原告第3準備書面
目次
第1 本準備書面の目的
第2 被告第1準備書面は本件の反論になっていない
第3 実質的反論部分について
第4 求釈明への被告の回答について
本書面は被告の6月3日付第1準備書面に対する、とりあえずの反論である。
被告の第1準備書面を読むと、被告の本訴訟に臨む不正な姿勢が明らかなので、原告は急遽この第3準備書面を提出し、被告のこの姿勢を批判し、裁判所の適正な訴訟指揮を喚起するものである。
無論、原告は今後準備書面で詳細な反論をする。
被告第1準備書面はじつに半分以上を費やして水俣病についての教科書的説明や、認定業務の説明に費やしている。
しかし本訴訟が水俣病認定処分の想像を絶する遅延・放置に対する訴訟である以上、これらのことはほとんど無関係である。
すなわち原告は第1準備書面で詳細にのべたとおり、本件は病像を構成する資料自体が、被告の故意または過失によって永久に失われた事件であり、原告はこのことの違法性を主張し、処分の取消を求めているのである。
従って、この被告の姿勢は、はぐらかし以外の何物でもなく、訴訟に対する誠実さが微塵も感じられない。
従って、原告は水俣病病像論争が本件審理の目的ではまったくないことを、まず裁判所に喚起したい。
そこで、原告は水俣病病像と認定業務の概要に関する被告提出の書証乙1〜乙18に関する取調に、にわかに同意することはできない。
これらの取り調べに対する原告の意見は、本件の根本問題に関する原告の求釈明に対する被告の釈明を待ってなす。
1. 上述した被告の無意味な主張部分を除くと、被告第1準備書面が本件に関してやや関係があると思える箇所は2点しかない。
2. その1つは同準備書面の「第3 4 未検診死亡者の取り扱いについて」である。
しかしここで被告が説明している認定手続きは、なんと平成6、7年の当時のことである。
すなわち溝口チエがなくなって17年後のことである。
ところで原告が本件訴訟で問うているのは、溝口チエが申請した1974年(S49)から1995年(H7)までの21年間、その間でも特に申請直後に被告が何をなし、何をなさなかったかである。
従って、被告は平成6,7年の手続きを語ってみても、ここではまったく意味のないことなのである。
ちなみに原告は今回提出する第二準備書面でこの間の未検診死亡者に対する施策について詳しくのべている。
従って被告はこれを前提に、主張を改めてまとめて主張して頂きたい。
3. 2つめはこの被告第1準備書面中「第4 本件処分の適法性」の21ページ中段以降の部分である。
被告はここで、申請者の人数が多かったから未検診死亡者については、放っておいたという趣旨のことを述べている点である。
この点についての反論は、原告はすでに第2準備書面で主張している。
常識から考えても、いくら処理数が多かろうと処分に着手するまでに17,8年かかって許される行政などあるであろうか。
このような施策は行政とはいわず、考古学的発見・調査と言うべきである。
被告がこのような事態を「許される」「適法」と開き直るならば、被告は「全体への奉仕者」であり、俸給を取る権利のあることを自ら否定するものである。
4. そもそも認定手続きに民間医療機関のカルテの活用・必要性が指摘されるようになったのは昨日今日のことではない。
しかも県の認定手続き担当者にとって、民間医療機関のカルテの保存期間がわずか5年間である事は熟知のことである。
しかも民間医療機関・病院への、県のカルテ調査は最初は一通の文書を郵送するだけですむものである。
いかなる事情によっても、カルテの保存期間をはるかにこえ、さらに当該医療機関が廃院するまでの長きにわたって調査を放置しておくべき理由も、免責事由もない。
原告が本審理で明らかにしたいことは、まさにこの点であるが、被告の準備書面にはこの点の合理的理由の開陳は一切ない。
それなのに被告が「本件処分の内容及び処分に至る手続きに違法性はなく、本件処分に取消原因はない。」と主張するのは、主張というものではなく、単なる自己弁護の「つぶやき」というものである。
被告の本訴訟に対する不誠実さを暴露し、原告と裁判所を愚弄するものである。
被告の本訴訟に対する不誠実さは、求釈明の回答にもあらわれている。
被告は、当時の認定手続きの「具体的な実態」の釈明を拒否している。
しかし上述したように17年間にわたる、未検診死亡者についての対策の実態を明らかにするためには、原告が要求した各申請者の詳細なデータが必要不可欠である。
何故なら、適法性や合理性という概念は、そもそも「基準」と「他の実例」、そして「個別特殊性」との比較・検討によって明らかになるものであるから。
被告に再度の具体的な釈明を求める。
以上