静かな夜の愛し方
タフ ボーイ
ロイ・マスタングは上層部からの受けが著しくよくない。とくにエリート意識の強い中央では、上はもちろん、出世に色めく下の者にまで煙たがられてた。
(邪魔だしな)
有能な若い大佐を嫌う理由はエドワードも納得できる。だが彼は出世とは無縁な面でロイを嫌うが、同じ空気を吸うのも嫌、と思うほど嫌いではなかった。正直な気持ちを言えば「好き」だが、反面、ヤな奴と感じるのも事実だ。
「いいわよねー、マスタング大佐!」
出世とは無縁の女性職員の会話に、思わず聞き耳たてて「け、色ぼけ大佐が」とエドワードは当たる。
「大佐、セントラルに来てたんだね」
同じく、聞くとはなしに彼女らの会話を聞いてたアルフォンスが、兄に話しかける。
そうだな、の一言でエドワードは会話を終わらせた。普通なら機嫌の悪さを察知して引き下がるところだが、弟アルフォンスはある意味勇者だった。
「なに怒ってるの?」
「怒ってねえよ」
半怒鳴りでエドワードは即答した。
(大佐がもててヤキモチ妬いてるって聞きたいか、弟よ!)
口にはしないが、心のなかで逆ギレをするエドワードだった。
「相変わらずカリカリしてるなー」
失礼なあいさつとともに登場したのは、ロイの友人マース・ヒューズだ。軍人らしからぬ気安さで、片手を上げてエルリック兄弟に近づく。
「よかったなー、昨日まで愛しの大佐がいたんだぜ?」
「その気持ち悪りい下りはやめろ」
「なんで大佐がいなくていいんですか?」
ヒューズの言い回しにエドワードは顔をしかめ、アルフォンスは疑問を口にした。
「東方司令部じゃ、あいつの女好きはみんな知ってるから司令部内の女共は見向きもしないが、ここじゃそんな噂届かないからなー。熱い視線を浴びまくってたぜ?」
なんでもかんでもネタにするヒューズの、言いたいことがわからずエドワードは不快ながらも先を促す。
「で、中佐はおれになにが言いたい訳?」
「だから、よかったなって言ってるんだよ。ロイのもてっぷりを見てもおもしろくないだろ?」
ヒュ−ズの指摘は正しいが、彼から言われる台詞でもない。
(まさか・・・)
理由に思い至ったエドワードは、強ばりそうになる顔を胡散臭いおじさんに向けた。
眼鏡の奥の目は笑っている。
「一言言うが、やめとけ」
あいつは、と、ヒューズの声にしない言葉がエドワードには聞こえた。
(知ってる?)
エドワードは一瞬目眩がしたが、すぐに立ち直った。
「兄さん、どこ行くの?」
「野暮用だ。明日には帰ってくる。おっさん、アルを頼む」
エドワードは一方的にヒュ−ズに弟を預けると、駅に向かって走りだした。
滅多に使わぬ特急に乗ったエドワードは明るい内にイーストシティに着き、その足で東方司令部に乗り込んだ。
「邪魔するぜ、大佐」
いつかと同じちんぴら風情のあいさつに、執務室の主は頭を抱える。
「ノックは諦めるから、せめて普通に入ってくれ」
「やかましい、ヒューズ中佐にべらべら喋りやがって」
ホークアイが室内にいないのをいいことに、エドワードはいきなりロイに食ってかかった。
「ヒューズ?」
「とぼけんな、昨日中央司令部で会ったんだろ」
「会ったが、何故鋼のがそれを知ってる?」
「本人に聞いたからに決まってるだろ」
エドワードが断言すると、ロイの眉間のしわが深くなった。
「いつ、ヒューズに会ったんだ?」
「今日」とエドワードは短い言葉を力強く言う。
「・・・きみはヒューズからなにか聞いて、その足でここに来たのかね?」
ロイの疲れたような問いかけに、エドワードは胸を張って「そうだ」とこたえた。
「元気だねえ」
書類に囲まれた青年は、しみじみと呟く。
「ごまかしてんじゃんえよ。いくら大佐といえど、デリカシーがなさすぎだぜ!」
エドワードが机を叩くと、中身の入ったコーヒーカップが少し浮いた。「壊すなよ」とロイは注意すると、姿勢を直してエドワードを見上げる。
「そもそも、デリカシーがなんだって? 昨日私がヒューズに会ったのはわずかだ。その間の話はあいつの妻子の話だぞ」
「でも中佐は知ってた」
おれの気持ちを、とまでは言えなくて口ごもると、案の定「なにを?」と聞かれた。はっきりとしないエドワードの態度に、ロイは指先で卓上を叩き不愉快さを示す。
「相手を追いつめる、もしくは陥れたいなら遠回しな言い方も構わないが、責めたいなら具体的に言うんだ。時間の無駄だ」
本当になにも知らないロイの眼差しに、エドワードは腰が引けた。
「だから、その、おれの気持ちを・・・」
語尾を小さくして言うが、たまらず恥ずかしくなりエドワードの顔は赤くなった。それで、ロイには充分通じたらしい。話が通じなくて不機嫌気味だった顔が、ふと綻ぶ。
「そのことか」
「やっぱり大佐が!」
エドワードの怒りモードが再び沸点に達した。ロイは笑いながら否定する。
「あいつは鼻がいい。それだけだ」
不親切な説明はロイらしい。
「自分で勘づいたって言いたいのか?」
「いくら私でも、ひとの気持ちを話すなんて無粋な真似はしないよ」
楽しそうに喋るロイが真実を言ってるかはわからないが、友人に話してないのは本当だとエドワードは思った。
「疑って悪かった」
謝ると、ロイが目線を上げてエドワードを見返した。
「やけに素直だな」
「悪いと思ったら謝る。おれだってな」
しかし素直になりきれなくて金の目が泳いでいる。
ロイは咽の奥で「素直」なエドワードを笑った。
ホークアイがノックとともに現れる。
「こんにちは、エドワードくん。今日はひとり?」
書類の束を手に抱えたホークアイは、エドワードを見るなり表情を和らげた。
「急ぎだったからアルは置いてきた」
「まさかセントラルに?」
ふたりの会話にロイが口を挟む。エドワードがうなずくと、大人ふたりは驚いた。
「ヒューズ中佐に預けてきたよ。明日には戻るつもりだし」
「忙しいわね」
彼の生き方を指すような一言をホークアイは言う。
「これくらい忙しいのうちに入らないさ」
常にばたばたと走り回ってきたことを考えれば、移動如き苦にはならない。
「たまにはお休みもとりなさいね」
ホークアイは姉のような微笑みを年若い錬金術師にむけると、氷のような冷たい眼差しを上司に見せた。
「こちらは今日中にやって頂く書類です。もう後がないものばかりですので、そこのところをお忘れなく」
言葉以外から感じる圧力に、どうして「後がなくなった」のかエドワードは純粋に知りたかったが聞く気は起きなかった。
(軍の書類だし)
「じゃ、じゃあ、おれ帰ります」
何故か敬語でエドワードは退出しようとしたが、ロイに呼び止められる。
「定時で上がるから一緒に夕食でもどうかね?」
「はあ? なんであんたと晩飯を?」
「約束があれば、とりあえず仕事を終わらせる気になる」
「おれは餌かよ」
最低な誘い方だな、とぼやくと、色気のある誘い文句の方がよかったのか? とからかわれた。
「図書室に新しい本が入った。時間潰しにどうぞ」
といってロイがエドワードに渡した鍵は、図書室の奥に位置する一般立ち入り禁止書庫のものだ。エドワードはありがたく受け取る。
「大佐って、やっぱデリカシーないよな」
振った相手を平気で食事に誘う神経はまともじゃないとエドワードは思う。しかし、ロイは悠然と微笑んでいた。エドワードは見惚れる。呆けた心で受け止めたロイの台詞は、少しだけ残酷に聞こえた。
「優しくされたかったかい?」
問われてエドワードは理不尽さを感じたが、首を横に振った。
「優しい大佐って想像つかない」
会えば嬉しい。それが辛くても気持ちは止められない。優しさで会う機会が減るなら、手痛い思いをしてもいいと思う。
(ばかだよな、おれも)
恋は、タフでなければやっていけない。
続く