Title:MilkAge

育児ノイローゼ
またしても不幸な事件が起ってしまった。泣き止まぬ赤ん坊を、母親が殺 してしまったのだ。事件の衝撃度に比べ、報道は極めて押さえられたモノ だったと思う。それはきっと、加害者(同時に被害者でもある)の心情への 配慮と、こうした事件が起りうる背景の大きな存在に気を遣ったように思 える。現に、このニュースを聞いた妻の第一声は、「気持ちは判るわ」で あった。

私が子供と接するのは、毎日の数時間と週末だけである。しかし、それで もイライラすることは多々ある。言葉が通じぬ苛立ちと、いうことを聞い てくれぬ腹立たしさには、耐え難いものがある。それが積もり積もれば、 冷静な時には思いもしないような事をしてしまうのも、理解できる。

特に女性(特に専業主婦)の場合は、逃げ場がない。男は職場に逃げる事 ができる。掃除と洗濯と食事の準備,片付けを暗黙の仕事とされ、それ に授乳やオムツといった子供の世話、更に睡眠のリズムも子供に合わせ る...。妻の調子が悪い週末などに、私も何度かやったことがあるが、か なり辛い。この作業量は、「女性(母親)なんだからやれなければならな い」などと言えるようなものではない。週末の2日間を、赤ん坊とべった り過ごすと、週開けにどんな嫌な上司との会話も、耐えやすい。子育てに ついてくる喜びはないけれど、兎にも角にも意思を通じさせる事が可能で ある(通じ合えるかは別の次元)。

化粧もできず、出産後3〜6ヶ月の間は、女の命とも言われる髪も多量に 抜けて行く。好きな音楽も殆ど聞けず、読書も育児書以外は新聞すらまま ならない。寝た子に配慮して、電話も少なくし、足音を殺して我家を抜き 足差し足で歩く。抱き疲れから、肩は重く、腰は痛む。社会からは取り残 され、ファッションを追うこともできない。1日は何もせぬまま過ぎて行 く。しかも、それが延々と続く。今日が何日であるか、何曜日であるかす ら、オムツの特売日かそうでないかの区別でしかない。自分の脳が凝り固 まる、あるいは溶けて行っているような錯覚さえする。仕事に夢を持って いる人には、少なくとも数ケ月の自宅謹慎のようなこの生活が更に辛く思 うだろう。今までの生活と比べて、悪い点だけを列挙すれば、子供が自分 の自由を奪っているように逆恨みしても、まんざら暴挙にはあたらない。

更に女性には、「良き母親」であることが、これまた暗黙の内に強要され ている。巷の悪童達への「家でどんな教育を..」という言葉を時々耳にす るが、どうも父親へというよりも母親の教育や躾を意味している場合が多 いように思われる。育児書自体にも、「○○すると、子供は精神的に不安 定になります」とか、母親の行動への指摘や規程は山程でてくる。泣き喚 く赤子を前に、「こんな神様みたいな優しさで接する事ができるか」と、 私ですら腹立たしく読んだものだ。

育児書の記述が嘘であると正面切って喧嘩を売る気にはならないが、子育 てなんてもっと手を抜いて自分の地をさらけ出しながら取り組んで良いの である。過去の偉人達の親達にも、色々なタイプがある。偉人の母親は、 皆んな良母であるかというと、そうでもない。逆に、極悪非道人の母親 も、悪母であるかというと、そんなこともない。子供には、悪い親(何が 悪いかを定義すること自体難しいが)に当たれば、それに対応する力が備 わっているのである。「幸」ばかりが人を育てるのではなく、「不幸」も 人を育てるのと同じである。また、近年の子供に関する研究では、母親の 影響が極大視されることを捨て、親子相互の関わりが、その親子相互を育 てていっているという方向に見方を変えているそうだ。縦糸横糸が織り合 って1枚の布ができるように、赤ん坊の性格、母親の性格[1]が、互いに 影響し合って、互いをつくって行くというのである。

[1] 父親のところは都合よく勉強していないので不明。

日本では、やたらと「忍耐」が、美徳とされる。困難の最中に助けを求め るとなんだか半人前のように見られ、そのくせ倒れるまで頑張ると「な ぜ、そうなる前に言ってくれないんだ」となじられる。そんなお国柄の中 で、大半の母親達はやっぱり無理しているように思う。しかも、狭い家の 中で孤立しながら、無理している。

けれどこの問題に、万人に共通な解はない。理屈で言えば、やはり赤ん坊 は赤ん坊なのである。身長も親の半分ほどの、本当に小さな存在なのであ る。そんなチィッちゃいのに対して、本気で怒ること自体がまさに大人げ ないのだ。それが頭では判っているから、みんな苦労している。

我家では、妻に気晴らしになる何かをしてもらうことと、私が妻の気持ち を理解するように努めることで、問題を大きくしなかった。

ほんの少しだけ、現実の毎日の喧騒から身を引くと、イライラも少しは 静まる。ダンナの立場からできることは、時々育児,家事一切を引き受け て、ちょっとした散歩や衝動買いツアーに妻を出してあげる事が一番有効 だと思う。目的はなんでもいい、とにかく子供から距離的に離れた場所に 置いてあげる事だ。私だって、会社で、一悶着あった上司とは、しばらく 距離を置いて、最小限の接触にとどめるではないか。同じ原理である。

妻の気持ちの理解は、正直言って難しい。妻だって、私の仕事上のイライ ラを完全に理解することはできないだろう。けれど話を聞いてあげるだけ でも、妻は胸につかえていたものが少し取れているように見える。気持ち の理解という点では、私よりも公園で会った「○○ちゃんのお母さん」達 の方が上だとも思う。同じ境遇同志、同じ苦労を分かり合えるので連帯感 は強いようだ。

しかし、我家もこの問題を完全に乗り越えた訳ではない。子供は知恵がつ き、言葉を持つ。イライラの次元が変化してきている。まだまだ路は険し そうだ。手探りの試行錯誤を繰り返すしかない。

子供の強さ
子供にどっぷり浸かって2年強。特に言葉による意思の疎通が出来るよう になってから、頭が下がる思いを何度もする。

子供を叱った後のことだ。今私が叱ったところなのに、その私に泣き付い て来ることがある。何度これに遭遇しても、驚いてしまう。

例えば会社で、仕事のことで上司から、自分の失敗をなじられるとす る[1]。その直後に、その上司に慰めを乞うたり、泣き付いたりできるだ ろうか。30男が実際にそんなことをするのも想像しにくいが、自分を攻 撃してくる者は、仕事上の関係を越えて、何らかの「敵」に属すると思 う。つまり、怒られた悠澄にとって、私は「敵」なのである。その「敵」 に、泣き付いているのである。

[1] あくまで、仮定の話です。

もちろん、息子は今までの付き合いから、私が一般的には守ってくれる者 だとは知っている。しかし、しかし、これはとても真似のできない行為で はないだろうか。

怒られた後に泣き付いて来る息子を抱き上げながら、私は時々戦争につい て考える。戦争のような複雑なことを、単純な図式に置き直して語るのは 危険ではあるが、戦後の謝罪問題や補償問題...は非常に大切だが、憎み 合った後に、どこまで信頼し合えるようになるかがやはり大きな壁であろ う。敵軍の砲撃で片目を失った子供が言う、「あいつらに死を!」。大人 達と一緒に、気勢をあげている。こうやって憎しみの上に憎しみを積み上 げて行った先には、何が待っているのだろう。非常に飛躍していることは 自分で充分判っている。しかし、今の戦争状態から抜け出せないこの世界 を救う方法は、この二歳児のとる真似の出来ない行為にヒントがないだろ うか。

リンカーンの話
悠澄は、いまだに興奮すると、人を叩いたりものを投げ付けたりする。そ んな時には決まって、私はそれと同じことを悠澄にやってあげる。

顔を叩いてくれば、きつくならないように注意はするけれど、やはり顔を ペシペシと叩く。噛み付いてくれば、同じ所を私も噛む。

もちろん悠澄は嫌がる。すると、「わかったか?」と聞く。自分のやって いることがどういうことか判ったか..という意味だ。悠澄は、不服そうに することもあるが、「はい」といって、少なくとも暫くは同じことは繰り 返さない。

子供のころ、リンカーンの言葉として教わった言葉がある。「私は奴隷に なりたくないから、奴隷制に反対だ」。ここまで高尚な理念ではないが、 同じことを自分がされればどれだけ痛いかを知ることで、他人にもそうい うことをしなくなることを願っている。

まだまだ、イタチゴッコは続いているが。

知足
「知足」、「ちそく」あるいは「たるをしる」と読む。広辞苑には、「現 状を満ち足りたものと理解し、不満を持たないこと」とある。

息子を見ていると、どうも「足る」ということは知っているようだ。お菓 子にしても、オモチャにしても、際限なしに欲しがる訳ではない。

同年代の子供に、オモチャを貸さなかったり、意地悪はするけれど、「貸 してあげなさい」と言うと3回に1回くらいは、渋々貸してあげる。折角 もらったお菓子も、「少しちょうだい」と頼むと、大抵はひとかじりくら いはさせてくれる。

大きなケーキを皆んなで食べたときも、ある程度たべると、「ぽんぽん、 いっぱい(おなか一杯)」と言って、食べる事を止める。

便利さも贅沢も、望めば切りがない。どこかで満ち足りたと知らなければ いけない。最近更に出てきた御腹を見つめて実感する。

父親は無用か
悠澄が2才になる秋に命じられた出張後は、これまでの私の育児にとって 一番辛い時期だった。体調を崩してしまったこともあるが、二歳児の自己 主張に翻弄された感がある。

悠澄は、寝言ばかりでなく、起きている間も「パパ、いや〜っ!」と言う ようになる。しかも、こちらがやらせたいこと(きちんと食事をさせると か、早く寝せるなど)を、ちっともしようとしない。

何度も、そして簡単に、「パパの部屋」に閉じ込めた。この時期の私の忍 耐力は、殆どゼロに近かったように思う。一度こちらのやらせたいことを 説明して、それでも言うことを聞きそうにない時は、有無を言わさずに私 の部屋に放り込んだ。

私自身精神的に不安定だったのかもしれない。しかし、息子の「パパ、い や〜っ!」というのが、カンに障ってしかたがなかった。こんなにしてや っているのにという、見返りを期待している気持ちもない訳でもない。ま た、「パパ、いや〜っ!」という台詞自体に、二歳児がどれほどの意味を 込めているのかも疑わしい。

この父子ともに地獄の2ヶ月弱がようやく過ぎて、やっとこうして書ける ようにもなった。今、私達親子は、結構良い関係にあると思う。互いにや りたい事の主張はするし、時には、私が折れて息子のやりたいようにさせ る。都合の良い解釈かもしれないが、和やかな時には和やかに、ギクシャ クしている時はそれなりに、一応は真剣に付き合ってきた産物だと思って いる。

次の山場は、「第一反抗期[1]」と呼ばれる時期だろうか。恐れ半分、期 待半分。

[1] 3〜4才頃らしい。

叱り方
私は、心底腹を立てるほど、丁寧な言葉を使う癖がある。高校の頃でも、 理不尽な校則や教師に抵抗するときは、うわべは非常に丁寧な言葉で反論 を唱えた。我ながら嫌味な性格であるとは思うが、「教え導くこと」より も「管理すること」を優先させる本末転倒な教師には、こうでもしないこ とには耐えられなかった。

息子を叱るときにも、この癖は直らない。まだまだ許容範囲であるときの 方が、「ばかたれ、やめろ!」とか言う。しかし、もう堪忍袋の緒が切れ そうだと思ったら、「や・め・な・さ・い」と低く言う。

息子は、既にこちらの怒っている度合を、言葉から感じ取る。このように 低く言ったときには、殆どすぐに「はい」といって引き下がる。君子危う きに近寄らず...というところか。

いまのところ、私が注意しなければならないことは、余りにこれを多用し ないことである。よく効く殺虫剤にだってハエは免疫を持つと言う。息子 にこの叱り方の免疫を持たれては、私は爆発してしまうしか手がない。

10年早い!
「あっち」とか「こっち」という方向を示す言葉と、幾つかの動詞を組み 合わせれば、簡単な命令を伝えることができる。

「パパ、あっち、ネンネ(パパは向うで寝ろ)!」とか、「パパ、あっち、 じっと(パパは向うでじっとしてろ、こっちに来るな)!」とか、息子は大 仰なジェスチャー付きで、命令してくるようになった。

真剣に怒るのも馬鹿らしく、苦笑するしかない。「十年早い」とかいう言 葉は、こういう時のためにあるのだろう。

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