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原告第24準備書面

第1 本準備書面の目的と構成

1 原告は、これまで被処分者溝口チエ(以下、チエと略す)に対する棄却処分の違法性について、主に手続上の瑕疵という点について主張してきた。
 (なお、チエが水俣病に罹患していたという、実体上の点についても、第4準備書面と、第8準備書面で主張をなしている。)
 そこで、本書面では、特に実体上の点についての主張、つまり、チエは水俣病と認定されるべきである旨の主張を行う。
 そこで本準備書面の構成は、

@ 総論として、「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」(以下、救済法と略す)が要請する水俣病認定のあり方の検討、
A 環境庁事務次官通知「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の認定について」(以下、「71年通知」と略す、乙第62号証)の認定業務運用基準としての適正さの有無。
B 環境庁企画調整局環境保健部長通知「後天性水俣病の判断条件について」(以下、「77年条件」と略す、甲第9号証)の基準としての適正さの有無。
C 津田意見書(甲第92、93号証)の意義。
D 以上の法的分析を根拠に、救済法の規定する水俣病の病像論は、「疫学条件及び四肢末梢優位の感覚障害が確認されれば水俣病と認定すべきである。」ということであることを述べる。
E なお、いわゆる水俣病関西訴訟において、2004年10月15日言い渡された最高裁判所判決(甲第94号証)により、控訴審の大阪高裁判決(大阪高判、判例時報1761号)が判示した病像論の内容が確定した。
 ここで判示された病像論は、上記原告の主張を支持するものであるので、この点を敷衍する。
F 次に各論として、原告側がこれまで提出したチエの疫学条件及び症状に関する証拠に加えて、今回提出する原告溝口秋生の陳述書(甲95号証)によれば、チエは濃厚な水銀汚染曝露歴があること及び、四肢末梢優位の感覚障害が確認されているので、上記総論の病像論によれば、チエは水俣病と認定されるべきことを主張する。

2 なお、チエの各論を論ずるに当たって、これまで原告側はチエの疫学条件及び症状に関する証拠を裁判準備のために懸命の努力をなして調査・蒐集をして提出した。しかし、それにも拘わらず、チエの疫学条件及び症状に関する証拠は物理的に限定されている。その理由が、全て被告側の意図と怠慢にあるという、本件の特殊事情を強調しておかねばならない。
 即ち、原告第13準備書面5〜6頁で述べたとおり、本件における特殊な事情として、以下の点は強調しても、し過ぎることはない。

@ 被告側は、水俣病事件当初、チエを含む地域住民の健康調査をなおざりにしていたこと。
A 被告側はチエの生前の検診、なす意志さえあれば容易にすることが出来たにも拘わらず、これを怠っていたこと。
B 被告側は、生前の検診の怠りをカバーする唯一の方法である、チエが生前受診していた病院のカルテの蒐集を死亡後直ちになすべきであるにも拘わらず、あろうことか、病院調査の怠りによってこれらを喪失してしまう事態を引き起こしてしまったこと。
C 被告側は、チエの死後17年たつまで病院調査を行わなかったこと。
D これらの、考えられない被告側の怠業・怠慢に関して、原告には何らの責任はない。
 チエ側はこのような決定的な法的不利益、物理的な立証不可能性のハンディを負わされたのであるから、当然、水俣病認定棄却相当という証明は被告側が行うべきである。
 本件における立証責任の問題、証明の程度の問題については、あらためて書面で主張を行う予定である。

第2 病像論に関する主張(総論)

1 救済法の要請する水俣病認定のあり方

(1) 救済法の立法趣旨

@ 救済法は、公害事件の特殊性にかんがみ、被害者の緊急な健康被害の救済を目的とし、手続きとしても、因果関係や故意・過失の有無に関する被害者側の主張・立証が高度な民事手続きとは別個の措置を規定している。
 そのため、認定申請者が公害病に罹患しているか否かの手続きにおいては、臨床医学上の知見に照らし公害病に罹患していると明確に判断し得る場合はもちろんのこと、明確な判断に至らない場合でも、公害病が疑わしいとされる事例については、これを公害病と認定することが、予定されている。
A 疑わしさの程度
 大石元環境庁長官は、1972年3月の衆議院公害対策並びに環境保全特別委員会において、認定の判断について、「3%とか10%は疑わしいという範囲に入りません。50%、60%、70%、大体こうであろうけれども、まだいわゆる定型的な症状が出ておらぬとかなんとかいうような、そういうものが疑わしいという医学用語になる」(乙第64号証)と答弁した。
 即ち、定型的な症状がでていなくとも、最低50%以上の可能性があれば公害病の疑いがあると判断し、公害病と認定すべきことを言明したのである。

(2) 救済法の要請する水俣病認定のあり方

@ 救済法の救済対象とされるべき者は、言うまでもなく公害被害者であるが、救済法の健康被害者の迅速かつ幅広い救済という立法趣旨は、医学的にも幅広く検診・診断すべきだということである。即ち、本来被害者であるものを見落としてはならないという要請を受けているのである。
 何故ならば、特に水俣病のような地域的な公害の場合は、原則として同一の曝露、被害を受けるのであるから、被害者でないものが混じり込む可能性は極めてすくなく、それよりも被害者を見落とすことの危険性を排除すべきとなのである。
 具体的には、認定申請者の健康障害が水俣病によるものであるか否かの判断において、水俣病よりも他の原因によるものと考える方が合理性があるとは言えない症例は認定すべきなのである。従って限界事例としては、水俣病に罹患している可能性とそうでない可能性とが同程度であると判断された場合は、幅広く水俣病と認めるのが法の要請である。
A 被告も認定方法について、被告第2準備書面7頁で述べるが、その主張するところは、原告の上記内容と同趣旨と思われる。

2 71年通知、77年条件の運用基準としての適正さの有無

(1) 1で述べたとおり、救済法の要請する認定基準としては、水俣病の可能性が、そうでない可能性と同程度の症例まで、認定できるものが適正であるから、71年通知、77年条件の救済法の運用基準としての適否の評価は、こうした認定基準の考え方を具体化したものであるか否かという観点から行われるべきである。
 そして、法的評価をする上で、「(主要症状のうちの)いずれかの症状がある場合において」と明記する71年通知はもちろん、77年条件についても「一症状のみのもので、医学的に蓋然性の高いものを水俣病と判断することを全く否定しているわけではない」(「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見、乙第14号証」)と理解されている点が重要である。
 そして、ここでいう医学的な蓋然性とは、いわゆる民事訴訟の因果関係の証明で求められる「高度な蓋然性」ではなく、まさに救済法の立法趣旨が要請する50%以上の蓋然性で足りると解釈してはじめて、両基準が救済法の認定基準としての法適合性をもつと言えるのである。

(2) 要するに、71年通知、77年条件ともに、疫学条件を前提として一症状のみの症例でも、水俣病に罹患している蓋然性が50%以上であれば水俣病と認定するのが妥当と定めていると解すべきである。

3 ところで、「津田意見書」(甲第91号証)によれば、水俣病である蓋然性とは、結局、疫学上の概念である、定量的な曝露群寄与危険度割合によってしか示されないのである。
 そして、立津、藤野、原田、二宮らの調査をもとに算出すると、疫学条件プラス感覚障害のもつ寄与危険度割合は、実に90%以上となるのである。
 つまり、疫学条件プラス感覚障害があれば水俣病である蓋然性は90%以上なのである。
 この数字は50%以上をはるかに上回り、民事訴訟で求められる「高度の蓋然性」をもクリアするものである。

4 (まとめ)

 救済法及びその認定運用基準である、71年通知、77年条件は、疫学条件及び四肢末梢優位の感覚障害が確認される症例については、これを水俣病と認定すべきと、規定されていると解すべきなのである。

5 水俣病関西訴訟大阪高裁判決の検討

(1) いわゆる水俣病関西訴訟において、2004年10月15日に出された最高裁判決により、原審大阪高等裁判所判決(以下、関西判決と略す)の病像論に関する判示が確定した。
 言うまでもなく水俣病関西訴訟は、民事損害賠償訴訟であるから、そこで水俣病とされた基準は、前述した通り救済法の基準とは、質的に違う。
 しかし、民事裁判であれ、もはや71年通知や77年条件を、遙かに越えた幅広い条件を認めたことに、注目しなければならない。
 即ち、水俣病関西訴訟大阪高裁判決によって、これらの行政の恣意的な運用基準が完膚無きまでに、否定されたのである。
 同判決は、まず「本件で問題となっているメチル水銀中毒症(いわゆる水俣病)の起因性についても「相当程度の蓋然性」さえ立証すれば足りるとすることはできず、一審原告の病状がメチル水銀の影響によるものであることについて、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る高度の蓋然性を証明することが必要である」とし、その高度の蓋然性を充足するか否かの判断の準拠として、メチル水銀曝露歴に加え、〈a、舌先の二点識別覚に異常のある者及び指先の二点識別覚に異常があって、頸椎狭窄などの影響がないと認められる者〉、〈b、家族内に認定患者がいて、四肢末梢優位の感覚障害がある者〉、〈c、死亡などの理由により二点識別覚の検査を受けていないときは、口周辺の感覚障害あるいは求心性視野狭窄があった者〉の三要件のいずれかに該当する者をあげている。

(2) ところで、救済法による救済制度は、とくに裁判制度との比較検討により設立されたものであり、その趣旨目的である公害健康被害者の「迅速」かつ「幅広い」救済という概念も、司法制度とは別個に観念されねばならない。
 即ち、司法制度(民事の損害賠償請求訴訟等)では、加害行為と損害との間の相当因果関係の証明、加害行為の違法性、加害者の故意・過失、損害論の構成等の要件を満足してはじめて請求が認定される以上、当然その実現のためには多大な時間と費用、訴訟活動の困難さが伴わざるを得ない。
 そこで、公害による健康被害が日々生起し、拡大深刻化する現状に対して、司法制度による救済では、機敏かつ十分に対応できないとの認識から、応急的つなぎの措置として救済法が制定されたのである。
 この救済法の制度趣旨から、救済法上の救済は、裁判上で求められる要件とは別個独立の要件であり、幅広い認定が要請されている。
 要件を幅広くするとは具体的には、救済法の因果関係の立証の程度(証明度)は、民事裁判の立証程度とは比較にならぬほど格段に低くすることである。

(3) これらの点を、関西判決と比較することによって、より鮮やかに救済法の特質、制度趣旨が明らかになると思う。

@ まず、因果関係の立証の程度について。
 民事損害賠償請求訴訟の関西訴訟では高度の蓋然性を必要としたが、本件では高度の蓋然性が不要とされ、立証のレベルは単なる蓋然性とすべきである。
A 関西判決が、因果関係の判断の準拠としてあげた3つの要件は、たとえば〈b、家族内に認定患者がいて、四肢末梢優位の感覚障害がある者〉についても、高度の蓋然性と充足するための要件である。
 しかし救済法は@で述べたように、単なる蓋然性でたりるのであるから、論理的に、b、の要件を充足しないものも、認定されることになる。
 つまり、関西判決が家族内に認定患者がいることという条件をつけたことの意味は、本人の曝露歴の確実性を、家族の曝露歴で補強するという趣旨であるから、救済法においては「家族内に認定患者がいる」という定型的な条件ではなくて、例えば申請者の水銀曝露が確実であることや、同居親族の水銀曝露が確実であり、水俣病様の症状をもつ者がいるという疫学条件で十分なのである。
 要するに、救済法の認定の要件は、申請者のメチル水銀曝露歴が確実であり、四肢末梢優位の感覚障害が存するという要件を充足すれば十分なのである。

(4) (3)で述べた因果関係の証明度、認定のための要件についての考え方は、1〜4で述べた救済法の要請する認定のあり方、認定基準の主張の論理的な帰結である。

第3 病像論に関する主張(各論)−チエの疫学条件と症状

(1) 原告溝口秋生の陳述書(甲第95号証)によれば、チエの生活歴・食歴等の疫学条件から濃厚な水銀曝露歴があることが確実であり、家族内に水銀の曝露歴があり水俣病様の症状をもつ者がいること、さらに溝口家をとりまく南袋地区に居住する者に水銀曝露歴があることが明らかである。

(2) ところでチエの症状であるが、津田意見書(甲第93号証)によれば、「溝口チエの症状に関しては健康状態調査票(乙第94号証の4)から四肢末梢に優位な感覚障害があったことが分かる。
 また審査会資料(乙第28号証の2)、認定申請書(甲第1号証)からは味覚障害があったことが分かる。
 さらに、S医師の診断書(甲第2号証)や認定申請書からも四肢末梢に優位な感覚障害に加えて「歩行のゆらつきと」と記載があり、運動失調や平衡機能障害があったことも記されている」と述べるとおり、チエには四肢末梢優位の感覚障害があったことが確認されている。

(3) よって、チエは、第2・4(まとめ)で述べた救済法の要請する認定要件である「疫学条件および四肢末梢優位の感覚障害のある者」を充足しており、水俣病と認定すべきである。

以上

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