Title:MilkAge

満1才
Image アメリカの地で、悠澄は満1才となる。妻の郷里青森では、お米を1升ほ ど布にくるんで背負わせ、一歩でもと歩かせる。悠澄は何とか立ち上がり 少し歩く...歩くというよりは、倒れるタイミングに合わせて足を前に出 すといった方が正しい。米は背負わせなかった。

今まで以上にハラハラしながら、見守る毎日だが、「やっと1年か」と 「もう1年か」と「まだ1年か」という言葉が頭の中を回っている。思い 返せば、長かったような短かったような....子育てとは妙なものである。

小さなケーキを囲んで、ロウソクを立てる。吹き消すことを覚えさせ、吹 かせる。キャンドルライトに浮かぶ、悠澄の笑顔は眩しいくらいに輝いて いる。揺れる炎がフッと消え、一緒に拍手をする。3人で、パチパチパ チ。

Happy Birthday, U-to(悠澄)!、これからも健やかであれ。

ストロー
大きなショッピング・モールで昼食をとったときのことである。幾つもの ファーストフードの店がグルッと周りを取り囲んでいて、その中央に共同 のテーブルが並らんでいる、アメリカではごく普通のランチ・エリア。

ミルクを頼んだが、コップにストローで出て来た。ついでだから、ストロ ーの使い方も教えてしまおうと決めた。

先ずは見本を見せる。少し大仰に「スーッ」と音を立てながら、ストロー に吸い付く。息子はキョトンと見ている。

くわえさせて、横で大仰に「スーッ」と吸い込む。「やってごらん」。く わえはするが、まだ吸えない。

ストローに少し吸い上げて、吸い口を指で押さえる。すると、ストローの 中にミルクが少し残る。それを悠澄の口に持って行って、飲ませる。この 細い筒の中に、ミルクがあることが判ったらしい。

もう一度、くわえさせて、横で大仰に「スーッ」と吸い込む。「やってご らん」。少し吸い込む。まだミルクは口まで上がってこない。横で大仰に 「スーッ」と吸い込む。「やってごらん」。マネして、後ろにのけ反るよ うに吸い込んだ。ミルクが口に流れ込む。一息入れて、嬉しそうに笑っ た。

「おー、できたジャン!」、誉めてあげる。ふと、周りの視線に気付い た。私が顔をあげると、アメリカ人の子供連れが数組、こっちを見て微笑 んでいた。

チャイルド・シート
アメリカは州によって年齢などに多少の違いがあるけれど、まず運転中は 幼児をチャイルド・シートに座らせなければ罰金を課せられる。車社会の 浸透度の違いはあっても、抱きながらでも運転してしまう日本とは雲泥の 差である。

4ヶ月の滞在のためにわざわざ買うことはないと、出張先の仕事仲間がチ ャイルド・シートを貸してくれた。妻曰く「ジェットコースター」並みの 私の運転でも、悠澄は必ずと言って良い程にそこで眠るようになる。

長期出張している同僚が「アメリカの子供は過保護にされすぎている」と 言うほど、子供をとりまく法的な規制は色々あるらしい。運転中のものか ら、子供だけを残して外出してはいけないとか...。

そういえば日本の出生時の死亡率は世界的に誇れるほど低いが、幼児の死 亡率はかなり高いと聞いたことがある。日本には、幼児の命を保護する法 的規制があまりないことが一因だろうか。

アメリカの生活
私達夫婦にとって、アメリカは未知の国ではなかった。期間は、お互い大 きく違うが、互いに住んだことのある国である。しかし今回は、子供連れ の家族としての滞在である。色んな点で、新しい経験を重ねた。

会社が与えてくれたアパートは、私1人用のものではあったが、日本の我 家より遙かに大きく、天井も高い快適なものだった。台所周りは通常つい ているもので、文字通り衣類などさえ持ち込めば、住めるようになってい る。食器も冷蔵庫も備え付けである。

国土の広さと、そこそこの田舎町という理由かもしれないが、このスペー スに対する感覚は感動的である。畳の大きさを小さくして行っても、何畳 部屋という広告を出す日本とは大きな違いだろう。人が一人暮らしていく には、これ位のスペースがないと辛かろう...という共通認識があるのか もしれない。

息子は、最初こそこの新しい環境に戸惑っていたようだが、すぐに我が物 顔で闊歩しだした。歩き出す時期とちょうど重なったのも良かったのかも しれない。ただ、4ヶ月の最後まで、音に対しての怯えは続いた。私が帰 宅した時に、ドアを開ける音で、怯えて母親の所に飛んで行く。時には大 声で泣き出したりする。環境の変化は色んな影響を与えているのだろう。

家の周りの環境も良かった。秋から冬にかけての時期だったので、深まり ゆく紅葉を、近所の公園ですら味わえた。少し行けば公園や池などが点在 する街は、日本よりもずっと人間に優しい環境である。勿論、米国の全て の街がこんな感じではないが、日本も生活圏という概念をもっと正視し て、一局集中型の都市計画を再考しなおしてもらいたいなぁと考えたりし たものだ。

食生活は、殆ど日本式で通してしまった。街に数軒、日本食を扱っている 店があり、車で1時間強のボストンまで行けば、大抵のものは買うことが できたからである。アメリカで納豆を食べ秋刀魚を焼きながら、こういっ た感覚は一旦身につくと離れないものだなぁとしみじみと感じてしまう。 生後1年の悠澄でさえ、パンよりも納豆御飯を好んで食べる。おかしなも のである。

妻子には可哀想なことをしたが、出張中はかなり忙しく、ほとんどどこに も連れていけなかった。悠澄は、毎日の様に、テレビでセサミ・ストリー トと機関車トーマス、そして恐竜バーニィを見つめて過ごした。

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