Title:MilkAge

エラい子と良い子
息子がなにか、こちらの意図したことをやってくれた時になんと言って誉 めるか。頭の中では「良い子」と言おうとしているのに、どうしても「エ ライ、エライ」と言ってしまう。

言いながら、何も偉いことなどないなぁ..などと考える。特に、「偉い」 という言葉を嫌っている訳ではないのだが、何か抵抗がある。「偉い」の 先には、何か要職につくようなイメージがあるのだ。更に、その要職につ いていながら、マットウな方が見当たらないのが、その原因のように思 う。

「偉い人に良い人なし」といった感じが、頭から離れない。特に昨今のニ ュースは非道い。

話は変わるが、ヨーロッパでサッカーが強い理由は、幼い頃よりテレビな どでファインプレーなどを、見続けているからだという話を聞いたことが ある。頭の中に、何が美しく強いプレーかというイメージが出来上がって いるというのだ。

であるなら、「エライ、エライ」と誉められ、その偉い人の醜聞を目にし 続けると、一体どうなるのだろうか。先に生まれた者として、見せなくて はならない姿はあるはずだ。

「お〜」−驚きの声−
まだ、「あ〜」とか「う〜」とかしか言えないのに、幾つかの状況にはぴ ったしの言葉を発することがある。

その代表が、驚きの「お〜」である。口を少し前に突き出すようにして、 指差しながら、目をマルマルとして、「お〜」と驚く。驚くというより も、感心しているように見える時もある。そして、指をそのままに、私達 の方を見て、一緒に驚けと目で催促する。

カタツムリを見ても、「お〜」。牛が首を振っても、「お〜」。欲しいケ ーキが突然目の前に置かれても、「お〜」。

飛行機−米軍基地−
我家は、横田基地のそばにある。そばとは言っても、車で20分ほどの距 離だが。基地への発着音で嫌な思いはしないが、周回コースの1つの下に 位置するらしい。低空で飛ばれると、8世帯が住むセキスイハイムは、低 く唸るように微かに震える。

悠澄は、爆音[1]がする度に、窓際に飛んで行き飛行機を探す。しかし、 明らかに旅客用とは異なる機影を見ながら、私は考え込む。

[1] 「平和」を守るための音なので、「平和の音」と呼ばれているらしい。

どんより曇った夜中に、サーチライト(?)をつけながら低空飛行する米軍 機が、轟音と共にこちらに向かって来ると、今まで見た映画のワンシーン がだぶる。何故か、米軍機の機関銃を構える兵から見た私と、私の後方か ら米軍機をバックにした私自身が映ったシーンが頭に浮かんで来る。映画 では、よくこの2つのシーンをうまくつなげて、恐怖心と残酷性を表現す る。

ある日、悠澄を抱いた状態で、この目にあった。嬉々として叫ぶ悠澄を胸 に、私は正直言って足がすくんだ。平和とはこんな思いをして守らなけれ ば、壊れてしまうものになってしまったのか。哀しい気持ちで、飛び去る 米軍機を見送った。

お父さんのパンツ−風呂上がりの1コマ−
お風呂に入る時に、着替えを用意する習慣は私にはない。妻も、用意して くれるような感性は持ち合わせていない。

したがって風呂からでると、いつも腰にタオルを巻き付けて、下着のしま ってある所に向かう。こういった習慣は、娘が生まれて年頃になるまで、 そのままかな...と思っていたら、事件が起った。

その日私はいつものように、風呂に入り腰にタオルを巻き付けて、浴室か ら出て来た。その開いたドアの音を聞き付けて、悠澄が何か叫びながら飛 んで来た。「何だろう」と思いつつ、眺めていると、私の下着を探し出 し、持って来るのだ。「ハイッ!」と差し出されたパンツを前に、私は少 し面食らった。

子供は、よく見ているものだ。

概念遊び
1才半ころから、手遊び歌を教える。最初は、「むすんで、ひらいて」。

歌いながら、手を握ったり開いたり手を打ったりする。寝る前に毎日やっ たら、かなり気に入って、何度も何度も要求する。握った手を上下に振 り、「あっ、あっ!」と催促する。何回か、催促に応じてから、もう寝よ うと促す。

そのうちに、何か違う手も考えようと思い、ちょっと悪戯をしてみた。何 も持っていないのに、さも何か入っているかのように手を合わせる。それ を、空中に放り投げて、妻と見えないキャッチボールをする。当然悠澄 は、その「何か」を欲しがる。ところが、投げる手を押さえても、そこに は何も入っていない。でも、さも入っているモノを渡すように悠澄の手の 平に乗せると、驚いたことに、悠澄もさも在るかのように振る舞うのであ る。

概念で「遊ぶ」ということを理解しているのだ。「無いモノさえ、在るよ うに遊べる」というのは、実はとんでもないことだと思う。

この存在しないボールのキャッチボールは延々と続き、私が疲れた頃にそ れを「ムニャムニャ」と食べるというジェスチャーで終わることになっ た。私が食べてしまうと、ゲームは終る。悠澄もそれ以上要求しない。こ れまた、楽しき安上がりゲームであった。

水中出産
出産方法というのは、色々ある。結婚する前は、病院で産むものだとばか り思っていた。

ところが最近は結構テレビなどで、「何が正しい出産方法か」といったテ ーマの特集が組まれることがある。母体への負荷を減らす方法としては、 最新の医学を使った薬などに依る方法と、なるべく自然な方法で苦痛を和 らげる方法の両極に進んで行っているようだ。

後者の中では、日本でも「水中出産」が注目されているようだ。プールの ような場所に妊婦が入り、大抵は旦那さんも一緒に付き合う。水の浮力 が、妊婦の腰への負担を軽減させる効果があるらしい。また、水に包まれ ていること自体が、心理的にも安定感を生むのかもしれない。

悠澄を産んだ時、片桐助産院は、この施設を作っている最中だった。悠澄 の時が、ひどく痛かったので、妻は次回は水中出産で産むのだと宣言して いた。しかし我家が引越しをしてしまったので、それは実現できなくなっ てしまったが。

最近の調査では、陣痛は胎児自身が発するサインを引き金に始まるものだ とも言われている。出産は、胎児自身を含めた家族全体の、大きな通過点 である。皆が、納得のいく方法を選べる社会と知識が求められている。

安産のツボ
両足首の内側、くるぶしの少し上辺りに、「安産のツボ」[1]というのが ある。ハリ医者である叔父の薦めで、出産予定日3ヶ月前から御灸を始め た。

[1] "三陰交"というらしい。

薬局に行くと、結構手軽なものが揃っていて驚かされる。頭の中には、あ の藻草を丸めて、線香で火をつけていくイメージがあったが、全く異な る。同じなのは、あの煙と臭い位かもしれない。

一度ハリ医者に行き、安産のツボと、腰痛に効くツボにマークをして貰 う。それからは、2日に1度ほど寝る前に、御灸タイムと洒落込む。息子 を寝かせ、換気扇を回し、ぺたぺたとシール状の「御灸」を腰と足首に貼 る。そして、ロウソクなどで火を灯す。

効果のほどは、私には良く判らないが、妻はその翌朝は身体が軽いと言っ ていた。この煙にまみれた作業は、出産予定日の2週間ほど前まで続く。

運動量の計算
ある日、悠澄と私と妻の3人で「川」の字で寝ていると、真ん中の悠澄が 私の所に擦り寄ってきた。本人は、妻の所に来たつもりらしい。顔を上げ ると、私の顔が見える。失望の色を残し、反対側を見る。

いつもなら、ここで立ち上がって妻の方に行く。ところが、一端妻との距 離を確かめるように、下を見て、一瞬間を置いてから、ゴロンと横に転が って妻の所へ行った。

確かに偶然かもしれないが、私には最短経路を計算したように見えた。立 ち上がっての移動よりも、転がった方が運動量が少ないことを知っている かのようだった。

悠澄は、私達が気付かない所で、様々な思慮を巡らせているのかもしれな い。この小さな「考えるアシ」が、ますます興味深くなってきた。

琢磨ちゃん事件
衝撃的な事件が起きた。病院内で、産後3日の赤ん坊が、親の見ている前 で、強奪された。そして1ヶ月後、犯人の夫婦は捕まる。

強奪そのものは許されない行為だし、我が子を奪われた親の気持ちも連日 のように報道され同情を集めた。しかし、事件は後味が悪かった。

「妊娠したようだ」という嘘をついてしまったばかりに、犯人夫婦は嘘に 嘘をかさね、引っ込めない状況に陥り、犯行に及んだらしい。事件解決 後、報道されたその用意周到さは、哀れさを感じさせるものであった。そ して、すっかり抱き癖がついているという子供からも、やり切れない思い をした。

この問題は、犯人夫婦の個人的なものではないと思う。この夫婦を取り囲 んでいた「子供を作らなければならない」というプレッシャーが、一番問 題なのではないか。

我家は、たまたま「子を授かり、子育てを楽しめる家庭」であっただけで ある。子を持つかどうかは、現在の社会の中で生きて行くことの必要条件 とは思えない。

子を授かれるかどうかすら、決まったことではない。結婚して子に恵まれ ず、苦労している夫婦も知っている。それは、まさに血のにじむ努力をし ているといっても過言ではない。

更に、社会自体が急激に変わっている現在、それを構成する家庭自体の意 味も形態も変わらざるを得ないと思う。我家は子に恵まれたが、犠牲と言 っては語弊があるが、代償としたものはかなりある。

新婚旅行以来、2人きりの旅行等したことがない。息子の誕生以来、静か な食事は望むべくもなく、妻はゆっくりと眠ったことすらない。多くの やりたいことの誘惑が溢れるこの社会で、多くのことを我慢している。 勿論、その代償として子育てを楽しんでいるのだが。正直言って、DINKS [1]を、羨ましく思ったこともないわけではない。ましてや、産んで見て 感じるのは、社会の受け入れ体制の不甲斐無さである。

[1] Double Income No Kids:共働きで子供なしの夫婦

社会がこれほど揺れ動いているのに、何故「子供」に関しては同じ感覚が 引き継がれているのだろうか。いまだに、子を持たぬ夫婦が負い目を感じ る必要があるのだろうか。

「お子さんはまだですか?」と笑顔で聞くのは良い。それに対して、聞か れた夫婦も、「もう少し先にするつもりです」と笑顔で返せて、良いので はないだろうか。

2度と起って欲しくない事件であった。

胎児
悠澄が生まれてから、胎児に関する本を読んだ。御腹にいる頃から、お母 さんが話しかけるように教えて行くと、赤ちゃんは覚えて行くのだそう だ。

その本には、そうやって産んだ子達が早くから言葉を発し、優秀な成績で 大学に行ったりしている例が紹介されていた。「やっておけば良かった」 と、少し後悔したものだ。

ところが、もう2人目が生まれようとしてる。やっぱり、「やっておけば 良かった」と、少し後悔している。

日本でも、御腹に居た頃に母親がよく歌っていた歌を覚えている子供や、 御腹の中に居た頃や出産時の記憶をもっていたりする子供達が、時々い る。なんて不思議なんだと思いつつ、感心する。

何年後か、息子から「どうして、御腹にいる時に教えてくれなかったんだ よう!」と非難されるだろうか。

before TOP 目次 next

Copyright:1997 Hideki_Mitsui@MilkAge