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原告第7準備書面

第1、はじめに

1 本件訴訟における主張・立証責任については、原告はすでに第1準備書面の第2章において、被告側が「原告に対する棄却処分は適法であった」との立証責任を負うべきである旨詳論した通りである。
 さらに本件事案の特異性に着目することにより、上記主張を補強・補充したいと考えるので、本準備書面を提出する。

2 本書面の構成は、念のためにまず取消訴訟における立証責任論一般について判例・通説を概説し、次に本件事案の特異性を述べ、それらを踏まえて本件訴訟の立証責任論を主張することとする。

第2、取消訴訟における立証責任(証明責任)論

1、立証責任とは

 言うまでもないことではあるが、訴訟の審理の最終段階に至ってもなお、ある事実の存否が確定されない場合、いずれの訴訟当事者に対して不利益な法律判断を下すべきかがあらかじめ決められていなければならず、このような訴訟当事者の一方が負うべき危険、または不利益を、講学上、立証責任と呼んでいる。

2、立証責任分配の原則

 取消訴訟において、原告と被告行政庁のいずれの当事者が立証責任を負うべきかは明文上の規定はなく、学説上の対立がある。
 念のためにここでこれまで登場している見解を整理してみると、次のようなものになる。

『学説の紹介と問題点の指摘』

@原告私人に立証責任ありとする説(適法性推定説)
 行政行為は公定力をもち適法性の推定を受けるから、その取消しを求める原告が反対の証明として当該行為の違法性を証明しなければならないとする。
 この説については、行政行為の公定力による適法性の推定というのは、当該行政行為が適当であることの「法律上の推定」を意味するものではなく、行政行為の違法性を審理する裁判所の審理手続中の立証責任の所在の決定とは無関係であるとの批判がある。

A被告行政庁に立証責任ありとする説(法治行政原則説)
 法治行政の原則からして、立証責任は被告行政庁が行政処分についての適法事由のすべてにわたり立証責任を負うという考え方が成り立つ。
 これについては、法治主義の原則は行政実体法の基本原理として妥当するものであるが、これは直ちに立証責任分配の基準と結びつくものではないとの批判がある。

B法律要件によって立証責任を分配する説(法律要件分類説)
 この説は、実体法上の要件規定の形式によって分類し、行政庁の権利発生(権限行使)規定の要件事実は被告行政庁の、権利障害および権利消滅(権限不行使)規定の要件事実は原告の立証責任に属するとする。
 この見解に対しては、民事訴訟における原則をこれと基盤を異にする取消訴訟に適用することの妥当性に疑問が出されている。
 すなわち、民事実体法たる私法法規は対等当事者の利害調整の規定として、また裁判規範としての性格をもち、したがって利害調整の見地からの立証責任分配の原理をそこに含んでいると考えられるのに対し、行政実体法としての公法法規は公益と利益の利害調整を内容とし裁判規範としてよりは行政機関に対する行為規範としての性格をもっていること、行政法規の規定の仕方は多様で、それが行政庁の権利発生規定か権利障害規定か、分類が必ずしも容易でないこと等があげられる。

C行政行為の内容によって立証責任を分配する説(権利制限拡張区分説)
 国民の権利自由を制限し、義務を課する行政行為の取消訴訟においては、つねに行政庁がその行為の適法なることの立証責任を負い、国民が自己の権利利益領域の拡張を求める場合、およびその請求の却下処分の取消しを求める場合には、原告がその請求権を基礎づける事実について立証責任を負担するとする考え方がある。
 この説については、ことに国民の権利拡張の請求の場合に、それが社会保障申請拒否処分についても、その立証責任を国民に負担させるのは妥当ではないとの批判がある。

D具体的事案に応じて立証責任を分配すべしとする説(個別検討説)
 この説は、当事者間の公平、事案の性質、事物に関する立証の難易等によって個別具体的に立証責任の分配を判断すべきとする考え方である。

E被告行政庁が調査義務の範囲で立証責任を負うとする説(調査義務説)
 行政処分をするにあたり、行政庁は法令を誠実に執行すべき任務の一環として当該関係人に対して調査義務を負うことを前提として、被告行政庁側が主要事実としての、処分を適法ならしめる事実に関し、その調査義務の範囲で立証責任を負担すべしとする考え方がある。

3、裁量処分と立証責任

 多くの見解は、裁量処分の取消訴訟においてはその違法性について原告が証明責任を負うとする。
 その根拠としては、裁量はその行使に誤りがあっても原則として当・不当の問題を生ずるにすぎず、違法として取り消されるのは例外的な場合であり、かかる例外的事項はこれを主張する者に立証責任を負わせるのが適当であること。
 裁量処分については、裁量権の踰越、または濫用がある場合に限りその取消しを認める行訴法30条の規定は立証責任分配の規定とみられることなどがあげられている。
 この見解に対しては、法治主義の立場から、裁量処分についてもその推論過程の合理性が認められなければならず、少なくとも裁量処分の根拠となる事件事実の存在、公平な手続の遵守等については被告行政庁側が立証責任を負うべきとの批判がある。

 なお、第1準備書面第2章で述べたとおり、最高裁平成4年10月29日判決(伊方原発訴訟)は、原子炉設置認可基準の適合性は行政庁の判断に委ねられ、その判断の不合理性の主張・立証責任は本来、原告が負うべきとしながら、審査資料を被告行政庁が保持することから、被告の側が、まず判断に不合理な点がないことを主張・立証する必要があり、それがない場合には、被告の判断に不合理な点があることが推認される旨判示している。

4、行政手続と立証責任

 行政行為が適正な手続に従って行われたかどうかについては判決例は、被告行政庁が立証責任を負うと解している。
 たとえば、群馬中央バス事件における東京地判、昭和38年12月25日(判例時報361号)。

第3、本件事案の特異性―立証責任論の観点から―

1、被告が被処分者溝口チエ(以下、溝口チエという)に対する病院調査を、その死後17年間経過するまで行わず、実施したときには、カルテが保存されていなかったり、病院が廃院になっていたため、民間カルテを入手することができなかったのは争いのない事実である。

2、そもそも、取消訴訟における立証行為とは、処分の前提となる事実の存在をめぐり、基礎となる資料に評価・解釈を加えることにより、処分が適法か否かを証明しようとする訴訟行為である。
 これを本件に則して言うと、認定申請者の検診、審査会資料(未検診死亡者については病院調査により入手した民間カルテ)を評価・解釈することにより、当該申請者が水俣病か否か(棄却処分が違法か否か)を証明しようとする行為のことである。

3、溝口チエのように、未検診のまま死亡した認定申請者が水俣病か否かを証明しようとする立証行為において、もっとも重要なのは生前にかかっていた病院が保存する民間カルテであるのは言うまでもない。
 ところが、1、で述べた通りこの最重要の資料が、被告が長年病院調査を行わなかったため、確保されておらず存在しない、という特異な状況こそ、本件訴訟における立証責任のあり方を議論する上で欠くことのできない要素である。

第4、本件訴訟における立証責任論

1、以上から、本項の主題は「立証行為に重大かつ決定的な障碍をもたらす被告の手続に基く処分の取消しを求める訴訟における立証責任論」と設定できる。

2、資料収集義務の存在
 未検診死亡者について、病院調査を行い、その民間カルテを収集することは被告の義務である。
 その根拠として、

(1) 『後天性水俣病の判断条件について』(環境保健部長通知、昭和52年7月1日、甲9号証)の4、において、「認定申請後、審査に必要な検診が未了のうち死亡し、剖検も実施されなかった場合などは、水俣病であるか否かの判断が困難であるが、それらの場合も曝露状況、既往歴、現疾患の経過及びその他の臨床医学的知見についての資料を広く集めることとし、総合的な判断を行うこと」と明示している。

(2) 公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(以下、救済法と略す)の趣旨・目的は、公害により健康被害をこうむった者を「迅速かつ幅広く救済」することにある。
 かかる救済法の趣旨・目的に照らせば、未検診死亡者についての病院調査を長年行わず、民間カルテの収集確保ができないことを理由に、長年処分を待たされたあげく、認定申請を棄却される事態に至っては、「迅速かつ幅広い救済」に反するのは明らかである。
 つまり病院調査は、救済法の趣旨・目的が必然的に要請する行政行為である。

(3) 訴外環境省は「水俣病の認定業務の促進に関する臨時措置法」(以下、臨措法と略す)に基き、未検診死亡者について病院調査を実施しており(甲28号証)、救済法の特別措置法という関係にある臨措法においても、病院調査は未検診死亡者の認定業務にとって欠くべからざる行政行為である。

(4) 第1準備書面の第1章3、(4)で述べたとおり、溝口チエと同時期に亡くなった未検診死亡者について、被告は病院調査を実施しており、その結果、認定審査に極めて重要で有益な医学的データを収集している。
 等があげられる。

3、未検診死亡者につき病院調査を行い民間カルテを収集することは、被告の義務であるにもかかわらず、溝口チエについては、被告は長年病院調査を行わず、民間カルテを収集できなかったのであるから、かかる不作為は義務違反の違法な手続と言うべきである。

4、よって、1、の主題はより正確には「立証行為を不可能にする被告の違法な手続に基く処分の取消しを求める行政訴訟における立証責任論」と特定できる。
 ところで、立証責任の定義によれば、処分の基礎となる事実の存否が確定できない場合、訴訟当事者のどちらかが負うべき法的不利益であるところ、かかる事実の存否を確定できない事態をもたらしたのは、ひとえに立証行為を不可能にする違法な手続を行った被告の責任であり、原告にはなんら落ち度はない。
 従って、事実の存否を確定できないことの法的不利益は被告が負うべきである。
 すなわち、本件処分の適法性の立証責任は被告が負担すべきである。

以上

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