静かな夜の愛し方

知りたがる男



 行き当たりばったりは毎度のことで、当たって砕けろはもはやエドワード・エルリックの信条でもあった。しかし、この少年は自身が砕けるなんて考えない。砕けるときは死を意味していて、行動する度に死を意識していては身動きがとれないからだ。15才という年齢に反して彼は過酷な世界に生きている。
 だから捕まった時も諦める気はなかった。
『鋼の・・・』
 ロイの呆れ声が聞こえそうな目を、エドワードは素知らぬ顔で受け止めた。連れて行かれた先が集団のリーダーがいる場所で、ロイまでいるのだからラッキーな状況だ。
「乗客名簿にない奴だぜ」
 エドワードを連れてきた男が言う。男の顔には痣があった。つけたのはエドワードである。
 こっそり行動するのは得意だが、一般車両でグループのひとりが女性に乱暴しているのを見かけて居ても立ってもいられなかった。助けに入ったものの、もうひとりの仲間に取り押さえられて今に至る。
 後部車両から先頭車両まで歩かされたおかげで、車内の状況が掴めた。
(人数は思ったより少ない)
 しかも実行中に女に手を出すあたり、統率はとれてないとエドワードはみた。
「小僧、名前は?」
「スティン・カース」
 エドワードは知り合ったばかりの軍人の名を口にした。エドワード・エルリックは有名すぎて使えない。
「この列車にはぎりぎりの時間に乗ったから、リスト漏れしたんじゃないかな。チケットなら胸のポケットにあるぜ」
 エドワードが言うと、脇にいた男が黒い上着の胸ポケットを調べた。
 エドワードが持っているチケットは本物だ。何事もなければ今日の夕方、セントラル行きの列車に乗っていた。
 リーダーらしき男がチケットを眺めると、苦笑いを浮かべた。痩せ気味の男が浮かべる笑みは、できの悪い生徒を叱るときの表情に似ている。
「嘘はいけねえな。エドワード・エルリック」
 男はチケットをエドワードの眼前でふたつに破る。
 エドワードの後頭部に銃口が押しつけられた。
「だが丁度いい、役者が揃ったってとこかな」
 男が顎をしゃくると、エドワードの側にいた仲間がロイのとなりの座席に最年少国家錬金術師を座らせた。
「助けに来るなら、もっとしっかり計画を練ってからにしたらどうだね? だから簡単に捕まるんだ」
「やかましい! 人質なら人質らしく大人しくしてろ!」
 ロイの皮肉にエドワードは犯人さながらの台詞で応戦した。
「あー、おれの話を聞いてくれる気ある?」
 男が声をかけると、仲間らが銃でふたりに沈黙を要求した。
「大佐には言ったが、おれはラジェ。以後よろしく」
 ラジェと名乗った男は、エドワードたちの向かいの席に座った自己紹介をはじめた。
「大総統の引き渡しを要求したが、そんなでたらめが通るなんて思っちゃいねえ」
 ラジェの言い方に、エドワードはいやな感触を覚えた。相手の言い分が見えないほど気色の悪いことはない。
「大佐に聞きたいことがあってね。鋼さん、あんたにも関係している男の話だよ」
 エドワードに話を振ると、ラジェは咳をした。
「コール・ハートネット。知ってるだろ? おふたりさん」
 知ってるどころの騒ぎではない男の名前がでてきた。
「知ってるさ。私が捕まえた男だからな」
 ロイは淡々とこたえた。
「あいつ、行方不明なんだよね」
「奴の居所なら私も知りたいぐらいだ」
 淡々と、嘘をつく。真実を知らなければ、信じてしまいそうな響きがある。
「トロールの街で会っただろ?」
「遠回しな質問はやめてくれないか?」
 腹の探りあいをするふたりに、聞いてるエドワードが疲れてきた。
「あいつの計画は実行されなかったから言うけどさ、トロールであいつ、大佐をおびき寄せて始末する予定だったんだよね。で、あんたは生きていてあいつは生死不明」
 殺したんじゃないの? と、ラジェはいきなり確信をついた。
「軍は汚いからな。秘密裏で人ひとり殺すぐらい訳ないだろ」
「内々で始末されなきゃならない人物とは思えないが」
「問題はそこなんだよ」
 ラジェは大げさにため息をついた。
「だからさ、あんたに聞いてる訳。なにか知ってない?」
 ロイは質問に、肩をすくめてこたえた。銃を向けられてるなかでの大胆な仕草にエドワードは半分呆れ、半分感心した。
 さすが神経の図太さはワイヤー並だ。
「鋼さん、あんたは?」
「おれが知るかよ」
 エドワードもロイと同じこたえを返した。ラジェはエドワードに笑いかけた。
「たしかあんたも、大佐と同じ頃にトロールにいたね」
「それがどうした」
 少なめの言葉でエドワードはこたえる。啖呵をきるのは得意だが、座りながらの探り合いは苦手なため口数は自然と少なくなった。
「聞いたよ」
 ラジェが、突然脈絡のない言葉を口にした。
 なにを? と問いかける金色の目が、痩せていやらしく笑う男を映す。
「随分とヨカッタんだって?」
 なにを? と問い返すことがエドワードはできなかった。瞬間的に冷えた心臓がわずかだが表情に表れる。ラジェには、それだけで充分だった。
 ラジェの笑い声は低く、最後は咳こむように消える。
(くそ、大佐の前で・・・!)
 己の失態をロイに見られているのは、正直気分がよくなかった。
「話が見えないな」
 ロイが、急に口を開いた。
「貴様はなにが知りたい? 列車強盗までして仲間の行方を捜すのか?」
 淡々とする声に、冷気が含まれていた。
「コールは生きちゃいねないだろ。ただおれは知りたかったのさ。冥土のみやげにな」
 そしてラジェは、自分が病気で余命が短いと告げた。
(まずい)
 エドワードの本能が警笛を鳴らす。
 余命を知った人間が、筋の通らないとわかっている要求をしている。
(列車ごと道連れにするつもりだ)
「セントラルには停まってやるぜ。降ろすつもりはないがな」
 国の中枢ともいえる中央の駅で列車が爆発すれば被害は大きい。
「もう一度聞く。コール・ハートネットはどうした?」
「知ってどうする? つーか、あんたに情報渡したところで得にならないのに、なんで教えなくちゃいけないんだよ?」
 関係のないひとを巻き込むやり方に、エドワードは腹が立ってきた。いきりたってエドワードが言い返すと、ラジェが銃を構えた。ただし、ロイにむけてだ。
「口の聞き方に気をつけな、坊や。あんたらの命を握ってるのがおれだと忘れるなよ?」
 ラジェの指が引き金を引く寸前、エドワードは右手で銃口を塞ぐ。驚いてラジェが引き金を引けば銃が暴発した。
 狭い座席のなかで両者が後ろに弾かれる。
「鋼の!」
 ロイの右腕が座席に叩きつけられそうになるエドワードを受け止めた。ひとを助けるのと同じ自然な動作で、ロイの空いた左手が指を鳴らす。その手には発火布の手袋がはめられていた。
 エドワードとロイを取り囲んでいた男たちの銃が、火花に踊らされて次々と暴発する。
 ロイの手際のよさに、エドワードは抱きとめられたまま呆然とした。
(詐欺だ)
 結果的にはひとりで解決したさぼり魔大佐の活躍に、助けにきたけど役にはたたなかったエドワードは理不尽な怒りを感じた。
「爆弾の在処を教えてもらおう」
 座席に体を打ちつけ、右手を赤く染めるラジェにロイが聞いた。
「無駄だぜ」
 ラジェが薄く笑う。
「一緒に冥土へ行こうや。にぎやかにな」
 ラジェは用意していたカプセルを飲みこんだ。咽を押さえてもがき動かなくなるまでほんの数秒だったかもしれないが、自然の理に反した命の消え方はエドワードの目に不気味に映った。
「あいにくと、ここで死ぬ気はないのでね」
 死人に語りかけるロイの表情はエドワードからは見えない。おそらく、表情はなんの変化もないだろう。想像できるだけにエドワードは寒気がしてきた。
 おそろしい男だとエドワードは思う。それだけでないと知っているのに畏怖は拭えない。そして、涼しげな表情の下に隠された心を想うと哀しくなる。
 届かない男なのだと、久しぶりにロイと対面して、改めてエドワードは思い知った。


 仕掛けられた爆弾は、すぐに見つかり処理された。



続く


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