原告第28準備書面
第1 本準備書面の骨子
本準備書面は、第27準備書面の補助として整理するために、『水俣病−20年の研究と今日の課題』1979年、青林舎(いわゆる『青本』)巻末付属年表を軸にして、『縮刷版 告発』「(正1971年9月30日・続1974年2月1日)東京・水俣病を告発する会(以下、「告発」という」)を引用し写しを別紙をつけた。
第2 水俣病に関する各種の調査、検診の経過について
1968年
9月26日 政府、水俣病について正式見解発表。いわゆる「公害認定」。
9月27日 食品衛生学会(於・新潟)。新潟県衛生研、「阿賀野川産魚類は高齢魚になるほど水銀値が高い」などの発表。
9月 出水市、水俣病の潜在患者の実態調査実施の方針決定。
10月上旬 この頃、カネミ・ライスオイル事件が明るみに出る。
10月4日付 読売新聞
「阿賀野川でまた魚浮く/今月急増/新潟大・県水試で調査」など。
10月12日 熊本医学会中毒談話会合同例会。
立津教授ら「先天性水俣病のその後の経過」で6年間の追跡調査結果を発表。
1969年
1月8日〜3月31日 水俣市立病院にて。
熊本大学の協力を得て認定患者69人の総合検診「水俣病診療基準確立に関する研究」−のちにデータは補償処理委員会の病状ランク付けに使用される。
2月3日 経済企画庁、水俣水域を水質保全法に基づく指定水域に指定。
3月 日本公衆衛生協会、『公害に係る疾病の種類及びその量の把握に関する研究報告書、並びに公害被救済者の認定方法に関する研究報告書』発表。
4月25日付 熊本日日新聞
「隠れ水俣病/出水市下知識/「魚が売れぬ」と圧力/死んで補償のない人も」−未認定死亡患者・紫田広志について報道。後の1977年、遺髪から総水銀64.3〜85.7ppm、メチル水銀12.1〜13.7ppm検出。旭川医大・土井陸雄助教授(公衆衛生学)の分析。
5月30日付 朝日新聞
「不顕性水俣病の発見/望まれる総検診/患者、さらに広範囲に?」−津奈木の松本敞医師の病理解剖(熊大・武内教室)の結果、水俣病と剖検診断。潜在患者について社会問題化。
6月2日 川本輝夫は熊本審査会長・貴田熊本大教授に対し、公式発見以前の死亡患者の水俣病診定理由など5項目の質問状を提出。
6月5日 熊本県民会議
不顕性患者の発見に伴い熊本県知事に対し「芦北・水俣地区住民一斉検診」「定期検診の設定」「認定基準の再検討」を申入れ。
6月8日 熊本審査会 貴田会長、川本氏の質問状に対し「現地の大橋委員に聞いてほしい」「否定が不信ならば再申請すれば診察を行う」と回答。
同日 川本氏、審査会現地委員の大橋・三嶋・浮池に同趣旨の質問状を発送。
6月10日 熊本県議会
伊藤蓮雄衛生部長、「一斉検診は技術的に不可能で意味なし」「申請すれば審査され、門戸は開かれている。不顕性患者を水俣病患者とみることは疑問」と発言。
6月14日 水俣病患者互助会29世帯112名、チッソを相手どり慰謝料の請求を熊本地裁に提訴。
6月14日 川本輝夫ら、審査基準を不満とし、否定・死亡患者の再申請などを話合い「認定促進の会」を結成。
8月23日 厚生省
1968年度水銀環境汚染調査(15工場15水域)結果を発表。
8月 厚生省の委託で「公害の影響による疾病の指定に関する検討委員会」発足。委員長・佐々貫之。有機水銀関係委員は熊大・貴田、徳臣、新潟大・椿、三国。
9月22日 新潟県対策本部、阿賀野川の漁獲禁止を前面解除(「ただしニゴイはまだ注意」)。
11月22日 文部省特定研究第6回研究協議会。熊大・武内教授ら「10年経過後の水俣病の病理」で「他疾患にマスクされている潜在性(不顕性)水俣病が存在」と報告。
11月22日〜23日 補償処理委員会・笠松委員
「患者の症状等級作りのため」患者家庭訪問調査。
12月2日 補償処理委員会、症状諮問委員会発足を決定。
委員に熊本県伊藤衛生部長、熊大の貴田、立津、徳臣教授水俣市立病院・大橋、三嶋正副院長。
12月15日 「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」(「救済法」)公布。(施行は1970年2月1日)
12月20日 厚生省、救済法に基づく公害地域指定。
12月27日 救済法による〈熊本県・鹿児島県公害被害者認定審査会〉(会長・徳臣晴比古)発足。
1970年
2月19日 熊本県民会議
水俣病市民会議代表ら、県に対し、@認定基準の改善、A要観察制度の設置、B一斉検診、C死亡者の認定について陳情。
2月20日 第2回熊本・鹿児島審査会
@認定は補償と関連があるので慎重に、A不顕性は患者として取扱わないなどを確認。認定基準を決定。
3月7日 新潟市長、古山智恵子を胎児性水俣病として行政認定。
3月29日 水俣病市民会議、鹿児島県阿久根市脇本で1953年以前発症の患者調査。
4月2日〜3日 水俣病市民会議、南袋で、1945年前後の水俣病様死亡者調査に協力を求めビラ配布。
4月18日 富山県、「神通川の水銀汚染は人体への影響なし」と発表。
5月9日 熊大・武内ら『日本医事新報』で潜在患者把握の医学方法論へ問題提起。
5月15日〜17日 第74回眼科学会総会(於・神戸)。新潟大・岩田和雄、「追跡検診で患者の67%に両側性の視野狭窄があり除々に進行。現在症状のない人でも今後発病の可能性がある」と発表。
6月5日付 新潟日報
「新たに2人の水俣病患者/阿賀下流の2部落/しびれや視野狭窄/新大が診断/症状の進行裏づけ/早く一斉検診を」
6月21日付 新潟日報
「水俣病患者を追跡調査/新大眼科/数年たってまた悪化」
6月25日 第2回新潟審査会
最近症状が発現した〈遅発性患者〉を初めて認定。
7月6日 新潟県議会連合委員会
新潟県知事、「一斉検診を実施の方向で検討」と発言。
7月26日 新潟水俣病共闘会議・潜在患者対策部、新潟大・白川医師らの協力を得、新潟津島屋住民85人を検診。
8月18日 川本輝夫ら9人、熊本・鹿児島両県の認定申請棄却処分を不服とし、厚生大臣に行政不服審査請求。
8月30日 新潟新津診療所長・富樫昭次医師と新潟大学水俣病研究会学生らが新津市満願寺住民約500人の自主検診。6人に水俣病の疑い。
9月1日 厚生省、1969年度全国水銀汚染調査結果発表、「全国的に汚染続く」
9月16日 熊本県議会・公害対策特別委員会
伊藤蓮雄衛生部長答弁「新潟へ実情視察に行き、一斉検診を前向きに検討」
9月20日 日本公衆衛生協会、“水銀による環境汚染調査<魚介類等水銀調査結果>”
9月24日 熊本県、1969年度・水俣湾周辺の水銀汚染調査結果発表。百間排水口泥土最高319ppm、湾内魚類平均0.5ppm、恋路島付近アサリ貝最高15.1ppmなど、高濃度水銀検出(熊大入鹿山教室)。
10月9日以降 新潟県衛生部・新潟大、阿賀野川流域10市町村民1万4000人を対象に第1次アンケート調査、いわゆる第2次一斉検診
11月17日〜1971年5月4日 新潟大学医学部付属病院で患者の追跡(精密)検診
11月27日 新潟水俣病被災者の会ら、昭和電工に対し、「鹿瀬工場従業員に一斉検診を受診させよ」と抗議。
昭和電工は確約。
12月4日 新潟県衛生部、第2次一斉検診アンケート調査結果を関係市町村に報告。対象者1万1904人、回答1万1015人。「目まい、手のしびれなど2815人訴える」など
12月8日 熊本県議会
伊藤衛生部長答弁「一斉検診する気なし」「病人は必ず医師を訪れる。医師は水俣病の疑いがあれば申請するから一斉検診の必要はない」
12月29日 新潟県衛生部・新潟大、第2次一斉検診の第2回調査(川魚摂取状況などの問診と神経学的診察)終了。受診者1013人(36.5%)。なんらかの神経症状を有し眼科検査を受診した者273人(うち鹿瀬、津川両町住民12人)
1971年
1月12日 新潟県衛生部・新潟大、第2回検診受診者1013人中111人に中毒を疑い、要精密検診と決定。
1月21日〜3月 新潟大、第2次一斉検診精密検診。受診者99人。うち水俣病の疑いとされた者60人。
3月6日 熊本県議会。伊藤衛生部長答弁。「一斉検診はしない。認定申請の門戸は開かれている。」
4月6日 第18回日本医学会総会(東京)シンポジウム「環境汚染と健康への影響」
新潟大・椿教授、新潟水俣病(第2次一斉検診)にふれ、「汚染は広域で、多数の患者が存在」と発表。
熊本大・武内教授、「水俣湾周辺の新患者発生の可能性」を追加発表。
4月11日 宮澤信雄、熊本県衛生研の1960年〜62年の不知火海沿岸住民の毛髪水銀量検査報告原簿発見。
4月22日 第5回熊本・鹿児島公害被害者認定審査会。1970年6月の審査会で、保留・要再検査としていた16人のうち13人を水俣病と認定。半永一喜、田中徳義(剖検)、緒方ひとみ(胎児性、1959年生)、諫山孝子(胎児性、1961年生)ら。「1953年発生〜1960年終息説」崩壊。
4月25日 水俣市、水俣保健所と水俣市芦北郡医師会の協力をえて、茂道で「一日移動保健所」を開設。住民の一斉健康調査(対象予定180人中150人受診)。4月26日付け朝日新聞、「手足のしびれ感について、としよりの3人に1人が訴えていた」、「筆で手先の知覚を調べたり、指を左右にねじって視野の広さをはかる。」など。26日付け毎日新聞、「午前中、検尿、血圧、血液検査、心電図、レントゲン検査。午後1時からは内・外科、婦人科、眼科、耳鼻科に分かれて専門医の診療を受けた。」
5月9日付 毎日新聞
「熊本大学の水俣病研究者たちが今年から3年がかりで共同研究を始める」、「武内教授らがことし2月、沢田知事に援助を申入れ。県側は補正予算の知事査定で研究費として360万円を決めた。」、「研究課題は、”10年後の水俣病の疫学的、臨床医学的及び病理学的研究”」
5月13日〜14日 川本ら行政不服審査(於:厚生省)
参考人意見聴取。熊大武内教授(熊本・鹿児島審査会副会長)、「認定の現方式は不充分で疑問」、新潟大・椿教授(新潟審査会会長)、「新潟に比べ、熊本・鹿児島は事実上認定基準が厳しい」と陳述。
5月26日 熊本県議会本会議で井上栄次議員が、審査会「マル秘、審査会認定基準」・県公害課「認定等について」等秘密文書を示し県を追及。
5月28日付 朝日新聞
「井上議員の資料によると、水俣病の認定は、水俣病発生当時、水俣湾周辺に住んでいて、過去に毛髪、尿から多量の水銀が出たことが証明されたうえ、求心性視野狭窄、聴力障害、知覚障害、運動失調の4項目が揃うことが条件になっている。このうちの一つでも欠ければだめ、とされており、この点から、熊本水俣病の認定基準は厳しい、といわれている。」
5月29日 熊本県議会・総務委員会で、伊藤衛生部長。一斉検診についての説明と答弁。「県自体で行うということではなく、県が熊本大学に研究を委託、疫学的な調査をする予定である。」と説明。また、「徳臣会長と相談したところ、一斉検診の必要性はないと言われた。しかし、私自身はやる必要があるのではないかと考えているので、熊本大学に調査を依頼するとき、知事を通じて疫学的な調査を要請したい。」と答弁。
5月30日付 西日本新聞
「対岸の天草でも2人の患者が見つかり『患者は水俣市、出水市側の水俣湾沿いにしかいない』とのこれまでの通説があやうくなっており、同県も遅ればせながら関係地区住民の一斉検診に乗り出すものとみられる。」
この間の5月27日付け朝日新聞
「水俣病潜在患者発見に重要資料。天草では最高920ppm。検診要求へ。」
5月30日付 熊日
「私も水俣病では。申請者続々。」
6月8日 市民会議の日吉フミコが出水市に対し、積極的な患者発掘を要望。
6月9日 川本ら行政不服現地審尋で熊本入りした厚生省竹内庶務課長は熊本県庁で、「住民の不安を除くため、潜在患者発見のためだけでなく、広い厚生行政として一斉検診が必要だ。」と補助金を提示。県公害課・紫藤課長らは検診実施を約束。厚生省竹内庶務課長はこの一斉検診費用の補助については、鹿児島県にも通知。
同日、熊本県庁にて、竹内庶務課長らが審査会・徳臣会長ら委員4人を参考人(川本ら行政不服)として事情聴取。徳臣ら、「不全性水俣病や遅発性水俣病は、水俣病患者として認定するわけにはいかない」との見解を表明。
6月9日付 朝日新聞
「出水地方も水銀汚染」、「昭和35年〜37年に調査、毛髪から最高624ppm」の見出し記事。昭和37年に発行された、「鹿児島県衛生研究所報」について、当時の出水保健所長徳田正敏のコメント紹介、掲載。記事では、「出水保健所の協力で出水市、高尾野町、東町、阿久根市の住民920人の毛髪水銀含有量を検査した。その結果、所報によると23人から100ppm以上、50ppm以上が2〜3割いた。最高値は624ppm、(中略)、次に高かったのは338ppmで、200ppm前後が10人近くいた。」
また記事中に、「検査のあと、出水保健所が100ppm以上の水銀検出者23人に「『魚を食べないよう』個別指導。(中略)保健所は調査を打ち切った」など。
6月11日付 西日本新聞
10日の熊本県議会公特委につき、「水俣病認定、県の介入暴露」、「補償からむ、慎重に」、「厚生省の”通達”に違反」、「熊本県議会で追及」。また、「【天草】保存カルテを総点検」「“かくれ水俣病”調査団、掘り起こしへ」
6月13日付 朝日
「新潟水俣病“疑似患者”20人、未発生地区からも発見」
6月16日 熊大・原田正純、日本精神神経学会で、「潜在患者」について報告。
6月25日付 熊日
「水俣病発見できず、現地医師会、茂道地区検診の結果、水俣市」
6月29日 厚生省、全国水銀汚染調査結果を発表。(徳山湾の汚染問題化)
6月30日 厚生省庶務課長「救済法の認定について」を関係各県に通知。
7月1日 環境庁発足
7月24日〜 熊大鶴田和仁ら御所浦調査。
8月7日 環境庁、川本ら行政不服審査請求につき、「熊本県及び鹿児島両県知事の棄却処分を取り消す」との裁決。(この裁決につき、9月3日第6回審査会で徳臣ら7委員が辞意表明。徳臣「環境庁の基準では水俣地区の神経疾患者はすべて認定することになる」云々)
8月19〜23日 新潟大学白川ら、熊本水俣病調査。(1977年まで、全5回。「患者に本質的な差はなし」など)
以下、熊大2次研究班の動向として(「告発」、1971年9月25日号)。
8月14〜16日 天草御所浦の住民検診予備調査
「事前に町役場を通じて配ってあった『健康状態調査表』の回収。」「調査表は(イ)健康状態、(ロ)食事や好み、の二つからなり、」「全58項目。」
8月21〜30日 熊大・公衆衛生学教室・野村茂らが、御所浦町・嵐口地区で1871人の住民健康調査、100%ちかい受診率。
9月3日付 朝日
「熊本大第2次水俣病研究班が、2日朝から月浦・出月・湯堂の306世帯、1189人の住民を対象に一斉健康調査を始めた。」「野村教授ら医師や学生ら20人余りが参加。2日はすでに配っているアンケート用紙を持ってきた住民と面接。からだの具合を聞きながら、アンケート用紙に補足していった。」「アンケートは、・・・成人は、日常の健康状態など60項目。」同記事「解説」欄には、「熊大・第2次研究班とは別に、熊本県も不知火海沿岸住民を対象にした健康診断を近く始める。現在、環境庁と打合せ、実施方法を検討中だが、『研究班の調査結果を参考にする。(伊藤蓮雄・熊本県衛生部長)という。」
9月7〜12日 熊大2次研究班、水俣市湯堂、出月、月ノ浦住民1119人(『青本』)の健康調査、事前配布のアンケートに基き面接調査と健康診断。
9月22〜26日 熊大2次研究班、非汚染対照地区として天草郡有明町で住民健康調査。対象1180人
9月29日 新潟水俣病裁判・判決。
熊本県、水前寺共済会館で「水俣湾周辺住民健康調査」の実施方法について打合せ。
9月28日付 熊日
「午前10時30分から対象1市5町(水俣市、芦北町、津奈木町、田浦町、竜ヶ岳町、御所浦町)の長や医師会長、保健所長らを集め」「対象は・・・合わせて5万5766人(うち漁民6756人)で」「アンケート調査は42項目の設問からなっている。」
10月5〜11月1日 熊本県、水俣湾周辺住民5万5766人を対象に住民検診アンケート調査、漁業世帯は面接調査。
10月6日付 朝日
「熊大2次研究班が実施した健康調査とともに、新しい患者がかなり見つかるのではないか、と注目されている。」「漁民6756人については、調査員が家庭に出向いて面接して聞取り調査をする。残りは、市町の駐在員や行政協力員が用紙を配って回収する。」「アンケートは『からだがだるい』『手がふるえる』など、健康状態を中心に42項目。」
同記事「解説」欄には、「熊大2次研究班の調査は・・水俣病の医学的な解明が中心だが、こんどの熊本県の調査は、潜在患者の発掘がねらい。」「こんどの調査は、熊大研究班の調査に比べて、精密さに欠けるといわれる。熊本大はアンケートした全住民について臨床検査をして、症状を細かく調べた。」
10月13日付 熊日
「実施に当たる安武県公害課長補佐は『アンケート項目は、先に熊大第2次水俣病研究班が行った調査(水俣市湯堂、月ノ浦、出月、天草郡御所浦町嵐口)も参考にし、専門の先生の指導も受けた。」また、記事中の写真、キャプションは、「水俣市茂道地区で保健婦による一斉検診のアンケート調査」
10月16〜11月20日 新潟県衛生部、新潟大学および各保健所・地元医師の協力で、阿賀野川流域4市4町3村で現地住民検診。1970年検診の“要検診者”の残り1791人および漁業関係者を対象に実施、いわゆる補充検診。
10月18日付 朝日
「水俣病市民会議、『住民健康調査は、行商や魚屋など魚介類は売られていた山間地含め全住民を』と県に近く実施申入れ」
10月26日 山口県公害課、『徳山湾の水銀による環境汚染追跡調査結果』をまとめる。結論として「頭髪や魚類の水銀分析の結果、仙島水道海域が濃厚汚染」「市販の魚介類による健康への影響はなし」
10月下旬〜 熊大衛生学教室、水俣市に依頼し、“漁業家族のヘソの緒”収集を開始。
10月24日付 読売
「熊本の一斉検診/300人に類似症状/しびれ視力障害/全員が漁民と家族」「とくに水俣病症状が目立つのは、水俣市茂道、明神、梅戸、百間などで、漁業世帯の約4割、170人がしびれなどを訴えていた。」「芦北郡芦北町女島と、津奈木町福浜では、約100人が手足のマヒ、しびれ症状。これらの水俣病類似の症状がある人は来年(1972年)2月から症状分類、4月に最終的な精密検査が行われる。」
10月29日付 新聞各紙
朝日:「上流で患者を発見/阿賀野川/三川村の主婦に典型症状」
新潟日報:「水俣病の宣告がこわい/県の追跡検診/受診率は半分以下」
熊日:「隠れ水俣病を追って/鹿児島県出水郡東町の場合/確かにあった汚染/同じ生活圏/“もう騒ぎたくない”/ネコの全滅、漁協員の話/等々。「出水保健所が実施した毛髪水銀量調査で、この町からは75人の漁民が毛髪を提供、うち50ppm以上は25人。最高値は131ppm」見出しに「多い精薄児のナゾ」「町内に30人」
11月15日〜 鹿児島県、出水市など不知火海沿岸地域住民の水俣病住民検診アンケート調査(対象6万1470人)。
11月21日付 新聞各紙
読売:「熊本県衛生部が20日、アンケートの回収結果を発表。」「対象5万4936人、回収数5万1325人。(回収数/対象数の)回収率93.4%」「手足のシビレや言葉のもつれなど、水俣病特有の症状を訴える人は予想を上回った。二次検査を必要とする人は1万5千人前後にのぼるとみられる。」(『青本』年表では、回収数5万1326人)
熊日:「アンケート回収終わる、県の”隠れ水俣病”調査、調査は個別面接方式で、各市町職員、保健婦などが直接住民に会って聞取り調査をした。」
1971年10月25日号『告発』No.29
タイトル「新たな隠蔽の恐れ」。
記事内容は「両県とも積極的に潜在患者を発見するためにとは公言しておらず、住民の不安を除くためと繰り返し主張している。」「しかも調査はアンケート形式で、全調査対象者の3割を2次の臨床検査にまわすことがあらかじめ予定されている。」
11月20日 新潟県・新潟大学、第2次一斉検診・第2回調査の結果を発表。「対象2931人、受診2114人、受診率72.1%。うち1971年補充検診対象1939人中受診者は1122人。57.9%。“自主”受診者189人。「要精密検診対象者は468人。」
11月28日 第45回熊本医学会総会
熊大医学部・神経精神科、公衆衛生学教室の合同調査結果発表。「水俣病多発地区における中学生は、有機水銀の影響で先天性水俣病症状多い。」(昭和30年生15人、31年生54人を対象)
11月29日付 西日本
「調査は昨年(1970年)12月から今年2月まで、水俣病多発地区のA中学(生徒数223人、男99人、女124人)と・・・天草のB中学(生徒数196人、男93人、女103人)で行われた。いずれも漁村地区で、昭和30年4月〜同33年4月に生れた生徒が対象。」「神経系統を比べると異常があったのはA中学86人(39.5%)、B中学45人(23%)」「とくに知覚障害でA中学21%、B中学3%、言語障害(構音障害)A中学12%、B中学2%」
12月6日〜 新潟大学
母親の毛髪水銀量が50ppm以上の学童18人の追跡検診。
12月6日〜 川本輝夫ら患者家族、チッソ東京本社へ。
12月7日付 熊日
「水俣病/周辺山間部まで拡大か/行商人の魚が原因?/販売経路の解明急ぐ 他」
12月20日 熊本県、水俣湾周辺住民健康調査アンケート調査結果を公表。「第二次検診の必要者が1万1784人、アンケート回答者総数の22.9%。」
12月21日付 新聞各紙
熊日:「住民約5万4500人を対象に」「42項目にのぼる設問によって調査。」「94.1%にあたる5万1347人から回答が寄せられた。」「この中から@アンケートの中で取り上げた症状中ひとつでも『ひどい』と答えたもの、A軽いと答えたものでも、視野狭窄など水俣病特有の症状に異常を訴えたもの、Bまた「しびれ」「視力障害」「言語障害」「聴力障害」「運動障害」「性格異常」の障害6グループのうち3グループにまたがって異常を訴えたもの−を、コンピューターで第二次検診対象者として選定した。
「対象者出現率は・・・水俣市茂道地区が49.9%、明神地区が45.9%・・・水俣市は全般に高い率を示した。この結果について県公害課では『水俣病の症状が、全般に老人病に似ているところから、この中には多くの成人病患者が含まれていると思われる。水俣病かどうかは精密検査をしてみなければなんとも言えない。』」
朝日:「(熊大研究班の)松下敏夫助教授(公衆衛生学)は『自覚症状がなく何も訴えない人でも、水俣病の症状がある人もいることがわかっている。その人たちをどうするのか』と問題を投げる。」
新潟日報:「適当にアンケート記入/県衛生部が調査/新潟水俣病未受診者の意識−自分は健康で何ら異常なし71%で、うち1割が適当にアンケート記入」云々。
12月28日 中公審、水俣病補償調停委設置。
1972年
1月11日 鹿児島県、不知火海沿岸住民検診・第1次アンケート(1971年11月15日〜)調査結果を発表。「回収率97%、第2次検診対象者は1万6047人。」
1月22日 熊本県、水俣湾周辺住民健康調査・第2次検診のための天草説明会(於、本渡)。熊大・岡嶋助教授、御所浦、竜ヶ岳町と対照地区・苓北町医師約30人に症状・検診方法を説明。
1月29日 同講習会を芦北地区医師46人に対し実施。
1月31日〜3月 鹿児島県、地元医師・県内各保健所の協力で、不知火海沿岸住民の第2次検診。対象者1万6047人。
2月7日〜3月15日 熊本県、第2次検診(地元医師らの診察)
対象者1万1784人。
2月23日付 熊日:「天草にもいた!水俣病患者/熊大が正式に判定」
2月 鹿児島県、鹿大第3内科(井形昭弘教授)・公衆衛生学教室に委託しての“独自な水俣病研究”との方針決定。
2月25日号『告発』No.33
「駆け足診療の恐れも」
「熊本、鹿児島両県による不知火海周辺住民調査の第二次検診が鹿児島で1月31日、熊本で2月12日からそれぞれ始められた。」「一人の医師が1日に40人以上も検診する地区もあり、不充分な診察に陥ることは必定。」
この件を指摘した、1972年4月25日号『告発』No.35
「汚染地区の住民の声を聞く」「(前略))水俣病といわれるのが怖くて県の一斉検診には行かなかったという。」
また、1972年6月25日号『告発』No.37「問題多い一斉検診」「役所流”手抜き工事”生かされぬ熊大報告」「受診率の問題 第2次検診の受診率はわずかに36.8%と非常に低い」
3月16日付 西日本
「受診わずか36%/方法に問題も/県は再調査検討/」など。
3月26日付 毎日
「熊大研究班の調査/水俣病に新患者?/40年以降も続発の疑い/230人が要精密検診/遅発性か汚染継続か/非汚染の天草にも」等々。
3月30日 沢田一精・熊本県知事、熊大2次研究班が29日に提出した報告内容を発表。「水銀汚染の広域化」「多彩な症状」「1960年以降も発症」。また「要精密検診者(水俣病とその疑い)は352人。」など。
4月3日 熊大2次研究班松下敏夫助教授ら、天草郡有明町、河内典次町長に研究報告内容を説明。
4月14日 鹿児島県「二次検診の結果、447人が要精検」と発表。
1972年4月25日号『告発』No.35 熊大第2次研究班報告について〈放置していたのは誰か〉「汚染地区住民の声を聞く」
5月12日 熊本県、水俣湾周辺住民健康調査・第2次検診の結果を発表。「受診者4419人、受診率36.8%のうち、“水俣病主要症状を持つ者”2893人を含め、1123人が要精密検診者。」
5月20日〜1973年4月 鹿児島県、鹿大第3内科・地元医師会などの協力で、447人を対象に第3次検診。
6月7日 天草郡町村会臨時総会。県に対し「水俣病の実態解明を一日も早く」との陳情決定。
6月21日 新潟県衛生部、「第2次一斉検診の追跡検診の結果、要精密検診受診者374人のうち235人が有所見者」と発表。
6月22日 熊本県議会・厚生委で井上議員、「県実施の検診はズサン」と追及。
6月24日〜 熊本県、熊大第一内科・地元医師の協力で、水俣湾周辺地域住民健康調査の精密検診の実施。
6月25・29日 天草地区で第三次検診。
6月 熊本県、水俣湾周辺地区住民健康調査の第2次検診未受診者に対し、アンケート形式で受診の意思確認。
7月29日 熊本県、熊大に対し“10年後の水俣病研究”第2年度の研究委託を申入れ。これを期に熊大第一内科・徳臣教室は同研究班より脱退。8月12日、県、熊大2次研究班に正式に委託。
この間の事情については、1972年6月25日号『告発』No.37。
リードは、「問題多い一斉検診」「役所流“手抜き工事”生かされぬ熊大報告」と指摘している。
8月7〜9日 津奈木町で第三次検診。受診率90%。
8月17〜19日 芦北町で第三次検診。
8月22日〜 熊本県、水俣湾周辺・第2次検診の補充検診。
8月31日〜 熊本県、水俣湾の汚染について独自調査開始。
9月2日 熊本県、一斉検診対照地区・苓北町の第三次検診。徳臣らが診察。
1972年9月25日号 『告発』No.40
「研究班によれば、水俣地区においてメチル水銀の影響と思われる神経症状は、各患者に次のような組合わせで現れている。下の数字はそのような患者の数である。」
9月26〜30日 芦北町で第2次検診補完検診。
10月2〜13日 水俣市の第二次検診補完検診。
10月16〜17日 御所浦で第二次検診補完検診。
10月25日〜 熊大2次研究班、水俣市立病院で水俣地区の精密検診・第三次検診を開始。対象者は“水俣病の疑い”274人。
10月17日付 西日本:「12年間“蔵の中”/1959年8月〜1960年2月、出水地方の自然発症・実験ネコを、出水保健所の依頼で鹿大・川路清高病理学教授が病理学的検索し結果を報告、そのまま公表されず埋もれたまま」
10月18日付 西日本:「鹿児島県/山間部に水俣病?/行商人が水俣の魚運ぶ/1959〜60年当時のデータから同県山間部・栗野、大口で多数のネコ狂死の記録みつかる。」
11月11日付 熊日:「出水市の幼児死亡/1964年、4歳死亡の幼児の臍帯からメチル水銀4.65ppm検出。」
11月17日付 熊日:「宇土に“第3の水俣病”か/スラッジから100ppm/熊大、調査に乗り出す。」
12月27日 熊本県、『1971年度、水俣水域の水銀環境汚染に関する調査研究』(熊大、衛生学教室に委託)結果発表、魚類総水銀量・最高1.86ppm、メチル水銀・最高0.609ppmなど、「魚介類の多量摂食はまだ危険」と発表。
1973年
1月19日 鹿児島県、不知火海沿岸住民検診精密検診で、出水市分の結果を発表。「20人に水俣病の疑い。17人が要精検。」
1月27日 熊本・鹿児島審査会、審査の迅速化で協議。「熊大2次研究班、両県の一斉検診の精検資料を審査に使用」など決定。
2月12日〜 天草・竜ヶ岳町の補完第二次検診。
3月1日付 熊日
「行商人ルートから水俣病?/芦北町の2人が申請」
3月14日 県民会議医師団、知事に対し、住民検診の患者発掘もれを指摘、一斉検診のやり直しを要望。
1973年2月25日号『告発』No.45
「ズサンな一斉検診−その実態を暴く−」
3月20日 熊本水俣病裁判判決。
3月23日付 新潟日報、「新潟水俣病に“見落とし患者”/新大調査で判明/16人“基準”以上の症状/安田町/二度の検診からもれる」
3月26日 参議院予算委員会。
環境庁・三木長官、「不知火海一帯住民検診をしたい」と答弁。
4月7日 井形昭弘、第70回日本内科学会で「軽症例を数学モデルで判別する方法について」報告。
4月16日 熊本県、熊本市など2市4町と合同で緑川河口一帯の水銀汚染調査開始。
4月19日 中公審・水質部会、水俣湾水銀ヘドロ調査。
4月20日 熊本県公害局、「補完第2次検診の結果、1194人中、要精検470人(39.4%)」と発表。
この件について、1973年5月25日号『告発』No.47
「患者 不知火全域に 住民検診の結果出始める」「熊本県公害局は4月21日2次補完検診の結果、あらたに470人に精密検査が必要であると発表した。これで2次検診(全受診率45%)で要精密検査とされた人は併せて1363人となった。」
4月23日 鹿児島県、「不知火海沿岸住民健康調査で、要精検対象者501人中463人が受診(93%)、要審査対象52人、要管理対象55人。」と発表。
5月22日 熊大2次研究班・武内班長、熊本県に「10年後の水俣病に関する疫学的、臨床医学的ならびに病理学的研究」(第2年度)提出。
5月22日 熊本県知事、「水俣湾の漁獲禁止を検討」と発表。
5月22日付 朝日 「有明海に第3水俣病」
5月23日 第3水俣病問題で関係省庁(環境・厚生・水産・通産)調査団、福岡・佐賀・長崎3県の公害担当者とともに、熊本県、熊大2次研究班・武内班長らから事情聴取し、対策を協議。午後、日本合成化学熊本工場を視察。
5月23日 社会党調査団、第3水俣病問題で現地調査。
5月25日 関係7省庁第3水俣病対策会議。@有明海の環境調査、A沿岸住民健康調査、B汚染源の究明、C安全基準の見直しなど、方針決定。
5月25日 通産省、アセトアルデヒド製造7社8工場の未回収水銀量は計352tと公表。
5月26日 熊本県議会・公特委。県、「水俣湾内のヘドロに総水銀最高2710ppm(乾重量)検出。63地点中47地点から100ppm以上、依然減少せず」と報告。
5月30日 環境庁、有明海沿岸5県(含、鹿児島)と「第3水俣病対策連絡会議」。環境調査の実施を決定。
5月30日 厚生省、メチル水銀の許容基準設定などのため、「魚介類の水銀に関する専門家会議」初会合。神戸大・喜多村、熊大・藤木、新潟大・椿ら。
6月5日 長崎県、有明海沿岸魚介類分析結果を発表。「人体に影響なし」と知事安全宣言−熊本・福岡・佐賀・長崎の沿岸4県全て安全宣言。
6月7日 環境庁・厚生省・関係5県、公害担当者連絡会議。有明・不知火海沿岸6万人の健康調査実施など確認。
6月12日 政府、「水銀等汚染対策推進会議(議長・三木環境庁長官)」設置。14日の第1回会議で健康調査など13対策を決定。
6月15日 熊大・公衆衛生学教室の二塚信ら、『日本公衆衛生雑誌』で「水俣病多発地区中学校生徒の身体機能検査の結果、共同運動能力・末梢知覚等機能低下群の相対的比重が大きい」など報告。
6月18日〜7月5日 熊本県・熊本市、宇土半島や熊本市で9000人対象に健康調査。462人が異常の訴え。
6月19日〜 荒尾市、市医師会の協力を得てアンケート調査による住民健康調査。24日に2次検診を実施。362人が受診。
6月21日 環境庁の“有明海周辺住民の健康調査検討委員会(黒岩義五郎座長)”、初会合。沿岸全漁民家族約7万9000人のアンケート調査を決定。
6月24日 厚生省・魚介類に関する水銀専門家会議。魚介類の水銀暫定基準決定。総水銀0.4ppm、メチル水銀0.3ppm、マグロ、川魚は適用除外。同日、厚生省、1週間の摂取許容量など指導指針−いわゆる“水銀献立表”を発表。
6月27・28・30日 熊本県、「水俣湾の魚一掃作戦」実施。
6月29日 政府、都道府県担当課長に対し、7月から全国汚染9水域(水俣湾・不知火海・有明海・徳山湾・新居浜・水島・氷見・魚津・酒田湾)で水銀、PCBなど汚染の総点検計画を提示。
6月30日 中公審・水質部会、水銀ヘドロ除去基準を答申、「水俣湾は25ppm(乾重量)以上」
7月1日 九大・黒岩教授、「大牟田の類似患者は水俣病でない」と発表。
7月2日 新潟大・椿教授、市議会議員などを通じ手足のしびれなどを訴えていた関川流域住民10人を上越市で診察し「水俣病でない」と結論。
7月16日 熊本県、宇土海岸など一帯の魚介類は安全と発表。
7月24日 熊本県・市、宇土半島等の住民健康調査第2次検診。対象は鮮魚販売者を除く432人。
8月10日 環境庁の指導で有明・不知火海沿岸5県(含、鹿児島)の沿岸住民アンケート調査開始。
8月10日 山口大学医学部PCB・水銀汚染検診団、「徳山湾沿岸の新南陽市に水俣病の疑い2人あり」と報告。
8月17日 環境庁水銀汚染調査検討委・健康調査分科会、椿忠雄会長有明町の“水俣病の疑い”10人中2人を否定。
8月20日 熊本県議会・公特委。有明・不知火海沿岸住民調査の目的に関する質疑で、患者発掘が目的でないとの県の姿勢が明らかとなり、「あいまいな調査は患者隠蔽」との批判。
9月12日 水俣市、水俣病に伴う差別・不利益について、県の委託でアンケート調査開始。
9月22日 環境庁・有機水銀中毒症研究班(班長・椿忠雄)発足。
10月4日 熊本県、「有明海沿岸住民健康調査の結果、2次検診対象者は約4000人」と発表。
10月4日 熊本県、有明海沿岸からの認定申請は受付けずと決定、申請者にその旨を通知。
11月7日 厚生省、徳山・水俣湾を除く全国7汚染水域の魚介類調査結果について、「安全」と発表。
12月28日 熊本県、不知火海魚介類水銀分析結果を発表。ハモなど3検体がメチル水銀暫定基準値を超える。
1974年
1月29日 衆院予算委員会、日本分析化学研究所のデータ捏造判明。同研究所は、有明海・不知火海魚介類の1971〜73年度約3100検体や底質中の水銀調査の分析も行っていた。
2月13日 熊本県公害対策局、同研究所に委託した分のデータは信頼できる、と結論。
3月7日 水俣市、水俣化学工場排水路から総水銀最高7700ppm検出と発表。
3月11日 水俣ならびにその周辺地域の医療需給調査研究班(班長・六反田藤吉化血研所長)、国の治療研究センターのための実態調査開始。
3月23日 環境庁健康調査分科会、第3水俣病問題につき、福岡8人・佐賀12人は水俣病でないと最終判断。
4月20〜27日 同分科会の黒岩・荒木・井形・徳臣委員ら9人、第3水俣病を疑われた有明町の患者8人を八代市の熊本労災病院で検診。
4月 熊本県、有明・八代海沿岸住民健康調査の第3次精密検診の結果(熊本第1内科)、10人に類似症状と環境庁に報告。
5月8日 長崎県重金属中毒審査協・水銀部会、有明海沿岸漁民の第3次検診対象者166人のうち受診した58人について「水俣病の疑いなし」と判断。
5月15日 芦北郡田浦町の全町民アンケート健康調査の結果で、212人が水俣病認定申請を希望などまとまる。
5月30日 新潟県衛生部、関川水系の水銀汚染健康被害調査で「漁民ら約3300人を検診した結果、水俣病の疑いなし」と断定。
6月7日 環境庁健康調査分科会、「有明海沿岸には現地点では水俣病と診断できる患者なし」と最終結論。第3水俣病を否定。(武内忠男「水俣病におけるガリレオ裁判」−『公害研究』所収−にこの間の激論の様子が記されている)
6月10日〜12日 熊大・九大・久留米大・長崎大・鹿児島大等約30人の“集中検診医師団”、認定基準や検診方法について合同打合せ。
7月1日〜8月31日 熊本県“認定促進のための”集中検診。(於・水俣病検診センター)
7月12日 環境庁健康調査分科会、徳山の類似患者3人と長崎県の健康調査について「現時点では水俣病でない」と判定。
7月13日付 新潟日報:「第4(徳山)水俣病/この病気は何だというのか/シロ裁判に怒り/診察もしない医者が・・・」
8月1日 水俣病認定申請患者協議会(申請協)発足。2日、「デタラメ集中検診」の実態を訴え改善要求。12日、検診医の氏名を公表せよと要求。県は公表を拒否。17日、代表ら環境庁へ。庁、実態調査を約束。9月6日、申請協200人、県公害課追及。県、集中検診のデタラメさ、潜在患者について責任認める。
8月10〜11日 鹿児島県、独自の認定審査会発足、会長・井形昭弘鹿児島大教授。
9月1日 公害健康被害補償法施行。
9月17日 熊本県議会・厚生委、県、「今後も月150人検診」と表明。
9月23日付 熊日:「ネコの狂死を無視/第3水俣病の健康調査/ズサンさに批判も/新潟」−関川流域でネコ3匹狂死の事実が県報告で無視など明るみに出る。
10月4日 熊本県・公特委。各委員、水俣湾ヘドロ処理・水俣病検診・審査などの水俣病県政を批判。
11月6日 申請協、集中検診問題で熊大第1内科と九大神経内科に抗議。責任者雲がくれ。
11月8日 熊本審査会、8ヶ月ぶりに再開するも、申請協の「デタラメ集中検診のデータを使うのか」等の公開質問状に応えられず流会。
1975年
1月22日 熊本水俣病第2次訴訟、第4回口頭弁論。熊本大・野村教授、「認定には疫学面を重視すべきで、ハンター・ラッセル症候群による認定基準は不当」と証言。
3月14日 熊本県・公特委
熊本県「ヘドロ補完調査で、前回調査の25ppmラインの外側のヘドロから、最高142ppm検出」と公表。
4月25日 都衛生研究所、「都内の母親、新生児各50人を対象に調査の結果、新生児の血液中メチル水銀が母体の2倍強」と発表。
5月12日〜11月 水俣市、水俣市芦北郡医師会(市川秀夫会長)の協力を得て検診を実施。対象は1971年〜1973年の県調査でもれていた山間部住民7287人。1976年5月27日に第2次検診結果発表「1154人受診し、水俣病の疑いでの要精検は216人」。
6月2日 環境庁、新たな判断条件作成のための〈水俣病認定検討会〉開催。
7月4日 水俣市、山間部住民水俣病検診第1次アンケート調査結果を発表。
6557人回答、うち1707人(26%)が要検診。また、169人は認定申請を希望と判明。
8月28日 熊本県、〈水俣湾周辺地区住民健康調査〉第3次精密検診の結果を発表。「要審査対象者158人(水俣病・その疑い。うち既に認定されている患者114人)。要管理対象者398人(うち既に認定されている患者4人)など総合判定。」
9月23日 熊本県、〈水俣湾周辺地区住民健康調査〉の結果を対象者に通知。
10月8日 熊本の認定申請者3000人を超える。
10月13〜11月15日 水俣市、山間部住民健康調査第2次検診。対象1707人。
11月27日 津奈木町、山間部住民水俣病健康調査の、第1次検診アンケート結果を発表。539人(35.23%)が要2次検診。
1976年
3月11〜25日 津奈木町、水俣市芦北郡医師会の協力で山間部住民第2次検診。5月7日に結果を発表。「対象539人中341人が受診。うち『水俣病の疑い』が81人」など。
3月29日 熊本第2次訴訟第13回口頭弁論
熊大・立津教授、「水俣地区は非汚染地区(若狭湾沿岸漁村)に比べ、神経精神障害が圧倒的に多い」「また知覚障害だけでも水俣病を否定できない」など証言。
6月下旬〜7月上旬 水俣市、ヘドロ処理を前に水俣湾周辺住民第一次調査アンケート。
8月18日 市、「要2次検診」1812人/「応じた4989人中1812人(36.3%)に医師の二次検診が必要」(8月19日付各紙)/田浦町も調査開始。9月6日に結果公表。「560人(20%)が要2次検診」
9月24日〜11月20日 市、2次検診。866人(47.8%)受診。
以上