静かな夜の愛し方

行動論理



 しまった、と思ったところでもう遅かった。
 ロイ・マスタングは銃口を頭に突きつけられながらも、悠然と状況を見つめた。
 座席の周りは武装集団。
「抵抗は無駄だ」
 言い慣れた台詞が向けられて、因果なものだとロイは思った。



「列車強盗?」
 定期報告で東方司令部に連絡を入れたエドワードは、ホークアイから聞いた事件を聞き返した。
 ただの列車強盗ならまだしも、犯人はテロリスト、要求は大総統の身柄引き渡し、人質はロイ・マスタング、と頭を抱えたくなる事項ばかりが並べられている。
『列車はセントラルに向かってるわ。管轄は中央司令部。東方司令部は動けないの』
 ホークアイの声が珍しく焦りを含んでいる。列車強盗の情報は、実は正規のルートからではない。セントラルに勤務するロイの友人、マース・ヒューズから秘密裏に知らされた。
 ロイは敵の多い男だ。これを機会に見殺しにされる可能性は大いにある。
『お願い、エドワードくん、協力して』
 切羽つまった声に、エドワードは明るく言ってやった。
「中尉の頼みとあっては断れないぜ」
 彼女の上司とは貸し借りの間柄だが、ホークアイには兄弟共々お世話になっている。彼女の頼みなら、何度叶えても足りないぐらいだ。
 というのは建前かもしれない。
「アル、事件だ」
 電話を切ると、エドワードは鎧の弟に告げた。電話の内容から状況を察しているアルフォンスは、驚きも見せずにうなずく。
「大佐救出作戦だね」
「ばーか、大佐に貸しを作ろう大作戦だぜ」
 エドワードは不敵に笑ってみせた。



 腹を決めればエドワードの動きは素早い。
 路線図で自分たちがいる場所と列車が通る場所を確認して、近場の軍関係の施設から運転手付きで車を拝借する。
 そして列車が一番スピードを落とす箇所で飛び移る。という、大胆で危険で普通の神経の持ち主なら却下する作戦を実行しようとした。
「マジっすか?」
 運転手として同行する青年は若く、東方司令部でロイの直属である手先の器用な眼鏡の軍人を思いださせる。
「列車が止まってから乗り込んでも、マスタング大佐は死体で転がってるだけだ」
「勘弁してください〜」
 運転手、スティン・カースは泣きながらハンドルを握った。秘密裏に、というエドワードのでっちあげ(半分本当だが)を信じていたが、下手をすれば命令違反な行動だ。ロイを救出して反ロイ派に睨まれるのはごめんだった。
「諦めてください。兄さんは手段を選ばないから」
 ジープの後部座席に座るアルフォンスが、慰めにもならない言葉を投げかける。
「安心しろ。大佐を助けた後は手柄が待っているぞ」
 助手席からはエドワードが、見当違いの慰めを青年にかけた。
「手柄なんてどうでもいいっす。おれは地元を守るのが使命ですから」
 スティンはぼやくように言った。出世欲のない彼の言葉にアルフォンスは感激したが、エドワードは口の端を上げた。
「彼女か」
「う、さすが鋼の錬金術師。勘が鋭いっすね」
 冗談めいた口調でスティンは、へへ、と笑う。情けない顔は幸せそうだ。
「田舎出でおれ、これといって平凡だからラッキーな出世をしても実力がついてきませんよ。自分の力で守れるひとを守れたらいいな・・・って、軍人の台詞じゃないっすね」
 スティンは慌てて自分の言葉を否定した。
 気弱な台詞は確かに軍人向きではないけれど、悪いとエドワードは思わなかった。
「いいんじゃねえの?」
 ひとそれぞれだ、と言いかけた自分にエドワードは苦笑した。子供のくせに、大の大人にえらそうな口だと自嘲する。
 子供ではない。それは子供でいてはいけないという自己暗示にも似ている。そして、大人でもないとエドワードは自覚していた。
(大佐・・・)
 彼を想うだけで落ち着かなくなる。感情のコントロールは昔から下手だった。駆け引きに失敗すれば命取りになる。頭に血が昇れば的確な判断が鈍る。荒波に生きていく術を軽口混じりに教えてくれたのは、囚われの青年だ。
 任務で得た経験でなく、もしかしたら己の心で学んだ経験なのかもしれない。
「兄さん?」
 弟に声をかけられ、エドワードは我に返る。
「もうすぐ着きますよ」
 スティンが続けて言った。
 列車に飛び乗るポイントのことだ。
 エドワードは気合いを入れるように、両頬を叩いた。
「アルはさっきも言った通りスティン少尉とセントラルへ行け」
 話している内に汽笛が聞こえてくる。
「気をつけてね、兄さん」
 線路を見下ろせる道を走らせる。後方から列車が見えた。すぐに並んで走ることになるだろう。
「任せとけ。大佐と大手を振って列車を降りるぜ」
「じゃあ、スピード上げますよー」
 スティンがアクセルを強く踏んだ。車を追い越すように列車がやってくる。対抗するように車は速度を増した。ほんの数秒だけ、似たような早さで車と列車が並ぶ。
 針穴のような隙間をエドワードは見定めて、列車の屋根に飛び移る。鋼の右腕をナイフに錬成させて屋根に突き立てれば、バウンドしそうになる体は安定した。
 深呼吸ひとつでエドワードは気持ちを切り替える。列車に潜りこむことができたら、民間人の安全を確保しつつロイの救出。
「高くつくぜ、大佐」
 弟が側にいたら「がめつい」と言うだろう。
 貸しとか借りとか言わなければ行動できない。純粋に「助けたい」なんて口が裂けても言えないし、また、ロイ・マスタングも言われたくないだろう。
 己が動く動機は「貸し」を作ること。
 それだけだ。
(それだけなんだ)
 心を落ち着かせるためにエドワードは、自分に強く言い聞かせた。
 久しぶりの再会だが、会う前から波乱づくめだ。簡単には死なないだろうと思いながらもエドワードは、黒髪の青年の無事を願った。



続く


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