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ライナー・ノーツより〜バイア・デ・ロス・アンヘレスへの祈り
2000年3月27日、メキシコ、バハ・カリフォルニア、バイア・デ・ロス・アンヘレス(スペイン語で〜天使の湾〜)の沖(アメリカとメキシコの国境から南に約四百キロ離れたカリフォルニア湾)で、弟・繁と日米の研究者達の乗ったボートが、折からの強風による高波を受け転覆。弟は消息を絶ち、4人の研究者が亡くなった。この曲には兄思いだった弟と、研究者達への鎮魂の思いを込めた。
忘れもしない早春の午後、突然の父からの電話‥‥。普段、私に電話などかけて来た事がない父が何だろう?と思い電話に出ると、残念な知らせがあるとの言葉。「母か叔母に何かあったのか?」と胸騒ぎを感じたが、父の次の言葉は、「シー君(弟の愛称)がメキシコのカリフォルニア湾でボート2艘に分乗して生態調査後、乗ったボートが帰らず行方不明になった‥‥。」との、思いもよらぬものだった!一瞬、「これは何かの間違いだ!いや、間違いであって欲しい‥‥。」と半信半疑だった。受話器の後ろからは母のすすり泣く声が聞こえた。
その後、弟が勤めていた京都大学生態研究センターのWebSiteなどの情報によって、弟は2艘の内の1艘に乗り、調査先の無人島に向かう途中、強風が吹き始めたため引き返そうとした際、高波を受けボートが転覆、仲間の研究者、カリフォルニア大学ディビス校の研究者・学生等と共に海に投げ出され、消息不明になった事が分った。半信半疑だった私に、悪夢のような現実が突き付けられた。
その数日後、メキシコ海軍、合衆国沿岸警備隊などによる捜索に立ち会うために、父・母、義理の妹、京大関係者数名がメキシコに発った。私もできる事なら捜索に立ち会いたかったが、介護が必要な上、人工呼吸着が必要ではかえって足手まといになってしまう。諦めざるを得なかった‥‥。私はこれまで自分の病気や身体について悲観したことはないが、この時ばかりは自分の不自由な身体を恨めしいと思った。そして、「もし叶うものならカモメにでもなって、メキシコまで飛んで行きたい‥‥」とまで思った。懸命の捜索が続く中、私はやりきれない気持ちで1人病院で待ち続けた。
そうしている内にも消息不明者の訃報が徐々に寄せられてきた。しかし私は、「泳げる弟はきっと自力でどこかの島か海岸に泳ぎついているはずだ‥‥。」と自分に言い聞かせた。しかし、懸命の捜索にもかかわらず弟は脱いだズボンが見つかっただけで、その消息は杳として分らなかった。結局、カリフォルニア大学の4人の学生が自力で無人島に泳ぎつき助かり、日米4人の研究者が亡くなった。弟は見つからないまま、捜索は打ち切られた。やがて弟の死亡が認定され、その年の夏、郷里にて葬儀が営まれた。 メキシコより帰国した両親に、バハ・カリフォルニアの写真を見せてもらった。写真で見たバイア・デ・ロス・アンヘレスは、どこまでも青く澄んだ空と海。波間には鯨が遊び、その美しさはまさに「天使の棲む湾」と呼ぶに相応しく、とても弟と研究者達を呑み込んだ海とは思えなかった。「兄思いだった弟は、よく身の回りの世話をしてくれた。でも自分は弟のために何をしてやったのだろう?兄らしい事は何1つしてやれなかったではないか‥‥。」そう考える内、私の心にはある思いが浮かんだ。「そうだ!自分にとってただ1つ出来る事といったら作曲だけだ。せめてもの手向けの気持ちとして、弟と亡くなった研究者のために曲を作ろう!」私は作曲に取りかかった。
しかし、いざ作曲に取りかかると思い入れが強すぎるせいか、かえって筆が進まず、イントロのピアノと第1主題の冒頭は出来たものの、その後、楽想がなかなか浮かばず、パソコンの中に放置された。だが、それから1年ほど経過したある日、突如私の胸に、ある光景がまるでジグソーパズルの最後のピースが組み合わさったように、イメージとして定着した。
〜強風が吹き荒れ狂う海、高波が巨大な怪物のようにうねりながら押し寄せ、舟は風に舞う一枚の木の葉の様である。舟も人もその大いなる自然の力になす術もなく遂には呑み込まれてしまった。しかし時間と共に風は徐々に治まりゆき、波は穏やかさを取り戻す。自然の驚異は去った。いつしか海は凪ぎ、明るい陽光が波間を照らしキラキラと反射する。青く晴れ渡った空には海鳥達が舞い遊び、遠く小島の島陰がぼんやりと霞んで見える‥‥。まるで嵐は嘘であったかのように、波は揺りかごのように優しく寄せてはまた返す、舟も人もその懐に抱いて‥‥。永久(とこしえ)に‥‥〜
そんな心象風景を思い描きながら第1主題を一気に書き上げ、その後は次々と楽想が浮かんで来た。気づいた時には18分を超える長さとなって、今までの私の曲の中で1番の大曲となっていた。しかし、ただ闇雲に思い付くまま書いていた訳ではなく、初めて試みとして、基本はソナタ形式に乗っ取った。ソナタ形式は起承転結があり、物語性を付けやすい。しかし、再現部は第1主題の冒頭を再現するのみで、すぐにコーダ(アジタート)に突入する。その点、明らかにいわゆる、古典のソナタ形式とは異なるが、その志半ばで研究人生を絶たれた弟の境涯を表現するには、それが相応しいと思った。ピアノのアルペジオ(分散和音)はある時は激しく、ある時は穏やかな波のうねりや陽光の煌めきを表現し、ヴァイオリン・ソロは私の真情の吐露である。
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