静かな夜の愛し方
きみの影を踏んだ
エドワードは全身が泡立つのを感じた。
魂の芯から体が冷えていく。精神的な寒気など、ここ数年感じたことがない。
ロイの、絶望のような言葉に目眩がしてきた。
(なんて後ろ暗いんだ)
それだけに、友人にむけた愛情の深さが知れた。人知れず秘めてきた想いにエドワードは呑まれそうになる。
「今度きみの本を貸してくれよ?」
一転して場の空気を変わる。話は終わりだと暗に告げる青年に、エドワードはうなずく以外できなかった。
諦めるなよ、そんなことない、それでもいい。
自分のなかにある言葉を口にするのは容易かった。だけど、そのどれもが根深いところでなにかを断絶するロイに届くとは思えない。
「わかった」としかエドワードはこたえられなかった。
(悔しい)
子供だと、思い知らされる。頼りない子供を好きになる大人はいないだろう。保護欲の愛が欲しいのではない。
対等の好意。
「好きだからな、大佐」
告げるしかできない無力な子供は、肩を落として立ち去った。
東方司令部から宿までの道のりが長い。さっさと宿に帰り本の整理の続きをしたいがやる気が起きない。脇に抱えた本が重かった。
(なんだろ、体も・・・)
心が体に影響を与えているのか、エドワードは体が重くなっていくのを感じた。ひととぶつかって反射的に顔を上げる。
(まずい)
目眩で頭が揺れた。倒れると思ったが、予想していた衝撃はこない。地面より先に誰かの腕がエドワードを抱き止めたからだ。
「大丈夫か?」
エドワードとぶつかった男だった。黒い髪と黒い瞳がエドワードの眼前に飛び込む。彼の人とは似てないけど、同じキーワードを持つ人物は心臓に悪いだけだ。
「大丈夫だ」
エドワードは自分の足で立とうとしたがふらついた。
「無理をするな」
男はエドワードを目の前にあるオープンカフェに腰かけさせた。近くには噴水があり、木陰もあるテーブルは、夏の暑さがわずかに凌げる場所だ。
男は冷たい飲み物をふたつ頼むと、上着を脱ぐことをエドワードに勧めた。
夏にエドワードの長袖の黒い上着は、見ているだけで暑く感じるだろう。実際、エドワードも暑かった。しかし、剥きだしの機械鎧を陽射しに晒すのは熱を吸収して何倍も危険だ。だが木陰なら問題はない。エドワードは上着を脱いだついでに白い手袋も外す。
向かい合う形に座る男の戸惑う気配に、エドワードは自分の右腕を見た。
「事故にあって」
ロイよりも年上だろう男は、エドワードの言葉に慌てた。エドワードは男の謝罪を笑って流すと、助けてもらった礼を言う。
「おれがぶつかったのが悪いし」
人好きのする顔で男は返した。エドワードのなかで緊張が少しだけ解ける。ロイと別れたばかりで気負っていた自分に気づく。
冷たい飲み物を空にすると猛烈な空腹感に襲われた。今朝もろくにご飯を食べなかった自分を思い出す。
少し早いが昼食にした。
「おれも付き合う」
何故か男が言い出す。不思議な申し出にエドワードが首を傾げると、元気な姿を見送りたいのだと言った。
まるっきり知らないひととテーブルを囲む食事は久しぶりだった。エドワードはトマトがメインのサラダとカリカリに焼いたベーコンとレタスのサンドイッチを平らげる。デザートはあんず風味のアイスクリームだ。道端で倒れそうになった人物とは思えない旺盛な食欲に、見ている男の目が丸くなる。
お互い名前は名乗らなかったが、楽しい食事のしめくくりは元気なあいさつで終わった。
なにも考えず過ごす時間は大切だ。
せめてロイから借りた本を読む気が起きるまで、日常に没頭しようかとエドワードは考える。
しかし状況がエドワードに平穏を許さなかった。
続く