Title:MilkAge

天使のほほ笑み
赤ん坊は、夢を見る?眠る悠澄は、時に叫び、時にうなり、時に笑う。

笑いは、「キャハハ」というのから、微かにほほえむ程度まで様々であ る。筋肉が反射的に動くかのように、時間にして1秒余りニコッとする。 どの程度の頻度でほほえむのか知らないが、覗き込んだ時にそうされる と、なんだかとても得したような気持ちになる。

この得した感覚は、他のなにものにも比べられない。たとえ裏の竹林で1 億円を拾っても、この種の「得した気分」には浸れないと思う。我が子の 笑みに出会うと、日頃持っている物欲とか所有欲とか独占欲から離れた心 のある一部が、満たされる想いがするのだ。

親馬鹿冥利に尽きる瞬間でもある。「この子ほど可愛い子はいない!」。

悠澄の視覚は、いつ頃から機能し始めているのか。

出産直後、カメラのフラッシュに眩しそうに目をしぼめているので光の認 識は早くからある様だ。しかし、見えているのかは良く判らない。1ヶ月 を過ぎたあたりから、目でものを追う事を時々するようになる。全くの気 分次第で、機嫌のいい時しかしない。2ヶ月となり、かなり見えているよ うな素振りをする。多分に周囲の情況を観察する動きがある。目に入ろう が見えていない、そんな事は大人になってもよくある事だ。そもそも見る べきものを見ているのかも心許無い。2ヶ月半頃から、少なくとも「人 間」を意識しだす。顔を向けた方向に人が居れば、誰だろうと凝視してい る。私である場合、ちょっと考えてはみるものの笑顔を返してくれる。し かし、残念ながら誰にでも微笑んでいる気がする。

日々自分の視覚が捉える範囲が広がっていく、それはどんな気持ちだった か。残念ながら思い出せない。昨日30cmまでしか見えなかったのが、今日 は40cm先に焦点が合う。昨日気付かなかったものがあるのが判る。それ は、恐れにつながるのか、喜びにつながるのか。悠澄は、こちらの思惑を よそに、キョロキョロと好奇心の塊の如く首を振り視線を流している。頑 張って欲しい。

白目の部分は、生後しばらくは黄色がかった色を帯びている。胎内にいた 頃の血液が外界に適したものに変化しているためだろう。それが次第に、 白く、純白に変わっていく。黒い瞳は、その反対にますます深い黒となっ ていく。2ヶ月あたりから、口許中心の笑顔に目の表情が加わってくる。 眉が動き、目が三日月型にしなる。それは、どんな疲れも吹き飛ばすほど の笑顔である。目は大きく見開かれる場合も増えてくる。何故かあまり直 視してくれないが、たまに目が合い凝視されると、こちらが少したじろい でしまう。綺麗な純白の中の漆黒の瞳、その澄んだ瞳に覗き込まれる私が 映っている。別に悠澄が私の人生に文句をつける訳ではないが、何かかし こまり、自分が何か汚いもののような気になってしまう。使い古された 「純粋」という言葉が浮かんでくる。「目は口ほどにものを言い」、いま 悠澄は雄弁だ。

大人のまね
悠澄は大人のまねが大好きだ。1ヶ月頃から、両脇を支えて「タッチ!」 といってやると笑いながら立とうとする。1ヶ月半もすると、「ハーイ ッ」という言葉を聞くと何か言おうと口をパクパクする。2ヶ月になると 声を出せ、何かを話そうとする。2ヶ月半には10回に1回は「ハーイ ッ」と聞こえる返事をする。そしてこの頃から、一人で何やら喋りだす。 こちらが話しかけると、さも判ったような顔で笑って返してくれる回数も 増えて来る。

驚くのは、「クシャミ」である。我家では夫婦そろってクシャミが大き い。すると、悠澄も「ヘークシュン!」と、やるのである。声の大きさに こちらが思わず覗き込んでしまう。しかし本人は当り前の顔をして笑って いる。悠澄には我家が世界である。そこで私達から学ぶのは当然といえば 当然のこと。悠澄という鏡を通して、私達は今自分達自身を見ている。あ まり笑っていられない。

エスカレータ前で怯えるおばあさん
会社の側のレストラン街に行った時のことである。1階に向かうエスカレ ータ前におばあさんが1人立っていた。私も降りたかったので、あとに続 こうとした。すると、降り続けるエスカレータ上に、オジさんが何やら喋 りながら乗っている。勿論、じっとしていては降りてしまうので、一生懸 命機械に合わせて登っている。そのおばあさんは、下りのエスカレータが 恐いのである。怯えるような表情で、一生懸命足を出そうとしては、引っ 込めている。おそらく、オジさんは息子さんで、懸命に乗せようとしてい るようだ。

私の後ろにも少し列ができ始めた頃、男は何かカンシャク玉がはじけたよ うな文句を言って、駆け上がり、おばあさんの手を強引に引いて一緒に降 りていった。降りながら、まだ文句を言っているのさえ聞こえた。どうや ら、男はとても恥ずかしいと感じたようだ。

それを見ながら、我々の基礎を築いてきてくれた先人達がついていけない ような技術と、それに乗り遅れないようにしなければならないプレッシャ ーを哀しく考えてみた。時間をかけることも、よこのエレベータを使うこ ともできたのに。この国は、効率を目指すばかりに、大切にすべき事を何 処かに置き忘れてきたのかもしれない。

数十年後、オジンと化した私が、最新の移動装置の前に怯えて立つ。悠澄 はその時、周りの目を気にして、強引に私を引き込んで出発するだろう か。

ラッコ寝
Image 悠澄をあやしていると、次第に腕が重くなる。高々5kg強とは言っても、 抱きっぱなしではたまらない。そんなとき、つい、自分の胸にしっかりと 抱く、そして、再びついそのままソファーに座ってしまう。未だ身長が伸 びなくて、座っても足が私の膝に届かないうちは、悠澄は気付かず眠り続 ける。

しかし、布団に置くと泣き出す。こんなことを何回か繰り返すうちに、こ っちがそのまま横になってしまう。悠澄は、少し出かかった私の御腹の上 で腹ばいになって眠る。この悠澄の体温が、ほんのりと暖かく、眠気を誘 う。まるで、ラッコが子供を抱いているかのような格好で、親子で眠る。 これが、また気持ちがいい。

しかし、元来寝相の悪い私の上に乗っている悠澄は気持ち良かったのだろ うか?一眠りして目を覚ますと、2人ともあらぬ格好で寝ているのが常で あった。だから、眠る前に必ず周りを確認して、万が一転がっても頭を打 たないように、障害物を退けるようにしていた。

こうゆう危ない事は、イケナイ親のすることだろうと思っていたら、尋ね る友人の殆ど全員が経験者だった。皆んな、肩の力を抜いて子供と接して いるのだ。

そんな事を考えながら、悠澄が大きくなったら2人で大の字でゴロゴロと 惰眠をむさぼる事を夢見て、ラッコ寝を続けている。勿論、妻の不安げな 視線の下で。

センサー
悠澄はどうやって、自分を抱いている親の姿勢を感知するのだろうか。と にかく寝ない子で、絶えず抱く事を親に強いる。

こちらは、抱いている間は何も他にできないし、ヘラクレスでもないの で、どうにかして気付かないうちにベッドに入れようとする。ところがど うしても、オシリがベッドに触れた途端に目をパチリと開ける。それどこ ろか、立って抱いていて、疲れたからと私が座った途端に目を開ける。

疲れて棒のようになった腕で抱きながら、センサーの目を騙す怪盗よろし く、私は悠澄と知恵比べをする。うまく寝かし付けられたら、「お前なん かに知恵比べで負けるか」と、なんだかルンルン気分になる。反対に、ベ ッドに置いた途端に目を覚まされると、「まいった」とちょっと悔しい思 いで再度挑戦する。

勿論、常に笑顔でゲームを楽しむ訳にはいかない。仕事もあるし、体力も 年齢と共に降下線をたどっている。眠い頭で、ボーッとしながら腕が降り ないように(悠澄を落とさないように)だけ注意して、亡霊のようにウロウ ロと歩く。

どうにも、泣き叫ぶ時はしかたなく、外に連れていく。家の中は、勝手知 ったるせいか我が物顔だが、外は知らないものが多すぎるのか、大抵静か になる。真冬でも、冷えないように毛布を巻き付けて、ウロウロトボトボ 外を歩いたものだ。住んでいたのがマンションの三階だったので、廊下の 部分を行ったり来たりしたのだが、時々ばったり出くわす隣人達は、哀れ と思ったり、クスクス笑ったり、見てはイケナイものを見た時のように目 を伏せたり....遠く過ぎ去らないと良い思い出とは言いにくい経験であ る。

布オムツから紙オムツへ
実は私は「貸しオムツ」の世代である。もちろん自分のことは覚えていな いが、弟にも毎週の集配に合わせて母があくせくしていたことを覚えてい る。

妻は、「貸しオムツ」を知らない。考えてみれば、こういったものはある 程度人口が密集していないと採算が取れないのだろう。妻の故郷は、そう いったサービスが育つ地盤がない。

今も存在するサービスなのかどうかは知らないけれど、妻が知らないサー ビスは、家には導入されない。我家は妻の知っている「布オムツ」から始 める。

しかし、それも2〜3ケ月までか。洗濯の手間と、外出の時の便利さで、 「紙オムツ」へと変わってしまう。

紙オムツは、手軽で便利だが、コストがかかる。そして始末が少し厄介 だ。もちろん、家の中での始末は単に捨てるだけである。洗濯をする布オ ムツより遙かに楽である。厄介な「始末」は、その先の話である。

我家はトイレに専用の「捨て場」を作った。「捨て場」と言っても、単な るビニール袋である。これが週に3回来る燃えるゴミの収集日毎に満配に なるのである。もちろん紙オムツであろうと便自体は流しているが、それ でも燃やしにくそうだ。ゴミ公害の話をニュースで見る度に、我家も加害 者だなあと肩身が狭い。

飲み過ぎ?
悠澄はオッパイが済んでしばらくすると、よく「う〜〜ん」と唸った。一 時期、どこか悪いのではないかと、妻は何冊も育児書を調べていた。それ でも、原因が判らない。医者に聞いても、診察時に唸る訳でもないし、御 腹を触って貰っても異常はないと言う。

それでも、食後の「う〜〜ん」は続く。でも、それ以外は何も悪い点がな い。元気がない訳でもないし、熱がある訳でもない。そして、結局原因不 明のままいつのまにかなくなった。

妻は、「食べ(飲み)過ぎて気持ち悪い」のだと信じている。なんだそれじ ゃあ、単なる食い過ぎの遺伝じゃないか...。

洗濯ものを干す
独身の時はせっせと洗濯したものだが、結婚して特に妻が退職してから は、よっぽどのことがない限り洗濯機に触ることはなくなった。

しかし、これは2人の時には許されても、子供ができるとそうは行かなく なる。赤ん坊は日に2〜3回着替えをする。洗濯ものの山を見て見ぬ振り をしていると、たちまち着せる服がなくなってしまう。洗濯ものの山が一 定量を越えると、気付いた方が洗濯機に入れ、スイッチを入れる。全自動 なので、音だけ我慢していれば洗濯は済む。しかし、全自動なので何を洗 っているのか分からない。

さて、干す時にはさすがに1枚1枚手に取る。この時に子供の大きさを再 認識する。広げた息子の衣類は、小さなハンカチほどもない。こんな大き さの子の反応に一喜一憂しているのかぁ...と思う。大切にしてやらんと いかんなぁ...と1人オジン臭く見つめる。

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