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私は、「隠元の会」というのに属している。この「隠元の会」とは、なんぞやと言うと、隠元はあの食べる「インゲン」のことである。小田急線新松田駅の近くに、「若松食堂」というのがあって、一年中、美味しい隠元のてんぷらを食べさせてくれる。私たちは、この2階で隠元のてんぷらを肴に酒を飲むので、私たちの集まりを何時しか「隠元の会」と呼ぶようになった。
9月の初旬に「隠元の会」が開催され、その時の模様を少し述べておく。この時に集まったのは、総勢5人。今年は残暑も厳しく、まず生ビールを飲んで喉を潤したところでお酒を頼むことになる。
「お酒、5本ください。」と私。
「1合と2合の徳利がありますが、2合とっくりでよろしいですか?」とインターホン越しにお店のお姉さんの声。
「いいですよ。」と私。
このやりとりを聞いていた会のメンバーが一斉に「2合とっくり5本だと1升だぞ。いきなり1升も頼むか?」と反発の声。「お店の人もお店の人だ、いきなり1升を頼むお客がいるか?1合とっくりだろうが」
「ちょっと恥ずかしかったかな?」と一応、私。
しかし、15分弱で5本の2合徳利をあっという間に空けてしまい、「次、頼め。次、頼め。」との声。結局、一人頭、日本酒を7合飲んで解散となる。私は4合が限界であるし、メンバーの一人の勝俣さんは、飲んでも1合程度であるから、残りの3人の酒量は推して知るべしだ。
この「隠元の会」のメンバーで白馬鑓温泉に2年続けて行っており、その報告は、前回しているところである。
白馬鑓温泉は白馬鑓ヶ岳の中腹標高2100mに位置する、日本で3番目に高い温泉である。新雪の山々を眺めながら紅葉の登山道を歩くこと4時間。湯量豊富な温泉もまた素晴らしかった。しかし、3年連続で同じ所ではつまらないという意見が多く、今回は新たな秘湯を捜して探検することになる。
白羽の矢が立ったのは、長野県の湯俣温泉。大町駅より車で15分位の七倉ダムから高瀬川沿いに、林道と登山道を歩くこと4時間半。河原に湧く天然温泉である。
今回の温泉旅行に参加する「隠元の会」の隊員は、7人。
筋肉隆隆、鉄の筋肉と鉄の肝臓を持つ鉄人吉野。
吉野さんと2升コンビを組む、野人和田。魚釣り、茸採り、山芋掘りと野山の遊び人。
賭事一筋の山師勝俣。
酒、賭事、女、野遊び、スポーツと何でもござれの唯一バランスが取れた遊び人・大虎田代。
シャイでスポーツ好きな好男子・塚本。
酒好き・滝沢。
そして私の総勢7人の隊員である。この全ての隊員は土木の技術屋である。かっこ良く言うとシビルエンジニアなのである。どうせものを作るなら、出来る限り良いものを作りたいという「熱き心」を内に秘めている。この「熱き心」が今回の旅行を面白くしていく。
金曜日の夜2時に松田を車で出発し、長野県の七倉ダムの駐車場に到着したのが朝の6時半。紅葉の真っ盛りの時期である。七倉ダムからの林道は、一般車は通行止めで、工事用の関係車両だけしか通行できない。しかし七倉ダムの一つ上にある高瀬ダムまでは観光客用の専用タクシーが朝の8時から通行許可になっている。高瀬ダムまでは歩いて2時間、タクシーで15分足らず。登山ならば時間の節約の為、つまらない林道歩きは止めてタクシー利用となるのであるが、今回は歩くことにする。良い汗をかき、温泉でその汗を流し、そして美味しい酒をたらふく飲みたいという単純な理由による。
湯俣温泉は、高瀬川上流に位置する温泉である。宿は、清嵐荘と湯俣山荘の2件の山小屋がある。両山荘とも、現在休業中である。高瀬川の河原に温泉が湧き出ており、周りには何の囲いもない。この温泉、硫黄ナトリウム塩化物炭酸水素塩泉で、泉温は50.8度と高め。色は白濁しており、本当の秘湯という感じがする。
テントを設営後にすぐに河原の露天風呂に入りに行く。露天風呂といっても、石がゴロゴロとしている河原に穴が掘ってあり、そこに温泉が湧いているだけなのである。
お湯は白濁していて綺麗なのであるが湯船に転がる石には苔が生えていて、最近人が利用した様子が無い。今回の温泉は私が強く推薦したこともありみんなが躊躇しているので先頭をきって入る。入るやいなや白濁した温泉に湯の花が舞い上がり、それと共に湯船の底に生えていた苔が剥がれて浮かび上がる。これはもう温泉ではなく、湯船に「理研の増えるワカメ(苔)を多量にいれた玉子スープ(湯の花)」みたいなものである。この温泉がどんなに身体に良いものだとしても、この汚さは精神的に悪い。湯船の中で手を動かそうものならば玉子が舞い上がり身体に張り付き、それを取ろうとして動くと今度はワカメが舞い上がる。湯船にタオルをつけていると、苔でタオルが真っ黒になる。しかも温泉はかなり熱く10分と浸かっていられない。玉子スープの具になった気分である。風呂から上がると、毛が生えている臑には、カキ玉が絡み付く。特に毛が多い大事なところは、ヒジキを卵でとじたような有り様となる。とてもきれいな下着を着る気にはなれない。さすがの野人和田さえも入ろうとしない。
鉄人吉野が「かき回して玉子とワカメを流し出そう。」と言う。さっそく湯船をかき回す。白濁していた温泉は、見る見る内に黒い泥水となり、ワカメが湯面に浮き流れ出す。この寒空の中、大の大人が素っ裸で、どこも隠すことなく、これを何度か繰り返すが湯船の中は一向に綺麗にならない。
これは気まずいと思う。重い荷物をしょって歩くこと4時間半。この血と汗は報われないのか?隊員達の後悔と責めの眼差しが私の背中に突き刺さる。
この落胆は、これからの宴会に大きな影響を与える恐れがあると判断した私は、露天風呂からあがった後、もっと良い露天風呂はないかと、温泉が流れ出している下流へと歩いていく。15m位下流に歩いていくと、温泉は高瀬川の激流に流れ込んでいる。その高瀬川の水は、恐ろしく冷たい。
ここに新たに露天風呂を作れば、誰もが気持ち良くは入れる露天風呂が出来上がるが、スコップもない現状では不可能である。その時、私の目に止まったのが、河原にある小さな淀みである。高瀬川の本流から別れた流れが作っているこの淀みは、3、4人の大人が横になれるぐらいの大きさで、露天風呂の大きさとしてはもってこいである。
私は幼少の頃から水遊びが大好きで、小川に小さなダムを作ったり、海辺に砂山を作ることに大きな鉄の執念(熱き心)をもっている。この鉄の執念が、真夏の入道雲の様にムラムラと心の中に湧き出してくる。
「いい歳をしてこれはいけない。」と思いながらも押さえきれない。
「あの淀みに温泉を引き込む。本流からの流れを堰止める。淀みを掘る。」
次から次へと壮大な計画が心の中にわき起こる。自作の湯船にゆっくりと横たわり、缶ビール片手にくつろいでいる自分が目の前にチラ付くようになる。取りあえず、温泉を淀みに引き込むように流れを変える。高瀬川の流れに直角に流れ込んでいる温泉を川に沿って下流に流すため、大きな玉石や砂利を素手で掘る。現実の河川工事ならば、大海に流れる河川の流入場所を小さな湾の中に変更するための「河川開削」工事であろうか。
もしも、工事の看板を出すならば次のようになるであろう。
工 事 名 平成6年度河川開削工事
工事延長 L=5.0m
河 川 幅 W=15cm
契約工期 40分
発 注 者 隠元の会
請負会社 総合建設会社 宮下組
10分ほど一人でこの「河川開削」工事(温泉の引き込み工事)にとりかかっていると、鉄人吉野が何をやっているのかと覗きにくる。私がやっている河川の付け替え工事を見ると、私の壮大な計画をすぐに理解するや否や、超パワー重機を持つ鉄人・吉野組が「河川浚渫」工事を請け負う。河川をなるべく深くして、温泉が外へ流れ出さないようにして川の淀みまで持ってこようというのである。鉄人の強力なパワーを持って、大きな巨岩が次々と取り除かれていく。
今度は、田代組、滝沢組が加わり、淀みに入り込む冷たい高瀬川本流の水を堰止める、「堤防工事」が始まる。温泉を引き込んだだけでは、高瀬川から流れる冷たい水の量が多く、淀みの水温は上がらないのである。これは平成の大治水工事の一つに数えてもよい程、大変な工事となった。大きな玉石を積み上げ、石の間に砂利を積め込み流れを止めようとする。
ついに勝俣組、塚本工務店、和田組が加わって、今度は「分水路」工事が始まる。堤防工事では止まらない水を集めて、淀みに入り込まないように高瀬川に戻そうとする工事である。
一つの現場に7社の建設業者が入り込んだ、一大事業となる。大の大人が7人も10月下旬のこの寒いときに河原で水遊びをしているのだから、なんとも奇妙な光景だ。
着工から完成までの総工期は、2時間。ついに念願の、自分達の為の、自分達の手による、自分達の管理する露天風呂が完成する。 この大事業の為に2時間遅れて、昼食にする。昼食のメニューは、きのこそば。大虎田代がアシナガという茸を採ってきて、それを大虎田代の母君が味付けをしたものである。アシナガは、そばにぴったりと合った茸である。
私は、昼食後、タオルと缶ビールを持って、先ほどの大事業により完成した自家用の露天風呂へと行く。
水深は、30センチぐらいとあまり深くないが、湯船の中に寝るような格好で入ると肩まで浸かることが出来る。温泉の温度も38度から39度くらいと適温になり、ワカメは無く、紅葉した落ち葉が湯船に浮かぶ。
「保養のために入る温泉は、ぬるめの温泉に30分とか1時間とか長時間はいるのが良い。」というのが私の温泉哲学なのだ。
耳に入るのは、高瀬川の水音。
目に見えるのは、河原の大きな岩、高瀬川の激流、カラマツの黄葉、白濁した温泉、漂う霧。
手に持つのは、冷たい感(缶)ビール。
肌に感じるのは、心地よいぬるめの温泉、顔を吹き抜ける冷たい風。
手には、先程の大工事を物語る擦り傷、切り傷・・・
初めに入った既設の露天風呂とは、大違いであった。ワカメが浮いた玉子スープは遠いあの日の楽しい思い出となる。
先ほどの大土木事業の様子を思いだし、一人笑ってしまう。全隊員が私と同じような「熱き心」を持っているのがおもしろく、そしてとても嬉しかったのである。考えてみれば、4時間半も歩いて温泉に入りにくるような人種の集まりであるのだから、尋常な人間の集まりではないことは分かっていたのであるが。
一人で露天風呂を楽しんでいると、鉄人吉野と酒好き滝沢が、酒の1升紙パックをもってやってくる。
3人で湯船に横になり、「いいねぇ。いいねぇ。」と酒を酌み交わす。
風呂からあがると夕食の用意をする。天気は下降気味でガスが漂い始めている。夜の雨を予想させる。
薪を集め焚火をし、傍らでは炭火をおこして、今日はバーベキュウとなる。酒匂川の鮎、丹沢の山女、スペアリブ等と盛りだくさんである。ビール、酒、ワインを飲んで、一通り食べたところで、雨が降り出す。比較的酔っぱらっていない人は、テントの中へ避難するが、二升コンビの野人和田と鉄人吉野は、焚火を囲んで雨の中で歌を歌い続けている。酒好き滝沢は、テント中に避難しているのであるが、「外へこいよ。」と鉄人吉野に呼ばれると、誰も出ていく者がいないので、しかたなく外にでていくのであるが、また、10分もするとテントに戻ってくる。
テントに戻り、2升の酒とウィスキーを空にする頃には、酒好き滝沢が座ったまま、居眠りを始める。
「もう、寝ちゃうのけ?」と野人和田。
「どっと飲もうぜ。」と鉄人吉野。
2升コンビを無視して、みんなは寝袋の準備を始める。寝袋を出すと、一番始めに潜り込むのは野人・和田。この辺は、とてもちゃっかりしている。自分の荷物割当のビールを持ってこずに、人が苦労して持ってきたビールを一番飲むのも野人和田なのだ。
「俺の寝袋が無い。」と突然騒ぐ大虎田代。
自分の寝袋を確保した人は、もう寝る体制にはいっているので、「酔っぱらって、また騒いでいるな。」と相手にしない。
テントの中を捜していた大虎田代がいきなり騒ぐ。「何で和田さんが俺の寝袋で寝ているんだよ。」と。ちゃっかり者の野人和田は、何と他人の寝袋で寝ようとしていたのである。
夜間は、雨がテントのフライシートを叩いていたが、翌朝は雨が上がり、一面にガスが漂い、濡れた紅葉が美しい。タオルを肩に、缶ビールを手に、再び昨日の露天風呂へ行く。
朝食の時に昨日の残りのビールやワインを飲みほす。湯俣温泉には幕営地から15分ぐらいの所に天然記念物の噴湯丘や球状石灰岩があるのであるが、結局誰も行く者はなく、10時頃に幕営地を後にする。
自分たちで作った湯船は最高