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原告第10準備書面

第1 本準備書面の骨子

 本準備書面の骨子は、

1 本来、溝口チエは水俣病と認定される蓋然性が高かった。
2 被告には溝口チエの資料を収集し、迅速に手続きを進める法的な義務があった。
3 にもかかわらず被告は、溝口チエに関する水俣病認定申請手続きを遅延させた。
 この遅延は異常であって、手続き遅延としては極限的な場合であった。
4 この手続き遅延により、溝口チエの水俣病に関する有力な資料(本人の検診も含む)は、毀棄・消滅されてしまった。
5 被告は(資料の消滅を理由に)水俣病との判断が付かないとして、溝口チエの認定申請を棄却した。
6 しかし、この手続きの遅延の全ての責任は被告にあった。
7 このような水俣病認定申請手続きの極限的な遅延の場合は、被告は申請を棄却することが許されない法理がある。

 従って被告の溝口チエの認定申請棄却処分は違法であり、取り消されるべきである。
というものである。

第2 溝口チエの水俣病の蓋然性の高さ

1 溝口チエは水俣病多発地帯である水俣市南袋地域に21才(1920年)より住み、1977年の死亡に至るまで住み続け、他所に住んだことはない。
 同地域では1959年頃から、猫の狂死が相次ぎ、地域住民の水俣病発病も頻発した(甲第23号証資料9 認定患者発生地域及び発生率)。
 溝口チエ自身も、1972年頃から、流涎、味覚鈍麻、口内感覚消失、足痛、難聴、視力低下、歩行異常など水俣病の症状が発症した。
 1974年にはS医院で、水俣病の主要症状である四肢末端の鈍麻が確認されている。
 熊本県の検診でも、水俣病の主要症状である眼球運動の異常が確認され、平衡機能障害の疑があった。

2 溝口チエの孫で、チエと同居していた原告の次男 Tの3歳時の毛髪の水銀値は16.1μg/gであり(甲第38号証)、溝口家の魚介類摂食による水銀の濃厚汚染は確実である。
 事実、溝口チエの11名の子供の生存者全員が「水俣病総合対策事業」の対象者となり、そのうち5名は「医療手帳」の交付を受けている。

3 日本精神神経学会は、1998年と1999年に過去の水俣病認定基準の誤りを厳しく指摘し、正しい科学的方法、医学的方法に基づいた水俣病の診断基準についての学会見解を発表した。
 その結論によれば、「高度の有機水銀曝露を受けた者であれば、四肢末梢に優位な感覚障害の存在をもって、水俣病であるとの診断を下すことが科学的に妥当である。」(甲第26号証 788頁)。
 「医療事業対象者を水俣病とみなすことによって解消するのであり、また、そう診断することが科学的に妥当であることを前回の見解において示したところである。従って、医療事業対象者は、水俣病患者と位置付けられるべきであった。」(甲第27号証 556頁右欄末尾)というものである。

4 以上によれば溝口チエは、本来水俣病と認定されるべき蓋然性が高い申請者であった。
 そしてこのことは以下で、被告の認定手続き遅延の責任を論ずるときも、重要な意味を持つものである。
 なぜなら原告は、被告に対して溝口チエの認定手続きの遅延の責任を問うているが、それは水俣病であるかどうかまったく分からず、まったく資料もない申請者について、手続き遅延だけをもって水俣病認定を求めているのではなく、溝口チエは正しい水俣病病の判断基準から言えば当然水俣病と認定されるべき者であり、仮に被告が恣意的に設定した水俣病認定基準であれ、溝口チエはほぼ該当していたものであり、万一被告の基準に足らないものがあるとすれば、それはわずかな資料であり、そのわずかな資料を被告は容易に入手出来たにも拘わらず、敢えてそれをしなかった、と言う点の責任を追及しているのである。
 即ち、このような蓋然性の高い溝口チエに対して、被告は被告自身の責任による資料消失を根拠に、溝口チエの水俣病を否定するのは明らかに違法である、という行政処分の明らかな違法を問うているのである。

第3 被告の迅速手続きと資料収集の法的義務

1 原告が、被告の溝口チエの手続きを非難するのは、当然のことながら明確な法的根拠があっての上である。
 被告の迅速手続きの義務と資料収集の義務は、憲法から始まり救済法、次官通知に至るまで、二重にも三重にも規定されている。
 念のために、それらの関連規定を指摘する。

2 憲法第25条上の義務

 認定制度は憲法25条を根本の根拠としている制度であって、国民に対する恩恵ではなく、憲法上の国、行政の義務である。
 なぜなら、公害被害者にとっては認定のみが公害被害者の最低限度の健康で文化的な生活の保障だからであり、公害地域国民にとってはその地域の公衆衛生を保持する上で認定制度は必要不可欠であるからである。
 そうであれば公害物質等の被汚染者の汚染状況を確定するために、被汚染者と推定される住民の検診や、地域汚染調査はもとより、住民の汚染状況に関する資料を収集することは、行政の義務であることは論をまたない。
 しかも公害調査で最も緊要なことは、公害のさらなる発生、拡大、深刻化を未然に防ぐために、全ての作業は緊急・迅速を要請されるものである。

3 公害対策基本法上の義務

(1) 公害対策基本法は1993年11月に環境基本法に発展し、廃止となっているが、本件認定審査当時の公害関連基本の法律は本法であった。
 そして第1条には、国民の健康で文化的な生活の確保の上には公害の防止が極めて重要であり、そのためには公害対策の総合的な推進の義務を国及び地方公共団体に負わせている。

(2) そしてその義務の具体的な項目としては、第4条に国に国民の健康保護等と公害の防止のための総合的な施策の策定と実施を要求している。
 公害防止の基本は、単に公害を予防するだけではなく、発生した公害の緊急・綿密な調査と被害住民の救済が求められることは当然である。
 従って第21条2項には、「政府は、公害に係る被害に関する救済の円滑な実施を図るための制度を確立するため、必要な措置を講じなければならない。」と明記されていた。

4 いわゆる救済法上の義務

(1) いわゆる救済法は(乙第52号証)、第1条に公害が発生した場合は公害被害者の救済が行政の根本義務であると、規定している。

(2) その具体的な施策として、第3条は知事に公害被害者の認定の義務を課している。
 即ち、「規定により定められた疾病にかかっている者について、・・・水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行なう。」とある。
 即ち、公害病と認定すること、その調査、資料収集は、当然のことながら住民の義務ではなく、知事・行政の義務であることが、ここで確認されなければならない。
 このことは法文上明確であるが、実際的にも被害住民は公害についても、公害病についても正確な何の知識も情報もないのであり、しかも何らの権限もないのであるから、県知事・行政以外にはそもそも不可能なことなのである。

(3) さらに喚起しておきたいことは、第3条の認定は、第1項後段に指定されているように、無限定に住民を調査・審査するわけではなくて、その疾病が環境庁長官の定めるものであるときには、公害指定地域という区域の限定と、同地域での一定期間の居住という限定が賦されている。
 従って、上記疾病であるときは、認定審査の前提として、疫学的な観点から見れば、すでに申請者は当該公害病である蓋然性で絞られているのである。
 逆に上記疾病でないときは、県知事は申請者に対して、公害病ではないという調査資料をもって、それを根拠として申請者を棄却する、法的な構造になっている。
 従って公害病でないことが否定できないときは、当然公害病と認定すべきことが、同文言上からも、疫学的な法則からも、公衆衛生の必要性からも措定されているのである。

(4) また同条の認定は、当然行政処分であるから、行政不服審査法の対象となる。
 そうであれば申請者は、迅速救済を希望して、もし申請が棄却されれば、行政不服を申し立てて、正しい認定を受け、救済される方法がある。
 しかし長期間、申請を保留・放置されていては上級機関における救済の道も閉ざされることになるのである。
 従って、認定が行政処分であることから必然に、審査のための合理的な期間はもうけても、県知事には迅速な審査・裁決が要請されていたのである。

5 以上の通り、公害認定申請を受けた県知事は、その申請者に関する疾病の資料を最大限収集し、迅速に審理し、当該公害病を否定できないときは認定すべき行政の義務が厳格に規定されていたのである。

第4 極限的な遅延

1 被告の溝口チエに対する認定の遅延は、通常起こりうる種のものではなく、極めて異常で、担当者の故意を疑うに足りる十分な事情があるのである。
 以下、この遅延の異常性を指摘する。

2 溝口チエに関する本件公害認定の手続きは、申請より処分まで21年間を要するという、上記関連法規がまったく予想していない、長期間の遅延であった。
 そもそも国民が病気になって医療機関に行き、1年間も診断がなされないことなどあるはずはない。
 審査会の委員の医師達も、自己の日常診療においては、患者を直ちに診断していたのである。
 しかし本件は単なる個人の疾患ではなく、公衆衛生上、行政法上調査・結果が急がれる申請・認定制度上の疾患であった。
 21年間という時間は、言うまでもなく生まれた子供が成人し仕事に就くまでの時間であり、結婚の早い女子であれば次の世代の子供を産むに十分な時間である。
 医療機関に行って、21年間も診断名がつかないなど、笑い話にもならない。
 しかし驚いたことに、被告は現に原告側を21年間待たせたのである。
 言うまでもなく認定制度は、公衆衛生上、汚染の実態、患者発生の実態を調査・認識する法的制度であるから、このような長期間の調査・審査は無意味なのである。

3 しかも遅延の間に申請者の溝口チエは死亡している。
 これはまさに決定的なことである。
 言うまでもなく、認定制度は住民公害被害を迅速に救済するものであり、申請者が死んでしまっては、真の救済はありえないのである。

4 ところで被告側は、自らのなした遅延で申請者が死亡したのであれば、直ちに当該申請者の生前の資料、生活歴から始まり入通院病院の診療資料を収集すべきであり、それをなさずに時間が経てば資料は散逸、消滅し、資料の収集は不可能になるということは誰でも容易に考えられるはずである。
 ところが被告側は溝口チエの死亡後、このようなフォローをまったくしていない。
 その結果、認定の唯一の資料たるべき通院した病院のカルテまでもが散逸・消滅してしまったのである(甲第40号証)。

5 本来の認定手続は、認定申請住民の健康異常の症候を、速やかに検診・記録し、それを疫学上の有機水銀被曝者の健康異常と比較検討することで足りるのである。
 従って必要な検診・審査時間は、長くとも1ヶ月で足りるのである。
 この点でも、溝口チエの検診・審査は必要な時間を遙かに超えている。

6 この原因について被告は、適切な申請者の検診体制、審査手続きの方法を準備していなかったからであると弁解する。
 しかし仮にそうであるとしても、その原因は全て被告側にあるのであって、溝口チエ側には、何らの責任もないことである。
 事実、この異常長期遅延期間に、被告・行政は未検診死亡申請者の審査促進に対して何の施策もしていなかったのである。
 被告側はこの間、完全に無策であった。
 1977年4月11日に当時の沢田県知事は文書をもって、認定制度の破綻と解消制度の不可能性を明確に自認している(甲第30、39号証)。

7 しかも実際は、被告側は生前溝口チエに関してわずかの検診をしたのみで、溝口チエが生存中の3年間も、さらには死後の18年間はまったく何の審査もなしていなかったのであるから、本件は実は当時の被告側の水俣病認定検診・審査体制の不備などではなく、単なる申請者・患者「放ったらかし」だったのである。
 従って、被告側は本来、本件に関して何らの弁解も出来るはずがないのである。

8 水俣病の認定手続き、検診手続き、審査会手続きの内容は、法令で被告側に定められたものであるから、この不備は全て被告側が負うべきである。
 事実、熊本地方裁判所で1983年に言い渡された、いわゆる水俣病認定制度不作為違法確認訴訟はこの点について、被告行政側の責任を強く指摘してしている。

9 ところで1975年当時の環境庁の環境保健部長野津聖は、1977年9月に、いわゆる第二次水俣病訴訟の熊本地方裁判所で証人として出廷し、以下の通り県知事の資料収集の義務を認めていた(甲第37号証 166項)。

「問 審査会からわからないという答申があった場合の知事の態度は、どう通知上はなければならないんでしょうか。
答 知事は、従って、更にそのわからないということに対しての、何かわかる方法はないかということで、いろいろと資料を集めたりして、それをベースにして、処分するという、こういう形になってくると思います。」

 ところが実際、被告側は溝口チエの一周忌である1978年以降毎年の原告の督促電話を「黙殺する」という対応を現に行っており、この被告側の対応はもはや不作為ではなく、患者切り捨て、「死ぬまで認定はしない」と言う故意の業務違反である。

10 しかも溝口チエの申請期間中に、患者側・立法・行政・司法から延べ何十回もの現状非難と認定促進の督促がなされている。
 原告第2、6準備書面でこれらを詳しく列挙した。
 例えば、被告も認めているように(乙第55号証)、1978年には「水俣病の認定に係る業務の促進について」という環境事務次官通知もその一つである。
 即ち、その冒頭で「被害者の迅速且つ公正な保護を図る」ことを宣言し、第4項(2)では「認定申請後検診が未了のうち死亡し、剖検も実施されなかった事例等所要の検診資料が得られないものについては・・・・その者の曝露状況、既往歴、現疾患の経過及びその他臨床的医学的知見についての資料を広く集め、そのうえで総合的な判断を行うこととなっており、・・・」とある。
 この次官通知はまさに溝口チエのケースを目的としたがごときものであり、この促進通知を素直に溝口チエの申請に当てはめれば、当然に、直ちに認定されるべきであったものである。
 仮に、その時点で判断が出来なければ、直ちに臨床的な知見を収集すべきであったことは、否定しようがない。
 にもかかわらず被告側は、この通知に意図的に反抗したのである。
 そうであれば、これらの勧告・指導の無視の結果は、被告自身が負わねばならない。

11 ところで、このような溝口チエに関する認定の遅延と資料の消失は、単に時間的な遅延、物理的な変化と言うことだけではなく、このすべてが被害者溝口チエに不利に働き、加害者チッソと被告・行政側に決定的に有利になるのである。
 このような欺瞞が許されるはずはない。
 しかも当然のことながら、被告側は時間が経ち、申請者が死亡し、資料が消滅すれば、その結果は被告側に利することを知悉していたのである。

12 そもそも水俣病事件の発生・拡大・被害者放置は、被告側に全面的な責任があったのである。
 利潤追求のための生産、廃液拡散に狂奔する企業チッソの無法を、被告側がまず第一に調査・制止・救済しなければ、だれが阻止できたのであろうか。
 にもかかわらず被告側は、チッソと共謀して、公害犯罪を強行して来たのであった。
 このように被告側は水俣病に関し根本的な責任がありながらも、さらに被害者を21年間も放置し続けたのである。

13 このように溝口チエに関する手続き遅延は、その遅延期間の異常な長さ、悪質な態様、保護法益が生命・身体に係わる重大なものであったこと、回避の容易さ(医療機関に電話を1本掛ければ済んだこと)、にもかかわらず回避義務がまったくなされなかった理不尽さ、不手際のフォローがまったくなされていない点、さらには司法・行政・立法からの現状解決の度重なる非難・督促を無視或いは反抗したこと、など全体として認定制度の趣旨に真っ向から反する姿勢などは、行政手続き遅延として単に異常とだけでは済まない。
 本件手続きの遅延は、放置期間と態様において日本行政史上に比類を見ない悪質なものであり、「極限的な遅延」と呼ぶべきであろう。

第5 極限的遅延に対する法的効果

1 一般的に言って、手続きの遅延はある法的効果を生み、その法的効果は遅延の原因・理由、遅延の期間、遅延の改善努力、遅延による弊害の大きさ等によりさまざまであろう。
 しかし認定制度の手続きにおいて行政が「極限的な遅延」を犯し、申請者の資料の消滅を来したときの法的効果は、「申請を棄却することは出来ない。」という一点に収縮されるであろう。
 このような法的な効果を生む根拠・法理として以下のものが考えられる。

2 一つは、行政側が負っている、いわゆる「水俣病の疑いを否定できない場合は、認定すべき。」という認定制度の立証責任の点を根拠に、行政が長期審査の果てに、それ以上の水俣病を否定する資料が提出できないものとして、申請の棄却が許されない、と考えられる。
 また制度自体を自壊させるような極限的な遅延は、認定制度それ自身に内在する法理として、或いは救済法の第一条の法理に基づき、申請者を認定すべき法的効果が発生する、と考えることも出来る。
 さらに、禁反言の一種として、申請者は行政を信頼して手続きを待ち続けていた以上、行政は21年も待たせた上で、「申請者の自己への信頼は無意味だった。申請を棄却する。」とは言えないという条理である。
 上記のいずれの法理を根拠とするとしても、被告は本件の申請を棄却することは出来ないのである。
 それにも拘わらず被告は無謀にも、21年目に本件申請を棄却した違法がある。

3 手続きの極限的な遅延をさけるための方法として、確かに司法による不作為違法確認訴訟があった。
 しかし水俣病の場合は、不作為違法認定判決が、まったく実態解決にならなかったことは公知の事実である。

4 さらに手続きの極限的な遅延をさける方法として、担当者を行政組織上の処罰を受けさせる方法や、或いは損害賠償(待たせ賃)を申請者に認めるなどの方法もあるが、認定制度の場合は、これらは弥縫策でしかなくて、抜本的な解決にはならず、制度自身の自壊を防ぐことにはならないのである。
 従って手続き上の異常は、手続きの上での特別処置を執るしかないのである。

5 事実、被告側 元熊本県知事沢田一精は、1979年7月に熊本県の水俣病審査会が「水俣病であるかどうか分からない」と答申をしていたにも拘わらず、いわゆる行政認定をしている(甲第32号証)。
 同新聞報道によれば、これらの申請は最高4年間も処分を保留された人たちで、沢田知事は「いずれも死亡者で、十分な資料を有せず、・・・・・疑わしきは認定という次官通達の基本姿勢を貫き、知事の責任で処分した。」と語っている。
 しかし1978年の新次官通知では「新資料を得る見込みのないものは棄却」とされていたので、沢田知事の行政認定が上記いずれの根拠によるものかは明らかではない。
 しかも、沢田元知事が陳述書(甲第39号証)で述べているように、溝口チエのケースが沢田知事の時代に処分を受ければ、認定されたことは疑いもないのである。

6 以上の論理を吟味するに、被告の極限的な遅延に対しては、被告に棄却を許さないという法理しかなく、このような法理から溝口チエが認定されても、疫学上から言ってこの結論は真実(水俣病罹患)に合致しているし、このような処分によって認定制度がより改善・充実することになることはあっても、弊害を生む懸念は何もないのである。
 よって被告の溝口チエに対する認定棄却処分は、絶対に許されるべきではない。

第6 憲法第37条1項 迅速な裁判を受ける権利

1 前項で極限的遅延の法的効果を論じたが、刑事事件で、憲法第37条1項の迅速な裁判を受ける権利の規定から、(刑事の)極限的遅延に対して新たな法的効果を付与し、それに従って手続きをなしたものがあるので、本件と比較して分析し、前項で論じた法理が憲法の要請でもあり、極めて合理的公平な法理であることを主張したい。

2 即ち、いわゆる高田事件において最高裁判所は、憲法第37条1項 迅速な裁判を受ける権利を根拠に、形式的な裁判たる免訴で、手続きをうち切った。
 この法理の本件への適用の問題点は、

@ どのような状況が裁判権の権利侵害といえるか。
A この場合、いかなる救済措置が取られるべきか。
B 本条項は、行政手続きにも準用されるか。

などの点である。

3 高田事件判決の構造
(1) 最高裁判所も、免訴(審理打ち切り)を結論づけた理論構成で、どのような状況であれば「迅速な裁判を受ける権利」憲法第37条1項の侵害となるのか、を論じた。
 すなわち、「迅速な裁判を受ける権利」侵害の有無の「判断基準」(以下「判断基準」という)の問題である。

(2) ちなみに、アメリカ連邦最高裁バーカー事件判決における「判断基準」は、
@、遅延の長さ A、遅延の理由 B、被告人による権利の主張 C、被告人への侵害 D、衡量テスト、などであった。

(3) そこで高田事件の判決における「判断基準」について述べる。

@ 遅延の弊害
 刑事事件について審理が著しく遅延する時は、被告人としては長期間罪責の有無未定のまま放置されることにより、ひとり有形無形の社会的不利益を受けるばかりでなく、当該手続きにおいても、被告人または証人の記憶の減退・喪失、関係人の死亡、証拠物の滅失などをきたし、ために被告人の防御権の行使に種種の障害を生ずることを免れず、ひいては、刑事司法の理念である、事実の真相を明らかにし、罪なき者を罰せず罰ある者を逸せず、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現するという目的を達することが出来ないことともなるのである。
 上記憲法の迅速な裁判の保障事項は、かかる弊害発生の防止とその趣旨とするものにほかならない。

A 遅延の期間
 「遅延の期間のみによって一律に判断されるべきではなく・・・」とあるが、高田事件では第1審ですでに15年余にわたり審理が中断されていた。

B 遅延の理由(遅延の正当化事由)
 「たとえば、事件が複雑なために、結果として審理に長年月を要した場合などはこれ(=憲法の定める迅速な裁判の保障事項に反する事態)に該当しないこともちろんであり・・・」ということは認める。

C 遅延の原因(被告人の事情・帰責事由)
 さらに被告人の逃亡、出廷拒否または審理引き延ばしなど遅延の主たる原因が被告人側にあった場合には、被告人が迅速な裁判を受ける権利を自ら放棄したものと認めるべきであって、たとえその審理に長年月を要したとしても、迅速な裁判を受ける被告人の権利が侵害されたということはできない。

D 諸般の情況の総合的判断
 「遅延の原因と理由などを勘案して、その遅延がやむを得ないものと認められないかどうか、これにより右の保障事項が守ろうとしている諸利益がどの程度実際に害せられているかなど諸般の情況を総合的に判断して決せられなければならないのであって・・・・」と、最高裁は総合的な判断をしている。

4 本件における「判断基準」を、高田事件と比較してみると、
@ 遅延の弊害
 認定申請者の地位にある者の内心の静穏な感情(早期の処分により水俣病にかかっている疑いのままの不安定な地位から早期に解放されたいという期待。
 その期待の背後にある申請者の焦燥、不安の気持ちを抱かされないという状態)を害されないという法的利益が侵害された(待たせ賃上告審判決より)
 資料(民間カルテ)不在によって原告の反論権(溝口チエは水俣病である)の行使が極めて困難となった。
 救済法の趣旨である「迅速かつ幅広い救済」、「否定できない者は認定せよ」を適用実現出来なくなる。

A 遅延の期間
 認定申請(1974年8月1日)から処分(95年8月18日)が出るまで21年。
 未検診のまま死亡(77年7月1日)してから病院調査を行う(94年6月)まで17年を要した。

B 遅延の理由(遅延の正当化事由)
 水俣病の認定審査は複雑な事例ではない。
 認定審査は短時間で終わる。
 被告は、病院調査に17年間を要した理由について、当時、未処分者数が膨大であったこと。生存者の救済が緊急であったこと、などを挙げる。
 しかし、S医院では、被告側から電話1本あれば、カルテを提出出来る状態にあったことから、被告の挙げた事情は病院調査の遅れを正当化するものではない。

C 遅延の原因(原告の帰責事由、権利の主張)
 処分や病院調査に長期間要したことにつき、原告の責任はない。
 むしろ反対に毎年溝口チエの命日に被告に電話をして、処分を急ぐよう民間カルテの収集を早く行うよう促していたのであるから、迅速な処分を受けるための権利を主張していた。

D 総合的判断
 原告の「迅速な処分を受ける権利」が著しく侵害されているのは明かである。

5 以上の比較に鑑みるときに、高田事件と本件とは相当の類似点を持つものと考えられる。
 そして確かに、極限的な遅延を放置することは、認定制度自身を否定するものであり、申請者の公平な取り扱いの理念に到底合致しない。
 従って本件申請手続きにおいても、高田事件と同様の公平の理念に基づき、極限的な遅延それ自身に法的効果を付与して、被告が原告の認定申請を棄却する権限を喪失する、と考えられるべきである。
 この点から考えても、本件の被告の認定申請棄却処分は、絶対に許されないのである。

以上

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