静かな夜の愛し方

秘密めいたこの告白。



 腕が無意識の内に誰かを引き寄せようとした。予想した質感が得られず、ロイは重い瞼をこじ開ける。いるはずの少年がとなりにいなかった。
「鋼の?」
 ベッドにも、昨夜床に落としたエドワードの衣服も見当たらない。
「逃げたか」
 本人が聞いたら激怒するだろう呟きだ。ロイの声には楽しげな響きがあった。事実、彼は楽しかったが、気持ちが高揚する理由は思いつかない。
 夏の短い夜が明けようとする。



「なんだよ」
 問答無用で東方司令部に呼びだされ、エドワードは不機嫌も露わに執務室にいた。
 昨夜、陽が昇らぬうちに目覚めたエドワードは、ロイの腕のなかにいる状況に驚き、ベッドの上で吐いた泣き言を思い出しては青冷めた。
 逃げるのは彼の性分に合わないが、自分がうまく立ち回れない自信がある。エドワードは泥棒顔負けの立ち居振る舞いで、家の主に気づかれずに帰った。一日も過ぎないうちに再び顔を会わせるとは思わなかった分、葛藤も大きい。
「忘れ物だ」
 ロイは本をエドワードに差しだした。エドワードが読みたいと騒いでいた本だ。
「ありがとよ」
 すっかり忘れてた体裁の悪さも手伝い、口調が無愛想になる。
「それから上官命令だ。イーストシティの滞在を命じる」
「はい?」
 先日の命令を再び聞き、エドワードは耳を疑う。すかさず「何故?」と問いただす。
「結論から言うときみは狙われている」
 回りくどい言い方をするのが常の人物が、ストレートに言ってくれるのはありがたい。だが結論だけで意味が通じる訳がない。
「誰に?」
「クィンズできみはなにをした?」
 ロイに問われてエドワードは考える。クィンズといえば、イーストシティに立ち寄る前に滞在した街だ。
「特になにも・・・」
「資産家のご子息の誘拐事件に関わってたそうじゃないか」
「そう言えばそんなこともあったけか」
 普通のトラブルはすでに日常となっているせいか、エドワードは関わった事件を忘れていく。その後すぐに街をでたエルリック兄弟は、事件の全容を知らなかった。
「犯人はテロ組織に属する者たちだ。きみは組織の大事な資金を手に入れる機会を断ったということでひどく恨まれている」
「稼ぎ方がまっとうでない奴に恨まれたって痛くも痒くもないね」
 エドワードは涼しげに言った。神経の図太さは大総統のお墨付きだ。テロリストに狙われていると聞いたところで怯える少年ではない。
「その点については私も同感だ。その組織の大元が、今回きみに本を送りつけた連中だ」
「そいつらは捕まえたんだろ?」
 問題ないじゃないかとエドワードは口にした。
「末端だ。いずれ本格的に挑戦してくるだろう」
 ロイはエドワードに卓上の書類を示した。促されてエドワードは見る。紙面には覚えのある名前があった。
 コール・ハートネット。ラジェ・マゼンダ。クロック・トーマという人物だけ知らない。
「この3人は元は同じ組織だ。だが思想が違うためそれぞれ別れた。今回きみを狙っている組織はクロック・トーマ率いる『豊壌の女神』。この男については不思議と情報が少ない」
 ふーん、と気のない返事をするエドワードだったが、続くロイの言葉に金の目が光った。
「クロックは錬金術師という噂だ」
「それで大佐はおれにどうしてほしい訳?」
「クロックをおびき寄せる餌になってほしい」
 ロイが告げたのは、エドワードを案じての言葉ではなかった。
「掴んだ情報によると、クロックはイーストシティに潜入したようだ。きみと、私の命を奪うためにな」
 愚かな奴らだとロイの瞳が語る。自信に満ちた目は冷たいのか熱いのかわからないアンバランスさがあった。
「餌は多い方がいい。連中を包囲するための手筈は秘密裏に進めている。鋼の、この件は他言無用だ」
 滅多にない口止めに、エドワードはひっかかりを感じる。
「ホークアイ中尉にも?」
「きみを餌にするやり方を知られたら、テロリストにやられるより彼女の銃弾で私は倒れる」
 冗談めいた口調だが、真実その通りだろう。想像してエドワードは笑った。
「鋼の」
 改まった口調でロイが呼ぶ。
「これが私だよ」
 不意打ちな言葉は真摯だ。今までの会話とは違う空気に、エドワードは一瞬ついていけなかった。
「使えるものは子供でも使う」
「子供扱いしたらおれは怒る」
「そうじゃないよ」
 ロイは柔らかに返した。
「一般的な意見を言おう。大人が子供を危険に晒してはならない。それは常識だ」
「非常識で非情。いいよ、別に。おれが使えると思ったから子供でも利用するんだろ」
 役に立てるなら光栄だ、とは気恥ずかしくて口にはだせないが、使われることに異論はない。
「大佐に貸しを作るとちゃんと返ってくるしな」
「きみは・・・」
 ロイが苦笑する。裏のない青年の笑みにエドワードは言葉を失った。
「なんていうか、本気でまっすぐだな。きみが私を好きだなんて信じられないよ」
 ロイがなにを言いたいのかわからず、エドワードは「はぁ?」と間の抜けた声で返事をする。
「私を好いてくれるきみも、慕ってくれる部下も、友人も、私は私のために利用する」
 断言するロイにエドワードは言い返しそうとしたが、遮るように青年が口を開いた。
「私がヒューズになにも言わなかったのはね、彼を一番にできないからだ。わかるかい? 鋼の。一度恋を諦めた人間が恋をするなんて無理な話だよ」



続く


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