原告第5準備書面
被告は原告からの当時の相談記録(乙第43〜50号証)をようやく提出した。
そこで被告の提出した「相談記録」を見ると、溝口チエの処分に関する原告からの問い合わせに対し、被告が責任ある対応をせず、その場しのぎの無責任な対応に終始したことは明らかである。
そしてそればかりでなく、この相談記録は被告の本件手続放置が、意図的なものであったことを裏付けているのである。
そこでこの点についての原告の分析を詳述・主張する。
1.原告は、第1、第2準備書面において、被告が被処分者溝口チエ(以下、溝口チエという)に関する病院調査を、その死後17年間にわたり放置し処分を遅らせたことにつき、被告の単なる業務怠慢ではなく、意図的積極的な行政方針であると主張した。
1.まず第1に指摘すべきは、原告の問い合わせに関する記録が熊本県水俣病相談事務所(以下、相談事務所という)の相談記録に残されているという点である。
これは極めて不可解なことである。
すなわち溝口チエに係る行政不服審査請求における原告の反論書(甲第7号証)で、原告が「『応答者は代々の水俣病相談事務所職員であり』と回答していますが、私は県庁に直接電話していたので、水俣市にある相談事務所に電話していたのではありません」と述べている。
これで明らかなとおり、原告は当時溝口チエの命日にあわせて「熊本県の県庁の中にある公害課」に電話していた。
しかし、実際に応対していたのは水俣市の検診センターの中に設置された相談事務所の職員であった。
このことを原告自身は、当時まったく気が付かなかった。
従って相談記録が真実であれば、被告は、原告からの問い合わせをいったんは公害課で受けておきながら、それを相談事務所に恣意的に盥回しにしていたことになる。
原告にとって、この「相談事務所」とは行政組織上いったいいかなる位置付け、役割、権限を持つ部署であるのか、まったく分からない。
2.第2に、原告の問い合わせの趣旨は、「@溝口チエが死んでからずいぶん経つが、審査はどこまで進んでいるのか。A検討中というのなら、途中の経過を遺族に知らせて欲しい。B生存者よりも死亡者を優先して処分すべきだ。」に整理でき、溝口チエの認定審査に関するきわめて具体的実務的な内容である。
従って、応対をすべきは現に審査の実務を担当している公害課の職員であるべきなのに、実際は行政組織上の権限が明かでなく、認定申請者の個別の事情を知る立場にない相談事務所の職員が応答していたことは重大な問題である。
3.その相談事務所はいかなる応答をしていたのかについては次節で詳しく述べるが、要約すれば、「聞くだけ」か「県庁に伝える」のいずれかでしかなく、実質的なことや責任ある回答をまったくしていない。
さらに、相談事務所の報告を受けたであろう県庁の方からも、何らかの対応をしていた形跡は見られない。
4.要するに、原告の問い合わせに対する被告の対応は、県庁→相談事務所→県庁といずれの部署も責任ある応答をしない、文字通りのタライ回しであり、被告側は申請者側・被害者側の申し入れに誠実に対処するシステムを全く設定していなかったと言わねばならない。
1.そこで更に被告側の対応を具体的に分析すると、「相談記録」の「回答・処理」欄によれば、相談事務所の応答は次の2つにしかすぎない。
2.さらに報告を受けたであろう本庁の対応については、ほとんど記録に残されておらず、唯一記載があるのは、
「7月19日公害保健課 加久参事から電話連絡
@県からは溝口秋生あてには連絡しない
A検診結果は棄却のとき棄却理由説明にて連絡する。
現在は未処分なのでその段階にない。
B県は、溝口チエを含む多数の人について検討中であり、溝口チエの分のみ回答はしない。
C以上のことを、もし溝口秋生から聞かれれば、相談事務所は説明して良い。(46号証)」 というものである。
3.すなわち、相談事務所の回答は、原告からの溝口チエの審査を急いで欲しい、途中の経過を教えて欲しいとの問い合わせに答えるものではなく、県の対応も「県からは溝口秋生には連絡しない」など応答すること自体を拒否するものであった。
要するに、原告からの問い合わせに対する被告の対応は、システムがまったく整備されていず、従って対応もいわゆる「聞き捨て」「苦情処理」の域を出ず、その場しのぎの無責任な対応に終始したのである。
原告の申し入れを溝口チエの審査の進め方に活用しようという姿勢・動きは全く見られない。
従って被告が、溝口チエをはじめ当時の認定申請者の処分手続を放置し、病院調査を放置したことは、単に業務怠慢というにとどまらず、被告側が認定制度に関して申請者を意図的に無視・放置し、これにより申請者が認定を諦め、或いは申請者が死亡して遺族が認定を諦めることを待つ方針であったというべきである。
以上