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原告第12準備書面

 本書面は、原告第6準備書面に対しての反論である被告第2準備書面についての反論である。

第1 原告第6準備書面並びに本書面の意味

 原告の第6準備書面は溝口チエについての違法な処分が決して偶発的なものではなく、長年に亘る水俣病被害者に対する誤った認定行政がその基盤にあったことを主張したものである。
 ところが、被告は第2準備書面冒頭に於て「これらの主張は本件訴訟と直接の関連性を有しないものであるが」としているが、本件の真相を明らかにするためには、被告の認定制度の恣意的運用の歴史の検証が不可欠である。
 被告第2準備書面は、原告が列挙した事実について、その事実を認めた上で、なお、解釈や名称・数字といった細事に言及し、反論を展開している。
 原告は、些末な点での論争を継続するつもりはないが、被告の反論のなかで看過すべからざる点があるので、この点に限り反論をおこなう。

第2 救済法の趣旨目的について

 被告は、原告があたかも医学的判断や、これに付随する一定の制約を度外視して、ただ「広く」救済することが救済法の趣旨であると主張しているかのように批判するが(被告第2準備書面7頁3行目・同8頁5頁)、これは著しい曲解であり、裁判所に誤った心証を与えるものである。
 そもそも、原告が第6準備書面で法の趣旨を述べたのは、わずかに次の5行であり、どこに「制約を度外視する」という主張があるというのか。

「2「ここで最も肝心なことは、原告第1準備書面第2準備書面第2節「救済法の制度趣旨」で述べたとおり、申請者への処分は公衆衛生の要請を基にした応急的措置であり、従って「迅速かつ幅広い救済」が法の趣旨ということである。すなわち救済法=認定制度の目的は、救済を「緊急」に必要とする公害の健康被害者を「緊急」に拾い出すことであり、これをもって必要十分とする。」」(原告第6準備書面2頁)

 被告の主張は、原告があたかも医学的判断を無視して「誰でもかれでも水俣病」と主張する輩であると印象づける為であり、極めて不当である。

第3 認定制度違法運用の歴史(1)

(1) 被告は種々反論するが、この章についての立証は、原告が証人にも申請している宮澤信雄の「意見書」を予め提出する。
 ちなみに、宮澤の略歴は以下の通りである。

宮澤信雄(みやざわのぶお)
1935年 東京に生まれる
1959年 東京教育大学文学部哲学科卒業、NHKアナウンサーとなる
1995年 NHK定年まで、旭川、豊橋、静岡、秋田、京都、大阪、宮崎で勤務現在フリーアナウンサー。朗読ボランティア養成講座講師。MRT宮崎放送でラジオ番組を担当していた。
1968年 取材を通して水俣病事件を知り、水俣病を告発する会、水俣病研究会の発足に関与。被害患者の支援、水俣病事件史の研究を続ける。チッソ水俣病関西訴訟を支える会会員。「暗河の会」会員。
 水俣病研究会での共著、『水俣病に対する企業の責任』、「認定制度への挑戦』(以上、水俣病を告発する会)、『水俣病事件資料集』(葦書房)
 ジャーナリストであるとともに、水俣病患者運動を研究・支援してきた宮澤は、その取材過程や研究を通して、特に、水俣病事件創成期から、川本行政不服を経て、現在、関西訴訟上告審に至る迄の歴史に詳しい。同氏の意見書は、これらの活動が結実しているものである。
 患者診査協議会(甲第43号証 52頁)、公害被害者認定審査会の成立過程(甲第43号証 80頁)や川本行政不服について、極めて詳細にその過程が綴られている。

(2) たとえば、被告は第2準備書面11頁に於て審査会議議事録の「慎重を要する」の趣旨について、原告の評価が違っているかのように主張するが、宮澤意見書(甲第43号証 84頁)によれば、当時の県企画部次長は議事録のその部分を撤回すると言い張ったという。
 趣旨が問題ないなら撤回などということもないであろう。又、被告は同主張の次に「熊本県がチッソの補償金支払いに配慮して認定者の範囲を狭める必要なく」と述べるが、やはり、宮澤意見書(甲第43号証 81頁)には「一度に5人も認めたら会社がつぶれやせんか」と発言した、審査会委員の記事が紹介されている。
 従って、被告の言うことは嘘偽りである。
 以上のように宮澤意見書は、認定制度の歴史を通じて県の違法性を立証するものであるので、法廷に提出するものである。

(3) 次に宮澤意見書には触れられていない点についての被告の主張について述べる。

@ 柳田浜本裁決について
 被告は事実を認めた上で、原告が「ある者に対する処分が取り消されたからといって、他の全員に対する処分が取り消されるべき」と主張していると述べるが、原告はそのような主張は一切していない。
 被告が、本裁決を全申請者のために真摯に検討しなかった事実を言ったものである。被告は本裁決を、未だに教訓化していないようである。

A 認定業務の促進について
 被告は「「地域の迫害」とは何か、「地域の迫害」と申請との関係性はどのようによるものなのか、具体的主張がなく不明である。」(被告第2準備書面19頁7)と述べているが、驚くべき発言である。
 水俣病を申請するにあたっては親族との関係をはじめ、多くのしがらみから、なかなか決断し難かった状況が存在することは明らかなことである。
 水俣病発生当時の状況については、当時の水俣病保健所長伊藤蓮雄が証言している。(関西訴訟1985年2月15日)
 一次訴訟判決後になって、ようやくこれらの桎梏から解かれて、申請をする人が出始めたのが当時の実情であった。
 水俣病被害者救済の責任者たるべき被告が臆面もなく「地域の迫害」とは何のことか解らないというのは歴史や実情を無視した反論であり、無責任の極みである。

B 更に、集中検診の項についても、被告の申請者に対する異常な批判が目に付くが、特に、「検診に対する苦情の多くは被検査者の医学的検査方法に対する誤解に基づくものであったといっても過言ではない。」というのは、全くの虚偽である。
 一体、いかなる根拠によってこのような主張が出来るのか根拠を明示されたい。

C また、集中検診については、従来、水俣病に余り携わってこなかった若手医師を促成的に講習して、患者が詐病でないか見極める必要があるかのように教えたというエピソードを、原田正純医師は記している。(「水俣病は終わっていない」原田正純、岩波書店137頁)

D 全体的に「認定業務の促進」、「不作為違法判決」の項についての被告の反論は、原告の主張とは無関係に患者団体の抗議を強調して、滞留者の増加をそのせいにしようとする姑息な反論である。

E 第2次訴訟判決について
 被告は、同判決言い渡し後の「医学専門家会議」に於いて、「判断条件」は妥当であるとの意見であったと主張する。
 しかしこれはまったく被告の欺瞞的な反論である。

 即ち、水俣病患者側は、例えば「御手洗等行政訴訟控訴審」の被控訴人最終準備書面で、すでに以下の通り反論している。

『「二 祖父江証人の証言−医学専門家会議の実体と意図
(一) まず第一に特筆すべきは、(同会議の座長であった)祖父江証言によって明らかになった通り、座長祖父江の無責任さ、主体性の欠如である。
 そして、かかる祖父江を会議の座長に祭り上げ、制度の根幹をなす認定基準の正当化を図った控訴人の行政手法の違法性である。

(二) すなわち、祖父江証人は(同証言議事録57項〜62)「会議に向けての予備知識無し」、(78項・79項)「専門家会議の役割について無自覚」、(83項〜88項)「会議開催の契機である福岡高裁判決を知らない」、(104項〜110項)「七七年判断条件を知らない」、(152項〜159項)「疫学調査の未実施を知らない」、(219項〜222項)「他委員追随の没主体性」、(229項〜238項)「座長としての自覚なし」等を認めており、祖父江証人が水俣病認定基準をめぐる問題の所在、福岡高裁判決の内容、専門家会議の位置付け、座長の役割に対する認識が全く欠如していたことが明らかになったのである。
 被控訴人の承認申請理由で述べた通り、祖父江証人は本来・適切・適法な水俣病認定基準作成に向けた方向性をリードし、確定し得る立場であったにも拘わらず、かかる歴史的使命に対する自覚を持つことはなく、会議の添え物となったのである。
 そして、実際にやったことと言えば、たった二日間の議論で現行判断条件妥当との行政追認の結論を出すだけだった。
 かかる行為は控訴人に加担しその誤った認定基準に医学者の権威・お墨付きを与えたという意味で、極めて違法なものと言わねばならない。

(三) 更に重要なことは、それまで幾度も判断条件の狭隘さを裁判所から指摘され、又、数千人もの原因不明の感覚障害を持つ人が存在する事実を突きつけられていた控訴人は、本来ならば有機水銀による健康被害の実態を解明し、その作業の蓄積の上で改めて認定基準を措定するという方法論こそが求められていたのである。
 にも拘わらず、控訴人はかかる根本見直しをはかろうとの意志を持たず、「医学専門家会議」という、いかにも権威があり第三者的正確を持つかのように装う機関をデッチ上げ、判断条件の正当化を図ったのである(祖父江証言 166項・167項)。」
 つまり、判断条件批判を真摯に受け止め、検証のための方法論を模索するのではなく、<医学専門家>という権威のみを根拠に批判を封じ込め、違法な認定基準を強行したのである。
 かかる控訴人の姿勢乃至手法は、被害実体の解明−正しい水俣病像の構築−被害者救済という救済法の趣旨を実現するための一連のプロセスに完全に逆行するものと言わなければならない。』

 また精神神経学会雑誌(1999年、Vol.101、No6 甲第27号)は、「判断条件」について次のように言明している。
 『昭和60年10月15日付の「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見」と題する意見について、いかなる科学的妥当性も見出すことは出来ない。その主たる原因は、専門家会議が、具体的データや証拠に基づいて問題を考察するという自然科学の方法論を無視して上記意見をとりまとめたことにある。その結果、同意見は、机上の空論として厳しく批判されるべき杜撰な内容のものとなったのであり、いくつかの論点についていかに列挙する。』
というのである。

F 御手洗行政訴訟について
 御手洗行政訴訟は鹿児島県審査会であったが、国の救済解決策との関連で訴訟を取り下げた3名は熊本審査会であり、鹿児島県・熊本県の両被告については管轄合意がなされており、特段両者を区別する必要はない。
 そして同裁判の控訴審判決な以下の通り判示している。
 即ち、「被控訴人は概ね50パーセント以上の可能性をもって水俣病に罹患していると判断出来たのであって、これと異なる審査会の答申は、被控訴人が純粋医学的に水俣病であるかどうかの心証形成に急な余り、救済法の趣旨を離れ、審査会資料の評価を誤っているというほかない。」
 このように判示しているから被告が第2準備書面で弁解するような「病候のあてはめを誤って」という類のものではなく、明確に救済法の趣旨に違背していることが指摘されているのである。
 行政訴訟の性格上、この判決はその対象は当該処分でしかないが、一件の棄却処分に救済法の趣旨違背が指摘された以上、その他の例にも同様なことがありうると考えるのは常識であり、被告の言うような「認定制度の全体が否定されたものではない」というのは全く事実に反する。

G Y氏裁決放置事件について
 被告は「環境庁の裁決に抵抗した事実はない」(被告第2準備書面32頁(2))と述べるが、提出済み甲第25号(環境庁復命書)には以下のとおり明記してある。

「熊本県側は極めて不誠実である印象を受ける(中略)県審査課の幹部は『何が何でも取り消しを阻止したい』という考えで固まっており」。

 これをもってもなお、被告は抵抗した事実がないと言い張るのであれば、根拠を提示されたい。

第4 おわりに

 被告は第2準備書面で「本訴訟と直接関連性を有しない」、「本件申請者以外の個人に関するものである」等の理由により被告の反論の根拠たる証拠を提出しないと述べている。  しかし、だからといって虚偽の主張が許されるわけではない。
 被告の反論を以上のとおり厳密に検証すれば、全て言い放しの放言に過ぎない。

以上

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