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原告第15準備書面

第1 本書の趣旨

 被告の溝口チエに関する認定手続きの極限的な遅滞は、被告に対して認定申請を棄却することが出来ぬ法的効果をもたらすものである(以下 極限論と略称する)。
 原告がこの極限論を第10準備書面で主張したところ、被告はこれに対して被告第4準備書面で種々の理由を挙げて反論した。
 そこで原告は、本準備書面で被告の反論にこたえるとともに、極限論の内実をさらに主張する。
 原告は、以下の第2節で被告の諸反論を、整理・要約して列挙する。
 そして第3節で、第2で羅列した順序に従って、原告の反論・主張を展開する。

第2 被告の主な反論

1 極限論の法的効果は、救済法をはじめいずれの諸法規にも法定されていない。
 原告は、極限論は救済法第1条に根拠があるとか、同法・認定制度に内在する法理であるとか主張するが、認められない。
 他方、例えば生活保護法には手続き遅滞の効果として「みなし棄却決定」の規定がある。
 従って救済法等に「みなし決定」の規定がない以上、「認定」すべき法的効果は生じない。
 申請者が出来る法的手続きは、不作為の違法確認訴訟しかない。

2 被告は申請者に対して「待てば、認定する。」と言明したことはないから、極限的遅滞があっても、禁反言の法理の適用はない。

3 仮に極限的な遅滞の手続きを違法と認めて被告の棄却処分を取り消しても、再度の処分までに更に時間を要するので、違法状態は解消されない。
 従って極限的な遅滞を理由として処分を取消すことは、違法状態の解消を目的とする取消訴訟の予定するところではない。
 ちなみに実体的な手続き瑕疵の場合は、速やかに手続きの瑕疵を補うことが出来、違法状態は解消するから、処分の取消も意味がある。

4 申請者溝口チエ側が病理解剖を実施していれば、早期処分が出来たはずである。
 また原告側にはカルテ等の証拠保全の方法もあった。
 このように原告側は、証拠からの距離が遠かったとはいえない。
 さらに溝口チエ側が早期処分を希望するならば、臨時措置法による環境庁に対する申請替えをすべきであった。
 従って、本件手続き遅滞は、被告のみに責任があるのではない。

5 申請者は認定されても、水俣病が治癒するような特別な医療行為を受けられるわけではなかったから、手続きが遅延しても溝口チエの生命・身体に拘わる支障はなく、しかも溝口チエは「研究事業」により医療費等の給付が受けられる状況にあったから、遅延による実質的な損害はまったくなかった。

6 仮に極限論を認めて、溝口チエが認定されることになると、同時期に申請してすでに棄却された申請者との間に不公平が生じるから、極限論は認められない。

7 高田事件は刑事事件の手続き打ち切りに関する問題であり、本件は救済法の認定を受ける手続きに関する問題であるから、事案をまったく異にして、高田事件の判決は本件の参考にならない。

第3 原告の主張

1 極限論の法定

(1) 被告は極限論は救済法等に法定されていないと反論するが、被告が救済法上の義務・責任を無視するからであって、救済法を制度目的に従って解釈すれば自ずから極限的遅滞の認定が法定されていることが分かるのである。
 救済法の文言には極限論の趣旨がそのまま規定されてはいない。例えば「認定の手続きが極限的に遅滞した場合は、認定がされたものとみなす。」などという規定はない。
 しかし救済法は、極限論の法理を内在しており、実質的に法定されているのである。

(2) 救済法の目的
@ 救済法第1条は公害被害者に対して、医療費等の支給措置して、健康被害の救済を図ることを目的としていると、明言している。
 即ち、認定制度は単に水俣病公害罹患者の公的確認ということが目的ではなくて、当該公害被害者の救済が根本目的である。
 従って「認定」は、医療費支給・医療という目的のための、要件・手段にしか過ぎない。  そこで救済法は申請者が医療を受けられぬまま亡くなるほどの長期間放棄・手続き遅滞は、明らかに否定しているところである。

A これらの救済法の公害被害者への迅速救済・迅速認定の行政側の義務は、言うまでもなく公害対策基本法第21条2項等から由縁するものであり、更に憲法第25条の国民の生存権から導かれる、絶対的な権利である。
 このように救済法の対象が公害被害者の生命・身体に関する被害の救済という特殊なものであるから、相当期限内の医療・救済が絶対に要請されている。

B ところが被告の反論は、救済法の目的を完全に没却し、「認定」を自己目的化している。  被告は処分さえすれば、その手続きがどれほど長期になろうとも、手続きは適法であるという趣旨の反論をするが、およそ救済法の目的に反する暴論である。

(3) 認定することの義務
@ 救済法第3条1項は、「疾病にかかっている者に・・・認定を行う」とあり、公害疾患に罹患している申請者に対して、処分者の認定する義務が明確に法定されている。
 また、救済法施行通知(乙第17号証 第1)は、「認定は・・・・疾病にかかっている者を対象として行うものであるが、」と規定されている。
 さらに救済法の認定手続きを実質的に支えている熊本県審査会条例(乙第15号証)第2条は審査会の所掌事務として法3条1項規定の権限に関して、調査審議することが義務づけられている。
 これらの規定から、救済法制度全体が、処分者に対して公害病被害者に適正な認定をなすべき義務を課しているのは明かである。

(4) 申請棄却の通知義務
 救済法規則第2条2号は、認定を行わない旨の決定をしたときは、申請者に対してその旨の通知をすることが義務づけている。
 このことから逆に、適正期間内に「認定を行わない旨の決定を通知しない」場合は、
申請者は当然に認定されたことを期待することになり、処分者も結果的に「棄却しないこと」を公言していることになる。

(5) 手続きの適正期間
 前項で述べたとおり救済法は生命・身体にかかわる手続きであるから、当然に手続きは合理的な適正期間を予定しているのである。
 この適正相当期間とは、申請を行った者の過半の対象者を処分できる通常の作業に必要とされる期間をいうのである。
 そして通常の作業に必要とされる期間とは、その作業に本来予想されるところの期間であって、処分者側の特殊事情は参酌するものではない。
 法令の規定は一般に広範な事例を規定しているものであって(例えば救済法は単に水俣病だけではなく、公害疾患一般に関する規定である。)、特殊事情を参酌するものではなく、特殊事情は特段に規定するか、或いは措置法を立法して対処するものである。

(6) 処分出来ないときの処分
 処分者の認定義務を前提として、処分者が適正期限内にいずれかの処分もできず、且つその正当な理由及び今後の処分予定期間の提示さえ出来ないときは、救済法はどのような処分を予定しているのであろうか。
 この場合は、社会的にも、被害者にもリスクの少ない、「認定」処分をすべきことが法的に要請されているのであろう。
 何故なら処分者の違法責任を問うことはもとより、申請者にこれ以上の損害を負担させないためである。
 この時点で仮に誤って認定しても医療費等の給付のロスが生ずるだけで、このロスも同法第24条、25条で処分者が回収することが可能なのである。
 これに比較して、処分者が不当に処分を放置したり、誤って棄却した場合は、被害者は適正な治療を受ける機会を逸し、公害被害者を死に至らしめる危険があり、しかも公衆衛生上は被害の発生を認識できず、その後の被害者発生を防止できないという重大な結果をもたらす。
 従って救済法はこのような事態を絶対に避けなければならない要請を受けている。
 そこで処分者が、いずれの処分も出来ぬ時、或いは処分をしないときは、救済法は認定すべきことを、法定していると解すべきである。

(7) 行政手続法等
@ ところで、認定業務は行政の一環であるから、平成5年に成立した行政手続法の規定に従うべきものである。
 行政手続法の本質を見るために、同法の成立過程を以下に指摘する。
 そもそも行政の適正業務、特に適正期間内手続きの要請は、戦中にもあり、農業組合法等は徒過の法的効果を規定しており、更に戦後、1972年には政府は行政の窓口事務の改善通達などを発しているほどであった。
 政府は平成3年末より、行政手続法の制定作業を開始した。
 ちょうどその頃、平成4年2月に日米構造協議が行われており、その協議でアメリカから排他的取引慣行の改革を求められ、その中に行政手続法の制定を要求された。
 そこで政府は、次期通常国会で法案を提出することを約束し、平成5年5月に国会提出し、同年11月12日 法律第88号として無修正で成立した。
 この経過で分かるように、戦後の日本の行政手続法実態が、民主主義諸国に比較すると遅れており、国民の要請に応えていなかったことが明かである。
 事実、本件における被告側の反論を見ると、21年間の手続き放棄に対して何らの責任・問題を感じていない主張であり、国際的なレベルでは到底認められない、行政権威主義であり、まさに本件において行政手続法の規定の厳格な適用が必要とされる。

A 行政手続法の目的は、行政運営の公正の確保と透明性である。
 行政手続法は処分に関する規定が仔細に規定されている。
 即ち行政手続法は、審査基準を公にする義務や、標準処理期間の制度が定められており、注目に値する。
 これらの制度によって、行政手続の透明な手続きの確保を保証している。

B そのため同法第6条は、標準処理期間を公にすることが規定されている。
 この規定を訓示規定としたのは、単に除外要件の規定が困難だからであったという理由に過ぎない(行政手続法 現代行政法学全書 高橋滋 197頁)。
 仮に行政庁が、標準期間を定めないときは、不作為訴訟において司法が決定するだけのことであるから、実質的には義務規定と同じである。
 従って行政手続法施行以来、国の機関が処分庁になるものについてはほとんど標準期間を設けているのが行政の実態である。
 行政手続法が施行されてからもなお、被告側が標準・適正処理期間を特定・公示しないのは、怠慢・不当であった。

C 同法第7条は、申請に対する審査、応答に関して規定している。
 即ち、適合しない申請に対しては補正或いは許認可等の拒否をしなければならない、とあり第9条とともに申請者に手続きの進行・内容の理解を義務づけている。
 従って被告が原告の再三の問い合わせに応えなかったのは、違法であった。

D 適正期間の徒過の効果であるが、行政手続法はその効果を一律には明示していないから、個別法規でその法的効果を解釈するものである。
 法律によっては、手続き期限徒過の法的効果を明記しているものもある。
 農業協同組合法第61条の組合設立申請に関して行政が2ヶ月放置した場合は、認可とみなす、或いは生活保護法第24条で行政が30日申請を放置した場合は却下とみなす、等がある。
 ちなみに行政不服審査法第14条では、審査請求の申立期間は、処分を知ってから60日と限定していて、このように被処分者に苛酷な制限を設けている以上、処分者側の責任も厳しくあるべきであろう。
 これらの規定で分かることは、個別法規によってはその効果を申請者の有利にみなすものもあり、不利にみなすものもあることと、いずれにせよ行政の予想する適正期間は数ヶ月の限度であった、20年間等という標準期間が法定されている法律はないということである。
 従って、被告が何年掛かろうと処分をすればよい、などという被告の反論は、法治行政主義を完全に無視する態度である。

E 以上の通り、被告のなした手続きの長期間放置は、行政手続法が厳格に戒めている規定に全て違反しているのである。

(8) 適正手続き期間の徒過の効果
@ 被告は当時も、溝口チエについての認定の適正手続き期間を明示せず、具体的な遅滞理由も、解消策も提示しなかった。
 そしてこれまでの被告の説明・弁解は、ただ抽象的に業務が多くて処分できなかったというに過ぎない。
 救済法はこのような処分の怠慢・放置を絶対に認めていない。

A ちなみに救済法第31条は、県知事は認定患者の医療を行った者に対して調査を行うことが出来、その調査に従わなかった者は、1万円以下の罰金を処す、と規定している。
 救済法が処分者に対してこのような強力な権限と、違反者に重大な罰則を認めておきながら、自己に対しては法の要請に違反したとしても何らの法的効果も生じないと解するのは、法の公正にも悖るものである。

B 従って、救済法は処分者に対して適正期間に処分する義務を課し、処分者が適正期間を徒過した場合に、処分者がなおも「処分をしない旨の通知」をしないときは、救済法の処分者に対する義務・要請に戻り、処分者が「認定」したものと解すべきなのである。

C もしそうでなければ、公害被害者の救済のために制定された救済法が、認定手続き21年間などという馬鹿げた遅滞を、適法と認めることになるのである。
 事実、被告は本件溝口チエの21年間の手続きについて、適法だ、と公言しているが、被告の反論の不合理性は、この一点に尽きるのであり、この被告の反論こそ被告の救済法解釈が完全に誤っていることを示しているのである。

2 禁反言の法理

(1) 行政における信義則
 行政或いは行政訴訟における信義則(両者をあえて並列するのは、実体法と訴訟法というテリトリーの違いはあるが、公的権限の国民に対する行使として共通のものがあり、同一の法理の適用が考えられるからである)というものは、かつては信義則と言うものが元々は債権法上の原則であったので、行政権威主義から否定する見解もあった。
 しかし現代では信義則の普遍性や、法治行政主義、行政民主主義の原則から、当然認められている。
 そしてこの法理は、禁反言の法理、不当形成排除の法理、権利濫用の法理或いは行政法における失効の法理などに発展している。
 ちなみに行政訴訟の信義則は、新民事訴訟法第2条が信義則をうたっており、行政訴訟法第7条で民訴の規定を準用することが明記されている。
 信義則の究極の原理は、「当事者の信頼を保護すること」に尽きると言ってよいであろう。

(2) 禁反言の要件
@ 一般に禁反言の要件は、行為者の行為矛盾、相手方の行為信頼、それによる相手方の不利益の発生である。
 そして禁反言の効果は、後行行為の不適法或いは失効と言うことである。
 ちなみに税務訴訟において、最高裁は要件として、税務官庁が公的見解の表明、納税者がその表示を信頼したこと、納税者がその信頼にもとづき行動したこと、責めがないこと、経済的な不利益を受けたこと、などを列挙している。
 特に被告は認定制度で認定について独占的権限を持っていたのであるから、このような場合は、信頼違反・放置は、禁反言の適用において普通以上に厳しく評価されなければならない。
 そもそも被告側は、水俣病事件の発生・拡大・放置について直接の責任があったのであるから、この点でも被告側の申請者・住民の信頼無視・裏切りが悪辣であったことが禁反言の適用において評価されなければならない。

A そこで被告は、溝口チエの申請に関して、処分者・被告は受理に当たって将来「認定する」とは表示していないから、禁反言の要件が欠けている、と反論している。
 しかし前述の如く、救済法体系は処分者に認定を義務づけており、しかも棄却相当の時にはその旨の通知を申請者になすことを義務づけており、被告はこの法的義務の中で申請を受理し、手続きを行っていたのであるから、被告が救済法の要件に合致するのであれば「認定」すると、実質的に表示したものである。
 だからこそ原告は被告を信頼し、「認定」を期待して、再三被告側に問い合わせを行っていたのであり、被告担当者も原告の期待を引きずる言動の対応をしていたのである。

B ところで溝口チエの処分の適正期間が問題になる。
 当然のこととではあるが、適正期間内での行政業務遂行の要請は戦時中からあり、戦後の復興行政業務においてはまさに緊要であり、さらに前述の通り救済法体系及び行政手続法でも明確に要請されていたのである。
 ところが被告側は、適正期間の観念がそもそも欠如していたわけであるから、このことにより処分において原告側の信頼を完全に損なったのは、明かである。
 事実、被告側がこの期に及んで、こともあろうに原告に対して病理解剖をすべきであったとか、環境庁に申請すべきであったとか、カルテの保全をすべきであった、などと反論している。
 しかし被告がこのような反論をすること自体が、原告の信頼を今日もまだ無視していることを曝露している。
 何故なら、被告が挙げるこれらの点は、全て被告がなすべき法的義務があるのに対して、原告がなすべき法的規定は一切ない。
 なすべき義務なきことを、原告がなさなかったことをもって、被告が自己の責任の回避・軽減を求めることこそ、禁反言の究極の原理、「当事者の信頼を保護すること」に悖るのである。  従って、仮に救済法によっては極限論が認められなくとも、溝口チエのケースにおいては禁反言が認められるべきである。

(3)不当形成の排除の法理の適用
 もっとも原告が前回までの準備書面で一貫して主張し、立証してきたように、被告側の認定制度の運用の実態は、単に大量申請者による業務遅滞などという単純なものではなく、初めからチッソと意志相通じて、水俣病被害者を少なく見積るという犯罪的な意図があったのである。
 従って被告の認定手続きには当初から申請者に対する背信的・不誠実な意図があったわけで、被告側の表示や原告側の信頼を要件とする禁反言の法理の適用よりも、端的に不当形成の排除の法理をもって、被告の本件棄却処分を無効とし、代わって被告の不当形成を永久に封ずるために溝口チエの「認定」を法的な効果とする、と法的に構成することの方が本件実態には、より適切かも知れない。

(4) 失効の法理の適用
@ 或いは本件は、権利の不行使状態、権利行使まで長期間経過、相手は権利行使がないと信頼、相手の信頼が法的保護に値すること、などを要件とする「失効の法理」が適用されるべきである。  失効の法理は広義の禁反言の中に含まれるが、一般には後行行為までの期間が長期である場合を指す。
 そして恩給など受益者の既得権を取消す場合に論じられている。

A ところで被告は、溝口チエの手続きにおいて、棄却の権限を21年間も不行使にしておき、21年間経ってようやく棄却の通知の権限を行使したものであり、この間、原告側は「棄却はない、認定される」と信じて、再三被告側に申し入れをしていたものである。
 被告側は一部検診をし、しかも審査会での通常の棄却のための審査期間を大幅に過ぎていたのであるから、原告側の「認定」の期待・信頼は法的に保護されて当然である。
 この間、被告は審査権限・調査権限を行使していたのであれば別段、被告は棄却権限はもとより、救済法が被告に付与した権限を具体的には、何ら行使していなかったのである。
 加えてこの間、被告側は処分促進を政府・司法から何度も批判されていたのである。
 原告側の信頼を保護するために、被告の棄却処分の権限を失効させるのは、憲法・救済法がまさに要求するところである。

(5) 認定業務破綻
 そもそも問題であったのは、被告は認定制度の処分権者として、申請者に対して認定制度が適正に運用されることの信頼を受けており、被告も適正運用を職務として誓約していたのである。
 ところが被告は当時、救済法の目的を忘却して適正業務をなさず、対応の準備もしなかったために、認定業務の重大な遅滞が生じた。
 しかも被告側はこの事態に対して何らの反省もなく、抜本的な対策も立てなかったので、政府・司法は再三、被告側の認定業務の遅滞を批判し、通達を再三出している。
 ちなみに申請者達は水俣病不作為違法確認訴訟で勝訴し、同判決は確定したが、被告側はこの司法の批判を無視し、何らの改善もなさなかった。
 そして被告側はなおも、業務の遅滞を放置・遅滞を続けたのである。
 そこで政府は、もはや被告側では適正対処をしないと判断して、迅速な手続・認定を行うために、特別立法さえなしている。
 即ち認定業務促進に関する臨時措置法であって、同法第1条は、迅速な救済のために未処分申請者の処分の促進を明記している。
 この事態は、被告側による認定制度の破綻の実態を示しているのである。
 被告側のこれほどの、申請者に対する裏切りはあるであろうか。
 このような事態にありながら、被告側はなおも救済法の趣旨に反する運用をし、その典型事例が溝口チエの手続きである。
 そうであれば、禁反言の法理であれ失効の法理であれ適用して、被告側のこの申請者に対する裏切り、信頼毀損に対して、被告自身を決定的に批判する法的処分がなされなければならないのである。

3 処分取消のメリット

@ 被告は、極限的遅滞を認めて棄却を取り消しても、溝口チエの審査を再度しなければならず、また更に時間が掛かるから、棄却取消は原告にもメリットがないと反論する。
 しかし手続き違法はただされなければならないから、そもそもメリットがあろうがなかろうが、被告の行政に法的批判をなさなければならない。
 しかも極限論が主張するところは、極限的手続き遅滞は、単に「棄却」ではなく、「棄却権限の剥奪」即ち「認定」をすべきというものであるから、被告の言うデメリットはない。

A さらに被告は手続き違法と、実体違法を峻別するが、溝口チエの手続きの場合でも、手続きと実体とは峻別できないのであり、例えば極限的な遅滞により証拠が散逸していることは、手続き違法が実体に直接反映するものである。
 だからこそ原告は、被告の極限的手続き遅滞は、取り返しの付かない損害を原告側に与え、この原告側の損害を填補するには、認定しかないと主張しているのである。

B また被告は本件手続きの極限的遅滞の問題を、溝口チエの手続きのみに限局して評論するが、これまで述べてきた通り極限的遅滞と効果の問題は、そもそもは救済法一般の問題であり、法治行政の保証の問題なのであるから、メリットの有無になじまないのである。

4 原告側の事情

@ この被告の責任転嫁、責任回避の弁論は、論外である。
 前述したとおり、原告が法的に義務づけられている手続きをなさなかったというのであれば原告が遅滞の責任の一端を負うのも合理的であろう。
 しかし被告の挙げる行動はいずれもまったく原告に法的に義務づけられていない。
 まして原告はそれらの行動の必要性と可能性の説示も、被告から受けていないのであるから、これをもって原告の法的権利を削減する根拠足り得ない。

A 従って、正しい根拠もなくまさに「死者をむち打つ」この被告の主張に対して、原告は満腔の怒りを感じている。
 再度、被告に撤回を求める。
 今後も被告側がこの主張を続けるならば、原告は被告側に対して、このこと自体に関する法的手段を執るものである。

5 原告の遅滞による実質的な損害

@ 被告は「研究事業」がなされたから、遅滞の実質的損害はないと反論する。
 これもまた、被告の恥ずべき、驚くべき反論である。

A 「研究事業」は、本件遅滞状況の後に、被告の業務遅滞の弥縫策としてなされ、本来の業務遅滞を糊塗する欺瞞的な行政であった。
 従って申請者が治療費を受け取ったから遅滞の違法が解消する、などと言うことが認められるなら、まさに被告側の欺瞞策に裁判所が乗ぜられるものである。

B 更に被告の反論の欺瞞性は、極限的遅滞がもたらしたのは、治療費の支払いの有無ではないことである。
 この間に、原告側の認定資料が、現実に散逸してしまったのである。
 これこそが取り返しのつかない、原告の損害である、と原告は本件訴訟冒頭から主張しているにも拘わらず、これを被告が意図的にネグレクトして弁論をなすのは、アンフェアである。
 原告は根本主張は、被告側に法的に義務づけられていた溝口チエに対する検診手続き、審査資料調査手続き、そして審査が、適正になされていたならば、原告は20年前にすでに真正な水俣病患者と、行政手続き的にも、医学的にも、社会的にも公認されたのである、というものである。
 従って、被告の極限的な業務遅滞の原告の損害の中心は、原告が21年目に資料不足という被告の責めによる事由によって、水俣病認定申請を棄却されたことなのである。

6 処分の不公平さ

 被告のこの反論も、まったく欺瞞である。
 原告は、単に水俣病であることが否定されたのではなくて、資料不足により棄却されたのである。
 被告はこのことを、意図的に隠蔽、無視している。
 資料がないままに、被告が本件審理で「原告は水俣病でなかった」と主張し、これを前提とする弁論は許されない。

7 高田事件について

@ 被告は、本件と高田事件とは事案が異なると反論する。
 しかし法の予想しない極限的手続き遅滞に対して、相手方が損害を現に受け、まだ救済されていず、経済的な救済だけでは到底被害者の権利は到底回復しないので、手続き自体として救済をしなければならない事態としては、法的に極めて類似し、極めて参考になる事案である。

A 被告側自体が、被害者・原告側に対して極限的遅滞の具体的な責任をとる方策を提示しているならばともかく、被告側自身は何ら具体的な反省も責任もとらずに、本件と高田事件とは事案を異にすると反論しても、意味がない。

B 一般に手続きの重大な瑕疵は、その手続きをなした者が相当なデメリットを手続きのルール内で直接受け、これが公表されることによってのみ、改善の可能性があるのである。
 50年間の長期に亘る水俣病事件の歴史で、現在もまだいわゆる水俣病関西訴訟が審理され、日本精神神経学会見解が示されるような混乱があるのは、いつに掛かって被告側が適正な反省・対処をなさず、業務遅滞の責任をこれまで一度もとったことがなかったからである。
 この点こそが原告が高田事件を引用して、手続き内の直接責任を追及する所以である。

以上

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