静かな夜の愛し方

午後の攻防



 上官の命令に、エドワード・エルリックの第一声は、
「冗談じゃねえ」
 だった。
 軍属である少年は、幸か不幸か規律正しい組織に染まっていない。
「兄さん、大佐の提案は悪いことじゃないと思うよ」
 背後に控える弟が控えめに兄に進言した。
「落ち着くまででいいのよ」
 ホークアイまで上司とアルフォンスの援護に回る。
「決まりだな。鋼の、しばらく外出禁止だ」
「勝手に決めるな!」
 エドワードが机を叩いた反動で卓上の書類が少し浮いた。少年の乱暴さを冷やかすロイに、エドワードはにらんで返す。
 昼下がりに司令部に起きた事件はエルリック兄弟にも影響を落とした。謎の薬品がついていた本の宛先が国家錬金術師エドワードその人だったからだ。
 エドワードが東方司令部に訪れる日を狙っての犯行か、偶然か。判別できないうちは動き回るなというのがロイの意見だ。
 軍部のメンバーも、エドワードに照準が合わさっている可能性を考えている。ホークアイが上司を止めないあたりエドワードも想像がついたが、彼は守られる立場を由としない。
「外出禁止だぁ? いつまで? 明日まで? 明後日までか? それとも一週間? ごめんだね。おれはそんなに長くここにいるつもりはない」
 断言するエドワードに、ロイはわざとらしいため息をつく。
 エドワードは青年に「わかってるはずだろ」とにらみ返した。
 一カ所には留まれない。目的のものがある身は常に前進を続ける。調べものがあるためにイーストシティに来たのならまだしも、今回は定期報告のためだ。翌日に発つつもりだったエドワードには、先の見えない足止めは鉛の枷をつけられたに等しい。
「鋼の、少しは自分が狙われてる自覚をしたまえ」
「おれが狙われてる証拠はどこにもないだろ。仮にそうだとしても自分でなんとかできるぜ」
 何年も旅を続けてきた結果、身に降りかかったトラブルは大小合わせて三桁は越す。それらを乗り切ってきた自信がエドワードにあった。
「井の中の蛙だな」
 硬質な響きの声とともに、エドワードの体が反転する。
「え?」
 気つけば顔が床に押しつけられていた。体を打つ衝撃が遅れてやってくる。
 いつの間にかロイに組み伏せられていた。
 鮮やかな体術にエドワードは身動きが取れない。見事に一本とられたのは師匠以来初めてだ。
「私が敵ならきみは死んでいたよ」
 淡々と事実を告げる青年に、エドワードは喉元まで込み上げてきた怒りを呑み下す。この場で口にした言葉のすべてが、負け犬の遠吠えの自覚があった。
 軍服についた埃を払いながらロイが立つ。
「わかったようだね。外出は禁止だ。後で誰かに送らせよう」
 送ってくれなくて結構だと、床に座り込んだ状態でエドワードが怒鳴り返すのと執務室の扉を叩く音が重なった。なんだ、と部屋の主の声に続いて、ハボックが姿を現す。地べたに座る少年に目を丸くさせたものの、口上は淀みなかった。
「大佐、将軍が報告をとの仰せです」
 東方司令部内で、唯一ロイの上司である将軍の催促に彼はうなずく。執務室を出る間際までロイはエドワードに念を押した。
「ガキ扱いしやがって」
 忌々しげにエドワードは呟く。
「兄さん、言い過ぎだよ」
 アルフォンスが兄を非難する。
(おれは守られたくない)と弟に言い返しそうになったエドワードだが、堪える。守られる立場にいては駄目だ。気後れしてしまう。だが、弱音を口にする自分をエドワードはなにより嫌っていた。
「ずいぶんと怒ってたっすねえ」
 呑気な口調でハボックが上司の消えた扉を見た。ホークアイも同意を示す。
「久しぶりなぐらい」
「おれが言うこと聞かない奴だってのは、今にはじまったことじゃないだろ」
 憮然とするエドワードに、そうじゃないのよ、とホークアイは苦笑する。
「エドワードくんが傷つけられたのが許せないみたいね」
「おれは怪我なんかしてないぜ」
 被害といえば焦げた服ぐらいだ。
「第一、おれが傷ついたからって大佐が怒るなんて変だ」
 はっきり言うと、大人ふたりは妙な顔をした。アルフォンスまでもが納得できないといった空気をまとっている。
「その断言できる自信はどこからくるのかしら」
 困ったようにホークアイは呟いた。
 逆にエドワードの方こそ聞きたかった。大佐が怒る理由を「自分」にあてはめる訳を。
 ロイが怪我を負ってエドワードが怒るなら納得できる。「好きだから」という大きくて強い感情があるからだ。
「へんなこと言ってくれるなよ、中尉、少尉」
 エドワードは鋼の右手で頭を掻いた。
 変な期待をしてしまいそうでエドワードは怖くなる。中途半端な距離で優しさをみせないでほしいと思った。
(おれのばか!)
 自分の弱さに甘えそうになる気持ちを叱咤した。
 謎の薬品を送りつけた犯人は一週間を待たずして捕らえられたが、エドワードの心は晴れなかった。



続く


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