Title:MilkAge

私は喘息持ちである。小学校から始まって中学の頃がピーク、大学院の時 にはようやく直ったかに見えた。しかし、入社後しばらくして再発。入院 するほどひどくはならないが、薬はたやすことができない。妻からは、 「薬漬け」と言われるほど、家には薬がある。

そのせいか、悠澄は薬に対して拒否反応が全くない。乳児の頃から、粉薬 でさえ、口に流し込むだけで難無く飲んでくれた。

我家では、ちょっとした風邪には生姜雑炊、少しひどくなると思ったら即 効性は低いが漢方を使っている。これでさえ、自分から欲しがり、水無し でも飲んでしまう。私も薬漬け生活が長いので、大抵のものは飲めるけれ ど、粉薬を水無しでは飲めない。妻に至っては、粉薬は全く駄目で、医者 には必ず錠剤をお願いする。錠剤がない場合は、オブラートに包んで、ま るで清水の舞台から飛び降りるような覚悟の下に、それを飲む。

夫婦そろって、扱いやすさに感謝しながら感動と感心をミックスして、 その飲み干すさまを眺めている。将来、こいつは大物になるかもしれな い...などと考えながら。

日記の勧め
結婚して初めて、私は「交換日記」もどきを始めた。

妻は、1日分が約3cm四方の升目になっているカレンダーに、その日の悠 澄の様子を書き込んでくれるようになった。小さなスペースなので、多く のことは書けない。その日のハイライトをちょこちょこと書く。

平日は見ようもない我が子の成長ぶりを、私はこれを通じて知って行く。 そして、週末に書かれていたこと(ハイハイとか掴まり立ち等)を試したり する。

時には、私もコメントを書くし、妻をからかったり、週末はスペースを占 領したりする。

もちろん義務ではないし、空欄の日もある。マイペースで書き込んだ交換 日記は、私の育児レポート(本書)と共に、子供への大切なプレゼントだ。

パパのオッパイ
出過ぎるオッパイの持ち主を妻にすると、父親の存在は重くなりえない。 何と言っても、食事係が脚光を浴びてしまうからだ。

悔しいので、「パパにもオッパイあるよ」と、からかってみる。しぼんで 退化したかのような黒い模様を見せられて、悠澄は一瞬キョトンとした。 そして、なにやら恥ずかしそうにニコニコニヤニヤしながら、寄って来 た。

私の言った「オッパイ」という言葉に反応しているのか、それが何である かは判るようだ。舌舐めずりをしながらニヤつきながら来る息子を前に、 私はちょっと後悔した。「馬鹿なことはやるもんじゃない」。

息子は、ヨダレだらけの口でぱくついて吸っている。こっちが抵抗する 程、笑いながら吸い付いて来る。

もしかしたら、お遊びであることをしっているのかもしれない。息子にナ メられた事件であった。

渡米
またも、出張が言い渡される。今度は、4ヶ月米国。迷ったあげく、妻子 同行で行くことにする。勿論私費[1]である。会社は、金は出さないが、 そう言ったことに目をつむってくれて、文句も出さなかった。我社が、外 資系がゆえかもしれない。

[1] 私費と言っても、飛行機代はマイレージという、利用距離に合わせて
無料チケットがもらえるというシステムを利用した。

悩みの種は、飛行機であった。悠澄、満1才直前。歩きはしないが、チョ コチョコと這い回るのは得意技である。十数時間もの間、黙って座る訳は ない。

結局、すいていたのを良いことに、あいている場所でハイハイ遊びを延々 することとなった。ついでに、悠澄はこの飛行機の中で、階段を登ること を覚えてしまった。二階席への階段を、ほとんど占拠して何度も何度も登 って行く。降りる方が難しいので、自分ではやらない。ある程度登ると、 背中の服をつかんで、クレーンみたいに下まで降ろす。振り出しに戻され た息子は、再び登頂に挑む。そんなことを許してくれて、時々飲み物など をサービスしてくれたスチュワーデスに感謝したい。

ついでに書くと、「時差ぼけ」は子供の方が長く続いたように思う。家族 で一緒に「ぼけ」ているので、相互に影響しあっているはずなので、はっ きりとは言えないが、リズムがアメリカ時間に慣れるまで半月ほどかかっ た。なにしろ、本人は何の努力もしないで、起きたい時に起き、寝たい時 に眠るのである。付き合わされる私達は辛かった。

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