ある日、小さな村で

「お前、本気か?」
 もう大分前の話です。ピカ村というネーミングセンスの無さを露呈している村のとある家。その中でポケモンなくせに眼鏡をかけたピカチュウがそんな声を出しました。なおこれは自動翻訳されたものです。
「ああ……、俺は旅に出る」
 その割にリュックなど旅に必要なものを一切持っていませんでした。しかし誰もそのことについて突っ込みません。そもそもピカチュウが眼鏡をかけて新聞を読んでいる時点で異世界の雰囲気だから仕方がないのでしょうか。この深刻なムードの中、眼鏡をかけたピカチュウは『カントー地方ポケモンリーグ サトル優勝』という記事を三十分前から読んでいました。
 ドアの前に立って後ろを振り返っているピカチュウは、何故かマントを纏っているピカチュウは、眼鏡をかけたピカチュウを睨みました。しかし、相手は新聞記事に夢中なようでそちらを向いてすらいませんでした。
 静まり返った部屋の中に、新聞をめくる音だけが良く通ります。
 マントのピカチュウは、――もう突っ込む気すら無くなってきましたが――エプロンを着たピカチュウと同時に動きました。
「テメェ本気かって訊くなら自分がまず本気で話せゴラァ!」
「あなたさっきからうっとうしいのよいい加減に新聞読むの止めなさい!」
 2匹の叫びが部屋に響きました。マント以下略にチョップを食らい、エプロン以下略に新聞を剥ぎ取られた眼鏡以下略は、床に落ちてレンズが粉々に砕け散った眼鏡をかけましたが、
「……見えん」
 そうぼやきました。
「知るか」
 まるで眼鏡以下略がそう言うのをあらかじめ分かっていたかのような速さでマント以下略は切り返しました。さすが、何十年も一緒に暮らしていることはあります。
「なあピッカマン」
 ピッカマンと呼ばれたマント以下略は、いつの間にかドアの前に立って眼鏡以下略を振り返るような姿勢になっていました。この姿勢に何か意味があるのでしょうか。
 眼鏡以下略はゆっくりと話し出しました。
「私は父親としてお前が旅立とうが何だろうが知ったこっちゃないが」
「んな無責任な」
 ピッカマンは呆れ顔です。エプロン以下略は眼鏡以下略もといピッカマンの父親もとい父親にアイアンクローを放ちました。クリーンヒットです。壁に叩き付けられた父親は、そのままうつ伏せに倒れました。その後、顔だけを上げてつるが片方吹っ飛んだ眼鏡をかけました。しかしあくまで立とうとはしません。
「お前が本気なら止めはしない」
「さっきの台詞から考えるに何にせよ止めないだろ。それと立て」
 ピッカマンは呆れと怒りが同居した表情を見せています。エプロン以下略もといピッカマンの母親もとい母親は、Aボタンの弱攻撃をして父親を立たせました。DXでは多分もがくだけで立ち上がりませんが、この頃はまだDXはありません。
「もう一度訊く――本気なんだな?」
「ああ、もちろん本気だよ」
「お前は伝説を作るという意味不明かつイってしまった目標に向かって旅をするんだな?」
「アンタに『イってしまった目標』と言われたくはない」
 発言の意図を分かりやすくすると、「お前の方が頭イってるんだから人のこととやかく言うんじゃねぇ!」ということになります。父親に対する尊敬の念が足りないというのは現代社会でも問題になっていますね。多分きっと恐らく。最近は父親が浮気したりボーナスが無かったり給料が少なかったりと家族に対する貢献度が昔に比べて低く、だから尊敬の念が無いのです。また、最近の子供というのは意外と成長していますからそう言うことを知り、だから子供からも尊敬されないのです。自業自得というやつだったり社会の動きが悪かったりですが、とりあえずとばっちりを受けるのは父親です。最近のお父さん方は大変ですね。
「良し、じゃあ私は反対しない。むしろ行ってこい。さあ行け! 行けピッカマン! 世界の平和を守ぐばばばば――」
 母親の強烈な“じゅうまんボルト”が炸裂しました。同じタイプであるはずですが、何故かやたらと効いています。
「厄介払いになるとか思ってないかオイ……」
 正解です。お見事。
 ……あれ、どうしてこっちを向くの? あれ何で君私の居る場所が分かるの?
 ピンチです私。
 わああれは今後大活躍な“ピッカマンビーム”の構えだぁ!
 逃げな――

 ピッカマンにボコられたM3A3に代わってメイスがお送りします。ここに何か矛盾を感じた人は偉いです。
 さて、母親がピッカマンに近付きます。
「行ってらっしゃい。くれぐれも死なないでね」
「ああ、死にはしない」
 母親は母親らしい笑みを浮かべてピッカマンを見送りました。
 ピッカマンはふと、リモコンに目が行きました。
「そういえば今日の天気予報見てないな」
 電源を入れる赤いボタンを押しました。
 すると、テレビは『ザー』という音を出し始めました。画面はいわゆる“砂嵐”です。
「直しなさいね?」
「嫌です以上」
 ピッカマンはドアを音速で開けて外へ飛び出しました。蝶番が限界を超えてドアが弾け飛びます。その先にいたのは母親の“じゅうまんボルト”を食らってのびている父親がいます。タイミング悪く父親は顔を上げました。
 角でした。
 父親はそのまま顔を床にぶつけました。気を失ったのだから当然ですね。縦回転をしながらドアはまた飛び続けます。おや、今度はテレビの方に向かっています。これは一大事です。父親に角がヒットする時は平然と眺めていた母親ですが、テレビに向かったドアを見て顔を蒼くしました。もっとも、最初から全身黄色なピカチュウですのでそんなに蒼くは見えません。
 ですが、少し反応が遅かったようです。
 ドアはテレビに真正面から激突し、ガラスの破片が飛び散ります。テレビの内部が“こんにちは”しています。修理不可能です。新しいテレビを買うしかありません。衝撃でどこかの回路がショートしたのか煙が出ています。一刻も早く電源プラグを抜くべきです。“でんきタイプ”ですから感電はしないはずです。多分。
 しかしずっと使っていたテレビがいとも簡単に破壊されたことがショックなのでしょう。母親は全く動けませんでした。父親は端から行動不能です。
 母親は硬直したままです。“こんにちは”しているテレビ内部で既に火花が散っていることに全く気付いていません。危険ですね。ちなみにピッカマンの弟であるピルトは上で爆睡中です。あ、火花が壁に飛びました。壁に火がついて……、火事ですね。私はさっさと逃げますが、母親は未だ動きません。いい加減にしないと死にそうな感じですが、まあ大丈夫でしょう。

 その後ピッカマン一家が住んでいた家は炎上しましたが、ゼニガメの尽力で被害は最小限で済みました。

 そうして全速力で逃げ切ったピッカマンは、その後ピッチマンと出逢い、そうして今、彼らは旅を続けています。
 めでたしめでたし。

 おや? あそこにいるのは母親さんですね。後ろにいるのは父親さんでしょうか。どう見ても母親が父親を飼っている感じです。こちらに向かって……あれちょっと待ってください。どうしてこちらに向かっているのでしょう。私の姿は見えないはずです。何故どうしてWhy?
 否しかしBut。
 私はどこかのおバカさんと違ってさっさと逃げます逃走しますそうしましょう。
 では、さよならです。

 ぶぁっ――!
 ……ぁぅ〜。どうして僕の場所がわかるですかぁ……。
「超能力」
 そんな話が通用――ああでも魔法使いとかオーバーテクノロジーなロボットが出てくるからあり得るかも……ってそんなこと言ってる場合じゃないです! 僕が何か悪いことしましたか!
「しましたとも。爆発炎上寸前の家にいた私たちを良くもほったらかしで……」
 そりゃあ物語の中に干渉しちゃいけませんからね。当然のことです。納得しましたか? それじゃあ。
 ぐあっ――!
 ……まだ話があるですか!
「罪状何かでぶっ飛ばします、ほし、おんぷ、まる」
 怖いですから笑わないでくださいお願いし……――

「めでたしめでたし、ほし」
(うちの母親……なんて恐ろしい母親! ――ちなみに俺はピルトだ)


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