静かな夜の愛し方

確率的問題



 友好的なあいさつに、返ってきたのは「げ」、だった。あまりな一言に普通なら憤慨するだろうが、生憎と彼は規格外だ。
「随分なあいさつだな、鋼の」
 東方司令部所属ロイ・マスタングは楽しそうだ。エドワード・エルリックは苦虫を潰す顔をして、弟アルフォンスは丁寧におじきした。
「どうしてまた、ここに?」
 ここはセントラルシティの駅だった。ベンチに座る彼らは駅から出るようには見えない。
「直通の汽車がなくセントラルで乗り換えなんだ」
 場所を聞くと、そこは一日に4本しかでないという田舎だ。目的の汽車がくるまで後30分はあるらしい。もともと一所で落ち着いてられない少年は退屈そうだ。
「大佐たちは?」
「これからイーストシティに帰るところだ」
 背後にホークアイがロイの言葉に同意するようにうなずく。
「で、おれは見送り」
 ロイの言葉に続いたのは中央司令部のマース・ヒューズだった。士官学校時代からの友人は、軍部内で煙たがれるロイに遠慮なく構う男だ。
「暇なら来ないか? ちょっとおもしろいことがある」
 ロイが誘いかけると、エルリック兄弟だけでなくヒューズも怪訝な顔になる。
「なんで大佐の見送りなんかしなくちゃいけないんだ」
 憎まれ口を叩くエドワードに、兄さん、とアルフォンスが窘める。
「嫌ならいいさ。こっちも急いでいるのでね」
 あっさりと引き下がると、計算した訳ではないが子供たちはついてきた。
「誰も行かないとは言ってねえだろ。暇潰しに付き合ってやるよ」
 エドワードの負け惜しみのような一言に、ロイは口元で笑い、ヒューズは豪快に笑う。
「子供は素直が一番ってな。ところでマスタング大佐、イーストシティ行きのホームはそっちじゃないぜ?」
「イーストシティに帰る前に掃除だ」
 ロイの返事に、なにかを感じ取ったヒューズが嫌な顔をする。
「掃除ってなんだよ? しかも大佐、なんで今なにか錬成してんの?」
 わからないことにはなんでも食らいつく少年は、黒いコートのポケット内でひそかに行われていた錬成を指摘した。
「さすが鋼の、やはり気づいたか」
 ロイは、なんでもないことのように話しはじめた。
「私が駅についた頃に犯行予告が中央司令部に届いてね。駅に爆弾をしかけたというんだ」
 とんでもない内容だが、場慣れしているエルリック兄弟は驚きはしたものの大声はださなかったし、悪友も取り乱すことなく回れ右した。
「どこに行く、ヒューズ中佐?」
「逃げるのであります、マスタング大佐」
「ホークアイ中尉、ヒューズ中佐を命令無視ということで軍法会議にかける手配を」
「ご自分でなさってください」
「真面目にやろうぜ!」
 大人のいい加減な会話に、珍しくエドワードがもっともな台詞を口にした。
「火薬は焔の属性だ。で、私は焔の錬成で火薬の居場所を突き止めている最中だ」
「焔の錬成で? そんなことができるのか?」
 錬金術関係の話にエドワードの瞳が輝く。
「理論はまあ、企業秘密だ」
「なあなあ、他にどんな応用ができるんだ?」
「錬金術師が簡単に手の内を明かすと思うかね?」
 話しながらロイは、爆弾の在処に辿りついた。
 ベンチの下にある明らかに不自然なトランクが目的のものだろう。
「で、どうするんだ?」
「爆発物処理班がこっちに向かってるはずなんだが・・・」
 ロイは腕時計を見て唸った。
「爆破時刻まで後5分もないな」
「なんでそれを早くいわないんだ!」
 エドワードとヒューズがきれいにハモる。
「だから鋼の、がんばってくれたまえ」
 後は任せたと言わんばかりのロイに、鋼の錬金術師は怒った顔を見せたが、すぐにうなうずいた。
「騙しやがって」
 そう言って両手を合わせると、錬成時特有の光が生まれる。錬成陣なしの錬成は、何度見てもうつくしいとロイは思う。
「嫌ならいいと言ったはずだよ。着いてきたのはきみの意志だ」
「やーな大人」
 錬成されたトランクは筒状に変わった。
「なんだね。それは?」
「時限式だったから、利用させてもらった」
 エドワードがにやりと笑う。悪巧みを考えてる顔だとロイが気づいた時には遅かった。
「3,2,1・・・」
 エドワードのカウントがゼロになると花火が上がった。
 セントラルシティの駅に仕掛けられた爆弾は大量だったのか、上がる花火は派手だった。
「たーまやー」
 いきなりの花火に人々が驚くなか、エドワードは楽しそうに見上げる。
「鋼の・・・」
 ロイはため息をついた。
「夕方の花火なんて間抜けだぞ」
「おれの芸術を見ろ!」
 エドワードは空を指さした。
『雨の日は無能。ロイ・マスタング』
 なにをどう細工したら花火で字を構成できるか知らないが、紅い夕日の空に、不本意な言葉が浮かび上がった。
 エドワードとヒューズが盛大に笑い転がる。表情の変化の少ないホークアイや、思慮深いアルフォンスまで笑っている。涼しげなロイの顔がさすがに曇った。
 駆けつけた爆発物処理班が爆発したと勘違いして駅の前で青ざめたというのは余談だ。
「手を抜くからこんなメに合うんだ」
 笑いながらヒューズが指摘した。
 案の定、エルリック兄弟が「なになに?」と聞いてくる。
「焔の錬金術師が火薬関係で遅れをとる訳ないだろ」
「はい?」
「だから、働きたくなかったからおまえに任せたの」
 種を明かすヒューズは実に楽しげだ。体よく利用されたエドワードは拳を握り怒鳴った。
「少しは働け、さぼり魔大佐!」
「働いてるさ」
「どこでだよ」
「きみの知らないところで」
 ロイは余裕の笑みでこたえた。笑うところじゃないだろ、と笑いながら言ったのは悪友だ。
「行くぞ、アル!」
 怒ってロイたちに背を見せるエドワードだが、「貸しだからな」と念を押すのも忘れなかった。
「この件に関わった者としてきみにも話を聞かなければならないが、代わりに私がこたえておこう。貸し借りなしだな、鋼の」
 エドワードは文句を言ったが、二言目は「わかったよ」という了承だった。待っていた汽車の出発時刻が迫ってきているのだ。最終発を逃す訳にもいかない。
 人混みに消えていく兄弟をロイたちは見送る。
「いやあ、かわいいねえ」
 本人を前にしても言えるだろう台詞を口にしたのはヒューズだ。
「思わぬところで会ってつい声をかけてしまったが、まさかあんな反撃がくるとはな」
 ロイは空を見上げた。紅い空に花火の名残の白い煙が流れている。それは、ふいに吹いた風によって一瞬で消えた。
 彼らのようだとロイは思った。
「それにしてもよ、もしかしてこれって、おまえさんへの挑戦?」
 ロイが駅についた時点で予告を軍に送りつけたとなればそれしか考えられないし、ロイ自身も犯人をよく知っていた。
「コール・ハートネット。彼からのプレゼントだ」
 この場にエドワードがいれば、犯人の名前に反応しただろう。
 コール・ハートネット。東部を拠点に反政府活動をしている過激派グループのリーダーだ。一月ほど前、彼は鋼の錬金術師を捕らえて犯した。
 仲間になれと勧誘されたとエドワードから話は聞いたが、拒否に対する嫌がらせか、ただの性欲処理かは本人に聞いてみないとわからないことだ。
「まったく、無駄の多い男だよ」
 呟きは、焔と二つ名を持つ男にしては似つかわしくないほど冷たかった。
 それにしても、とロイは思う。約束のない場所で会うだけでも驚きなのに、エドワードに苦汁を舐めさせた男が仕掛けた爆発物があるのは、神様のいたずらかと疑いたくなるぐらいできすぎている。
 すべては偶然だ。だが、低い確率でも生まれる事態がある。駅という、ひとが行き交う場所で関わった自分たちは、おそらく近いうちにまた出会うだろう。
 ロイを見守る部下と友人は黙ってうなずいた。



確率的問題 終


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