Title:MilkAge

鏡の認識
目が機能しているかを、色々な方法で試してみる。目の前で指を振ること から、段々距離をとっていく。少し離れたところから、笑いかけてみる。 6ヶ月頃には、笑い返してくれる。

見えているかだけでなく、どう見えているのかも試したくなる。赤ん坊は 言葉で答えてくれないので、色々な方法を考える。鏡もその1つだった。

赤ん坊はそもそも自分と同じ体形のものには興味を示すらしく、テレビで も赤ん坊が出ると少し反応が変わっていた。抱き上げて、鏡の前に立つ と、2〜3ケ月までは「なんだ、こいつは?」といった表情で見つめてい る。それが、段々と自分であることに気付いていっているように思う。

先ず、抱いている私が、実体の私と鏡の中の私と2方向に見える。鏡の私 に笑ってくれると、笑いかけている自分も視野にはいるらしい。笑った瞬 間に、目線が動き、鏡の自分を見つめ「誰だこいつは」という顔になる。 それを繰り返すと、鏡の自分に笑いかけるようにもなって来る。

「自分」という概念は結構難しいので、どこまで意識できているかは定か ではないが、少なくとも自分の分身(あるいはマネっ子)程度の認識はして いるようだ。0才児に、「自分」はどう映っているのだろうか。

最初の寝返り
寝ているばかりの息子が、遂に自力で動きだした。手の少し先にあるオモ チャを取ろうと、手を伸ばす。届かない。もっと伸ばす。身体を弓なりに 反って、まだ伸ばす。伸ばした指先にあたった拍子に、オモチャが転が る。それでも未だ諦めない。短い手足を巧みに使って重心をずらしてい く。ゴロっと言った感じで、転がるように寝返りをうつ。なんだか天地が 引っ繰り返ったぞ...といった顔で辺りを眺め、再びオモチャに手を伸ば す。手にした獲物を早速、ヨダレだらけの口に頬張る。悠澄6ヶ月。

寝返りは1度できたからといって、何時でも出来るとは限らない。本当に 微妙な体重(重心)の移動で引っ繰り返るので、下に敷いてあるものにも依 るし、着ている服の影響も受ける。

なるべく自力だけでやるように手を出さないようにしているが、時々それ を押さえ切れなくなる。見ていてじれったくなって来るのだ。殆ど真横に なった状態で、必死で手足を伸ばして奮闘している。ほんのひと押しすれ ば転がって行くような状態なのに、延々と同じ姿勢でもがいている。で も、そういう過程を楽しんでいるのかもしれない。ひと押ししてやると、 転がった反動で少しこちらに揺れ戻って来る。その瞬間、押したのは誰か を確認するような目で、こちらを睨む時があるのだ。

単に見ただけかもしれないが、なんとなく非難の色を感じる時もある。そ んな時、「あっ、ごめんごめん」といって、元の腹這いの状態に戻すこと さえある。悠澄は黙って、再びストレッチ体操にいそしみ始める。

新幹線
私の実家は大阪である。ない暇を作って、年に数回里帰りをする。足は専 ら新幹線である。

子連れともなると、色々な親切や配慮に出会う。

JRにも、親切な乗務員さんは結構いる。オムツを替えるとか授乳は頼め ば、列車中央にある「乗務員室」を開放してくれるそうだ(そんな記述を 見たことはないから、もしかしたら車掌さんの気転かもしれない)。しゃ がみ込んで、オムツを替えていたら、「オツムの交換ですか?大変です ね」と声をかけられ、このことを教えてくれた。オツム(頭)は交換できな いなぁ..と、笑うに笑えず応答に困ってしまった。

新幹線のような長丁場になると、なかなか感動的な人達にも会える。コダ マで行った時は、次の駅で降りますからと、席を譲ってくれた方がいた。 次といっても5分は先である。有難いけれど、横に立たせて自分達が座る のには恐縮した。指定券で乗ったけれども、自由席に空席があったので使 って下さいと券をくれた方もいた。みんな、やはり小学生以上の子供連れ であった。自分達の経て来た苦労を思い出して、親切をしてくれるのだろ う。

以前、学生時代にアメリカを貧乏旅行した時にも、親切な方々に出会っ た。泊めて貰ったり、ご馳走になったり...で、お礼をしたいというと大 抵いらないという。「あなたが受けた親切を、誰か他の人に返しなさい。 親切は、雪ダルマのように大きく育って行きます。」とも言われた。親切 を広げて行くネットワークがもっと広がって欲しい。勿論、私も傍観者で 居るのではなく参加者として見つめて行きたい。

下痢
一時期やたらに下痢をするという期間があった。とにかく、目に見える 「異常」である。さすがに、夫婦であれこれと考え、育児書を開いては、 便の写真をながめながら、これに似てないか...とかと話す。

医者に行っても、御腹を触って、「異常はなさそうですね...」としか言 ってくれない。結構こういった言葉が冷たく響く。

出してくれた下痢止めの薬も、そんなに利き目がないらしい。日に何度も 下痢をされると、洗うことの面倒さもさることながら、結構心配する。し かし、本人はいたって元気なものだ。これが、重要なのだそうだ。特に母 乳の場合、下痢っぽいのが普通だとも後で言われた。

どうなったら、本当の「異常」なのか...。この辺の見極めがつくこと が、プロの親への一歩であるらしい。我家は、まだその域に達していな い。

特に、人に見せるために覚えさせた訳ではないけれど、悠澄は唇を震わせ て「ぶぶぶぶぶ..」とやるのが非常にうまい。しかも長く続ける。私の 1.5倍は、平気で続ける。

誰かに会うたびに、「ほれ、"芸"をみせてみな」と言って、促す。悠澄 は、大抵すぐにやり始める。余りきれいな芸ではないけれど、見ていて可 愛いのは事実である。殆どの人が、喜び笑って、結構ウける。皆んなが湧 いている中、自分がその話題提供をしていると知ってか知らずでか、上機 嫌となって繰り返す。

何か、ウケることを早くから覚えさせると、社交性が育つか..とも思う。

体重計
生後半年、この辺りで体重計を返す(レンタルだった)。体重測定中に、オ シッコされたり、機嫌良く乗せるのに苦労したり、微かな増減で一喜一憂 したり...と、中々思いで深いモノとのお別れだった。

駅向うのダイエー,ニチイに連れて行けるようになると、あそこの母子室 のも結構使った。これからは、そこでの測定だけとなる。その次は、立て るようになってから、普通の体重計で計るようになるのだろう。

半年で、1万かな...ちょっと高い気もした。でも、買っても置く場所が ないし...直ぐに機能アップするし...貧乏人はあれこれと考えた。

子供用オモチャ
友人から沢山オモチャが届いたので、悠澄は遊ぶものには未だ事欠かな い。しかし、親が与えたオモチャがないというのも哀しいと、3人で買い にいった。

「色んなモノがあるなぁ...」が第一印象である。色とりどりのゴチャゴ チャしたオモチャの洪水である。シンプルと呼べるものは、広い売場の片 隅にしかない。

皆んな、本当にこんなものが欲しいのだろうか。私自身、ゴチャゴチャし たものを買って貰わなかったこともあるが、子供の品性をちょっと疑って みた。あの天下の名品、「レゴ」でさえ、なんだかやたらゴチャゴチャし て、創造力を削ぐ気がするようなパッケージが並んでいる。「レゴ、お前 もか」と、哀しくなる。あの定型しかないブロックを使って、苦労しなが ら色々作った頃が懐かしい。

で、結局、親(私)が買ったのは、「(飾りっけなしの)電話」,「カスタネ ット」と「ピエロを摸した木製のパズル」の3つであった。帰って並べて 見ると、「いかにも貧弱な品揃え」という形容がしっくりくる。

「う〜ん、これじゃあ可哀想かなぁ...」と、見つめながら思ってしまっ た。しかし可哀想な悠澄のお気にいりのオモチャは、そんな製品ではな く、ウェット・ティッシュの空箱に鈴を入れたものなどの自前の、もっと みすぼらしいオモチャである。悠澄は、私が買った貧弱なオモチャを一通 り触ってみて、自前のみすぼらしいオモチャをガラガラと転がしている。 なんとも言えない気分だ。

因みに、カスタネットとパズルは1年後に活躍するようになる。思い通り にはならないものだ。

大人用オモチャ
ある日、川原に静けさを求めて行った。静かな細流を期待したのに、広い 川原には、車を乗り回す者とラジコン飛行機を飛び回す者達で溢れてい た。

そうか、こんなところにそんな静けさはないのだ...と思い知らされた。 皆んな、たまの休みを楽しんでいるのだ。それは判る。

しかし、あの騒々しさはなんだろう。遊び道具を販売する会社は、ただ飛 ぶとか走るとかじゃなく、いかに第3者に迷惑をかけないかを考慮してか ら販売して欲しい。

何故こんな当たり前の事が、未だできないのだろう。売れれば良い時代で はないだろう、もう。

尾崎豊
尾崎豊。決して熱烈なファンではなかった。私が高校を卒業してしばらく してから、初めて彼の唄を聴いた。あまりに熱い言葉の群れに、聴いてい て、胸が苦しくなった。高校時代、人よりは、管理者としての教師に引っ 掛かっていたので、その頃の想いがよりそうさせたのかもしれない。

悲しいというか、残念だというか、「そうか、逝ってしまったのか」とニ ュースを聴いた。

葬儀に並ぶ若者達の数は、そのまま大人達への不信感を表しているのかも しれないとも思った。彼の歌詞に出て来る焦りや怒りは、多くの若者達が 感じていた事だろうと思う。代弁者として彼は受け入れられたようにも思 う。あの熱い言葉が、なぜ管理者達に届かなかったのだろう。束縛を嫌う 若者の全てが正しいとは言わないが、新聞などに報道される「管理」は、 もはや常軌を逸しているとさえ思えるものが多い。唄になった時点で共感 を得る層を増やし、同時に雑音として捉える層も増やしてしまったのか。

彼の才能がもっともっと良い形で伸ばされなかった事が惜しい。聴き続け てみたいと思わせる人だった。特別番組で流された、昔見たliveの再放送 は、色あせてはいなかった。

悠澄もいずれ、このような唄を聴く世代に成って行く。その時、子供(若 者)と大人(管理者)という図式に、信頼と言う結び目があり、今よりも良 い関係となっている事を望みたい。

まぁちゃん
スピーチ・セラピストをやっている友人を通して、耳の不自由な子と知り 合った。まぁちゃんは、健常者として生まれたが、3才くらいの時に高熱 のため聴覚を失った。今でも、耳は殆ど聞こえない。

だから、危ない場所に行きそうになっても、声だけでは注意できない。ま た、声が聞こえないことが、精神的にも不安にするらしい。まぁちゃん は、私以上に食べる。食欲旺盛なのは、それを紛らわすためのものかもし れない(ただし、決して太っていない)。

健常者の感覚や環境が辺り前と思っていると、対応に困る。こんな時、ど う対応していいのか判らない。日本はあまりに、ハンディキャップのある 方を隔離する。接した事が少ないだけに、余計にたじろいでしまう。

障害を持つと聞くと、殆ど瞬時に「かわいそうに」と心の中で感じてしま う。健常者用の社会では、暮らしにくいのは事実であろう。しかし、それ は「かわいそう」なのだろうか。

多くの障害者は、憐れみを嫌う。私も喘息を持っているので、体育の時間 などでよく同情された。が、あまり気分の良いものではなかった。

憐れみでも同情でもなく、相手のできない事を手助けする...。いや、助 けるのではない。なにかもっと自然に共に生きて行くといった感じか。そ のためには、私達はもっと知り合って、新しい感覚を身に付けなければな らないのではないだろうか。

買い物−妻の場合/私の場合−
買い物をする。大抵は、新聞の折り込広告とかを見てから行く。私は、新 聞より先に広告を眺めたりするほど、広告が好きだ。しかし、見ているも のは、買いもしない家電製品とか、家具類ばかりである。

それに引き換え、妻は日常の本当に使うものをどこで安く買えるかを見て いる。いつもは、計算などは俄然遅いのに、紙オムツの値段などになる と、さっと1枚当りの値段を計算し、安いか高いか判断する。電車で出か けても、安い紙オムツを見つけると、しばらく悩んでから、結局買う。電 車に紙オムツを持ち込んで、子供をあやしつつ帰る。結構恥ずかしいか な...とも思うが、安いのに越した事はない。

どこで、こうゆう事の分かれ目がつくのだろう。定石どおり、財布を完全 に渡した状態で暮らしているから、こうなってしまうのだろうか。

「僕、1人でやる!」−援助の拒否−
6ヶ月になると、寝返りを確実に行うようになる。うつ伏せになると、こ んどはお尻を持ち上げる。そのまま「く」の字の姿勢から、手を前に出そ うとする。が、出ない。

出ないと顔から突っ込んで行く。見ていてヒヤヒヤする。けれど、その真 剣な顔は、明らかに援助をアテにしていない。自力でなんとかするんだと いう気迫がみなぎっている。

勿論、できない時には、あっさり助けを求めるので、なるべく好きなよう にさせる。

そんなことを繰り返す内に、次第に「つかまり立ち」の段階に入る。ベッ トや低めの机につかまって、立ち出す。といっても、立ち上がる方が後 で、伝え歩きが先である。大抵、目標物に近づくと、頭を打ちそうになる ので、手を貸して立ち上がらせてしまう。そうなると、助けられたことも 忘れて、あやうい足取りでせっせと歩き出す。

この辺が面白くなるところで、こっちが誘導して行くコースを拒否する場 合が増えていくのである。自分の行く路は、自分で決めると、声なき声で 主張する。時には、その強情さに苦笑してしまう。

なんでも自分でできると思っているのだ、それを見ている私達がどんなに ハラハラしていようがお構いなしである。

そんな悠澄を見ていて、ふっと思い返した。この状態は、別に赤ん坊に限 ったことではないんじゃないか。危うい足取りなのに、それに気付かず自 信満々で物事に当たる姿は、少年期、青年期、更に今でさえ充分あり得る ことだ。より大きな視野をもつ者は、ヒヤヒヤして見つめてくれているの かもしれない。子は鏡なり。

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