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| ■職人がつくる木の家ネットのHPにつくりてインタビューで、 今月は、私が紹介されました。 その時の記事は、こちら>> 「職人ががつくる木の家ネット」http://kino-ie.net/index.php ■鈴木先生から、インタビューのご感想をいただきまいた。 5月号コンテンツアップのお知らせを受信しました。 いつも業務を越えた力作をお届けいただき、 有り難うございます。 良き家づくりを支えたいとの想いが溢れる志と熱意、 ルポとしての水準の高さに感嘆し、 作成過程のご苦労に感謝しながら、拝読しました。 今回は、昨年12月号の川村勝美棟梁、 今年3月号の西澤政男棟梁に引き続く、 わが故里・近江の棟梁、 新進気鋭の宮内寿和君の登場が嬉しく、 早速に感想をと、送信する次第です。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 近江に帰郷し、定住するようになって以来、 宮内棟梁とは、現場で交流する機会が増えています。 かつて日本の大工棟梁たちは、 鎌倉期に大仏様を生み出した匠や、 明治初期の洋館に挑戦した匠に代表されるように、 まことに進取の気性に富んでいました。 宮内君は、まさにその遺伝子を色濃く受け継いだ、 挑戦精神旺盛な現代職人の一人でしょう。 その彼の真髄が、「水中貯木乾燥」という、 原点に戻った野心的な試みを通して、 よく捕捉され、活写されている記事だと思いました。 家づくりの基本はどこにあるか、職人の根本は何なのか、 という彼の根源的な問いかけを「起」として、 大工・工務店本来の役割を力強く宣言する「結」に導き、 彼のシンボルカラーの赤で締めくくる「落ち」まで。 また、水との関わりから、 彼等の本拠地・近江の母なる琵琶湖に話題を「転」じて、 壮大な構想実現の可能性に言及しているのも、 彼の志の高さを物語る一助になりました。 総じて、収録された多彩な情報が見事に整理され、 読み応えのある構成になっていると、感服しています。 「人と出会うために、生きてるんやわ」 −挿入されたこのフレーズが、 彼の旺盛な行動力の栄養源になっているのですね。 なるほど、と納得しました。 伝統の技を復活させようと意気込む、 現場の技術者・宮内棟梁と、 それを科学的に検証しようとする、 木材乾燥の研究者・定成先生を、 交互に登場させながら、巧みに語り合わせて、 水中乾燥の重要な側面を浮き彫りにしようとした構成も、 見事です。ときには、 木材乾燥のイロハに戻って、その基礎知識を、 簡潔に分かりやすく解説されてもいます。 宮内君の試みが優れている、と私が思うのは、 研究者との協働作業を基盤に据えているところです。 それ故に、 この登場人物の設定と記事の構成は重要だと考えます。 ところで、3月号の川村棟梁のときもそうでしたが、 今回も、宮内君の江洲弁の語り口が、 よく捉えられています。 (江洲育ちの当方が音読しても、 違和感が無いから、本物です!) そして、いつも思うのですが、 ヨハナさんの語感の良さ、 文章へ写し込む能力の高さは、凄い。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 宮内君の迫力を認識したのは、何度もありますが、 初めての体験はこうです。 長ホゾ込栓の引っ張り性能を高めるのに、 角込栓を45度回転させて菱形状に打ち込み、 ホゾの下部中央に込栓穴から鋸目を入れる、 という彼の創案。 直ぐさま、定成先生の実験室に持ち込み、 木考塾のメンバーとともに、その優位性、即ち、 引き抜きが進むと地獄ホゾの如く振る舞い、 耐力の上昇と靱性能の向上を検証したとき、でした。 もう一つ紹介しましょう。今年2月、 滋賀県が主催する地域材活用の家づくりフォーラムがあり、 彼はそのパネラーの一人として出演。 先ずは、コルビジェの落水荘から始まって、 評価の高い欧米現代住宅の写真を次々に見せ、 こうした建物も、職人あってこそ実現するのだと、 職人の気概を、実に熱く、聴衆に語りかけていました。 実は、このフォーラムのPDで、 こうした家づくりの常設モデルハウスが実現できないか、 と議論が交わされました。 彼はそれを受けて、早速に、琵琶湖博物館の一画に設立を、 と働きかけを始めたのです。 即断即決の明快な彼の行動原理を、 改めて確認した思いでした。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 話しは変わりますが、 私が水中貯木による乾燥システムの威力を実感したのは、 十年くらい前に遡ります。 奈良は薬師寺の講堂再建現場を見学した折り、 大工工事の作業小屋に寝かせてあった、 1m径級のタイヒ(台湾桧)の大原木群を目にしたときです。 故西岡常一棟梁が講堂再建を構想し、 随分以前に確保されていた木材だ、と説明を受けました。 近寄って見ると、数十本がほとんど例外なく、 本から末までしっかり割れていました。 割れ幅は数センチで、芯の方まで、という見事さです。 古の奈良の伽藍の太径柱に、細かなひび割れは見られても、 このような大割裂は目にしたことがありません。 昔は、水運の筏で輸送、貯木は水中でが当たり前、 このタイヒは、汽船で輸送、陸上で自然乾燥ですから、 その差がこの大亀裂に繋がっているのだと、 そのとき初めて実感しました。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 私の前任地・秋田県立大学木材高度加工研究所では、 赴任した1997年頃に、 水中貯木の実験的研究に取り組んでおりました。 そこでは、水中貯木の効果として、 浸透圧による樹液と水分の液層交換の他に、 次のような仮説が立てられていました。 水中の微生物が木材中に進入し、 自らの生命維持のため、木材の繊維成分を食して、 心材の塞がれた仮導管に、微細な道が付くのではないか。 その営みにより、水中から木材を陸揚げしたとき、 この微細な道のネットを介して、内部水が蒸散し、 早期にかつ一様に乾燥が促進されるのではないか、と。 この仮説を基に、木材物性の研究グループが、 実験室内の水槽、大学農場の溜池、 日本海の能代港湾の3箇所で、 様々な実験を展開していました。 新たな知見が相当に得られたようですが、 この種の実験研究はなかなかに難しく、 仮説を明晰に立証するまでには至らなかった、 と聞いています。 当時は、木材物性の研究者だけの取り組みでした。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 古の棟梁たちは、必要に迫られ、 ときには自ら研究者にもなったでしょう。 しかし、現代は職能分化が進み、 科学技術も飛躍的に進歩しました。けれども、 家づくりの世界では、生産の現場と研究の場が乖離し、 職人と研究者の連携は希薄です。 こうした現況を顧みるとき、 宮内棟梁と定成先生を核にした両者の協働は画期的、 と考えます。 この試みが、水中貯木による乾燥の効果を検証し、 そのメカニズムの解明に向かい、 伝統技術の再評価とその現代的進化が生まれるように、 と期待しています。 併せて、宮内君が掲げる理想の家づくりに向けて、 多様な取り組みが試みられ、「多くの出会い」を介して、 協働の環が拡がり、少しずつでも実るよう念じています。 私もその友垣の一員として、 微力ですが、力を尽くしたいと、 思いを新たにした次第でした。 2006年4月27日【鈴木 有先生からのメールです。】 |
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