Title:MilkAge

厳しい父
私の父は厳しかった。そのせいか、私も悠澄に厳しいらしい。私から見る と、当たり前の教育も、妻や友人から見ると、かなり厳しく映るようだ。

何が、厳しいのか。きっと、私が叱る時に、悠澄がどんなに泣いていても 許さないことが、そう映るようだ。私は、泣く子に同情して許してしまう ことが良いこととは思っていない。子にとって泣くことは、大人のそれと は意味が違う。短い人生の中で知っている一番有効な表現方法でしかな い。

10才離れた弟の世話をしていて感じていたのは、電車など人前では他の 親が異様に子供を許してしまうことだった。我家ではそんなことは殆どな かった。悪いことはどこででも悪く、してはいけないことは誰の前でもし てはいけない。それは、どんなに泣き叫んで周りの注意を引いたとして も、私の親はそう教えた。今、自由に叱れる子を持ってみて、改めてそれ が正しいと感じる。人目を気にして、叱ってはいけない。

もう1つ、考えさせられたことがある。我家では、私の叱り方にクレーム をつけるのは妻しかいない、妻しか言える立場にない。この状況は、本当 はかなり恐いモノである。子に接する時、何に付けても正悪の判断からし て、全権を委任されているのだ。この状況で、私が常に優しく正しく在れ るか...答えは「否」である。感情の起伏もある、見当違いもある、誤解 もあろう−そんな諸々の環境の中で、子に対する教えは、なにはなくとも 一貫性はなくてはならない。気分によって言うことが違う親は、愚か者で ある。

最低限の守るべきことを決めたなら、風が吹こうと、会社で嫌な上司と喧 嘩しようが、悠澄が泣き叫ぼうが、それは守らなければならない。そし て、「最低限守るべきこと」は本当に最低限でなければならない。それ は、我家では、いまのところ「人を傷付けない」だろうか。

悠澄は、興奮すると噛み付いたり、顔などに物を投げたりすることがあ る。そんな時は決して許さない。腕をつかんで、何故そんなことをするの かを聞く、この時点で大抵は泣き出す。母親に助けを求めようと逃げ出そ うとする。しかし、手は離さない。泣きじゃくる悠澄に、ひたすら呼び掛 ける「悠澄!」。数回繰り返せば、そのままでは許して貰えないことを察 してか、しゃくり上げながら「はい」と答える。しかし、勿論泣き続けな がらである。可哀想だと思う。涙と鼻水にまみれて、「はい」と答える健 気さに心も動く。けれど、しっかりと何が悪いかを伝える。本人に判って いるかどうかは疑問だ。けれど、最後に「判ったね?」と確認をとって、 もう1度「はい」と言わせる。最後に「はい」と言ってから手を離す、悠 澄は母親に飛んでいく。

泣けば許されることを覚えた子供は不幸だと思う。甘い親の下で、甘く育 てられた馬鹿息子達を何人か知っている。彼らは、もはや自分達の甘った れた行動をおかしいとすら思わない。昨今は、政(まつりごと)をする人間 にも、こんな輩がいる。ああなってからでは遅い。自分達の常識が、「常 識」でないことに気付かないのは、見ていても哀しい。

けれど、こんな叱り方をすると、妻は決まって不機嫌になる。しばらく口 をきかない。誰も子供の泣きじゃくる声を心地良くは感じない、私だって そうだ。けれど大事だと思うから続けるつもりだ。

救いは、妻が口をきいてくれなくても、30分もすれば怒られた悠澄自身 が、傍にやって来て遊びに誘ってくれることだ。本当に救われる気がす る。少し警戒しながらも、笑いながら様子を見る悠澄。こちらに、さっき 怒った感情が残っている場合もある。そんな時は、親が試されている。本 当に、お前に叱る資格があるのか。

一度叱ったら、それはその場で終わらなければならない。鉄則である。い つまでも叱っては逆効果である。間違った叱り方なら、無い方が良い。叱 られた後によって来る悠澄を見る度に、正しく叱らなければいけないと思 い返す。

2重騒の中で
子供が2人になって一番困るのが、「騒々しさ」である。悠澄1人の時 は、悠澄さえ眠らせれば、それで済む、あるいは、私か妻のどちらかは休 むことができる。

しかし、今度はそうはいかない。特に夜中は、一方が泣き出すと、他方が 起きる...両方起きてしまえば、1人では対応できない。つまり、私も妻 も起きて、お相手をする。

いやぁ、眠い。悠澄1人の時も、結構泣かされたけれど、今回はもっとシ ビアだ。昼間は、眠気を断ち切るために、歩き回ったり、コーヒーを飲み まくったり...、と忙しい。私でそうなのだから、妻は言わずもがなであ る。何と言っても、母乳で育てている以上、母親は逃げ場がない。辛そう だ。

悠澄の時は、私も結構カリカリしていた。泣きじゃくる悠澄に怒ったりも していた。けれど今回は、何故かあまり怒る気にならない。悠澄をあやす 番になると、外に牛を見に行く。ボーっとしながら、近所を一回りして、 帰ってくる。安奈の時は、こちらもうつらうつらしながら、半分寝ながら 抱いている。

家庭を持って3年、仕事を持って5年。最初は、かなり仕事第1人間(ワ ークホーリックとも言う)だったのが、今は間違いなく、1番大事なもの は「家庭」だと言えるようになってきている。仕事が、たまたま、時間的 にも自分で調節できるものであることも大きいが、1つ上の世代から見れ ば、受け入れがたい感覚だと思う。別に会社の生活で手を抜いている訳で はない。ちょこちょこと勉強し、空いている時間も最良の方法を思案した りする。それでも、会社(あるいは仕事)は、1番大切なものではない。家 族になにかあったら、私はなんの躊躇もなく休暇なりをとる。また、それ が少しは、認められる環境になってきている。

父も私達子供が好きだった。けれど、家には殆どいなかった。居ても、怒 っているか、寝ているか..のどちらかだった。友人の父親もそんなものだ った。皆んな、家族と共に過ごす時間など望むべくもなかった。幸せな環 境になったと思う。

汗疹(あせも)との闘い
安奈は体温が高い。家に来てから、いつも37.5℃あたりの体温だ。しか し、いたって元気で、良く飲み、適度に泣き、良く出す。最初は結構心配 したが、徐々に彼女の平熱はこんなものなんだろうと納得してきている。 ただし、熱すぎないように、着せる服の量に注意はしているが。

元気は元気なのだが、体温が高いせいか、汗疹(あせも)がひどい。2時間 寝たら、下側にした部分が赤くなる。小さな音にも敏感で、ビックッと両 手をあげて驚くので、なるべくうつ伏せにしている。そのおかげで、顔が 真っ赤になって傷々しい。

できる限り、頻繁に「桃の葉ローション」で顔を拭き、日に2〜3回は 「ポリベビー(薬)」を塗り込む。最近は、汗疹に効く入浴剤も使ってい る。おシリの汗疹には、ドライヤーも使って、できるだけ乾いた状態にし てあげる。

本人は、痒いのを嫌がってか時々機嫌が悪いが、薬を塗られることも嫌い らしい。体を精一杯動かして抵抗し、泣き出す。「はいはい、我慢、我 慢」と言って、構わず塗る。

塗り終わってしばらくすると、少し気分が良くなるようだ。「ほら、言っ た通りだろう」と、イッチョマエに良い親にでもなったかのような顔で娘 を見る。

腕の強さ
安奈は、悠澄の同時期に比べ、随分と手足の力が強いように思う。飲みす ぎてゲロゲロしていない限り、ほとんどうつ伏せで寝せているが、1ヶ月 たったら、もう、左右へと自分で頭を上げて向きを変える。仰向けの時 も、かけたタオルケットがそのままであるのは、最初の数分だけだ。すぐ に蹴ってしまう。風呂に入れても、背中を洗う時にひっくり返す(腕を持 って、手首に首を乗せる)と、狭い赤ん坊用湯船に足を付き立ち上がる。

こうゆうのを見ると、親馬鹿な私は、20年後に、スポーツレディとなっ ている娘を想ってしまう。兎にも角にも、健康でいて欲しい。

電話:感謝状、NTT殿/「お客様のおかけになった番号は...」
Image 使われていない番号に電話した場合、あのお馴染みの「お客様のおかけに なった番号は...」は、誰の料金になるのだろう。

このメッセージにはお世話になっている。最近は頻度が減ったが、悠澄が 電話に興味を持ちだしてから、度々利用させて貰っている。といっても、 わざとかける訳ではない。我家では電話を壁にかけていて、悠澄が立って 触れるのが、最下段の「#」,「0」と「*」の3つである。記号をプッ シュすると、殆ど聞き慣れたメッセージが流れて来る。

「ん?」,「う〜んっ」とか言って、しばらく聞いている悠澄君。これだ け活躍してくれれば、NTT株の仕組まれたような暴落にも、口を閉ざして あげよう。

サッカー
サッカーがブームである。別にブームに乗っかった訳ではないが、我家も サッカーボールを手に入れた。理由は、投げるより、蹴る方が早いだろう と思ったからだ。毎日のように、駐車場で相手をする。

最初は、ボールに乗っかかったりして、転ける。下はアスファルトなの で、ヒヤヒヤどころではない。しかし、習得が早い。

アッと言う間に、ドリブルもどきで、自分の進めたいところに持って行け るようになる。私が横にぴたっとつけて、時々さっとボールを奪ってから かう。ムキになって追いかけて来る。気を抜くと、さっと走り寄って来 て、笑いながらボールを持って行く。結構汗をかかされる。

また、Jリーグの影響もどうも受けているらしい。最初は何か判らなかっ たが、なにか嬉しいことがあると、ぐるぐると周りながら「喜びの踊り」 をするようになった。まだ、腰と御腹とおシリは明確には別れていない体 形なので、美しくはないが、サンバのリズムに見えないこともない。

そして、お気にいりの歌も、ポンキッキの「オーレッ!チャンプ[1]」で ある。「オーレ」と言えずに、「ウーレッ〜、ウレウレウレ〜」とよく歌 っている。う〜ん、未来の1億円プレーヤーも悪かない。

[1] 「オーレ!チャンプ"ANDERLECHT CHAMPION(OLE OLE OLE)"」
作詞・作曲:Armath/J.Deja,日本語歌詞:新井紀子

2人の母親
オムツ替えとか今までの父親がしなかったようなことを私はやる。別にな んの抵抗もない。ところがこの世には、そういうことを父親がやると、子 供は母親が2人居るように感じて、その後の精神的成長に悪影響を与える という議論がある。

そうなのだろうか。1才10ヶ月にして、悠澄は私と妻とを明確に区別し ている。同じことでも、甘え方が明らかに異なる。妻曰く、「私はナメら れている」。やりたいことを止められても、相手が私だと精々2〜3回の やり取りで諦める。しかし、妻が相手だと何度もやりたいと主張して駄々 をこねる。

家の者と、お客さんとではどちらが無理が通るかも、ちゃんと嗅ぎ分け る。大学の先輩の家に遊びに行った時も、出されたお菓子を私と妻に止め られたら、悠澄は脱兎のごとく、初対面の先輩の膝に座り込んで、笑って いた。もちろん、手にはそのお菓子がしっかりと握られている。まるで、 私が先輩にまでは手を伸ばせないことを見透かしているかのようだ。

これだけの、ズル賢さと状況分析・判断ができるのに、父親と母親のやっ ていることだけでその役割などを学んで行くのだろうか。担っている家事 の種類は、さほど大きな要素ではないのではないだろうか。むしろ、私は 生活に密着している部分(炊事,洗濯,掃除...)は、男女の区別なくできる ようになっていることが望ましいとさえ思っている。父性や母性は、その 上に築けば良いのではないだろうか。

父親として子に見せるべき姿が何なのかは、まだ私には語れない。でもも っと、形に現れにくい本質的なものだと思いたい。ましてや、口で男女平 等を説きながら、男女役割分担を実行させる親の方に、子は不信感を抱く のではなかろうか。

脱臼
悠澄1才10ヶ月のある日の午後。妻は友人が来ると言うので、昨夜から 泊まりに来ている義妹に悠澄を預けて、朝からおおわらわ。

そんな朝に出社して、帰って来ると、「今日は大事件があったのよ」。悠 澄が脱臼したそうだ。たいした事後報告で、私は何もなかったかのように 遊ぶ息子の側で、なんのリアクションもとれない。目を白黒させて、話を 聴く。

義妹と遊んでいるうちに、悠澄が転けて泣き出した。普通はしばらくする と収まるのに、その泣き方が尋常でない。妻が右腕に触ると、「痛ーい」 と言わんばかりに泣きじゃくる。右肘から右手首にかけてが痛むらしい。 私に電話をかけるよりも先に、近くの友人に知らせて病院に駆け付ける。 余りに泣くので、順番も待たずに診察室に通される。医者が右手に触りだ す。悠澄はずーっと号泣状態。と、突然泣き止む。「あっ、入ったみた い」と、医者。元看護婦の妻も驚く、変わりよう。もう笑っている息子を 前に、さぞ医者も驚いたろう。

要約すると、こんな感じだろうか。しかし、事件はもう少し尾を引く。そ の後に出会う友人達から、「悠澄君、骨折したんですって?」。父はカヤ の外で、噂が百里を走る事件。私は「はぁ...」と言って、妻から聞かさ れた事の真相を、壊れたレコードのように繰り返す。それ程に疎外され て、私はしばらく不機嫌だった。

安奈のオムツ替え
弟が赤ん坊のころ、母はよく裸にして日向ぼっこをさせていた。小学生の 私は、「ふ〜ん、こうやって陽に当ててあげるんだぁ」と半ば感心してい た。その時に、フルチンの弟を前に、「女の子でもこうするの?」と聞い た。母は、「貴方の居ない所でならね」と答えた。

何故だか、その台詞はずっと私の頭にこびりついていた。それが、毎日の オムツ替えをすることになった。我家は、「性差」をたてに、娘の世話を 免除させて貰える家ではない。

別に私が照れたりする筋合いのものでは全然ないのだが、大きな抵抗があ った。しかも構造的に、女の子のおシリ拭きは、息子のよりも厄介なので ある。日本語にあまり適切な言葉がないので、各部の説明はしないが、ウ ンチが男の子では入り込む訳のないところに迄、女の子の場合は入り込む のである。

正直言って、何度も妻に代わってくれるように頼んだ。ウンチの汚さへの 抵抗はないのだが、我が娘に対して自分がしている事が、うまく言えない けれど嫌だったのだ。考えてもみて欲しい、「お前が赤ちゃんのときは私 がオムツを替えてやったんだぞ」と、大きくなった子供に言ったとする。 息子なら、「へぇー、よくやったね、そんなこと」と言う気がする。娘な ら、「え〜っ!」と照れるように嫌がり、私を見る目が変わりはしない だろうか。感謝されこそすれ、嫌われるようなことは何もしていないの に...。

1日も早く、オムツが取れる事を願う毎日は続いている。

「あっち!」−自分の行きたい道−
引越して数週間、悠澄は家の周りの路をほぼ覚えた。散歩や昼寝をさせる 度に、何度も何度も通るせいでもあるだろう。

しかしそれも善し悪しである。寝せようと思っている時には少し長めに歩 いたりする。ところが、路を覚えられているので、騙すことができないの である。悠澄には家にまっすぐ向かっているように思わせたいのに、少し 手前で曲がっただけで気づかれる。抱き上げるように、上向きに抱いてい てもバレてしまう。上向きの悠澄には、空と電柱しか見えないはずなの に...。

で、気がつくと、暴れ出し、自分の行きたい路に歩かせようとする。ズル 賢いことに、自分で歩こうとはしないのがミソでもある。

まるで、タズナサバキをしているかのように、私の胸の左右にうまく力を かけて、方向転換させようとする。その力加減が巧妙でいつも感心する。 私が力を抜くと、本当に悠澄の望む方向を向くように力をかけて来る。器 用なものである。

息子と川遊び
今の家は、多摩川のほとりである。5分も歩けば川辺にでる。梅雨も開け た土曜日、1才10ヶ月の悠澄と川遊びに出かけた。

濡れてもいいサンダルに履き替えさせて、川に行く。最初、「本当に入っ ていいの?」という顔でこちらの顔を覗き込んできた。「いいよ」と言う と、嬉しそうに、少し戸惑いながら、足を水に入れる。私が先に進んで、 少し深い所に誘う。深いといっても、悠澄の膝あたりまで。こぼれるよう な笑顔でついて来る。

着替えも持って行かなかったので、上着が少し濡れた辺りで、脱がせてし まう。しばらくは、上半身裸で遊んでいたが、そのうちにズボンも脱ぐと 言い出した。どうしようかと思ったが、言い出したら聞かないので、好き なようにさせた。カンカン照りの下、多摩川の水辺に裸の悠澄[1]が遊ん でいる。少し離れた所で、何人かが釣りをしている。澄んだ低い「ザザー ッ」という流れの音が、響いている。きれいだなぁ..と感じてしまった。 赤子が太陽の陽の下で、自分の好奇心のままに自然と戯れている。こうゆ うのを贅沢と言うんだろうなぁ。

[1] 後で妻に怒られた。転けた時などの防具として、
何か服は身に付けさせるようにと。

しかし、戯れも調子にのると、冒険もする。色々とハラハラさせられる。 遊んでいるのは、念のために、本流ではなく、蛇行した跡の流れのない所 だ。しかし、何回かは本流でも遊んだ。流れは見た目よりずっと強い。深 い方に行く時は、必ず私が深い側に立ち、手を持って、それ以上は進ませ ない。それでも、何度か流れに足をとられて、流されそうになる。11kg強 の体重は、流れの前に無力である。握った手に力を入れて、自分で体勢を 立て直そうとするが、できない。支えてやると、少しこわばった顔で、こ ちらを見る。子供達の水難事故を思う。皆んな、川や海を甘く見てしま う。

私は、子供の時から、どちらかというと臆病であった。ボーイスカウトと か自然に触れる機会は多かったが、自分でコントロールできない大きな力 の存在をもっぱら学んだ。特に大きな怪我や事故には会わなかったが、闇 にも流れにも風にも、憧れながらも恐れ慎重になることを知った。

悠澄には、私よりももっと自然とキチンと付き合って行って欲しい。もう 少し大きくなったら、キャンプにも行こう。

グッナイ・キッス
馬鹿げた趣味かもしれないが、就寝前にキスをする習慣を覚えさせた。 「おやすみ」というと、口をタコのように突き出して、顔を寄せて来る。 家やキャストを見映え良く入れ換えれば、昔映画で見たブルジョア家庭で ある。

男の子がいつまでも、こんなことを続けてくれるとは思えないが、これが 1日の疲れを吹き飛ばしてくれる。最近は、出社時にもサービスしてくれ る。時には蜂蜜なんかがべったり付いた口でのサービスである。しかし、 可愛さが増すのである。

なにかしら微笑ましいことを覚えさせると、それは自分にとって良い方向 に働いてくれる。今や、悠澄は我家のスマイル・メーカーである。

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