Title:MilkAge

悠澄のお家−ダンボールの家−
Image 引越して直ぐに、空箱で家を作った。家と言っても、窓が幾つかあって、 出入りできる穴が開いているだけだ。

最初は、怖がって入らなかったが、その内に中に入って遊ぶようになっ た。そこが、「悠澄の家」と呼ばれるようになるまでにはさして時間はか からない。数か月で、「○○は、悠澄の家の中だよ」というと、そのダン ボールの家を探しに行くようにまでなった。

その後、少しの増改築で、ポケットや呼び鈴などが追加された。オモチャ の倉庫と化すことも多くなってきたが、未だに良きオモチャの筆頭であ る。安上がりな手作りオモチャ程、長々と愛用されている。

車、それは私にとっては単なる公害発生装置にしか過ぎなかった。免許 は、学生時代に父の(殆ど)命令で取っていた。しかし車の運転は、その後 米国出張まで殆どしていない。米国でさえ、必要に迫られて、しぶしぶ乗 ったと言うのが本音である。

そんな私が、車を頂く羽目になってしまった。義父のプレゼントである。 妻は早くから、その必要性を主張していた。子連れの身での不便さを強い るほど、私には反対する理由がなかった。

海老名に居た頃から、子連れでの移動に関して辛いということは沢山あっ た。10Kg強の肉片を抱いての歩きは、想像以上に疲れるのだ。

車が到着して、そのうちに通勤にも使うようになった。バス通勤が、あま りに待ち時間が多くなったからだった。ところが、車通勤にして1ヶ月 で、私は車なしでは暮らせない身になってしまった。この便利さは何事に も換えがたい。日常の子連れの楽さもあるが、病気などの時に何時でも何 処へでも行けるという安心感[1]もありがたい。

[1] 実際2人目出産時の時は大助かりであった。

せめて、電気自動車になるまでは買うまいと心に決めたのも忘れて、毎日 私はハンドルを握っている。しかし、内心いつも思っている、早く低公害 車が市場[2]にでますようにと。

[2] '93東京モーターショウは、夢がないと言われている。しかし、今回は
「環境」が1つのテーマになっているそうだ。地球を汚さずに人が(高速)移動
できるなんて、これこそ「夢」ではないか。
この不況で、これらの開発費が押さえられることがありませんように。

悠澄が一番顔が広い
引越しに際して、一番気にかかったことが日常の妻子を取り巻く環境だっ た。悠澄と同じ年頃の子は居るのか、妻とおしゃべりできる母親は居るの か...。

ところが、そんな心配は、悠澄が吹き飛ばしてくれた。悠澄と外で遊ぶ 時、寝かし付ける時、色々な方と知り合える。誰彼と隔てなく、話しか け、手を振る悠澄を通じて、近所の方々も私達を覚えてくれる。

海老名に居た時は、悠澄を通じて妻が交友範囲を広げて入っただけだが、 ここでは私もそのオコボレに預かっている。

悠澄を抱っこして歩いていると、決まって何人かの近所の方に会釈され る。私も会釈しながら、悠澄に聞く、「いまの誰だい?」。悠澄はまだ喋 らない、黙って笑顔でその人に手を振っている。

オムツー紙オムツの選択ー
オムツについて。

我家は最初は、布オムツで始めた。汚れる度に、トイレの便器の中でゴシ ゴシとタワシで汚物を洗い落としてから、洗濯する。トイレの中には、専 用のバケツがあり、そこに溜めておく。この期間は、常にオムツ・ノレン の下をくぐる生活を強いられた。また、タンク丸を入れて、妻にひどく叱 られたこともあった。

それが、次第に紙オムツに変わって行った。使い捨てなので、ノレンと化 すことはないが、経費が馬鹿にならない。会社からでる家族手当など、2 週間分にもなりはしない。

どの銘柄を選ぶか−も大きな問題であった。友人や雑誌を通じて、なにが 良いかを色々と試してみたが、結局私の結論は、「総じて値段に比例して いる」である。ほぼ同じ値段なら、だいたい同じような強度をもっている ということだ。

しかし、今になって考えると当り前だが、装着時間帯に合わせて銘柄を変 えるのが賢い使い方だろうと思う。何故か当初は、1度決めたらずーっと 同じモノを使わなくてはいけないように思っていた。しかし、昼は△△、 夜は○○..と行った具合に、輩出量にあった使い方をするのが良い。

オムツを付けようとした途端に、ちょっとオシッコを引っ掛けられるなん てのは、いつものことである。同じ銘柄を使い続けていた頃は、微かに黄 ばんだオムツをもったいないなぁ..と感じながらポイしていた。しかし、 昼間は薄手の安いもので充分なのである。1枚20円と50円では、やは り考え方も変わって来る。

今我家には、昼用の薄手のモノと、夜用のしっかりモノとの2種類が並ん でいる。

花の名
小学生の頃、担任以外で妙に尊敬していたのが、理科の先生であった。彼 は、物静かで理知的で親切で、野草にとても詳しかった。彼に聞いて判ら ないことはないのではないか..とさえ思っていた。春と秋には、子供会の 野草を見る会に参加してくれて、色々と教えて貰った。

羽村の新居に来て、先ず後悔したことが、「もっとちゃんと野草を覚えて おけば良かった」ということであった。

同じ東京なのかと思うほど、自然に恵まれたこの地域では、毎月のように 綺麗な花達に出会うことができる。鮮やかな赤や紫の花に出会うと、心も 和む。

家の周りも、公園が点在し、驚いたことに乳牛や豚まで近所で飼われてい る。家畜は確かに臭いはするが、目の当たりにすることなど珍しいので、 あまり苦にはならない。1日数回の臭いよりも、1日数回息子が喜んでく れる方が嬉しい。

こんな自然に近い街で、暮らせることを幸せに思っている。悠澄が言葉を 覚える頃には、私は花の名を覚えて行こう。

トイレ・トレーニング[1]

[1] 参考文献:篠田顕子著(訳書)主婦の友社「一日でおむつがはずせる」。
我家は、読まずにできたけれど、これは結構有効のよう(友人談)。

トイレ・トレーニングをどうするか...これは悠澄が歩き始めてから、ず っと考えていた謎であった。「もよおす→トイレに行く」という行動は、 もはや当たり前になっていて、誰かに説明をするような事ではない。

しかし、悠澄には新しい行動パターンである。誰かが教えなければ身に 付くものではない。どうやって教えよう...悩んだ挙げ句、先ずは「見せ る」。

以前から悠澄は、トイレという密室に興味を持っていた。私や妻が入る と、ドアをどんどんと叩く。ドアの開閉ができるようになってからは、開 けようとする。妻は時々入れていたが、私はガンとして聖域を守ってい た。が、男女では身体の構造が違う。仕方なしに、「ツレション」に誘 う。小便をするところをマジマジと眺められるのは初めての経験だった。 あんまり気分の良いモノではない。しかし、悠澄は狂喜している、「おお ぉー」と口を丸く開けて不思議そうに見つめている。

何回か「ツレション」をしてから、子供用便座(ひとまわり小さく上にか ぶせるもの)に座らせて、「シーッ」と唸るように声を出す。最初からう まくは行かなかったが、そのうち何回かに1回はオシッコをするようにな った。先ずは1歩成功。

Image 同時にウンチも教えることにした。しかし、今度は見せる方法もない。考 えた結果、とにかく座らせて、「ウ〜〜ン」と横で唸ることにした。やっ てみるか..程度の気持ちだったが、なんとこれが成功した。5分ほど、便 座に座る悠澄の隣にしゃがみ込み、「ウ〜〜ン」と唸る。最初、悠澄は何 事かと不思議そうに見ていたが、そのうちに自分でもお腹に力を入れ始め る。その真剣な顔がおかしい。思わず笑いが込み上げて来る。そこが我慢 のしどころである、こちらが笑ってはいけない。必死に笑いを殺して、 「ウ〜〜ン」と唸る。

突然、茶黒い物体がおシリから見える。一種の感動が私を包む。しかし、 これは悠澄にも同じらしい。「オオーッ」と狂喜して、おシリを覗き込ん でいる。もっと、力を入れればもっと出て来ることを知ったようだ。再 び、「ウ〜〜ン」と唸り始める。

「ぽっちゃん」、2人の努力の結晶が落ちた。思わず、万歳をしたくなっ た。で、最後の仕上げである、誉めまくる。頭を撫ぜ、「エライネェ」の 連発。トイレから出たら、妻がもっと大仰に誉める。ウンチを人前でする のが初めての悠澄は、どうしてこれほど喜ばれるのか判らないような顔を していたが、誉められている事は理解した。飛び跳ねて、「喜びの踊り」 を舞いだした。

悠澄、1才7ヶ月。これ以来、ウンチは殆ど教えてくれる。オシッコは、 もう少しかかりそうだが。

ついでに書くと、オシッコを教えるのは、「信頼」というもう1つの壁が ある。悠澄が「オシッコ」と訴えたなら、それは何を差し置いても飛んで 行く事を余儀なくされる。「うそでしょ〜?」とは言えない。

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