静かな夜の愛し方

女神の足音



 ロイに返す本と貸す本を持って東方司令部に出向いたエドワードは、室内の緊迫した空気に気づき首を傾げる。
 緊急事態が起きたのかとエドワードは推測するが、違った。
 ホークアイが「大佐の機嫌が悪くてね」と苦笑まじりに若き錬金術師に教える。
「振られたのかな」
 エドワードの推理に、室内の男どもは「それはない!」とでも言うように首や手を横に振った。
 『豊壌の女神』というテロ組織の捜査が煮詰まっているのかとエドワードは考える。ロイに餌になれと言われて注意しながら過ごしていたが、危険な雰囲気はない。いっそ向こうからアクションを起こしてくれたら楽なのに、という物騒な考えまで浮かぶ始末だ。
「ちわーす、借りてた本と貸す本」
 呑気なあいさつに、ロイが冷たい一瞥を返す。
「きみか。相変わらず元気だな」
 書類を見ながら、皮肉ともとれる言葉が投げつけられた。
「若いからな」
 取りつく島のないロイを訝しみながらもエドワードは反撃する。
「その無防備さは若さ故か」
 ため息まじりなの発言に、さすがにエドワードも黙っていられなくなる。
「上等だ。ケンカなら買ってやる」
「売るつもりはないし、きみと遊んでいる暇もない」
「回りくどいぜ、大佐。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
 促されて話す性格でもない男なのは、エドワードも承知している。だがら「きみに本を貸した日」といきなり話しはじめたときは驚いた。
「視察の途中、カフェにいるきみを見かけた。あの男とは知り合いか?」
 ロイの不機嫌な理由と無防備だという話と、接点が見つからないままエドワードは「知らないひと」とこたえた。
「きみは気づいてなかったみたいだけど」
 もったいぶった言い方に、エドワードは切れかかる。
「首筋には私がつけたキスマークがあった。上着を脱いだら正面にいるひとには見えただろうね」
「な!」
 エドワードはとっさに左手を首筋にあてた。
「違う、反対側だよ」
 わざわざ訂正までする青年にエドワードは頭に血が昇った。
「最低、最悪、クソ大佐」
 脇に抱えていた本の束を上官に投げつける。ロイが体を傾けて避けると、本は壁に当たって床に落ちた。
「ものにあたるな」
「だったらてめえにぶつけてやるぜ」
 エドワードが両手を合わせるのと、ロイが発火布を手にはめるのはほぼ同時だった。今まで数多くの小競り合いをしてきたふたりだが、自分の手の内ともいえる錬金術を使ってまで応戦することはなかった。
 錬金術師同士が一戦を交えれば、建物倒壊の可能性も大げさな話ではない。
 そこに、はじまりでなく終わりを告げる銃声が鳴った。
「そこまでにして下さい」
 天井にむけて銃を発砲したのはロイの副官リザ・ホークアイだ。彼女は殺気だつ室内に気後れすることなく足を踏み入れる。
「国家錬金術師が私闘で錬金術を使用するのはどうかと思われます」
 ホークアイの言葉に、先に冷静さを取り戻したのはロイだった。遅れてエドワードも合わせていた両手を解く。練成しそこねた光が名残惜しげに消え、エドワードは両の拳を握る。正面にいる男から視線を外すと、ホークアイの脇を走り抜けた。
「大将」「エドワードくん」
 背後でエドワードを呼ぶ声が聞こえたが、全部を振り払う。
(なんだよ、あいつ)
 ひとを侮辱しているとしか聞こえない台詞は、思い出すだけで腹が立つ。キスマークぐらいでエドワードは怒るつもりはない。ただ、ひとをばかにした、本気で蔑むようなロイの台詞は許せなかった。
 痛覚神経がない右腕が痛む。練成を途中でやめたことにより生じた不具合だった。怒りに我を忘れて、再構築が不充分だったようだ。
「いってえ」
 痛みを感じない機械鎧を反対側の手でさすりながら呟く。
 みじめな気分だった。
「いたい」
 立ち止まり、か細く呟く。あるはずのない痛みで自分をごまかさなければ、泣いてしましそうだ。
「きみ」
 耳元で聞こえる大きな声に、エドワードは顔をあげる。目の前には先日昼食をともにした青年がいた。
「顔色が悪いよ。また貧血かい?」
「・・・大丈夫」
 エドワードは素っ気なくこたえた。激情した後の反動か、体と心がひどく疲れていた。右腕の痛みが増す。
「とにかく休もう。今にも倒れそうな顔色だ」
 宥める台詞にエドワードは断るれずにうなずく。黒髪の上官からすれば「無防備だ」と窘められただろう。
(知るか)
 エドワードの怒りは再び沸点に達し、彼らしからぬ不用心さでひとについていった。



 ホークアイの無言の命令でエドワードの後を追いかけていったハボックは、腑に落ちないものを感じつつも、知り合いのような空気に納得して東方司令部に戻った。
 丁度、上司の古くからの友人が帰るところだった。ここ最近なにかの情報を流しているのか、中央勤務のマース・ヒューズが東方司令部に顔をみせる回数が多い。
「苦労したんだぜえ。こいつの写真を手に入れるのは。残業が増えたおかげで普段の15パーセントマイナス、エリシアちゃんに会ってない!」
「恩に着せた言い方をするな。おまえのことだ、5パーセントのサバは読んでるとみた。今すぐ帰れば今日中には愛しの家族の元に戻れるだろう」
 噛み合ってない会話にハボックは頭痛を覚えた。ふいにホークアイと目線が合い、ハボックはうなずき返す。
「お、なにやら秘密の匂い」
 からかうヒューズにホークアイは手厳しかった。
「ハボック少尉には鋼の錬金術師の護衛をお願いしました。いろいろと物騒ですからね」
「また揉めたんだって?」
 ヒューズは矛先を友人に向ける。それに対してロイは肩を竦めて返すだけだ。
「鋼のを宿に送ったにしては早い帰りだな」
 ロイも話を変えた。
「大将は友人の家に寄ったんで、自分は帰らせてもらいました」
「友人?」
 ハボックの報告に、ロイだけでなくホークアイも首を傾げた。失礼な話ではあるが、イーストシティにエドワードの友人がいるとは考えられなかったのだ。
「黒髪の、大佐ぐらいの年齢の男でした」
 ハボックの言葉に、ヒューズが顔をしかめた。そして、封筒から一枚の写真を取りだす。
「その男って、こいつか?」
 示された写真は、ハボックが生で見てきた男が映っていた。
「こいつっす」
 ハボックがうなずくが、軍人の手元から出てくる写真はきな臭く、嫌な予感が漂う。
 ホークアイ、そしてロイも椅子から立って写真を見た。
「この男・・・」
「『豊壌の女神』のリーダー、クロック・トーマだ」
 苦々しく告げるヒューズに、三人は言葉を失った。



続く


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