍の病院につれていきますか」
 ホークアイの案にうなずきかけたロイだが、エドワードの首筋にある薄い傷を見つけ言葉を変える。
「病人を動かすのはやめた方がいいだろう。すまないが中尉、買い物を頼まれてくれないか」
 ロイは手帳の紙を破ると『薬、下着、果物』等、必要なものをメモしてホークアイに渡した。本当なら別の者にこの場を任せるという手もあるが、部下は黙認してくれた。
「アルフォンスくん、彼女の買い物に付き合ってほしい。宿をでるときに店の者に新しいシーツと毛布を持ってくるよう伝えてくれ」
 それからエドワードの着替えをと、アルフォンスに言う。
 アルフォンスは兄の病気に動揺したが、ロイのてきぱきとした指示に落ち着きを取り戻す。
 ふたりが出ていくと、話を聞きつけた店の主人がすぐに新しいシーツと毛布を持ってきた。彼がベッドメイクする間、ロイはエドワードを抱き上げ待つ。身長の割に体が重いのは、機械鎧のせいだろう。
 シーツが新しくなり主人が去ると、ロイはそっとエドワードを横たわらせた。
「さて・・・」
 正直言うと、昨晩のエドワードの様子がおかしかったことに気づいていた。顔は埃だらけで髪は乱れているのに、服だけは綺麗だった。錬金術で直したのだとすぐに思い当たったが、それこそ破れた服で外を歩くのは寒いからと、勝手に結論づけて聞かなかったのは失敗かもしれない。
 意地っ張りな少年が、簡単に弱味を見せない性格だと知っていたはずなのに後手に回った。
 ロイは汗で湿ったエドワードのシャツに手をかけた。
(怪我をしてなければいいが)
「や、め・・・」
 シャツを脱がそうとすると、寝ているはずのエドワードがか細い声で抵抗してきた。眉間の皺は一層深まっている。
 ロイは一瞬考えたが、彼の耳元にそっと口を寄せた。
「大丈夫だ」
 声音は、小さく優しい。
「私だ、ロイだ。心配するな」
 そう言って、金色の髪を撫でる。子供扱いされるのを嫌う彼も、寝ているときは大人しい。
「安心して寝てなさい」
 ささやくとエドワードの体から力が抜けた。穏やかとは言い難いが、さきほどに比べると表情は和らいでる。
 普段からでは想像できない従順さにロイは苦笑を禁じ得ない。珍しく浮かんだ日溜まりに似た表情は、エドワードの体を見て凍りついた。
 日に焼けない白い肌に残る紅い痕。打撲の青あざ。生々しい歯型。なにがあったかなんて、聞くのも愚かな証拠が体にあった。
(それでか・・・)
 エドワードが不自然だった理由にいきついたロイは、重くため息をついた。
 人間兵器として6年前、罪のないひとを殺してきた。それでも残るひととしての心が、子供の身に起きた出来事に同情する。自分にひとの情けが残っていたのかと、心のどこかで驚きながらロイはエドワードの体を拭き新しいシャツに着替えさせた。
 たらいのお湯をバスルームに流しにいくと、脱ぎ散らかされた服を見つけた。ロイがエドワードに渡した服だ。下着を検分するように手に取ると、予想通り血の痕があった。ロイは無言でポケットから発火布を掴むと、手にはめ服を全部焼き捨てた。
 消し炭となった布がはらはらとバスタブに落ちていく。証拠隠滅とばかりに水を流すと、黒い汚れは排水溝に消えていった。
 ロイは枕元に戻ると金色の髪を撫でた。
「すまないね、きみの秘密を勝手に知って」
 おそらく、誰にも知られたくなかったことだ。
「だがアルフォンスくんやホークアイ中尉にばれるよりマシだろ」
 私で我慢してくれと、この男にしては真面目な口調で眠る少年に語り続けた。
 ふいに、エドワードの唇が開く。簡単な動きのそれを、ロイは読んだ。『母さん』と音のない呟きだった。
 やるせない気持ちになる。同情など、この少年がもっとも嫌うものだとわかっているが、彼の身に起きたことを知ったすぐでは拭えない感情だ。
「おやすみ、エドワード」
 母の声ではないが、せめて眠りぐらいは安らかにつかせたい。
 それからほどなくして買い物にでていたふたりが戻ってきた。



 熱がひいたら東方司令部に顔をだすようにとアルフォンスに伝言を預け、ロイとホークアイは宿をでた。
「マスタング大佐、エドワードくんは?」
 有能な部下は、アルフォンスとともに部屋を追い出されたと気づいていた。短い質問にロイも「問題ない」と短くこたえる。
 多分、という言葉は必要ない。彼なら立ち直るだろう。余計な同情や心配が、足枷にしかならない瞬間があるのをロイは知っていた。
「さて、掃除にでも行くか」
 市内に潜伏中であろう犯人グループを追いつめる包囲網はできている。 頬を撫でた手に残る微熱とともに、ロイは現場に向かった。




続く


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