エンセファリトゾーン症(Ez症)について

松田 みゆき  福井 大祐
このページはときどき加筆訂正します。最新:02/04/21


1.エンセファリトゾーン症のあらまし

1.1.エンセファリトゾーン症を引き起こす病原体
エンセファリトゾーン症は、古くはノセマ症と呼ばれ、微胞子目に属する原虫のEncephalitozoon cuniculiに感染して起こる病気です。原虫とは、単細胞の寄生虫のことです。Encephalitozoon cuniculiはラテン語で「神経の・ウサギ」を意味しており、「エンセファリトゾーン・カニキュリ」などと読みます。省略するときはE.cuniculiと書いて「イー・カニキュリ」などと読みます。

1.2.E.cuniculiはさまざまな哺乳類に寄生する
E.cuniculiはマウス、ラット、モルモット、ヤギ、イヌ、サル、ヒトなど、哺乳類に広く寄生しますが、ウサギへの寄生が最も多いようです。最近の研究では、E.cuniculiにはいくつかの株(種類)があり、株によって感染する動物の種類が異なると言われています。ヒトではAIDS(後天性免疫不全症候群)の患者が日和見的にE.cuniculiに寄生されて頭痛や発熱を起こした例があります。健康なヒトは免疫のちからでE.cuniculiを排除することができるので、エンセファリトゾーン症にかかる心配はほとんどありません。

1.3.エンセファリトゾーン症は主に中枢神経障害を起こす
エンセファリトゾーン症の症状は、斜頚、旋回、痙攣、部分的な麻痺、開張肢、尿失禁、運動失調、眼振、白内障、肉芽腫性ブドウ膜炎、眼の損壊、沈うつ、食欲不振、成長不良、痩せ、腎炎など多岐にわたりますが、中枢神経の障害に起因する症状が多いことに気付きます。これはE.cuniculiの生態を考えると理解しやすくなります。次項で説明しますが、E.cuniculiは脳や腎臓で繁殖します。宿主がE.cuniculiに対する免疫反応を起こした結果、神経組織が傷付けられて発症すると考えられています。旭川市旭山動物園のウサギコロニーで発生した例では、親の移行抗体による免疫効果が低下し始める1カ月齢頃に体重減少や発育異常を示す若齢個体、また成獣での食欲不振や沈うつを示す個体に感染が認められており、このような非特異的な臨床徴候にも注意が必要です。エンセファリトゾーン症は短期間に死亡すると誤解されていることが多いようですが、そうとは限りません。長期にわたって斜頚や旋回に苦しむウサギがいます。

1.4.エンセファリトゾーンの水平感染
病原体E.cuniculiの一形態であるスポア(胞子体)がウサギの体内に入り込んで増殖を始めると感染が成立します。体内にスポアが侵入するルートは、口から入って消化管から吸収される、呼気に混じって肺などの粘膜から吸収される、皮膚の傷から直接体内に取り込まれる、などが考えられます。体内に侵入したE.cuniculiはマクロファージ内部に入り込み、トロフォゾイトに形態を変えて、二分裂による無性生殖を繰り返し、マクロファージ内に充満します。E.cuniculiで満たされたマクロファージは血流に乗って全身を移動し、脳、肺、腎臓などの親和性のある臓器に寄生先を移します。腎臓での感染は40-70日の間に終息して、その頃には脳などでも病変が形成されます。腎臓での繁殖が一段落すると、新たな大量のスポアが尿細管に移動し、尿に混じってウサギの体外へ排泄されます。スポアの尿への排出は感染して30-40日後にピークを迎え、以降は間欠的に排出されます。体外へ出たスポアはとても丈夫で、1-2か月の間感染力を保って、次の個体に寄生します。このような、個体から個体への感染を水平感染といいます。

1.5.エンセファリトゾーン症の垂直感染
子宮内で胎仔がE.cuniculiに感染していたことから、母体から胎盤を通して胎仔が感染することが分かりました。しかし、胎盤感染よりも、出産後の母子間接触が主な感染経路と言われています(広義の垂直感染に含まれるが、感染経路は水平感染と同じ)。E.cuniculiは不顕性感染(感染はしているが無症状なこと)する場合が多くあるので、一見して無症状な母体からエンセファリトゾーン症に罹った仔ウサギが生まれたり、出生後に兄弟姉妹がまとまって感染したりする場合が考えられます。ウサギの繁殖では、ひとはらの仔ウサギが生後数週間のうちに開張肢となるケースがときどき起こります。従来このようなケースは「遺伝性の神経疾患が隔世遺伝で表れた」と解釈されるのがふつうでした。これらの一部はE.cuniculiの母子間感染で説明できるかも知れません。エンセファリトゾーン症だった場合には、後に述べるように予防も治療も可能になります。


2.エンセファリトゾーン症の診断と治療

2.1.エンセファリトゾーン症の国内における発生
日本国内でE.cuniculiに感染したウサギがどれほどいるのか、実態は未調査のため不明ですが、過半数が感染していてもおかしくない状況があります。というのは、欧米で行われた血清学的疫学調査によると、70%のウサギが感染しているといわれているからです。近年、欧米から輸入された数多くの個体がコンパニオンアニマルとして国内に流通していますが、輸入に際してE.cuniculiに関する検疫は行われていません。つまり、E.cuniculiが70%の確率でウサギと共に輸入されていることになります。国内で行われた唯一の研究調査結果では、北海道の旭山動物園のウサギコロニー42頭について調べたところ、抗Ez抗体陽性率は71%、不顕性感染率は67%、発症は感染を確認した個体32頭中11頭(34%)でした。単発的な報告では、北海道から九州まで全国的に発生が認められていることから、エンセファリトゾーン症の広い浸潤がうかがわれます。これらの背景を考慮すると、動物病院に持ち込まれるウサギの約7割は感染個体と考えてよいのではないかと思います。

2.2.エンセファリトゾーン症の診断
臨床的には、品種や年齢などの個体情報などの問診、耳鏡検査や神経学的検査を含む身体一般検査、各種臨床検査および頭部X線検査による頭蓋・鼓室胞の確認などを行い、ある程度絞り込んで類症鑑別していく必要があります。中枢神経症状が見られる場合は性別・年齢を問わず、E.cuniculiを病因候補に加えます。エンセファリトゾーン症の症状は非特異的なので、他の原因を特定できる場合以外はエンセファリトゾーン症を候補から除外することはできません。例えば、パスツレラ感染に起因する斜頚では中耳・内耳による頭蓋・鼓室胞の変化がX線検査やMRI・CT検査で読影できる場合がありますが、エンセファリトゾーン症ではみられません。従来エンセファリトゾーン症は死後の剖検によってのみ確定できるとされ、現在も生前に確定診断する方法はありません。病理組織学的検査により、中枢神経系における肉芽腫性髄膜脳炎や虫体および腎臓における間質性腎炎という特徴的な病変が観察されるとエンセファリトゾーン症と診断できます(参照)。脳組織や腎組織から虫体が分離できる場合もエンセファリトゾーン症と診断できますが、やはり死後の採材となります。各種の血清学的な検査方法は、生前臨床診断の一補助として有用ですが、後述するように、診断よりもむしろ発症予防への活用が臨床上重要であろうと考えます。エンセファリトゾーン症の神経障害は、後遺症を残さないためにできる限り迅速に治療を開始することが重要です。後述のフェンベンダゾールを用いて診断的治療を施すのが早道かもしれません。

2.3.診断に際して血清学的検査の取り扱い
E.cuniculiが体内に侵入して起こる宿主の免疫反応を利用して、血清中の抗Ez抗体を検出することによって間接的にE.cuniculi感染を知ることができます。しかし血清学的検査は必ずしも臨床症状の原因としてE.cuniculiを特定することはできません。病理組織学的に感染の判別できる個体に非常に高い相関を持って抗体反応陽性を示すものの、感染と抗体産生と発症がイコールで結べないからです。例えば、他の感染症と同様に感染から抗体が検出限界まで増強するにはタイムラグがあります。この間に病原体の急速な増殖と病変の形成があったとしても、血清検査では検出可能範囲外となります。また、可能性として宿主個体の免疫反応が例外的に弱い場合が考えられます。反対に、抗体反応が陽性であった場合でも、症状が他の病因に由来する場合を含むので解釈に注意が必要です。血清中に発見された抗Ez抗体は、現在進行中の感染以外に、しばらく前に感染して自前の免疫でE.cuniculiを撃退した「余波」を観測しているかもしれませんし、不顕性感染を観測しているかもしれません。

2.4.エンセファリトゾーン症に効く薬の探索
E.cuniculiに一般的な抗菌剤は有効ではありません。E.cuniculiは細菌ではないからです。 E.cuniculiの増殖を抑制する薬剤を調べた研究から、アルベンダゾールやフェンベンダゾールなどのベンズイミダゾールの誘導体が有効なことが分かりました。アルベンダゾールはヒトの患者で効果を認めています。ウサギの例では、ブドウ膜炎を発症したウサギにアルベンダゾールを8週間投与したところ、眼球内の肉芽腫が消滅したという報告があります。しかし、アルベンダゾールはラットやウサギに胚毒性や催奇型性を示します。

2.5.1.フェンベンダゾールはE.cuniculiを脳や腎臓から排除する
フェンベンダゾール20mg/kg/dayの経口投与がウサギのエンセファリトゾーン症の予防と治療に有効であるとする報告が2001年に発表されました(参照)。報告によれば、実験的にウサギにE.cuniculiのスポアを経口的に投与したとき、対象群ではエンセファリトゾーン感染が成立するにもかかわらず、フェンベンダゾールを飲んでいたウサギは感染が成立しませんでした。また、すでにE.cuniculiに感染している(=血清学的に強陽性の)個体にフェンベンダゾール20mg/kg/dayを4週間経口投与すると、脳と腎臓から虫体がまったく検出されなくなりました。さらに、予備的なデータでは、神経症状を発症した16頭のウサギに同処方を試み、8頭が治癒したと述べています(3頭は後遺症が残り、5頭は反応が乏しかった)。つまり、フェンベンダゾールの投与によって、宿主ウサギの脳と腎臓からE.cuniculiが排除されること、発症後にも治療効果を顕すことが示唆されています。

2.5.2.フェンベンダゾールは古くて新しい薬
フェンベンダゾールは古くからウサギ蟯虫の駆虫に使われてきた薬で、経験的に安全性が知られており、アルベンダゾールに比べると安価です。フェンベンダゾールは、副作用が無く安心してウサギに与えられること、ウサギへの投与量が示されていること、高価過ぎないことから、エンセファリトゾーン症はフェンベンダゾールで治療することが第一の選択となるでしょう。

2.5.3.エンセファリトゾーン症にはフェンベンダゾールとグルココルチコイドを併用する
フェンベンダゾールのほかに、エンセファリトゾーン症にはグルココルチコイドが有効だと言われています。グルココルチコイドは脳内の肉芽腫性炎症を抑制することで神経的兆候を軽減する可能性があるので、急性例では有効な場合があります。ただし、グルココルチコイドは副作用として、原虫の活動を活性化して症状を悪化させたり、二次障害を引き起こしたりする可能性があることに注意が必要です。フェンベンダゾールとグルココルチコイドを共に与えて、神経症状の安定後にグルココルチコイドを漸減し、フェンベンダゾールにより維持しながら経過を見るのが良いと思われます。


3.エンセファリトゾーン症の予防と今後の展望

3.1.感染経路を断つ
すでに述べたように、エンセファリトゾーン症は主に尿中に排泄されたスポアで水平感染します。従って、スポアをウサギのいる環境に残さないように処理することが重要です。尿のついたわらや食器は速やかに片付けるべきです。消毒は熱湯、1%ホルマリン、1%NaOHなどで行います。乾燥するとスポアが埃となって舞い上がり、汚染が広がると想像されます。また、感染個体はE.cuniculi駆除が済むまで非感染個体に接触させないようにします。感染個体はスポアを間欠的に排出するので、そのような時期に非感染個体と同居させると非感染個体のリスクが高まるからです。母子感染を避けるには、不顕性感染のメスウサギを繁殖に用いないか、フェンベンダゾールで駆虫してから繁殖を行う方法が考えられます。また、1か月から4か月齢頃の若齢感染個体は積極的にスポアを排泄するとされているので、感染を拡大させないように注意が必要です。不顕性感染を知るには各種の血清学的検査が有用です。

3.2.不顕性感染個体を血清検査で発見し、発病前に治療する
血清検査は、E.cuniculiが体内に侵入して起こる宿主の免疫反応の結果生じた抗Ez抗体を検出します。抗Ez抗体陽性の個体には、過去にE.cuniculiに曝露したもの、体内に病変を形成しているが外見上無症状なもの、病変を形成して斜頚などの深刻な障害を示すものが含まれます。最後のカテゴリは必然的に治療の対象になります。血清検査に期待できる点は「現在は外見上無症状だが深刻な障害に進行する可能性のあるもの(=E.cuniculiの不顕性感染)」を見つけられることです。理論的には、発症を未然に防ぐため、あるいは感染の拡大を防ぐために、感染が分かった時点でフェンベンダゾールによる駆虫を行う・隔離処置をとる、などの対策をとることが可能です。しかし、発症する確率は不顕性に経過する確率よりも恐らく低いと考えられ、そのような個体に駆虫が必要かどうか、議論が分かれるかもしれません。今後は、国内のたくさんのコロニーについて血清学的疫学調査、陽性個体についての追跡調査を行い、最良のプロトコールを模索していきたいと考えています。

3.3.血清診断はどこでできるか
米国では、ウサギの血清中の抗Ez抗体をELISA法やIFAT法でアッセイするサービスを提供する検査センターが複数ありますが、日本国内では商業的にこのようなサービスを行っている施設はありません(2002年3月現在)。技術的な面に限って言えば、通常の検査機関であればウサギの抗Ez抗体を検出する検査は実行可能です。検査には、血清を0.2ml(約2滴)使います。前後肢、耳などの血管から0.4-0.5mlほど採血すれば0.2mlの血清を得ることができます。もし日本国内で受託血清検査が実現したならば、動物病院などで採血し、血清を分離して冷蔵または冷凍して検査機関に送ります。検査機関では各病院から集めた血清をまとめて検査します。検査結果は各病院に報告され、獣医師が検査結果を検討します(=診断)。ラビットオーナーは獣医師から検査結果と診断を聞くことができます。今後、私たちはエンセファリトゾーンの血清検査の意義をうったえ、国内で委託検査が可能となるように働きかけていきたいと考えています。


#ラビットオーナーのみなさんは、もしE.cuniculi感染を知ることができたら、検査をしますか?
#検査してE.cuniculi感染していることが分かったら、薬を飲ませますか?
#駆虫薬を混ぜ込んだペレットフードがあったら(獣医師の指導の下で)利用したいと思いますか?
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もっと詳しく知りたい方は参考文献をごらんください。


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