Title:MilkAge

小石
悠澄と歩くと、すぐに路にころがる石を拾って、水路などに投げ込み始め る。金属製の網目のついたフタを見つけると、5分でも10分でも延々と 石を投げ込む。1つ1つゆっくりとしか投げ入れる事が出来ないので、時 間の割には大した量は投げこまない。

海老名駅に向かう道は、不動産屋さん曰く「徒歩13分」、普通に歩いて 15分のタンボを突き抜ける舗装道路。そこには、幾つものこうしたフタ がある。田畑への水路も脇を走っているので、それも格好の標的になる。

その道を2人で歩く。数メートル進む度に、止まって石を探す。最初はイ ライラしながら、せかしたりしたが、段々それも面倒臭くなった。息子が 石を落とし始めると、私は空を見上げて日向ぼっこをする。

新居は決まり、引越しの日程も決まっている。もう此処にいるのもそう長 くないと思うと、少し感傷的にもなる。春浅き海老名の空には、名も知ら ぬ鳥が戯れている。ふと気が付くと、足元には歩き疲れた息子が両手を上 げて、抱っこをねだっていた。

引越し
昨年は、2月に2週間、6月に1ケ月、9月から4ヶ月..とアメリカに出 張した。妻と悠澄は、最初の2回は青森に、3回目は一緒にアメリカへと 移り歩いた。環境の変化は、悠澄にどんな影響を与えたろう。アメリカで のアパートには、慣れるのに約1週間はかかり、私か妻のどちらかにまと わりついて離れようとしなかった。また、小さな音にも怯え、私が帰宅す る度に、ドアの開く音を聞くと妻に飛び付くことを繰り返した。

そして、この3度目の出張中に会社での転勤が決まる。今度は家の引越し である。海老名の家には結局3年弱住んだことになり、私にとっては独身 →結婚→息子の誕生、と人生の大きな節目を迎えた空間である。忙しさは アメリカで増したので、感傷的になっている時間はなかったが、遠くはな れた地で幾つかの思い出が頭を巡った。

1月半ばに帰国してからは、仕事の締め括り,家探し,家の引越し,会社 の転勤..と目まぐるしい日々を送る。毎日遅くまで仕事をして、週末は家 探しをする。狭い我家は、引越し準備でダンボールの山と化す。時差ぼけ など気にしている間もなかった。

私には、殆ど「住む」場所でしかなかったが、妻子にはそれなりの「暮ら し/つながり」が存在する。近くに住む、同じ位の子供達をもつお母さん 達とは、既に友人になっている。悠澄自身にも、友達やイジメっ子が居 る。それぞれの想いを胸に、3月4日、ついに海老名ともお別れをした。

今度の家への適応は、早かった。年齢も1才半弱、慣れもあったのかもし れない。引越し後、1週間で引越し当時届かなかったドアのノブに手を伸 ばし、我もの顔で走り回っている。

野村香ちゃん
「香ちゃんを探して!」、海老名駅で出社時に毎日見ていた看板である。 野村香ちゃんは、小学生で、帰宅後塾に行ったはずの時間から、忽然と姿 を消した子である。誘拐でもないらしく、全く消息がない。

我が子が突然居なくなったら、どんな気持ちか...あまり他人ごとではな い。そんな気持ちで、毎日電車に駆込みながら、看板を見つめた。

先日のNHKスペシャルでは、この5年ほどに、突然消息を断った子は約1 0人もいるそうである。場所もばらばらで、その後の各家庭の対応も異な っていた。健康で再会できることを祈らずにはいられない。

おしゃべり
Image 1才半も間近となり、引越し後の新居にも慣れだす。私は、転勤休暇を使 い果たし今まで通り朝夕しか悠澄と会えなくなる。ところが、夜、帰宅す ると、凄い「おしゃべり」が待っていてくれる。

悠澄は未だ言葉を自由に話さないが、あたかも言葉であるかのような 「音」を連続させて、一生懸命「話し」かけて来る。長い時には、5分ほ ども「ダダーダッ、なーにゃ、...」と話してくれる。

1日の報告をしているのだろうか、悲しいかな理解できないが「それで? それで?」と私は聞いている。未だ身長80cmあまりの悠澄は私の足元に立 つと、殆ど真上を見ないと私と目が合わない。時には、背伸びまでしての けぞるように立って、話し続ける悠澄の姿は感動的ですらある。親になっ たなぁとしみじみ思う。

2人目
2人目を授かる。7月4日の予定。1人目の時ほど、狼狽えはない。あぁ また行動に規制がつくなぁ..とか、やっと落ち着いてきたけれど、旅行な どは再び夢の彼方だなぁ...とか、少し現実身のある感想だった。

診察では順調に成長しており、妻は悠澄の時と同様に体重制限に果敢に取 り組んでいる。悠澄は、日々大きくなる母親の御腹に気付いてか気付かな いでか、あいも変わらず、母親べったりである。私にさえ嫉妬しているの で少し心配しているが、立派な「おにいちゃん」となってくるよう期待し ている。

今年は、私の10才離れた弟がようやく大学へ通う年となった。父にして みれば、一応の勤めを果たした半面、一人立ちの淋しさを感じているよう だ。そして、我家は1歩1歩、新しい「家庭」を築いている。19年後に 同じ思いをするのかもと、悠澄を見つめる。今年は早や母の7回忌。良い 家庭を築きたい。

before TOP 目次 next

Copyright:1997 Hideki_Mitsui@MilkAge