静かな夜の愛し方

トロールの火種



 トロールの街にたどり着いたエルリック兄弟は、図書館のマニアックな品揃えに3日はこもったが、銀色の時計を見せても閲覧不可の状況に腰を上げた。
 ロイに連絡を入れて一筆書いてもらえば話は早いが、彼にお願いするのが嫌なエドワードは、この地区の軍施設に向かう。
「病気?」
 受付で責任者に会いたいと告げれば、返ってきたのは予想外の台詞だった。
「クリウス大佐は一週間前から病気自宅で療養中です」
 子供だからと思っていい加減なこと言うなよ。とエドワードは言わなかった。国家錬金術師の証である銀時計を見せた人物に、嘘をつくとは考えにくい。なにより、子供を追い返したい手段なら「いない」の一言で済む。
「ここは意地を張らずに、マスタング大佐に頼もうよ」
 弟の提案に、エドワードは首を縦に振る気はない。
「嫌だ、絶対嫌だ。死んでも嫌だ。牛乳飲んだ方がマシだ」
 大嫌いな飲み物を引き合いにだすと、アルフォンスは黙り込んだ。
「・・・仲直りしたら?」
 そして控えめに言う。
「ケンカしてる訳じゃねえよ」
 エドワードは歩き出した。目当ての人間がいないとわかった今、ここに用はない。
 しかし、とエドワードは腑に落ちないものを感じる。
(もうすぐ記念式典があるってのに、病気ごときで休むか?)
 任務第一と考える軍人が休むとは納得いかなかった。
 考え事をしながら歩いていたエドワードは、門のところですれ違った車が巻き起こした砂埃をうっかり吸いこみ咳き込んだ。
「気をつけろ!」
 軍施設に入っていく車に罵声を浴びせるエドワードに、アルフォンスは己の金属の体がさらに冷えるのを感じた。車が止まると、無鉄砲な兄はやる気満々で足を踏み出す。だが、アルフォンスの心配はありがたくも無駄に終わる。
 車から降りたのが見覚えのある人物だったからだ。
「すまなかったね、鋼の、アルフォンスくん」
 東方司令部bQの男、ロイ・マスタングとの再会に、エドワードの歩みは止まった。
「なんでここに?」
「クリウス大佐の体調が思わしくないので、今週末の式典の警護を変わりに私が任されることになった」
 返答の後に質問がくる。
 「鋼のは何故ここに?」
「えらい奴の許可証が必要なんだよ。でもクリウス大佐に会えなくて・・・」
 エドワードの歯切れは悪いが、ロイが茶化すことはなかった。泊まっている宿を聞かれ、エドワードがこたえると「用意でき次第届けよう」と約束する。
「いいのか? 大佐は忙しいんだろ?」
「気にするな。待つ間は退屈だと思うが暴れるなよ」
 そう言ってロイは車に乗り去っていった。
「大佐って優しいよね」
 しみじみ呟くアルフォンスに、「騙されるな、弟よ」とエドワードは釘をさす。
「なんで兄さんはけんか腰かなー」
 事情を知らないアルフォンスに、
「振られたから顔を会わせ辛いんだよ」
 などと、正直にエドワードは言えない。
 翌日の昼過ぎ宿に書状が届き、早速エルリック兄弟は図書館に向かった。途中ふたりは、大通りのあちこちに軍人がいるのを見かけた。
(式典で通る道か・・・)
 下調べはとっくに済んでいるだろうが、担当がロイになって再調査をしているのだろう。東方司令部で見た顔が何人かいた。
 何事もないのが一番とは思うが、野心家のロイのことだ。なにかあって解決した方が株があがり喜ぶはずだ。平和が一番、などと呑気に構えてる男ではない。
(そういえば、ここら辺は物騒だとか言ってたな)
 具体的な話をロイから聞かなかったエドワードは、どれくらい危険かを知らなかった。図書館で新聞を読むかと考えるエドワードの視界の隅に、なにかがひっかかる。
 エドワードは立ち止まり、路地の奥をにらむ。
「どうしたの? 兄さん」
「あいつだ・・・」
 呟くエドワードの声は掠れていた。
「誰?」
「コール・ハートネットだ。アル、大佐に連絡だ。おれは奴の後を追う」
 言うが早いか、エドワードは路地へと駆けだした。
 兄を捕らえた男の名を、アルフォンスが忘れるはずもなく、ひとり突っ走る姿に慌てはしたものの、気をつけてと送りだす。
(あいつだ!)
 一瞬しか見えなかったが、エドワードは自分の目に自信を持っていた。間違いないと確信したから、ロイに連絡するようアルフォンスに指示したのだ。
 犯されたときを思い出せば今でも震えがくる。だがエドワードは泣き寝入りをする自分を許さなかった。見つけたら必ず殴ると誓いをたてていた。
 怯えて眠る夜なんてごめんだった。



続く


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