Title:MilkAge

謝罪
私は悠澄によく謝る。寝かし付けていて何か音をたててしまったりしたと き、自分の意識しない事で驚かしてしまったとき、なんだか分からないけ れど泣き出された時....よく「ゴメン、ゴメン」と謝る。いつまで我が子 に正しく謝れるだろうか−とふと考えた。謝罪できるということは正当な 1人の人間と認める最初のステップではないか。奢ることなくキチンと接 していきたい。

悠澄、現在満3ヶ月。

3ヶ月
「3ヶ月」、この言葉は、我家にとって大きな目標だった。とにかく寝な い悠澄に対して、どこかの本で読んだ「3ヶ月もすればちゃんと寝るよう になる」という言葉を信じた。

しかし、3ヶ月目はあっけなく過ぎてしまった。悠澄はあいも変わらず夜 中に起きては、私達を泣かせた。本当に涙が出るほど辛い気分である。

大抵の父親は初めは付き合っても、そのうちに「仕事」を口実に別室に篭 るものだそうだ。確かに、夜中に何度も起されると、翌日はボーッとして いる。しかし、我家には別室はなかった。私には逃げ場もない。

「3ヶ月で何とかなるって書いてあったじゃないか!」と最初は本に八つ 当たりもした。それでも夜中に起き続ける悠澄に、最後は根負けしてしま った。「個人差はあるんだ」という言葉を慰めに、そのうち寝るようにな るだろうと...気長に待つようになって行った。

そう、子供はマニュアル通りには育たない。そこに面白さを見つけるの は、まだ先のことであった。

クリスマス
私は昔から変わっていて、クリスマスにはぶらっと教会に1人で行ったり したものだ。何故だか、商品パレードのお祭り騒ぎは苦手だった。祖父母 がクリスチャンであったことも影響しているかもしれないが、彼らとは遂 に数えるほどしか会っていない。

サンタを悠澄に伝えるかは判らない。私自身信じていなかった気がするか らだ。クリスマスはプレゼントを貰う日ではない。しかし、静寂の聖夜は 伝えたいと思っている。いつも大抵1人で過してきたクリスマスを、今 年は3人で迎える事になった。悠澄はまだ静かに座ってられないので、 とても今は静寂の中の聖夜は望めない。しかし、クリスチャンとなった 今[1]、聖夜の意味が大きくなった。「互いに赦し合いなさい」。我家の 廊下にかかる言葉だ。とても実行できない。世界中が憎み、嫉み合ってい るようにも見える世界で、あの様に生きて行くのは夢物語かもしれない。 実際、イエスの名の下でさえ殺された人々の数は他の比ではない。「神 よ、彼らを赦し給え。かれらは何をしているか自分で判らないのです」、 私が迫害されている時にこう言えるだろうか。

[1] 洗礼を受けたのは、1989.12。

この聖夜、揺れるソ連の話を聞く。ゴルバチョフ氏とエリツィン氏との8 時間に及ぶ会談。会談後、エリツィン氏はゴルバチョフ氏の刑事責任まで も考えていることを示唆した。リトアニアの事を言っている。ゴルバチョ フ氏がどれほどあの事件に関わっているかを私は知らない。殺された人々 の命の重みは前にもまして知っている。しかし、姦淫の罪を問われている 女の断罪の場でのイエスの言葉を思い出す。「いままでに罪を犯したこと のない者だけが石を取り女を打て」。人はいつになったら赦し合えるの か。今夜も街は騒がしい。

初めての食事
3ヶ月になってから、初めてオッパイ以外のものを口にする。先ずは、リ ンゴジュース,そしてオレンジジュース。器用な事にスプーンから、さも 平然と飲む。

今まで、口にくわえて飲む方法だったのに、この少し丸まった金属からも 平気で飲める。

木製のハイチェアー[1]に座らせる。段々傾いて来るから周りにタオルを 差し込んで支えにする。今まで、テーブルには私と妻の分の椅子しかなか った。そして、悠澄は常にどちらかの膝の上に居た。膝に乗せる方は、悠 澄の顔は上から見る事になって、よく見えなかった。それが、今や3つの 椅子がテーブルを囲んでいる。悠澄の危ういスプーンからの飲み方を、頬 杖を付きながら2人して眺める。

[1] 妻の友人が、団地のバザーで安く売られていたと、買ってきてくれた
もの。木製で、テーブル付き。このテーブルも取り外し可能というタイプ。
2才を過ぎても使用している。

表情も多くはっきりとして来ているので、すっぱいとか美味しくないとか が、手にとるように判る。試しにキウイを潰してあげたとき、顔中をしか めてまずそうな顔をした。気が付くと、覗き込んで居た妻も私も同じ顔を していた。

脂漏性湿疹[1]

[1] 皮膚科に行けば薬はもらえる。この方が早く直る。

助産院で、頭を洗う時には塩を使い、シャンプーなどは使わないと聞い た。それをいつまでも守っていたのが悪かったのか、頭皮に何か油性の皮 のようなモノがこびりついている。後で判ったことだが、これは「脂漏性 湿疹」という名が付いていた。それに気が付いたのが3ヶ月目の前半、そ れから、なるべく取ろうとするのだが、かなり堆積していてすぐには取れ なかった。

そもそも、3ヶ月というと、未だ頭がどことなく柔らかく、不安定であ る。ゴシゴシとこする訳にもいかない。結局、お風呂に入れる少し前に、 ベビーオイルをたらふく塗って、この脂漏性湿疹をふやかして、時には浮 き上がって来た皮を爪を使って丁寧に剥がし、シャンプーで洗う様にし た。これを数日繰り返すうちに、全快に至る。どことなく、本人もすっき りしたような顔をしている。

まだ赤ん坊だからと、化学的なものを極力避けた結果だったのか、もっと 普通に扱おうと決めた事件だった。

初めてのお正月
お正月というものに私はあまり大きな思い出がない。子供の時も、親戚が 遠くにいたので、お年玉も殆ど親からだけだった。いつもは居ない父が居 ることで、逆に自分がゴロゴロできない不満があった。それでも、1つの 年が終り、新しい年が来るんだという事だけは意識していて、毎年のよう に、多すぎる目標とかを考えていた。

子供が出来て変わったのは、そんなことを考える時間もなくなったこと か。いつもの週末が少しまとまって来たようで、常に3時間毎にオッパイ やらと同じ動作を繰り返す。

それでも、写真だけはたくさん撮った。いつもより演出を凝って、色々と 息子には「着せ替え人形」になって貰って...。部屋の中は、移り気なモ デル(息子)の気を引くオモチャで一杯なのに、ファインダーに入っている 部分だけは整然としているように見せながら。

我家は、日立の工場に隣接している。工場自体はうるさくないけれど、食 堂らしき建物の空調機がいつもはうるさい。それが、年末年始はさすがに 止まる。空も台風の後ほどではないけれど、いつもよりは澄んで見える。 風の冷たさも、こころなし凛と感じる。年の変わり目というこの時期に少 しは厳粛な気持ちで臨みたい。だらだらと続く延長線上の未来ではなく、 時々立ち止まって考える時期...そんなふうに過ごしたい。息子がもの心 つく前に、私が変わらなければならない。

子供と買い物−聖域トイレ編−
先日、買い物に近くのダイエーまで行った時の話。トイレに行って手を洗 っていると、奥の「大」のドアがガタガタする。ん?−と思いそっちを見 ると声がする。

「だめだよ、大ちゃん(仮名)、開けちゃあ。

お父さん、いまウンチしてんだから!」

あの狭い空間に、お父さんと子供が入っているのだ..。「大」の空間は、 プライバシの守られる最後の聖域と思っていただけにショックだった。 が、もうすぐ我が身かと思うと笑えない。

あとで友人に聞くと、女性用も同じ状況なのだそうだ。一緒に買い物に行 く機会の多いお母さん達には、こんなことは日常茶飯事なのかもしれな い。立つ事ができる子供はまだ良いが、抱っこしていなければならない場 合で、和式しかなかったら...想像だにできない。

ベビーカーを入れられるなり、赤ん坊用ベッドがあるなり(衛生面で問題 かな?)、なにかしら配慮が欲しいものだ。普通に暮らしていて、苦労に 会うのだから、出生率[2]も下がるのは道理だろう。何が本当に住みやす い環境作りなのだろうか。

[2] 「92年人口動態統計(厚生省)」による合計特殊出生率(1人の女性が生
涯平均何人の子供を産むかの推計)は、1.50。「1.53ショック」とも呼ばれ、
社会的問題となっている前年を更に下回った。

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