静かな夜の愛し方
沈黙の本
「一週間も留まるつもりはないと言わなかったかね?」
涼しげな声に、最年少錬金術師は悪びれもなく肩を竦める。
「予定は未定。大佐が足止めしなきゃ、おれだって本の整理をしようと思わなかったぜ」
東方司令部に不審物を送りつけたグループを逮捕するまで外出禁止を命じられたエドワードは、持て余した時間を書庫整理にあてた。今まで真面目に整理しなかったため溜まった書籍は膨大だ。リストを作るだけで簡単に数日が過ぎてしまい弟とともに悲鳴を上げている。どんなに手間がかかっても一度手をつけたものは徹底的に片付けないと気が済まない性格のエドワードは、外出禁止令が解かれた今でもイーストシティに残っていた。
「そんなに大量の本を所有してるのか?」
ロイの問いにエドワードがうなずくと、何処に保管しているのかと質問が続く。
「イーストシティの貸金庫」
エルリック兄弟は根無し草の旅人だ。故郷に家はない。そのため手に入れた本は、一度読んでしまえば手放すか自分で管理するしかない。
「今まで一度も整理してなかったから手間がかかるのなんのって。捨てる捨てないでアルと揉めるし。なかなか片付かない」
エドワードは肩を大き落として息を吐いた。
「大量に本を所有する割に手放した様子はないからおかしいとは思っていたが」
貸金庫と聞いてロイは納得した様子だ。
「・・・誰かに預けようとは思わなかったのか?」
「誰に?」
エドワードは逆に聞き返す。ロイの黒い瞳が苦笑した。
「ひとに預けるなんて大変だろ。本の重みで部屋の床が抜けるぜ」
「きみはまったく・・・」
思案するように区切られた言葉に、エドワードはデスクに頬杖をつく青年を見返した。
「水くさいね」
困ったような口調は、どこか優しい響きがある。ふいに泣きたくなる瞬間が、今エドワードの目の前にあった。
「大佐はさ」
さっきまで飄々としていた少年が急に大人しく上官を呼んだ。
「おれが大佐を好きだってこと、忘れてる?」
エドワードは返事を待たずに話を続ける。
「忘れてるなら思い出せよ。そして、大佐から近づくような真似はやめてくれ。でないとおれは期待するぜ? 調子に乗るからな」
真面目な顔で念を押せば、返ってきたのは青年の盛大な笑い声だった。何故笑われるのかはわからず、エドワードはまっかな顔で怒鳴る。
「失礼な奴」
「すまない。ちゃんと覚えているが、忘れかけていたよ」
謝る彼の姿はどこか楽しそうで、エドワードの怒りをさらに煽った。
「最低」
エドワードは勢いよくソファから立ち上がると、ロイに背中を向けた。
「邪魔したな。本の整理が片付くまでここにいる。一応報告」
「鋼の、本を処分する前にリストを見せてくれないか?」
興味がある。と続く言葉を、エドワードは拒みたかった。
(わざとか?!)
近づくような真似はやめろと言った側から、忘れてるとしか思えない行動をするロイ・マスタングにエドワードは苛立つ。行き場のない想いが怒りへと変わる。それはひどく醜い感情だ。
「おれの本はおれの手の内みたいなものだ。見たいと言うなら等価交換にするぜ?」
挑むように宣言すれば、「なにを望む?」と返された。軽くあしらう彼の言い方にエドワードは唇を噛む。
キスのひとつでも要求してやろうかと考えるが、
「大佐の書斎を見せてくれよ」
無難な望みを口にした。
「リストにはリスト、だろ?」
念を押すような聞き方に、ロイは意外そうな表情を見せたが、すぐに楽しげに微笑んだ。
胡散臭い笑顔だと、思いながらもエドワードはロイの笑みに見惚れる。
「交渉成立だな。今は急を要する事件もない。連絡さえいれてくれたらいつ来ても構わないよ」
「じゃあ、今日」
エドワードは即決した。焔の錬金術師の書斎は魅力的だ。どんな本があるのか考えるだけで楽しくなる。
ロイの自宅に訪問する時間を決めて、「残業にならないように」と言い残してエドワードは執務室を後にした。
エドワードの足取りが軽やかになる。「いいことでもあったのか?」と聞く者が現れるぐらいだ。
まあな、とこたえたエドワードは、懐かしい顔を見て笑い返す。
「ヒューズ中佐」
エドワードに声をかけたのはセントラルシティの軍人だった。
「また活躍したみたいじゃないか」
ヒューズのあいさつにエドワードは首を傾げる。外出禁止令をだされたため派手な行動をする場はなかった。思い出せないエドワードを察したヒューズは苦笑した。
「不審物を処理したって聞いたぜ」
処理はしてない、とエドワードは言い返しそうになった。不確かな情報を誰が流したのかと考えて、ひとりの人物に辿り着いた。
(大佐か)
ロイの説明が悪いのか、ヒューズの受け止め方に問題があるのかは不明だが、急に重い気分になってエドワードは唇をひきしめた。
「エドワード?」
「これから大佐のとこに行くんだろ?」
少年を心配するヒューズの声を押しのけてエドワードは言った。
「伝言を頼むよ。今日は用事があるからパスってな」
頼んだぜ、とエドワードはヒューズの了解も得ずに走りだした。
ばかなことをしてる自覚はあったが、沈んだ気持ちのままロイと会いたくなかった。山ほどの泣き言と、こたえのない心を告げそうだった。
(好きだけどさ)
弱った心で告げる想いは醜い。顔を上げて「好きだ」と言えなければ、傷の舐めあいになるだけだ。
本のように沈黙を守れるひとになりたかった。
溢れそうな心を静める方法が見つからない。恋をするひとは、どうやって乗り越えていくのだろう?
自身が子供だと痛感するのは、こんなときだ。経験を重ねなければわからないことが多すぎる。
(大佐はどうやって?)
鮮やかな青い軍服に映える黒髪の、青年の姿が胸に浮かぶ。
(ヒューズ中佐を・・・)
好きでいられ続けたのだろう。
「くそったれー!」
泣きたい気持ちを悪態に変え、走りながら吠えた。
弟がいる宿に帰ったエドワードを待っていたものは上官からの伝言だ。
『本日自宅に来るように』
なにをしたのか聞いてくる弟に、エドワードは乾いた笑いを返すしかできなかった。
続く