静かな夜の愛し方

I am sorry



 ひそやかな物音にエドワードの眠りは破られる。部屋の鍵はベッドに入る前にかけた。夜中に部屋の住人の意志も聞かずに侵入する輩を、どう料理してやろうかと、エドワードはベッドに横になったまま考える。
 東部のはずれにやってきたエルリック兄弟の目的は、言わずとしれた「賢者の石」についてだ。伝説的なものを追い求めているため、足を運んで確認しなければならないことが多い。そして、空振りするパターンがほとんどだった。
 明日一番の汽車で帰ることを考えると下手な客は遠慮したいが、国家錬金術師で派手に動き回るエドワードは、たまに刺客に襲われていた。もちろん返り討ちにして憲兵につきだしている。
 忍び寄る気配にとりあえず殴りかかろうとしたエドワードだが、
「起ーきーて」
 なんとも間抜けな呼びかけに、「はあ?」と、こちらも間抜けに返してしまった。
 声は、悪意も殺意もなく、高い。女というより少女のものだ。
 闇に紛れて細かい顔の造りまでは判別できなかったが、少女がエドワードに笑いかけているのは見えた。
「あんた、誰?」
「ひどい、あんなにもスープがおいしいって誉めてくれてたのに」
 わざとらしい口調だが、スープと聞いてエドワードは不法侵入者の正体に気づいた。
「あんた、ここのおかみさんか?」
「そんな年に見える?」
 とたんに凄味を増す少女に、エドワードは見えないと首を振る。宿屋の主人は40才前半だった。彼女と結婚してるとなると、犯罪か、もしくは見かけ通りの年ではないということだ。
「母さんがいないから、ぼくが厨房を任されてるの」
「そうですか」とこたえたエドワードは「なんの用だ?」とすかさず聞いた。無駄な時間を嫌う彼は、冷たいとも思われる口の聞き方をする癖がある。
「夜這いにきまってるじゃない」
 彼女は堂々としていた。あまりの潔さに、エドワードは自分の耳を疑った。
「国家錬金術師・エドワード・エルリックの噂は知ってる。ぼくより5つも年下なのに強くてかっこいいなんて憧れるじゃない」
「え? あんた二十歳?」
 2、3上だろうと思っていたエドワードはさすがに驚いた。
「もう結婚してもいいだろうって年なのに、こんなところでぐずぐずしてるなんて行き遅れだと思ってるでしょ?」
 結婚なんて生々しい話題が苦手なエドワードは、慌てて首を振った。
「こんな田舎だと、良い出会いがなくて」
「おれの故郷よりかは都会だと思うぞ」
 なにせリゼンブールは図書館すらない。
「きみはかっこいいね」
 15才という年で各地を回る少年が、彼女には眩しく見えるのだろう。
 ねえ、とささやく声は、艶めいたものばかりではないような気がした。下手なごまかしはきかないだろう。それ以前に、女性のあしらい方など知らない
(あいつなら知ってそう・・・いや、この状況を楽しむな)
 イーストシティにいる軍人を毒つくが、虚しいだけだった。
「悪りい、おれ好きなひとがいるんだ」
 正直にエドワードは言った。
「嘘、好きなひとがいるのに旅してるの?」
「こっちにもいろいろ事情があるんだよ」
 事情を話す気はないが、プライバシーにまで踏み込む台詞にエドワードの機嫌は悪くなる。
「本当みたいだね」
 彼女は納得した様子でうなずいた。
「わかったなら帰ってくれ」
「きみが黙ってれば浮気はばれないよ?」
 だが引く気はないらしい。
「浮気にはならない。おれの片思いだからな」
「難儀な恋をしてるようだね」
 しみじみと呟かれた台詞に、エドワードは喋りすぎた自分に気づいた。
「そんなかわいい顔をされると、食べたいちゃくなるじゃないか」
 冗談めいたその言葉に、エドワードは知らず震えた。
(まずい)
 男にレイプされたことがトラウマになっている。
 イーストシティでロイの仕事を手伝った際、エドワードは過激派グループに捕まり、遊び半分で強姦された。あれから一ヶ月近くが過ぎ、旅の忙しさに紛れて忘れていたが、いつもふとした拍子に思い出す。
「・・・ごめんなさい」
 彼女はいきなり謝った。
「なんで謝る?」
「きみが辛そうだったから」
 申し訳ないと本気で思っているのだろう。彼女の言葉に、エドワードは肩の力が抜けた。
「いいよ、気にするな。あんたもろくに知らない奴を夜這いするなよ?」
 おれがロクデナシだったら泣きをみるところだぜ? 仕返しとばかりに言うと笑い返された。
「本気で好きになりそうだよ」
 冗談には聞こえない声だ。だから、エドワードも正直にこたえた。
「本気で好きなひとがいる」
 想いを伝える気はない相手だけど、と心のなかで呟く。
 理由は多くありすぎる。
 同性だから。子供だから。目的のある身だから。なにより相手は女好きだ。彼の嗜好をねじ曲げてまで、振り向かせる自信がなかった。
「うまくいくといいね」
 そう言い残し、彼女は去っていった。
 ありがとう、と背中に向かって言う。無理だろうという弱音は自分のなかにとどめておいた。
 カーテンの隙間から月の明かりが漏れる。分厚いカーテンを開けると外の冷気を感じたが、構わずエドワードは空を見上げた。
 月が浮かぶ夜の空は藍色に近い。
「大佐・・・」
 恋は、彼がはじめてだ。
 嫌味でサボリ魔で女好きの同性、しかも年上を好きになるなんて理不尽としか言いようがないが、仕方ない。
 嫌味なくせに優しくて、非情なくせに情のあるひとだと自分は知っているから。
 辛いけれど幸せだとエドワードは思っている。
 早く大人になりたかった。子供扱いされるのが嫌だからという理由ではない。自身の感情もコントロールできる大人になりたかった。願う気持ちは切実で、エドワードに慣れない痛みをもたらした。



 「このばか者がー」
 階下の怒鳴り声でエドワードは目が覚めた。宿屋の親父の剣幕振りに、着替える暇を惜しんで寝間着のままエドワードは下に降りた。体格のいい父親が、昨夜エドワードの部屋に夜這いにきた娘を叩いていた。
「ちょい待ち、おっさん、いくらなんでもやりすぎだろ」
 エドワードと、遅れてやってきたアルフォンスがふたりがかりで激高する男を止めに入る。
「止めてくれるな、こいつ勝手にマスターキーを持ち出して客室に入りこみやがって」
 宿屋の主人としてはつけるけじめなのだろう。エドワードは口出しするのをやめた。
「兄さん、本当?」
 小声で聞いてくる弟に、まあな、と曖昧にこたえた。
「すみません、すみません」
 大きな体を縮ませて謝る主人に、いいよ、とこたえる。本当に気にするようなことではなかったからだ。しかし、彼の一言にエドワードの表情が凍る。
「うちのばか息子が迷惑かけて・・・」
「息子?」
「息子です」
 力強く言われて、エドワードは床に正座する彼女を見た。
 明るい下で見れば、女でないとわかった。年の割に童顔な小顔が、エドワードの判断を誤らせたようだ。よくよく思い返せば自分のことを「ぼく」と言っていた。
「えーと・・・」
「ジャックでーす。よろしく」
 怒られてた彼は、呑気にあいさつを寄こす。どう考えても男名だ。そしてとことん悪びれのない彼は、茶目っ気たっぷりに言った。
「ごめんね」
 すかさず父親からのげんこつが飛ぶ。
 朝だというのにエドワードはどっと疲れがでた。
(男に夜這いされるおれって・・・)
 泣きたくなるとはこのことだろう。謝って済む問題ではないと主張したかった。
 汽車のなか、長い沈黙の後に弟に話しかける。
「男らしくなるにはどうすればいいんだろう」
「兄さん・・・」
 兄弟の旅は続く。



I am sorry 終


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