Title:MilkAge

子供はオモチャじゃない
「子供はオモチャじゃない」。生まれたての悠澄を抱き上げている時に父 からいわれた言葉である。父の世代には近代化された病院への絶対的信頼 感がある様だが、私達にはそれがない。自然に近い形での出産は私達には 誇りに思えても、父には不安でしかなかった。出産直後の赤ん坊は無菌室 で並べられているべきなのだ。この辺りの議論はしても仕方がない。現に 悠澄は呼吸を止めて近代設備の中で生き延びた。それでも私はスキンシッ プの自然さを否定する気にはなれない。

「オモチャじゃない」、この台詞は未だに頭にこびりついて離れない。今 の子供達を包む環境を想う度に浮かんで来る。多くの心無い子供達を見て きた。その度にその親を想った。多くの心無い教師達と触れてきた。その 度に彼らは何を私達に学ばそうとしているのだろうと疑った。今、親の立 場に立たされた。悠澄から見れば、私達が親であり教師である。すでに評 論家の立場ではない。

学校に躾(シツケ)までも任せようなどとは毛頭思わない。子供は親を見て 育ち、育まれた感性で素敵な友と師とに出会い更に感性と知識を膨らませ るものであろう。何を伝えていけるのか、何を伝えなくてはいけないの か、今は漠然と思うばかりだ。

私の勤めるコンピュータ業界は変化が激しい。二十歳の悠澄がどんな環境 でコンピュータに触れているのか想像もつかない。環境も大きく変わって いるだろう。モラルも国の概念も変わっているかもしれない。しかし、彼 が成人した時に根幹となるものを伝えなければならない。責任は重い、改 めて感じている。そう「子供はオモチャじゃない」。

オムツ替え
悠澄のオムツを替える。さすがに戸惑った。やり方が判らない。妻に聞 く。さも当たり前の顔をして、こうやるのよっと教えてくれる。どこで習 ったんだ?

Image 漏れないように、きつすぎないように、試行錯誤でやり続ける。オムツの 交換は、1日に何度も来る。1日付き合えば、何度でも練習できる。来る 日も来る日も、狭い部屋中に布オムツが乾されている。それをノレンのよ うにくぐりながら、部屋を往き来する。

敵が「小」の時は、さほど手間もかからない。布を替え、桃の葉ローショ ンをコットンで軽く叩くようにしてつける。ドライヤーで乾かしながら、 片足ずつマッサージする。マッサージといっても、単に片手で握れる太さ の足を軽く揉みほぐすっと言った感じか。汗疹(あせも)対策として、ドラ イヤーは効果があった。さらに、気持ちがよさそうだ。時にはウトウトす る。そんな時は、ドライヤーをonのままで横に置き、音を出しながらオム ツを封印する。それでもウトウトしている事を確かめて、スイッチを消す。

敵が「大」の時は、少々厄介だ。こちらの焦りに乗じて、悠澄の足がその 敵目掛けて襲って来る。油断すると、服まで敵だらけになってしまう。こ うなったら、笑えない。また、臭いも効く。笑って替えれるのは、半年ま でか(半年ともなると、母乳以外にも口にするので、臭いは格段に複雑と なる)。しかし、本人も気持ちが良い訳がないので、早めに替えなければ いけない。手を抜くと、すぐにおシリが赤くなり、泣き声となって親を苦 しめる。

大小の区別なく取り替えることが習慣となってから、友人からこんな話 を聞いた。その家庭では、ご主人がオムツを取り替えようとして、敵が 「大」だった場合、「おかあさんっ、大変だウンチだ!」といって選手交 代するそうだ。うん、確かにそりゃ大変だ。

これを聞いてからは、時々妻に同じ事を言ってみる。「おかあさんっ、大 変だウンチだ!」。妻は笑っている、交代してくれた事はない。

お風呂−父親学級で習った事/習わなかった事−
悠澄が生まれる前に、妻は母親学級に通った。父親は、土曜日に一回だけ で許される。胎児の様子やケアの仕方を軽く習って、メインはお風呂の実 習である。

私が行った日は、15組位のカップルが来ていただろうか。最初は、皆ん な、「なんで良い年して、こんなことを」といった照れがある。大きなキ ューピー人形を相手に、丁重に服を脱がせ、顔を拭き、時間を気にしなが ら、格闘する。想像すると、確かにおかしい絵である。けれど、皆んな汗 だくになってやった。汗だくにはなったけれど、1回やって、これならで きるかな...などと思っていた。

さて、悠澄も満1ヶ月。お風呂も、今までのタライ風呂から、普通の湯船 へと変わる。我家も、平均的家庭らしく、お風呂は父親の担当となった。

いや〜、勝手が違う。練習の3倍は汗をかいたろうか。とにかく、ふにゃ ふにゃと動くのが相手である、疲れた。それでも、会社の帰りが遅くなら ない限り、私がいれた(と思う)。

妻がいうには、手が大きいので、耳を押さえるの(水が入らないように)と かが楽で、しかも安定感があって、悠澄も安心しているように見えると言 う。よくよく考えてみると、妻にうまく乗せられたのかもしれない。

しかし、1人でお風呂に入れるのは、かなり辛い。夏の湯冷めしない環境 ならまだしも、秋口からは、スプーンに卵を乗せて障害物競争をするよう なものだ。

育児書にはこんなことを「しなければならない」と書いてある。覚えるだ けでも大変な作業量である。最初は、本を見ながら、まるでプラモデルを 作るみたいにやったものだ。そんなこんなで1ヶ月もやり続けると、結構 慣れてくる。但し、かなりいい加減になりながら。

Image 服を着せ終わってから、「あっ、これを忘れた...まぁいいか」なんての は毎日のことである。洗い方も雑になって来る。妻は、最初は風呂場の中 でも側にいて手伝ってくれたが、私が慣れてきた(と勝手に思い始めた)頃 には、風呂場に来なくなった。理由は、私の洗い方が雑で乱暴すぎるの で、見ていて心臓に悪いというのである。けれど、湯船に落としたこと も、擦りすぎて肌を傷めたこともない。怪我さえしない注意をしていれ ば、大抵のことはしていいのだ。現に、子供だって、そんなに嫌がっては いない。

そう言えば、こんな事もあった。湯船にいれてから少し持ち上げた、する と、何喰わぬ顔でジョジョジョジョ...とおしっこをしている。いままで 水中だから判らなかっただけで、これが初犯だという証拠はない。それか らは、必ず風呂から出る時には、シャワーを浴びるようになってしまっ た。

授乳
最初から何がなんでも母乳で育てる..といった意気込みはなかった。どち らかと言えば私は、弟に粉ミルクを作っている母を記憶しているので、混 合かなぁといった気でいた。

しかし、妻のオッパイは、「3人の赤ちゃんを育てられる」と言われるほ ど出た。どれほど出るかは、個人の資質だと言ってしまえばそれまでだ が、どうも訓練もあるようだ。

妻も最初から、ドバドバと(失礼な擬音か)出ていた訳ではない。特に、息 子が生まれてからさて吸い出すぞ、といった時期に入院してしまったの で、吸って貰えなかった。お乳は、吸って貰うほど出やすくなるものなの だそうだ。幸いな事に悠澄は大食漢で、退院後にはガンガン飲んでくれ た。

つぎに手入れ。助産院では、きちんとマッサージ[1]をしてくれる。なん となく男子禁制といった雰囲気があったので、実際どんなマッサージかは 見ていないが、相当気持ちの良いものらしい。30分くらいの間に、寝て しまう事もあったという。息子が入院中には、お乳に吸引器(?)みたいな ものを当てて吸い出したりしたが、これは結構痛いものらしい。時には血 が混じっていたりして、いかにも痛そうだった。助産婦さんがやってくれ るマッサージは、痛くもなく効果的。まるでどこかのエステサロンのコピ ーのように妻は絶賛していた。

[1]マッサージは出産時だけではなく、出産後も受けられた。暖かなタオルを当てて、
揉みほぐすらしい。自分でやる時の事も習っていたが、シャワーなどを浴びながらやっていたそうだ。

この溢れ出るオッパイは、約3時間毎に息子の口の中に消えて行く。あげ る時は、何やら角度があるらしく、母子2人で「この方が飲みやすい?」 と、何度も調整しながらあげていた。息子は、飲みにくいと、唸りながら 身体をひねって怒っていた。

しかし、出過ぎるのも考えものである。先ず息子がむせてしまう。多分ち ょっと吸っただけでどっと出てしまうからだろう。また、左右均等に吸わ せていかないと岩のように硬くなるのだそうだ。妻は3時間毎に、自分で オッパイを抱えるように握って硬さを確かめる。「さっきはどっちだった かなぁ」と言いながら、硬い方のオッパイを与えていた。それでも余るオ ッパイはあって、それはミルク風呂[2]と化す。

[2] ミルク風呂は身体の緊張をほぐすので、妻本人にも良いらしい。

蛇足ながら書くと、息子専用と化してしまったオッパイは、色気の「い」 の字もない。女性は体形的にもこうやって母親になって行く、私はといえ ば御腹の出具合が少し加速した程度の変化しかない。「父親」の自覚の方 が難しいのも道理ではある。

社内のよろず子育て相談所
私の会社には、「よろず子育て相談所」がある。あるといっても、別に会 社が積極的に相談員を置いてくれている訳ではない。

パソコン通信みたいなものと言えば分かり易いだろうか、社員なら誰もが ネットワークを通して書き込める情報ボックスといった感じか。基本的に は、社内の技術的,戦略的な情報を討論・告知したりすることが、第一の 目的である。幾つものテーマに別れたこの情報ボックス(製品名からノー トと呼ばれている)があり、ネットワークを通じて誰もが質問し、誰もが ボランティアで知っている情報を提供する。

多くの社員がなんらかの恩恵をここから得ているので、答える人も積極的 に善意のもとで、知識を提供し共有しようとする。これは国内に留まら ず、全世界で行なわれている。日本で問題になったことを適切なノートに 書き込んで質問しておくと、翌朝には欧米あたりの専門家がアドバイスを 書き込んでくれている。

こういった技術的あるいは仕事に直結したノートだけでなく、「お遊びノ ート」も多くある。どうすればそこにアクセスできるかとかを全社的に公 開しているので、会社も知っている。この文化とも呼べる情報網は、米国 本社に端を発し、黙認されている。社員同士の意見・情報交換の道具とし て、福利厚生の一環として見ているのかもしれない。

映画,小説,テレビの話題...大抵の話題は対象になっている。その中に、 この「よろず子育て相談所」[1]がある。ここでは、社員が思い思いに自 分の子供の自慢話をし、相談事をする。別に親であることがその参加資格 にもなっていない。独身者も、既に子供がある程度大きくなった人も、自 由に意見を書き込む。

[1] "MILK_AGE"と言う。本書のタイトルはここからもらいました。

夜泣きとか睡眠不足とか、私も色々な意見や妙案を授かった。社内に同じ ようなことで悩んでいる人がいると知ることだけでも、なんだか救われ る。妻に公園で知り合ったお母さん仲間がいるように、私にもネットワー クの広がりの中に顔も職場も知らない仲間が沢山いる。

出産時のプレゼント
妻は、「年上女房」である。日頃はたいしてそんな事を意識しなかった が、出産のプレゼントで再認識させられた。

妻の友人達は、もうそろそろ子育てを卒業しているのだ。「我家ではもう 使わない」といって送られて来たもので、殆ど足りてしまった。ベッドか ら洋服まで、殆ど2〜3歳までのものはあるのではないか。

もちろん、新品のプレゼントも多く頂いた。色々な方々のプレゼントを並 べてみて、感謝する。色とりどりの洋服から、名前入りのヨダレかけやタ オル、タオルケット。そして可愛いオモチャ達。アメリカからはベビーリ ングも届いた。

同時に、時代の色みたいなものも感じる。どう見ても、最近のデザインの 方が、格好良い。色の鮮やかさ、艶やかさが大きく違う。こういうものを 着て育つと、色彩感覚が研ぎ澄まされるのかもしれない。

アメリカの友人からも洋服を頂いたので、国際比較もできた。どうも、ア メリカ製は、首回りが細く袖が長い。基本的には身長を基準にしているの で、息子は同じ身長のアメリカっ子に比べ、頭がでかく腕が短いことにな る。なんだか狸を連想する。この時期にして、体形差が出るものなのだ。 妻が大きさを見ながら、なにやらチェックしている。どの時期に着られる のか、そしてそれはどの季節かを見ているという。悠澄は9月生まれなの で、半年後は春、歩きだすのは1才前後なので秋頃か。その季節にあった 衣類であるかを見ている。大きさ的には冬頃に思えても半袖だったり、夏 頃に着そうなのに厚手だったり。う〜ん、難しいものだなぁと私は見てい た。

眠気防止策:夫編
我家では、夜中に泣き声に対しても一応、「男女雇用機会均等法」が適応 される。但し、母乳など私が物理的にどうしようもないことは妻任せにな らざるを得ない。その分、私の出番は少なくはなるが、狭い家なので大抵 は起こされる(起きてしまう)。

そこで問題になるのが、会社での睡魔対抗策。特に私の仕事は、ワークス テーションの画面と1日中向かい合って、シコシコゴリゴリとプログラム を書くことなので、眠気は大敵である。以下は、私が試した手。

しかし、結局コーヒーで胃を壊した後に、辿り着いたのは「子供の泣き声 に動じない睡眠」であった。夜中に頻繁に泣くようになっても、2ヶ月も すれば大抵の泣き声では起きなくなってしまったのだ。

「よく寝てられるわね」という感心と嫌味のこもった妻の台詞の登場とと もに、「男女雇用機会均等法」は現実社会と同じく名前のみとなってしま った。

普段なにも気にならない事に注意が行く様になった。音である。悠澄はと ても音に敏感だ。普段全然気にもならなかった音に対して、両手をあげて "ビックリ"する。浅い眠りだと、驚き泣き出す。彼の驚きの大きさで、私 はその音の大きさが初めて分かる。彼を寝かし付けていてベッドの傍で息 をひそめていて、ようやく自分の音に対する無神経さが自覚できる。

我家では、常に電話が留守番モードになってしまった。3回以上はならな くして、時には完全に音を切っておく。居留守をしているようで気分はあ まりよくないが、息子の安眠のためにはいたしかたない。

ガスの点火の音、ドアの開け閉めの音、歩く音、窓越しに聞こえる車の 音、電子レンジのピー音、クーラーの音、電話の音、呼び鈴の音....人間 はなんて騒々しい生きものなんだろう。

ゲップ
赤ん坊はミルクを飲むとゲップ[1]をしなければならない。ミルクと一緒 に空気を飲み込んでいて、それが溜まると、苦しがったり吐いたりする。 飲ませると直ぐに肩にかつぐようにして背中をトントンとたたいてやる。

[1] ゲップは胃の中に溜まった空気がでることを言う。胃は三日月のよう
に曲がっていて、食道との境目よりも少し上に飛び出した部分がある。
従って、赤ん坊の身体を少し傾けてトントンすると出やすい。

妻は悠澄と接する時はほとんど何かを喋っているが、この時は、「はーい 悠澄君、ゲップ虫お母さんにちょーだい!」とか「ゲップ虫、ゲップ虫出 てきてちょーだいッ」とやっている。中々出ないと、「悠澄君、お願いだ からゲップして頂戴、ネッ十円あげるから....十円じゃ駄目か..」。金額 の問題ではない。

そのうちに..。「ゲップッ!」「あーお母さんが先に出しちゃった!」。 おいおい、お前がやっては単なる礼儀知らずだろう。

比較
悠澄が家族に加わってから、小さな子供がやたらと目につく。出勤中も買 い物も、小さな子供にばかり目が行く。で、何を見ているかというと、比 較しているのだ、無意識の内に。悠澄と比べて、目が大きいだの、口が格 好いいとか、耳はどうだ、髪はああだ。結局の所、悠澄に勝る子供は(私 には)いるはずがないのだが、なんとなく見てしまう。そして、何か1点 でも負けている(?)点があるように思えたら、「悠澄は10日も早く生まれ たんだ」とか何とか言い訳が頭を巡る。

これは、妻も同じだ。同じマンションに住む8ヶ月先輩の子供と比べて、 「あの子は、マツゲがこんなに長くて可愛いのッ!」。目の前で大きく手 をカーブさせ表現しているつもりだ。それじゃあ、まるでモスラだよ。2 人していい親馬鹿である。

いとおしい
生まれる前は想像もできないほどに、悠澄が可愛い。毎晩寝かし付ける時 に抱き上げて、いつのまにか抱きしめてホオズリまでしてしまう時があ る。何がそれほどまでに可愛く感じさせるのだろう。

「ルックス」だろうか、「血」だろうか、色々と考えてみたがピンとこな い。そんな時、眠る悠澄を見つめてふと感じた。この子はこれから途方も ない人生という道を歩き続けて行くんだ..と。今まで私が経験してきた多 くモノのを、違う形で体験して行くのだ。道も場所も時代も違うが、あの 純粋さも、恥じ入る気持ちも、心の底から喜ぶ事も苦しむ事も、そして悔 しがったり哀しんだり。誰も代わってやる事のできない彼だけの財産とな るモノを、自分自身の感覚で体験して行く。そんな彼にエールを送りた い、頑張れと声をかけたい...そんな気持ちが底辺にあるような気がして きた。言葉だけで知っていた「いとおしさ」がとても身近になってきた。

抱き方
赤ちゃんの抱き方を、ちゃんと習った訳ではないが、私は最初から抱き方 が上手だと言われた。弟で鍛えたせいかもしれないが、10才そこそこの 私に、生まれたての弟を任せていたとも思いにくい。

何が違うのか、物理的には「手の大きさ」がある。これはきっと安定感を 生む。そして、「絶対に落とさないんだ」という訳もない「自信」。私 は、これが大事なんだろうと思っている。

恐る恐る抱かれると、赤ん坊は、すぐにそれを感じ、不安になる。赤ん坊 が不安になると、ますます恐る恐る抱く、更に赤ん坊は怯える...。この 悪循環が、抱く事を躊躇させ、上達させないのではないだろうか。

赤ん坊は、少々手荒く扱っても大丈夫である。現に、助産院や病院での扱 い方は、そりゃあ手慣れてはいるが、丁重とは言い難い。確かに、まだ首 も座らぬ赤ん坊は、抱いていてもクニャクニャしていて、不安定だ。しか し、落ちないための最小限のポイントを、しっかりと支えてやれば、落と す事はない。

我家を訪れる多くの人が、抱きたいが恐いと躊躇したり、抱いたとしても 悠澄の方から拒否したりされる。皆んな、慣れていないのだ。昔、大家族 のときには、近所のどこかに赤ん坊が居て、それをそれなりに見てきた。 今は、それがない。個人の自由を選んだが故に、集団として自然に蓄積さ れてきた知識が崩れて行く。その一端かもしれない。

後遺症
Image 呼吸停止した悠澄は、その後全く異常は見せない。ところが、後遺症は親 に現れた。

お昼寝でも真夜中でも、あまり静かに寝ていると、心配で顔を覗き込む。 寝息が聞こえれば、安心する。 これを、真夜中に、私も妻も数回繰り返す。別に言い示した訳ではない。 トイレとか、起きた時のついでで様子を見る。あんまり静かな時は、不安 になり、わざわざ起きて、寝息を確かめる。実はこの習慣は、頻度こそ減 ったが、これから約1年あまり繰り返された。

あの呼吸停止は思い出すたびに、いまでもゾッとする。新生児用ICUの ケースの中で、複数のセンサーと点滴を身体中にまとわりつけた息子の姿 も見たくない。悠澄は、そんな親の思いを知る訳もなく、起きたい時に起 き、眠い時に寝、時には豪快にイビキをかいて眠る。このまま健康であっ て欲しい。

before TOP 目次 next

Copyright:1997 Hideki_Mitsui@MilkAge