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山での怖い話は沢山ある。例えばこんな話がある。ある人が無人の山小屋で一人で泊まった時のことである。熊が怖いので、小屋の入り口の鍵を中から閉めて小屋の二階で寝ていると、夜中に小屋の外でガタガタと音がして目が覚める。「熊かなぁ。」と思っている間に、入り口の開く音がして誰かが入ってきたようである。「どうやって、鍵を開けて入ってきたのだろう。」と不思議に思いながらも面倒くさいので起きないでいた。入ってきた人は、「寒い、寒い。」と言っていたが、 二階に上がってくる気配がないので、そのまま寝入ってしまった。
翌朝起きて一階に降りていくと、誰もいない。それどころか入り口の鍵は中から閉まったままであった。気持ち悪いなと思いながら小屋を出発し、二〇分ほど歩くと遭難者が死んでいるのを発見した。
このような話は結構眉唾物が多いのではないかと思う。しかし、これから私がお話しするのは、本当にあった話である。私本人が経験したことなので私が嘘をつかない限り、間違いのない事実である。
冬に八ヶ岳でキャンプをしていた時の話である。夕方六時頃には、寝袋に入って寝入っていた。冬のキャンプはいつもそうであるが、夜になって、気温が下がると夜中の一二時頃に寒くて必ず目が覚める。この時もそうであった。テントの中で目を覚ますと、外は天気が良いらしくて、満月の光でテントの中もかなり明るい。天気がよい分、かなり冷え込んでいる。「寒いなー。」と寝袋の中でうずくまっていた時である。遠くから、非常に悲しい歌声が聞こえてくる。初めは風の音かと思い、気にしなかったのであるが、間違いなく人の声である。男性の歌声であるが身も凍り付くような悲しい歌声である。それと同時に「助けてくれー。助けてくれー。」と言う低い声も一緒に聞こえる。
いくら月明かりで明るいからといっても冬の真夜中に登山をするような馬鹿者はいない。降り積もった雪は表面が凍り付いている上に、気温は零下である。
「助けてくれー。助けてくれー。」の声が大きくなるに従い、寒さで凍り付いた雪を踏みしめる足音が聞こえ始める。
ザク、ザク、ザク、・・・・
「助けてくれー。助けてくれー。」(伴奏は悲しい歌声)
ザク、ザク、ザク ・・・・
「助けてくれー。助けてくれー。」(伴奏は悲しい歌声)
ザク、ザク、ザク、・・・と足音は、私のテントのすぐ近くまできた。足音からすると二人である。
私は、ほとんどお化けなる物を信じていない。会える物なら会ってみたい物だと常日頃思っていた。
「人間に殺されたという話は、新聞紙上で日常茶飯事のことである。しかし、お化けから危害を受けたという話はない。だから恐れることはない。」
だが、いざそれに直面すると恐ろしくて、出来ることならこのまま声が通り過ぎていってほしいと思う。
しかしなんたることか、その足音は、私のテントのすぐ隣で止まった。それと同時に悲しい歌声と「助けてくれー。」という声も止まる。
周りには、一〇張りぐらいのテントがあるが誰も声を出さない。だけれど、みんな目を覚ましていることは雰囲気でわかる。
「テントを開けて中に入ってきたらどうしよう。」 「寒いから寝袋をくれと言われたら、どうしよう。寝袋なんかあげちゃえばいいか。」
「一緒に泊めてくれと言われたらどうしょう。俺が他のテントに移ればいいか。」
「どんなお化けなのだろう。声からすると男である。遭難者の霊なのであろうか。」
「俺は山で何か悪いことをしたか?」
「今日登山の途中でおしっこをしたが、その場所が悪かったのか?」
「足音が聞こえるから足があるお化けなのだろうか。」と支離滅裂なことを考える。
テントから顔を出して、声の主を確認する勇気がない。
いつテントのファスナーを開けて入ってくるのだろう。沈黙の恐怖に耐えきれなくて、大声を出しそうになったその時である。
お化けが叫んだ。
「キャンプ中の皆様、夜もだいぶ冷え込んできました。風邪などを召されませんようにお気をつけください。大変、お騒がせしました。」
そしてまたうら悲しい歌声とともに「助けてくれー。助けてくれー。」が始まり、足音が「ザク、ザク、・・・」と遠ざかっていく。
真冬の夜中に登山をしていた大馬鹿者がいたのである。
周りのテントからクスクスと笑い声が起こり始め、それは大爆笑へと変わる。
「エヘ、エヘ、エヘ・・・・・」
私も頑張って、引きつった笑い声をあげた。