静かな夜の愛し方
紛いの錬金術師
エドワードは自分を見下ろす青年を無言でにらんだ。普段は喧嘩っ早い少年だが、窮地に追い込まれるほど口数が少なくなり、変わりに雰囲気が研ぎ澄まされる。騒々しい面しか知らない者なら、彼の変わりように我が目を疑うだろう。
「何の用だ?」
聞く声も低い。荒くないだけに妙な迫力のある響きだ。
「大体察しはついてるだろ?」
青年は笑うが、それは彼が外で見せた笑みとはかけ離れて酷薄なものだ。
エ幻覚痛と怒りで冷静さを失ったエドワードは、ろくに面識もない青年のアパートに促されるまま上がりこんだ。だされた飲み物を口にしたとたん意識を手放し今に至る。
状況は至って最悪。アパートという比較的外の世界と近い場所にいるが、錬金術が使えないように両手を後ろ手に縛られ身動きは取れない。
「あんたが、豊壌の女神リーダー、クロック・トーマなら用件の予想がつくぜ」
「気が強いね。きみみたいな子供は嫌いじゃないけど、もう少し使い分けた方がいいんじゃないか?」
青年の返事は自身の正体を認めたようなものだ。
『この男については不思議と情報が少ない』
ロイにため息をつかせた人物をエドワードは観察する。錬金術師と言われる男だが、研究者を思わせる雰囲気がなくてエドワードは訝しむ。
「まったく、きみやロイ・マスタングは我々にとって鬼門だよ。コール、ラジェ、ふたりともきみたちに関わって死んだ」
「難癖つけるな。おまえたちの方が関わってくるんだろ」
負けじとエドワードも言い返す。
「リスクが怖いなら家で大人しくしてな」
理想を掲げて国と対立するのだ。リスクはあって当然。無事に望みが叶うと信じるおめでたい思考にエドワードは嫌悪する。
「そうも言ってられない状況だからおれが動いてるんだ。これで終わりにしたい」
クロックは片膝を床につくと、エドワードの顔を覗き込んだ。
黒い瞳と目が合う。
思えば黒髪、黒目がいけなかったんだよな、とエドワードは反省した。忘れたくても忘れられないひとを思い出す。
(餌が食われてどうする!)
囮という任を承諾した身としては身動きがとれないのは辛い。
「その割にはさっさと殺そうとしないんだな」
時間稼ぎのつもりでエドワードが聞くと、クロックはため息をついてこたえた。
「失敗したんだ」
クロックはズボンのポケットから包みをとりだす。
「試作品の薬だけど、おれの予想ではひとひとり殺せたはずなんだ」
呑気な台詞に、エドワードは本気で顔色をなくした。睡眠薬だと思っていた飲み物が、実は致死を想定した薬だとは思いも寄らなかった。できることなら今すぐ胃を洗浄したい気分だ。
「おれの趣味は薬品の調合でね。先日東方司令部に送ったものは、なかなかおもしろかっただろ」
「楽しい訳ねえだろ! もう少し訳わかるもんを作りやがれ」
びっくりした勢いでエドワードは怒鳴った。
「訳がわかるものなんてこの世にないだろ? でたらめぐらいが丁度いい。エドワード・エルリック。おれに正論は通用しないからな」
クロックの言葉がエドワードは異国の言葉に思えた。理解し難い思考の持ち主だ。クロック・トーマについて情報が少ない訳を、エドワードは脱力しながらも辿りついた。
(この破天荒な性格のせいだ)
「趣味は錬金術じゃないのか?」
エドワードは、彼の噂が気になってカマをかけてみた。返答の内容は予想がついていたが。
「興味ない。等価交換、だっけか? そんなものに縛られる研究はつまらないね」
三度の飯より大事な錬金術を「つまらない」と言われエドワードは逆上しそうになった。怒りを堪えて、冷静に判断する。
(クロックは錬金術師ではない)
摩訶不思議な薬品を作る関係で、不思議な能力=錬金術師、という噂がでたようだ。ロイ自身も曖昧と感じる部分が多かったため「確かな情報ではない」と前置きしている。
「それで、薬殺に失敗したあんたはおれをどうしたいんだ?」
「薬品の効果が表れるかどうかを検証する」
邪魔だと言ったその口からは、想像できない台詞が返ってきた。
「ちなみに解毒薬は?」
「あったらつまらないじゃないか」
真顔で返された瞬間、エドワードは自分の命運がつきたと思った。
「人生はスリルに富んだ方がいい」
「まさかあんた、そんな理由で組織を作ったんじゃないだろうな?」
「コールとラジェに誘われただけだ。その後離れ離れになったのは淋しいが、それなりに楽しく活動できた。みんなががんばってくれたからな」
他人事のような発言に、エドワードは目眩がしてきた。きっと、この男は強運の持ち主なのだろう。だからこそ本気でない組織でも勢力もつき、名も知れるようになったのだ。
ある意味不幸かもしれないが、犯罪の免罪符にはならない。
「じゃあ今回が、人生最後のスリルだと思いな」
ロイ・マスタングのお膝元で犯罪を犯したのだ。クロックが自由を満喫した最期の土地がイーストシティになること間違いないとエドワードは確信していた。
エドワードの確信と同じ強さでクロックは否定する。
「そいつは無理だろ」
「無理じゃないさ。現実的にね」
凛とした声にエドワードだけでなくクロックも反応する。
いつの間にか開いていた扉に青い軍人が立っている。筆頭にいるのは東方司令部ロイ・マスタングだ。両脇を固める部下らがクロックに銃の標準を合わせている。
「豊壌の女神リーダー、クロック・トーマ。大人しく投降すれば命の保証はしよう。抵抗すれば命はないと思え」
低めの声でロイが宣言した。だが、クロックは軍人の登場に恐れることなく、手にしていた包みを見せるように掲げた。
「鋼の錬金術師に薬を飲ませた。それがこれだ」
クロックの台詞にロイたちが息を呑む。
「本当かね? 鋼の」
心底呆れた口調で問われ、エドワードはいたたまれなくなって小さくうなずく。
「このままのんびり薬の成果が表れるのを待ちたかったが仕方ない」
自分勝手な台詞に聞いてるエドワードは腹が立ってきた。怒りに我を忘れていたとはいえ、隙を見せた自分に腹が立つ。
道をあけろと要求するクロックの、疎かになってる足をエドワードは足で払う。クロックはテーブルにぶつかって倒れた。
呆気にとられる一同だったが、すぐに立ち直りクロックを包囲する。彼はすぐに捕まった。
「あ」
と声を上げたのは、クロックの腕を掴んだハボックだ。
「薬が・・・」
クロックが持っていた薬は、テーブルにあった水差しに浸っていた。慌ててハボックが小包み手に取ろうとしたが、ホークアイによって自由となったエドワードが横から取った。
「素手で触るな」
エドワードは機械鎧の右手で包み開いた。
中味は液状になっていて、床に落ちて染みになる。
「こりゃ、だめだな」
エドワードはため息をつくと、ハボックに押さえつけられてるクロックに尋ねた。
「薬の成分と分量は」
「成分ぐらいなら教えられるが、分量は適当だ」
ハボックがいい加減なことを言うなとクロックに凄んでみせたが、エドワードは諦めていた
(この男なら本気でいい加減な分量で調合しそうだ)
「鋼の、聞きたいことはあるがまずは病院に行きたまえ」
埒のあかない状況に、ロイが口を開く。苛立ちを含んだ声に、エドワードは緊張した。その瞬間、体の表面を妙な感触が駆け巡る。
エドワードが顔をしかめたのはロイの目に入った。
「鋼の?」
練成陣を描いた白い手袋がエドワードの額に触れたとたん、顔が奇妙に歪む。
「・・・痒い」
全身を襲う痒みにエドワードは呆然と呟いた。
ホークアイが断りをいれてエドワードの左袖をめくる。白い肌には赤い斑点が浮かんでいた。
「・・・じんましん?」
ホークアイが首を傾げてエドワードを見た。
「エドワードくん、首にも」
「鋼の、アレルギー体質だったのか?」
ロイが首元を覗きこもうとするのをみて、エドワードは彼をはね除けた。
「鋼の?」
払われた手を宙に浮かせたまま目を丸くするロイに、エドワードの頭はパンクしそうになった。
「病院に行って来る」
早口で言うと、エドワードは大人たちを押しのけて部屋をでていく。
「・・・ホークアイ中尉、鋼のの付き添いを頼む」
背後から上司と副官のやりとりが聞こえた。
慣れない痒みに反応するかのように、胸が痛い。自分を軽蔑する台詞を吐いたロイを前に、言葉が見つからなくて緊張した。
できれば会いたくなかった。
でも会えて嬉しかった。
相変わらず堂々巡りな思考に救いようのなさを感じる。
ため息の重さは想いと同じ分量で吐かれていく。ため息と同じ重さは心にも降りかかっていた。
続く