Title:MilkAge

ボストンの犬
アメリカで見たニュースに、「日本でもクリスマスを祝う、しかしそれ は、デパートだけの大きな商戦でしかない」といった感じのものが流れて いた。かくいうアメリカのクリスマスは、11月末から約1ヶ月は続く。

それが商魂だけではないとは言い切れないが、その意気込みも違うのは確 かである。あのハデハデ好きな国民のくせに、街中に飾られるクリスマ ス・ツリーは中々美事である。派手には違いがないが、大きさも手伝っ て、美しさもちゃんと漂わせる。

息子の2度目のクリスマスは、そんなアメリカで迎えることになった。さ すがにイブは、自分達の家で迎えたい。そこで前の週に、会社の友人とボ ストン・ツアーと洒落込んだ。幾つか名所を廻ってくれて、ボストン・ス クェアでベルの演奏を聴いた。

色んな人が集まり、そこはごった返していたが、二頭の美しい犬に気が付 いた。頭から尻尾まで約2メートル。大きく、筋肉も引き締まっている。 コンテストか、あるいは狩猟用に美事に調整されている。

悠澄は動物好きなので、寄って行こうとする。相手は、その先祖が狼であ ることを誇示するかのような顔をしている。どうしようか迷った。止めた 方が懸命か。飼い主を見た。止めようとはしない。息子が、犬に手を出し た。見ているこっちがドキドキした。大きな犬が、これまた大きな舌で、 ペロッと息子の顔を舐めた。息子はキャッキャッと笑っている。再びペロ ッ。

観衆を集めて、その中央で息子が笑っている。犬が舐める度に、「お〜」 という歓声を浴びながら。

あるアメリカ男性の生活−午前4時から仕事?−
出張中に、あまりに早く帰ってしまうマネージャーに何時から仕事をして いるのか聞いてみた。答えは、「午前4時頃かなぁ」。

驚いて理由を聞くと、余り夜遅くまで仕事していると妻に怒られるので、 妻が寝ている時間に始めることにしているという。とは言っても、午前4 時から出社している訳ではない。ホームアクセスといって、家に居ながら 電話回線を通して、会社のコンピュータにアクセスする。朝食まで仕事を し、朝食はもちろん家族とともに取る。その後、出社するのである。

日本では、妻の尻に敷かれていると笑われるかもしれないこの状況は、ア メリカではそう珍しいものではない。「家族」に対する想いが、根底から 異なっているようだ。もちろん、人口2億5千万の国民である。一概には 言えないが、それでも家族と共に過ごす時間は長いように思う。

前回の出張で、別のチームと仕事をしている時も、そう感じた。彼らは、 1つの製品を出荷した打ち上げパーティに呼んでくれた。5時に仕事を切 り上げて、××に集合。5時から呑み始めるのかぁ...と、少しひるんだ のだが...。「チァーズ(乾杯)!」とグラスを重ねてから約30分も一緒 には居ない。少しその製品出荷までの苦労話をして、三々五々家路につ く。あっけなく、しかしどこか爽やかな打ち上げパーティであった。

欧米の生活や制度は、まるでお手本であるかのように日本では紹介され る。しかし、国柄や一見感じにくい文化的背景があり、逆に日本では考え られない非道い話もある。いつしか常に眉唾モノとして、そんな話を聞い てしまうようになったが、「人間らしい生活」と「家族」とが深く結び付 いている点は、学んで行きたいと思う。

悠澄の視野
歩きだした悠澄の行動は更に大きく広がって行く。週末に近くの公園に連 れて行ったりすると、大きく広がる好奇心と重なり合って、はしゃぎまわ って喜んでいる。

言葉がまだついて来ないので質問しないが、珍しいものを見ると、それを 一緒に見るように命じて来る。

目線が悠澄と同じ高さになるように、しゃがみ込む。1メートル程下から 見上げているだけなのに、なんだか景色が違う。「そうか、こんな風に見 える世界なんだ」と思う。

季節は秋からもう冬になっている。少し低いところから見上げた空は、更 に高く見えた。

悠澄とソリ遊び
ある朝目が覚めると、外が一面銀世界だった。昨夜から吹雪いていたのは 知っていたが、少し驚いた。

その週末に、友人達がスキーに誘ってくれた。スキーと言っても、近くの 丘でソリやらスキーやらで楽しむだけだ。行ってみると、小さな丘には既 に人が大勢集まっている。木製のスキーや、自家製のソリで滑っている人 達も多い。日本のような派手なスキーヤーはまず居ない。そして、殆どが 家族で来ているようだった。

雪自体は、悠澄は青森でも見ているし、この日までに触れたりして遊んで いる。しかし、友人が貸してくれたようなソリにのって滑るのは初めてで ある。1人で乗せて、後ろから支えながら一緒に滑って行こうと思った ら、怖がって私から全然離れようともしない。こうしがみつかれては、乗 せることも出来ないので、膝の上に座らせて、私がソリに乗って滑って行 こうとしたら、これでも怖がって泣き出す始末だ。

大きな犬を連れてきて遊んでいる人もいて、暫く犬を見ていたが、沢山着 込んだつもりが、どうも寒そうに見えてきた。30分そこそこ遊んだだけ で、友人に先に帰ることを伝えた。

この日のメインディッシュは、それからやって来た。車が家に近づくに連 れて、消防自動車の音が大きくなってきた。「あ〜あ、こんな雪の日に、 火事にあったら大変だろうなぁ」と、思っていたが、そのサイレンの音は 一向に小さくならない。実はさっきの丘は、消防署の目の前であったの で、けたたましく出動して行った時も見ていて、同じことを考えていた。 と、遂に我がアパートの駐車場に着いてしまった。そこに待っていたの は、1台の大きな消防車と、人だかり。また、「随分近くだなぁ...」と 思いながら、我が家へ向かう。

家の玄関先まで辿り着くと、そこには我が家の窓が開かれ、何人ものあの 銀色の防火服をまとった男達の姿が目に入ってきた。頭が真っ白になっ て、中に入る。身の丈2メートルはある消防士が、ここの家の者かと尋ね た。そうだと答えると、「何かレンジにかけ忘れて出かけただろう」。 まだ、私は判らない。もう1人の男が、雪の中から真っ黒に焦げ付いた 「おでん」の鍋を持って来た。「何だか判らないけど、まだ、食えるか い?」、ニヤニヤしながら尋ねる。

やっと、何が起こったのかを私は理解した。あの丘に行く直前にオデンを 温めていて、友人の呼び鈴で慌ててそのまま出てしまったのだ。弁解の余 地もない大失敗である。幸いなことに、被害はそのオデンと焦げ付いた 鍋、そしてその後3週間にわたって続く、クンセイになった気分の煙たい 生活。アパートに備え付けられている、火災報知器のお陰で大事に至らな かったのだ。

皆が引き払った後、ガンガン空調機をかけて煙を追い出している時に、午 後中友人宅に行っていた妻が帰って来た。汗びっしょりで消防士のお取り 調べ(実は2〜3分で済んだ)を受け、鍋がガラスだったから助かったと か、あと5分到着が遅れたらメルトダウン[1]を起こし、大火災だったろ うと注意されたことを話した。

[1] 原子炉の炉心が溶けだすこと。

妻は目を丸くして聞いていたが、途中から大事に至らなかったことが理 解できたので、早速私をからかい始めた。「さぁ、何か温めて貰おうか な!」。その事件[2]以来、私は火を使うことは一切しなくなった。幸い にも、実害が鍋だけだったので、消防所からもアパートの管理人からもオ トガメはなかった。

[2] 下宿時代も就職してからも、火(といっても電気式)を消し忘れるなんて、
これが初めて。一応名誉のために。

因みに、悠澄は、私が消防士と話している時から、全く離れようとはしな かったが、泣くことも騒ぐこともなく静かに私に抱かれていた。子供心 に、「大変な事件」にあっていることは理解しているかのようだった。

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