静かな夜の愛し方
ミッドナイト・コンタクト
眠りの底からエドワードは、ひとの気配を感じ目覚めた。起き上がって振り返った扉の前にはロイ・マスタングがいる。明るい月夜でも彼の表情までは見えなかった。
「見舞いに来てくれたのか?」
冗談混じりにエドワードが聞けば、返ってきたのは「まあな」という曖昧なうなずきだ。
「面会時間は過ぎてるぜ」
「看護婦さんに頼んだら通してくれたよ」
「相変わらずだなー」
色目のひとつでも使ったのだろう。エドワードは鼻で笑った。
「肩の具合は?」
「問題ない、と思うぜ」
多少の痛みは残るものの、時間とともに消えるものだとエドワードは割り切っている。小さな痛みを気に病む神経は持ち合わせてなかった。
「大佐は忙しいんじゃないの?」
見舞いに来る暇はないだろと、言外に聞く。
狐と狸の化かし合いのようだとエドワードは思った。
ロイがなんの目的で来たのか、気づいてるのに切り出さないのだから。
「何故あんな無茶をした?」
「あんなって、どれ?」
ヒューズのことでなにか言われるかと身構えていたエドワードには、予想外の疑問符だった。思い当たる節が多すぎて見当がつかない。
「列車に飛び移ったり、銃口を塞いだり」
「無事なんだから無茶じゃないだろ」
「鋼の、はぐらかしてるのかい?」
呆れたような声が青白い室内に響いた。
「私を助けに来た理由を聞いてるのだよ」
「恩を着せるためさ」
あらかじめ用意していたこたえを返すが、ロイを納得させるには不充分な嘘だった。
「私に必要以上、関わるんじゃない」
ロイの口から突き放す台詞がでてくる。
「邪魔だよ」
優しい声でとどめを刺した。胸に突き刺さるナイフの音をエドワードは聞いた気がした。だが、拳を握って耐える。
「だったらあんたも、おれを放っておけばいいんだ」
唸るようにエドワードは言った。いつも、ぎりぎりのラインで関わってくるのは、ロイの方だとエドワードは主張したい。
男に犯された時、トロールの街で殺されそうになった時、ヒューズへの気持ちを言い当てた時。ロイが無視してしまえば何事もなかった。エドワードが自分の心に気づくことも、愚かな要求をロイにしたことも、哀しくて泣いたことも。
「きみは思ったより学習能力がないな」
影さながらの気配でロイがベッドの側にきた。ロイが言う意味がわからず、黒髪の青年をエドワードは見上げる。
深夜よりも暗い色の瞳と目があった。
次の瞬間エドワードは、ベッドに組み伏せられた。
「なっ・・・」
「私に近づいたらどうなるか、トロールで教えただろ?」
ロイはエドワードの唇を塞いだ。
反射的にエドワードは抵抗する。大人顔負けの体術の持ち主とはいえ、大人の全体重で体を押さえこまれては身動きもとれない。そして、ロイから受ける濃密な口付けは、次第にエドワードの気力を削いでいった。
「ん、ふっ・・・」
長い時間をかけたキスに音を上げた頃、ロイはようやくエドワードから離れた。濡れた唇を拭う舌の感触にエドワードの体が震える。
風邪よりもタチの悪い熱に、エドワードは目が回りそうになった。
「それとも忘れてしまったのかい? あんなにも泣かされたのに」
ロイの手がエドワードの下肢を撫でる。ロイが薄く笑うのを見て、エドワードは全身が熱くなった。
取り引きと称してロイに体を要求した記憶はまだ鮮明に残っているエドワードだ。気を失うほどのセックスははじめてで、まして好きなひとと体を重ねたのだ。泣かされたとしても、いやな思い出になる訳ではない。
「大佐は勘違いしてるぜ。おれはあんたが好きだ。キスして辛くても、いやに思う訳ないじゃないか。おれが邪魔なら無視すればいいんだ」
おれは、と小さく呟く。
「おれはあんたになにも望んでない」
強がりだとばれようが、エドワードは口にせずにいられなかった。
「望んでも、叶わないって知ってるから」
黒い瞳に野望を映す青年を、振り向かせる自信はじめからなかった。まして飄々とする仮面の下で、心を捧げる相手がいるのなら。
「諦めの悪いきみにしては後ろむきだな」
ロイが体の力を抜いてエドワードの拘束を緩める。
「望んだら、大佐は振り向いてくれるのかよ」
「無理だな」
即答に、エドワードは泣きそうな表情で笑った。
「望むな、鋼の。こたえられない心もあるのだということを、忘れるな」
静かな忠告はどこか重い。ロイが今の言葉をどこで見つけたのかと考えて、エドワードは哀しくなる。
離れようとしたロイを、とっさに引き止めて抱きしめたのは、同情に似た気持ちがあったのかもしれない。
ロイは、きっとひとりだ。
(多分)
歯切れの悪い言葉が浮かぶ。
親友がいて、仲間がいて、気を許せるひとがいたとしても、心はひとりだ。なにがあっても泣き言なんて、絶対誰にも見せないだろう。
「鋼の・・・?」
「あんただって、泣いていいんだぜ」
思ったままを告げれば苦笑が返ってきた。言葉はないが、エドワードの体をそっと押し返すことで彼は否定という返事をした。
「おやすみ」
ロイはエドワードに優しいキスをする。性的な含みがかけらもない行為だが、甘い痛みがエドワードを襲う。
エドワードがキスに酔う間にロイは病室から消えた。
結局、なにをしに彼が病院に来たのか具体的なことは聞けなかった。忠告に来たのだと想像はつくが、
(大佐が動くなんて珍しい)
エドワードはロイが最後に触れた箇所を指でなぞる。ロイが残した熱が唇にあった。
続く