原告第1準備書面
目次
被処分者故溝ロチエ(以下、溝ロチエという)は、1974年8月1日に水俣病認定申請をしたが、1977年7月1日に死亡した。
ところが死亡後、なんと17年以上たった1995年8月13日にようやく処分がなされ、しかも棄却処分とされたのである。この申請から21年という長期・異常な時間は、水俣病認定申請制度の趣旨に大きくはずれており、もはや認定制度の名に値しない。
審査手続自身に重大な疑惑を抱くものである。
ところで水俣病認定業務の遅れの違法性については、すでに1983年に熊本地方裁判所で業務の解怠・不作為について違法性が宣告され、確定している(熊本地裁、昭和58年12月25日。判例時報835号5頁)。
判決は認定業務にかかる相当期間を明示しているわけでないが、違法確定の判決を受けた同裁判原告の中に1974年8月申請の人がいることから、溝ロチエが既に同判決時点で違法な状態であったことは明らかである。
しかるに被告は、この時点ですら溝ロチエに耳鼻科と眼科の検診しかせず、最も重要な神経内科、精神神経科は全く行われていない。(行政不服審尋録取書代理人による補足甲第3号証)
ところで被告は溝ロチエに関する行政不服手続で、被告は上記不作為違法裁判での反論と同様、「未処分者数2500件を越えており、検診に時間を要する状況にあった。」(行政不服、被告再弁明書、平成10年12月15日付甲第6号証)と主張したが、これがなんら合理的理由にならないことは、上記判決ですでに明かである。
しかも被告は溝ロチエの死亡後も病院調査を行わず、10数年手続きを放置した。
つまり溝ロチエは、2重3重にも被告の違法な取り扱いを受けたのである。
このような違法審査業務の果になされた本件棄却処分が到底適法とはいえないことは、火を見るよりも明らかである。
被告の溝ロチエに対する長期間の放置は単なる業務の怠慢ではなく、故意による審査拒否なのである。
即ち原告は溝ロチエの死後「毎年欠かさず県の公害課に電話をして母の件がどうなっているのか尋ねてきた。
しかし被告側の答えは決まって検討中であった。」のである。(行政不服反論、平成9年2月8日(甲第5号証))
ところで申請者の病歴照会などは、何ら特殊技能・権威を必要とするものではなく、被告がやる意思さえあれば容易に出来るものであった。
行政不服における被告の平成12年9月22日付再弁明書によれば、昭和62年3月9日以降の応答記録があり、応答者は水俣病相談事務所事務員であるとのことである。(甲第8号証)
ところでこの応答の内容及び・県に掛けた電話が何故水俣病相談事務所へ回ったのかを、原告側はこれまで環境省特定疾病対策室長原徳壽氏に問いただしてきた。
同氏は調べてみる旨回答したがいまだに返事がない。
いずれにせよ原告の毎年の問い合わせに対して被告側は何の施策もなさず、その場逃れの返答でお茶を濁してきたのである。
法的義務を課せられた被告のこの異常な対応は、故意による認定拒否と断せざるを得ない。
(1) 前項で述べたように溝ロチエは1977年(昭和52年)7月1日に死亡し被告はその事実を昭和52年7月13日疫学調査時点で確認している(甲第6号証)。
にもかかわらず病院調査は、1994年(平成6年)6月13日迄行わなかった。
そしてその調査時点では、溝ロチエが通院していたS・Iの両医院が既に廃院になっており、水俣市立病院でもカルテの保存期間を過ぎ、溝ロチエのカルテは破棄されていた。
ところで申請者の病院調査に関しては「後天性水俣病の判断条件について」(環境保健部長通知昭和52年7月1日)には、
「4、認定審査後、審査に必要な検診が未了のうち死亡し、剖検も実施されなかった場合などは、水俣病であるか否かの判断が困難であるが、それらの場合も曝露状況、既往歴、現疾患の経過及びその他の臨床医学的知見についての資料を広く集めることとし、総合的な判断を行うこと。」と明示されておりこれにより申請者の病院調査は広く行われているところであった。
しかし本件では死後17年間全く病院調査をせず、行ったときは既にカルテの保存期問を過ぎて廃棄されていたり(水俣市立病院)、医院そのものが廃院になっていた。
この異常な失態は被告がどう弁解したとしても、部長通知の趣旨に明確に違反している。
(2) 溝ロチエ申請時に添付されたS医師による診断書(甲第2号証)によれば、溝ロチエには「自覚的な四肢のしびれ感、歩行のゆらつき、流挺、四肢末端に知覚的な鈍磨を認める」とある。
そうであれば当然この診断書を裏付けるカルテ、検査結果が存在したはずであり、この原資料が確認されていれば溝ロチエが認定処分を受けていたことは明かである。
徒に時間を空費し救済の機会を永久に閉ざさした被告の業務態度は「速やかな救済」を眼目とする認定手続に著しく違背している。
(3) ところでカルテ=診療録については、刑法134条1項に守秘義務として医師には刑罰を伴った法的義務が課せられているので、これが第三者の目にふれ得るのは裁判所の命令、捜査機関の要請などの極めて例外的な場合である。
従って水俣病の認定審査業務において病院調査、カルテ調査を行い得るということは、このこと自体が水俣病事件の重大さ認定手続きの重要性をべ一スに置いた極めて重要な手続きである。
そしてこの調査権者は被告であり、被告のみが独占的に行使できる権限だったのである。
従って被告側が病院調査を行うべき時に行わなかった違法性は極めて高いと言わねばならない。
(4) ところで溝ロチエと同時期に申請死亡時後に病院調査を行った例もある。
即ち、溝ロチエと同様の時期に申請、検診未了のまま死亡した沖田アキの場合(昭和49年5月18日申請、昭和51年2月4日死亡)昭和51年9月5日に病院調査を行っており、又嶋崎ミスエの場合(昭和48年1月24日申請、昭和48年8月13日死亡)、昭和50年10月31日及び昭和53年11月2日に病院調査を実施している。
この両者の弁明書(甲第9号証、甲第10号証)を見と、病院調査と印が押されたカルテからの転記と思われる所見が審査資料として利用されている。
同時期に申請し又、同じように検診未了で亡くなりなり乍ら故溝ロチエの審査会資料にこれらの事項はまったく加えられなかったのである。
この状況は溝ロチエにとって明かに公平性を欠く取り扱いであり、17年間の放置は認定拒否の故意としか思えない。
過去の公害関係の訴訟において主張・立証責任論は常に重要であったが、特に本件訴訟においては被告側が被処分者の原資料収集を故意に怠ったために、特に原告、被告のいずれの当事者が、どの範囲で主張・車証責任を負うべきかという問題は決定的に重要である。
この問題について原告は、被告側が「原告への棄却処分は適法であった」との主張・立証責任を負うべきであると考える。
その理由は次の3点である。
以下各論点順に詳述する。
2 ところで救済法と同様の内容・趣旨を持つ法律として「原子爆弾被害者の医療等に関する法律」(以下、原爆医療法と略す)と、「原子爆弾被害者に対する特別措置に関する法律」(以下、原爆特措法と略す)があげられる。
同法に基づき医療給付の認定申請をしたところ却下処分を受け、その取消を求められる訴訟において、主張・立証責任の分配・立証の程度についていかなる見解が示されているかを検討することは、本件主張・立証責任を考える上できわめて参考になると思われるので、以下判例の動向をみていくことにする。
3 原爆医療法8条1項の認定の可否をめぐって争われた裁判例としては
| a 桑原訴訟第1審 広島地判 | (昭和48年4月19日判時700号) |
| b 桑原訴訟控訴審 広島高判<確定> | (昭和54年5月16日判時944号) |
| c 石田訴訟第1審 広島地判<確定> | (昭和51年7月27日判時823号) |
| d 松谷訴訟第1審 長崎地判 | (平成5年5月26日判時1465号) |
| e 松谷訴訟控訴審 福岡高判 | (平成9年11月7日) |
| f 松谷訴訟上告審 最高裁第3小法廷 | (平成12年7月18日判時1724号) |
| g 京都訴訟第1審 京都地判 | (平成10年12月11日判時1708号) |
| h 京都訴訟控訴審 大阪高判 | (平成12年11月7日判時1739号) |
4 これらの訴訟では原爆医療法8条1項の申請者の負傷又は疾病が「原子爆弾の傷害作用に起因する」ものであったか否か(起因性)が争点となる。
その起因性の立証責任について、前記各裁判例は、申請者が立証責任を負うとしつつ、基本的にはその程度を軽減し実質的な立証責任の転換を図る方向にある。
すなわち、
としている。
5 さらに、原爆医療法の法的性格につき、最高裁第1小法廷判決(昭和53年3月30日)は、社会保障と国家補償の複合的性格を有するものである旨判示しており、この法の趣旨・目的に着目して立証責任の所在を主張する学説がある。
すなわち、「法に内包する趣旨・目的からして立証責任の帰属を考えるべきであると思う。したがって、本件について言えば、国家補償法的性格をより強くとらえるという立場からして、原告に立証責任がなく、被告に立証責任が課せられるべきだと考える」(判例評論421号、d長崎地判に対して)「本件のような社会保障受給権の充足にあっては、行政庁に取消訴訟での立証責任を負わせることも、決して無謀な論理ではない」、「行政庁の認定等により給付が開始され、申請者側に立証困難なケースが多く見受けられる社会保障領域では、できる限り立証責任の転換を図ることが、要保障者の救済につながるという意味で望ましい。特に、本件のような社会保障法と国家補償的性格を併用するとされる訴訟では、立証責任の転換が図られることを望む」(判例評論508号、5最高裁判決について)
6 よって、本訴訟における主張・立証責任の所在についても、救済法の根本趣旨である「迅速かつ幅広い救済」が重視されるべきである。とくに、溝ロチエ死後の17年間もの間、被告が民間カルテを含めた資料の収集・調査を行わなかった事実は、いかなる事情や原因があってのものなのか、原告の知る由のないところであり、かかる事実の当否の説明を原告に課するのは極あて不当である。よって救済法が「迅速な救済」を要請している以上、その法の趣旨との関連で、17年間の資料収集の放置がいかなる正当性を持つか否かは被告側が立証するべきである。
1 本件と同種の水俣病認定申請棄却処分取消請求事件であった、いわゆる御手洗訴訟の裁判(一審熊本地方裁判所控訴審福岡高等裁判所控訴人は熊本県知事被控訴人は御手洗鯛右氏)で、被告側は第1審冒頭において、御手洗らへの棄却処分の適法性について、その主張・立証責任は被告側にある旨言明した。
以後この訴訟の審理は、被告のこの主張に従って進められた。
2 そして同訴訟の控訴審でも、控訴人(本件被告)はその第1準備書面で、「第1 はじめに」において、被告は「引き続き次回の準備書面において、控訴人らの主張する水俣病像及び水俣病羅患の有無に関する判断条件の正当性を明らかにして、本件各処分の適法性を主張するものである」と述べた。
3 これに従って福岡高等裁判所も審理をなし、1997年3月11日判決を言い渡し、控訴人側に主張立証責任があることを明示した。
以上の事からも明らかなように、本訴訟でも被告は、原告への棄却処分の適法性について主張・立証責任を負うべきである。
1 一般の行政処分取消訴訟における主張・立証責任の分配については、法律上の明文の規定はなく学説は岐れている。
しかし当該処分が裁量処分である場合には、被告行政庁が裁量権の範囲を逸脱または乱用したこと(裁量違法事由)について、原告が主張立証責任を負うとする見解が通説である。
この通説の論拠は、裁量処分は裁量の行使を誤っても不当となるにとどまるのが原則であり、違法の問題を生ずるのは裁量権の範囲の逸脱または濫用がある例外的な場合に限られるから、例外的な場合であること(裁量の範囲の逸脱または濫用)は、原告が主張・立証しなければならない、というものである。
2 ところで被告側は御手洗訴訟で永俣病認定処分の法的性格について明確な主張を行った。
すなわち同訴訟の控訴審で控訴人(本件被告熊本県知事)は、その第9準備書面(P26〜P27)で、
「被告が認定申請者の有する個々の症状等の把握においても、また、得られた所見の評価、確定及びそれを前提とする水俣病り患の有無の総合判断においても、いずれも高度の医学上の専門技術的判断が必要とされる」
「救済法3条の規定は、実体的用件である水俣病り患の有無の判断については、医学の専門家を構成員として右実体的要件の判断をするのに十分な組織体制を備えた認定審査会における審査判断の特質を考慮し、知事等は認定審査会の高度の医学上の専門的技術的判断として出される意見(答申)を尊重し、これに基いて処分を行うできものとする趣旨であると解すべきである。換言すれば、救済法は、水俣病認定処分について、認定審査会の意見(答申)を尊重して行う知事等の合理的判断に委ねたものと解すべきである」と述べていた。
すなわち被告自身、水俣病認定処分はいわゆる専門技術的裁量の求められる裁量処分であることを認めていた。
3 そして判例上も、最高裁第2法廷判決(昭和42年4月7日)は、裁量処分の無効確認訴訟においては、「その無効確認を求める者において、行政庁が右行政処分をするにあたってした裁量権の行使がその範囲を超えまたは濫用に渡り、従って右行政処分が違法であり、かつ、その違法性が重大かつ明白であることを主張および立証することを要するものと解するのが相当である」と判示している。
この最高裁判決は、直接には裁量違法性事由を無効原因として主張する場合についての判示であるが、裁量処分の取消訴訟についても先例となりえると一般に理解されている。
要するに、当該処分が裁量処分である場合の取消訴訟においては、裁量違法事由について原告に主張・立証責任があるとするのが判例・通説といえる。
4 さらに当該処分が専門技術的裁量の求められる裁量処分である場合の取消訴訟における主張・立証責任の分配について検討する。
(1) まず、専門技術的裁量も裁量処分の一つであるとすると、前述の判例・通説に従えば行政処分の専門技術的な判断に裁量の逸脱または濫用があることを原告側が主張・立証しなければならないことになる。
(2) いわゆる原発訴訟での裁判例をみると、いずれも原子炉設置許可処分における被告行政庁の専門技術的裁量を肯定しており、この点に関しては多くの学説が肯定的な評価をしているところである。
よって専門技術的裁量の求められる原子炉設置許可処分の取消訴訟において、主張・立証責任につきいかなる見解が示されているかを検討することは、当該処分が専門技術的裁量の求められる裁量処分である場合の取消訴訟(前述したとおり、本件がまさにこれに該当する。)おける主張・立証責任の分配を決める上で、重要な示唆を与えると考えられるので以下、順次判例の動向をみていくこととする。
5 判例
a 伊方原発第1審松山地裁(昭和53年4月25日判例時報891号)
安全審査資料の偏在と専門的知識の優劣を考えると、「公平の見地から当該原子炉が安全であると判断したことに相当性のあることは、原則として被告の立証すべき事項であると考える」
b 伊方原発控訴審高松地裁(昭和59年12月14日判時1136号)
「その点の主張立証については、公平の見地から安全性を争う側において行政庁の判断に不合理があるとする点を指摘し、行政庁においてその指摘をも踏まえ自己の判断が不合理でないことを主張立証するべきものとするのが妥当であると考えられる」
c 福島第2原発第1審福島地裁(昭和59年7月23日判時1124号)
d 福島第2原発控訴審仙台高裁(平成2年3月20日判時1345号)
「本件原子炉の安全審査資料は全て被告の保持するところであり、原告らに比べてその専門知識等においても優位に立つと考えられる及び本件許可処分に瑕疵が在することによって生ずる虞のある原告らの生命、身体などへの影響の甚大さ、すなわち、右処分に係わる保護法益の重大性などを考慮すると右合理性の立証は被告らが負担すべきであると解するのが公平であり、条理上も妥当である」
e 東海第2原発第1審水戸地裁(昭和60年6月25日判時1164号)
「被告の主張」立証したところに従ってその審査、判断の過程及び根拠を明らかにした上で、その内容が裁量の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用したものではないといいうる程度に合理的な根拠を有するものかどうか、更にこれが一応合理的なものと認められるときには、右の審査、判断につき原告らが具体的に指摘した違法事由であろうかどうかについて検討するものとする」
6 最高裁判決
以上のa〜eの下級審裁判例の趣旨は、程度の差や理由づけのちがいこそあれ、基本的には、まず被告行政庁が裁量判断に不合理な点がないことを主張する必要があると判断していた。
そしてこれら下級審裁判決を総括する形で言い渡されたものが次の最高裁判決である。
f 伊方原発上告審最高裁第1法廷(平成4年10月29日判時1441号)
原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては、右処分が前記のような性質を有することにかんがみると、被告行政庁が右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料を全て被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに審査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。
7 伊方最判以降の下級審裁判例
伊方最高裁判決以後の下級審は、いずれもこの最高裁判決に示された判断の枠組みを前提とするようになり、主張・立証責任の論点についても最高裁判所の判示を踏襲している。すなわち、
g 東海第2原発控訴審東高判(平成13年7月4日判時1754号)
また、右の原子炉設置許可処分に対する取消訴訟においては、原子炉設置許可処分が右のような性質を有することにかんがみると、被控訴人行政庁の判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、控訴人らが負うべきものではあるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料すべて被控訴人行政庁の側において所持していることなどを考慮すると、まず、被控訴人行政庁に側において、その判断の依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被控訴人行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づいて主張、立証する必要があり、被控訴人行政庁においてこのような主張、立証を尽くさない場合には、被控訴人行政庁のした判断には不合理な点があることが事実上推認されることとなるものというべきである。
h 柏崎刈羽原発第1審新潟地裁(平成6年3月24日判時1489号)
原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては、右処分が前述のような性質を有することにかんがみると、被告行政庁がなした判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告らがおうべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料全て被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点がないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が、右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。
i 高速増殖炉「もんじゅ」第1審福井地判(平成12年3月22日判時1727号)
したがって、本件無効確認訴訟においても、取消訴訟の場合と同様、当該原子炉施設の安全審査に関する資料すべて被告が保持していることなどの点を考慮すれば、被告において、まず、その依拠した具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告の判断に重大かつ明白な瑕疵といえるだけの過誤、欠落のないことを相当の根拠資料に基づき主張、立証する必要があり、被告が右主張、立証を尽くさない場合には、被告がした右判断に不合理な点があることが事実上推定されると解するのが相当であって、無効確認訴訟においては重大性、明白性の要件があることを、被告に要求される立証の程度において考慮すれば足りるというべきである。
8 さらに原子力施設の運転・建設差止訴訟に関する裁判例を検討する。
j 女川原発第1審仙台地判(平成6年1月31日判時1482号)
k 女川原発控訴審仙台高判(平成11年3月31日判時1680号)
右のとおり、原告らは、既に前記@ないしDの点について原告らの必要な立証を行っていること、本件原子力発電所の安全性に関する資料すべて被告の側が保持していることなどの点を考慮すると、本件原子力発電所の安全性については、被告の側において、まず、その安全性に欠ける点のないことについて、相当の根拠を示し、かつ、非公開の資料を含む必要な資料を提出したうえで立証する必要があり、被告が右立証を尽くさない場合には、本件原子力発電所の安全性に欠ける点があることが事実上推定(推認)されるものというべきである。そして、被告において、本件原子力発電所の安全性について必要とされる立証を尽くした場合には、安全性に欠ける点があることについての右事実上のついては破れ、原告らにおいて、安全性に欠ける点があることについて更なる立証を行わなければならないものと解すべきである。
1 志賀原発第1審金沢地判(平成6年8月25日判時1515号)
m 志賀原発控訴審名古屋高裁金沢支部判(平成10年9月9日判時1656号)
ところで、原子力発電所の運転による人格権侵害を理由とする差止請求においても、そのほかの人格権に基づく差止訴訟の場合と同様、侵害が原告らに及ぶ危険性があることについての立証責任は、差止めを請求する原告らにあると解される。したがって、本件差止請求が認められるためには、原告ら生命、身体等の人格権が侵害される具体的な危険があることを立証する必要がある。
もっとも、原子力発電所は、後記のとおり、高度の科学技術を用いて、核燃料における核分裂反応を制御しながら継続的に起こさせ、これによる熱エネルギーを利用した蒸気によってタービンを回転させて発電を行うものであるから、常に潜在的な危険性を内包しており、このような技術利用の前提となる安全管理が不十分である場合には、右潜在的危険が顕在化する可能性を有しているものである。そして、右の安全管理の方法は、個々の原子炉設備やこれを保有管理する電力会社によって異なり、しかも、このような点についての資料はすべて被告が保有している。そこで、これらの事実に鑑みれば、前記の原告らの立証するべき事項のうち、本件原子力発電所の安全性については、まず、被告において、相当の根拠を示して安全性に欠けるところはないことに明かにすべきであり、被告がこれを行わない場合には、本件原子力発電所は安全性に欠けるところがあるとの事実上の推認が働くと解するのが相当である。
9 判例の評価
以上の判例の評価にあたり、問題となるのは前述した、従来から唱えられている見解(行政庁の専門技術的な裁量判断に逸脱又は濫用があることの主張立証責任は原告が負担すべき)と、これらの判示の整合性如何である。
原告はこの点について次のように理解すべきであると主張する。
すなわち客観的主張立証責任の問題としては、被告行政庁の専門技術的な裁量判断に逸脱又は濫用があることにつき、原告が主張・立証責任を負担するものというべきである(従来の見解が原則としてあてはまる)。
しかし、専門技術的裁量は、政治的、政策的裁量とは、その内容、裁量が認められる事項・範囲が相当異なり、政治的政策的裁量と比較して裁量の幅は狭いものであること(c福島地判、e水戸地判)、また当該原子炉設備の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していること(根拠の偏在、c福島地判、a松山地判)などの事情を考慮し、例外として、まず、被告行政庁が裁量判断に不合理な点がないことを主張・立証する必要があること、被告行政庁がその主張・立証を尽くさない場合には、被告行政庁の専門技術的な裁量判断に逸脱・濫用があることが事実上推認されることになる。
このように相互の判例を分析すれば従来の見解との矛盾は生じない。
そして、(5)に掲げた最高裁判決は以上の理解と基本的には同じ立場に立っものと評価できる。
さらに以降の下級審判例の動向からみても、当該処分が専門技術的裁量の求められる裁量処分である場合の取消訴訟における主張・立証の分配については、(5)の最高裁の判示が確立した判例と考えるべきである。
10 結論
前記(2)で議論したとおり、水俣病認定処分は原子炉設置許可処分同様に、専門技術的裁量の求められる処分であるという法的性格を持ち、専門技術的裁量は、政治的・政策的裁量に比べて裁量の幅が狭いこと、認定申請の審査に関する資料を被告の側が保持していることから、本件の主張・立証責任については、(5)の最高裁判決の判事が適用されるべきである。
すなわち、被告行政庁の側において、まず、処分するにあたり、依拠した具体的審査(認定)基準、並びに資料の収集・調査、審査及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張・立証する必要があり、被告行政庁が右主張・立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認される、というべきである。
そうであれば、被告側が溝ロチエ死亡後17年間ものあいだ民間カルテを含めた資料の収集・調査を行わなかったことの合理性、審査会の『判断できる資料がそろっていない』との答申を受け、被告が原告を棄却処分したことの合理性を立証できない限り、原告への棄却処分が違法であることが事実上推認されるべきである。
(1) 上述の原告と被告側との応答記録を、行政不服審査の過程で被告は保管していることを認めたにも拘わらず、その内容を明らかにしなかった。
しかしこの記録は、被告が原告の訴えにどのような態度で臨んだか、申請業務の適切さを確かめる為に必要不可欠なのである。
まして原告自身の発言の記録である。
応答記録を提出していただきたい。
(2) 認定審査における医療機関の調査については、要綱が定められている(甲第8号証)。
この要綱は溝ロチエについて10数年問も調査がされなかったことの違法性を明確にする上で重要なので全部を明らかにすべきである。
(3) 申請後検診未了のままで死亡した者の年次別の人数と、そのうち医療機関調査を実施した人数を明らかにされたい。
これは申請後、検診未了のまま死亡した申請者に対する審査業務が誠実に行われたかを確かめる為である。
(4) 審査を17年問放置したことは決定的な懈怠である。
被告側組織内でも朱件の業務懈怠につき一応の調査がなされ、1999年5月12日に弁解が試みられている。
そこで本件につきどのような内部調査がなされ、どのような調査結果がでたのか、これを示す資料を明らかにすべきである。
以上