Title:MilkAge

第1公園−思い出の散歩道−
7ヶ月の悠澄を連れ、家族3人で近くの第1公園に行った。

側では、小学生くらいの子供達が、サッカーをやって遊んでいる。邪魔に ならないように、支えながらブランコ,すべり台,シーソー,鉄棒で遊ぶ。 未だちゃんと座ってもいられないので、すべり台などはこちらも上まで上 がって、一緒になってすべって来る。小さい子用に作られているだけあっ て、どれもしゃがんで動き回る。結構疲れるもんだ。

ここは、妻が妊娠中に、運動不足にならないように、2人でよく散歩に来 た場所だ。私の帰りが遅いので、深夜に散歩した事もある。あのころ、 段々せりだして来る御腹を抱えるように、フーフー言って歩いていたの に、今は3人である。感無量というべきか。

妻が目を細めて、私と悠澄が戯れているのを見つめていた。

ラッパ−母の日のプレゼント−
Image 母の日、悠澄が初めてラッパを吹いた。ラッパは、吹いても吸っても音が 鳴るもの。赤ん坊は、吸うのが専門家なので、そっちから始まるが、直に 吹く事を覚える。吹く事を覚えると、もっと楽しくなるみたいで有頂天に なって、どんどん続ける。

聴いている側も、最初は嬉しいけれど、じきにうるさく感じる。でも、本 人の気を悪くしてはいけないので、控え目に止めさせる、これが難しい。 他のもので気を引いたり、ちょっと目を離したスキに隠したり。まるで、 ワガママしほうだいの馬鹿殿様である。

飽きるまでの1週間、プ〜プーパ〜パーと殿の名演奏は続けられた(その 後も、思い出したように演じるが、程度も時間も短くなった気がする)。

名演奏家の幼児期は、本人の才能と努力も勿論必要だが、下手なものを聴 き続ける親達の忍耐も、大きな要因かもしれない。

歯ぎしり
小さな白い歯がお目見えしだすと、歯茎が痒いらしい。ゴム製のオモチャ (歯がため)を一人で、キュッキュと噛るようになる。

手のかかっていた子が、一人でなにかに集中しているのを見るのは楽し い。視線を感じるとこちらに寄って来るので、なにくわぬ顔で横目で観察 する。

そんなことを繰り返すうちに、上下の歯が出揃う。今度は、歯ぎしりの番 である。一人で、ギリギリと繰り返す。抱いている時にやられると、頭か ら振動が伝わって来る。ギリギリギリ...。

アルバム
私の母は、写真が好きだった。その世代にしてみれば、たいそう良いカメ ラも持っていた。育児がその時間を奪ったのか、私が物心ついた頃には余 りファインダーを覗きはしなかったが。

その母の取ってくれた写真は、私の宝物だった。時代を感じさせる白黒写 真には、自分とは思えない表情豊かな子供が写っている。幾つかの写真に は、裏に日付と短いコメントが記してある。その短い文が、どれほど慈し んでくれていたかを改めて教えてくれる。

そんな写真を貰った者として、自分の子供にも良い写真を残そうと思う。 腕がないので、「下手な鉄砲数打ちゃ..」方式で、1度に何枚も撮る。何 回分かをまとめておいて、アルバムにどっと貼って行く。斜めにしたり、 端っこを重ねたり色んな工夫をして貼って行く。

時間の無さを言い訳に、全然数が増えないけれど、後で本人が眺めて楽し めてくれたらと願う。

宝物だったぼろぼろのアルバムは盗難にあって今はない。母の死後、机の 掃除をしていて見つけた幾つかだけが残るのみである。妻は、そもそも写 真を撮って貰えなかったそうである。時代は変わって、今や誰もがカメラ マンである。写真のためのシーンではなく、後で見ても心を和ませるシー ンを残してあげたい。

音楽−リズムに合わせて−
我家には子供用の音楽というのは、弟がくれたディズニーの映画音楽選集 位しかなかった。

これを、結構気にいってくれた。リズミカルな曲であると、手を振りなが ら笑っている。なんか恥ずかしいなぁとか思いながら、こっちも手を振っ てお相手をする。まんざらでもない。

私は、「そんなクサいことができるかとか」,「ダサイ」とか、そんな言 葉に包まれている世代である。なるべく流行に振り回されないようにして きたつもりだが、少し斜めに物事をみる癖はついている。

そんな世代が、生まれて数か月の子に躍らされている。しかも、その健康 さが嬉しい。私は、良い教師に巡り合えたのかもしれない。「もっと、嬉 しそうに手を振れ!」と言わんばかりに、悠澄が目の前で催促している。

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