静かな夜の愛し方
リアリズム
列車に仕掛けられた爆弾は、ロイが座らされていた座席のすぐ下にあった。
「私を殺したいなら当然の場所だな」
と涼しげに言ったのは爆弾を見つけたロイ・マスタングだ。
ロイを助けるつもりが役に立たなかったエドワードは、右肩を左手で押さえながら悔しそうにロイの背中を見つめた。相手の銃口を機械鎧の右手で塞ぎ暴発させた結果、生身の部分は衝撃を吸収して痺れと痛みで感覚がない。爆弾を錬金術で処理しようと、エドワードがろくに動かない手を合わせようとしたらロイが止めた。
ひとりで犯人を片付け、爆弾を見つけ、処理して。
(本当にさぼり魔だよな)
東方司令部の執務室で書類に囲まれ、ホークアイに急かされて仕事をするロイの印象が強いだけに、エドワードの目にはひとが変わったように映った。
本来はできるひとなのだ。それをしないのは、楽をしたいからにすぎない。
(本当に?)
エドワードは疑ってみる。
(わからない)
こたえの見つからない問いは迷宮に似ている。
恋、とは不思議だ。生きているのに、まるで夢のなかを歩くように不確かなのだから。
エドワードたちが乗った列車がセントラル駅に着くと、ホームは一般人でなく軍人が取り囲んできた。そして列車強盗を連行していく。
駅は物々しい雰囲気に包まれていた。そのなかを悠然とロイが歩いていく。部隊の責任者と笑顔で話すロイを見たエドワードは、「ああ、また狐と狸の化かし合いか」と思った。
騒がしい空気に、エドワードは自分が取り残された気がした。痛む肩を無視して、人混みに紛れてエドワードは弟と落ち合うため抜けだす。エドワードを「鋼の錬金術師」と気づく者もおらず、事件に巻き込まれた乗客でいけそうだ。
無事に改札口を抜けたエドワードだが、突然呼び止められた。覚えのある声に振り返れば、セントラルに行けば必ずと言っていいほど世話になる軍人が、息を切らせて若き錬金術師の元に走る。
「ヒューズ中佐」
彼を見るのは実に久しぶりだった。最後に見たのが、東方司令部の執務室だ。となりにいたロイの、穏やかな顔も同時に思い出してエドワードは急に息苦しくなった。
「どうした? ロイの奴は一緒じゃないのか?」
「大佐なら無事だよ。駅の構内で笑顔を振りまいて偉い奴と喋ってる」
じゃ、とあいさつをして去ろうとしたら、ヒューズがエドワードの肩を掴んで止めた。
「痛っ」
小さな呻き声だったが、それを聞き逃す男でもない。目敏い彼は、エドワードの白い手袋がぼろ切れになってるのを見つけた。ヒューズは機械鎧の右手を手に取る。火薬の匂いが残る右手に気づき、ヒューズは顔をしかめた。
「なにしたんだ?」
聞かれたのでエドワードがこたえると、ヒューズの眉間の皺がいっそう深くなった。
「まったく、無茶をしやがる」
来い、といってヒューズがエドワードを引っ張っていった先は軍の病院だった。
「怪我してる訳じゃないぜ」
「いくら機械鎧だからって、銃を暴発させるために使うもんじゃないだろ。生身の体と直結してるんだ。診てもらえ」
「でもアルが・・・」
兄弟がはぐれた場合の集合場所は決まっている。落ち合わなければとエドワードが言えば、ヒューズはアルフォンスの面倒はおれがみると言った。それでもためらう少年に、「エドワード・エルリック」と、改まった口調でフルネームを口にする。
「自分のことを考えろ」
短い忠告は、今のエドワードには皮肉にしか聞こえない。
「おれは自分のことしか考えてないぜ?」
傲慢な台詞が泣き言のような響きで零れた。
「大佐も、ヒューズ中佐も、みんなおれをわかったふうに言うなよ」
(おれは誰のこともわからない)
理解の差が、自身を子供だと思い知らされる。
構築なら、風を感じるように理解できる自信があった。だが、それだけなのだとエドワードは痛感する。
ロイの心も、偶然という機会がなければ気づかなかった。
(全然だめじゃん、おれは)
こんな小さな人間で、誰かの心を捕らえるなんて無理な話だ。
望んでいないと、ロイに言った言葉は嘘だ。
本当は、見て欲しかった。
どんなに言葉を重ねても、例え相手に理解してもらっても、応えてもらえないとわかっているけれど。
「だからやめとけって言ったんだ」
ヒューズがため息混じりに言う。
「あいつには野望がある。そのために走り続けてる。そのためならあいつは周りを切り捨てられる」
「大佐はそんな人間じゃない!」
思わず激高するエドワードに、「知ってるさ」とヒューズはこたえた。ひとを茶化したふうもなく、静かに彼のなかの真実を若き錬金術師に告げた。
「だがあいつは足枷になるのは凪払う。不本意だとしても、だ」
長い付き合いの友人に対して、ヒューズがむけた言葉は辛辣に聞こえる。同時に、ヒューズがロイの行動を受け入れてるのをエドワードは感じた。彼も彼なりに、覚悟を決めて友人を信頼しているのだ。
(悔しい)
エドワードは歯を食いしばった。
誰も、おそらく一番信頼を寄せているヒューズさえも、ロイの心が誰にあるのか知らないだろう。
(大佐はそれでいいのかよ?)
聞いてもきっと、はぐらかされて終わるにがオチだ。
「大佐の・・・」
もともと気が長い方ではないエドワードは、唸るように呟いた。
「はん?」
「大佐のばっかやろー」
病院前でエドワードは叫んだ。力んだ拍子に肩の痛みが再発して、医師の元までヒューズに強制連行される。
安静の意味もこめて一日入院を言い渡された。
ヒューズは結局最後までエドワードの側にいて、アルフォンスを預かると言って去っていった。別れ際、エドワードはヒューズを拘束してしまったことを詫びる。
「中佐だって大佐を心配してるのに・・・」
「ガキが大人に気を遣うんじゃないよ」
大きな手の平が金色の頭を撫でる。子供扱いされるのを嫌うエドワードだが、ヒューズのガキ呼ばわりされるのは不満に思わなかった。
一晩の入院を言い渡されたエドワードには個室が与えられた。軍で言えば国家錬金術師は少佐並の地位があるからだ。
その夜、エドワードの病室にロイが訪れた。半ば予想していたロイの訪問に、エドワードは哀しげに微笑んだ。
続く