被告第4準備書面
被告は、本準備書面において、原告の2003年(平成15年)2月19日付け第10準備書面(以下「原告第10準備書面」という。)第3ないし第6の主張及び2002年(平成15年)12月2日付け第7準備書面(以下「原告第7準備書面」という。)の立証責任に関する主張に対して反論する。
なお、用語は、特に断るもののほか、従前の例による。
(2) しかしながら、原告の上記主張は、失当といほかない。
すなわち、原告のいう「極度の遅延」は、認定の処分要件として法定されておらず、原告独自の見解というほかない。原告は上記効果をもたらす法理として禁反言を主張するが、被告が原告側に「待てば認定する」旨を告げたのではないから、主張白体失当である。
仮に、原告の主張するとおり、申請から処分まで長期間を要したのが違法であるとの理由で当該処分の取消しが認められるとすると、再度処分をやり直しても、再度の処分までに更に時間を要するだけであり、何ら違法状態が解消されることはない。したがって、申請から処分まで長期間を要したことが違法であることを理由に当該処分を取り消すことは、違法状態の解消を目的とする取消訴訟が予定しないところである。
(2) これに対し、原告は、「極度の遅延」を理由に立証貢任の転換がされるべきである旨の主張をしようとするものと解されるが、公平等の観点からも、立証責任の転換は認められるべきではない。
1 同準備書面第3の2(憲法25条上の義務)について
原告は認定を迅速に行う義務の根拠として憲法25条を挙げる。しかし、国民は、同条により直接に国家に対して具体的、現実的にかかる権利を有するものではなく(最高裁昭和23年9月29日大法廷判決・刑集2巻10号1235ぺ一ジ)、また、25条の趣旨の具体化は立法府の広い裁量にゆだねられていると解されており(最高裁昭和57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235ぺ一ジ)、県知事である被告の行う認定行政に対する規制原理として直接機能するものではない。
2 同準備害面第3の3(公害対策基本法上の義務)について
同じく原告は公害対策基本法を挙げる。救済法は公害対策基本法21条2項を受けて作られた法律であるが(乙第56号証)、公害対策基本法は、その名の示すとおり・国の公害対策の基本を定めたものであって、同法が救済法に基づく被告の認定行政に対する規制原理として直接機能するものではない。
(2) (2)については争う。理由は以下のとおりである。
原告は、公害病と認定することが知事・行政の義務であるとの主張をするが、これが誤りであることは明白である。
一般論として、救済法3条1項に基づく水俣病患者認定申請に対する認定又は不認定(棄却)のいずれかの応答処分をすべきであるが、そのための資料収集の範囲及び方法や、多数の申請者がいる場合の審査・応答処分の優先順序の決定については、被告の裁量にゆだねられている。
すなわち、水俣病の認定申請に対する応答処分のための手続については、救済法3条1項に「公害被害者認定審査会の意見をきいて、…認定を行なう。」と規定されているにとどまり、認定審査会の意見を聞くこと以外には、具体的な定めはない。この規定振りからみて、認定申請に対する応答処分が高度の専門技術的判断を必要とすること及び多数の認定中請者がいる場合にどのような優先順序で審査、応答処分をするかは高度の政策的判断を必要とすることから、法が、認定申請に対する応答処分を行うための資料収集の範囲及び方法や、多数の申請者がいる場合の審査、応答処分の優先順序の決定については、被告行政庁の裁量にゆだねているものと解すべきである。
(3) (4)について
原告は、救済法3条の認定は、その疾病が環境庁長官の指定するものであるときは指定地域に一定期間居住している者の申請に対してしか行われないとして、そこから申請者に疫学的蓋然性による絞りがかけられている旨主張している。しかし、ここにいう環境庁長官の指定する疾病は大気汚染に係る疾病に限られており、水俣病は指定されていない(乙第56号証)から、原告の上記主張は前提を欠き、失当である。もちろん、環境庁長官の指定する疾病に罹患していたとしても、居住要件を満たさない者が申請すれば、「申請者は当該公害病である蓋然性で絞られている」ことにはならない。
また、原告は、「上記疾病でないときは、県知事は申請者に対して、公害病ではないという調査資料をもって、それを根拠として申請者を棄却する法的な構造になっている」とか、「公害病でないことが否定できないときは、当然公害病と認定すべきことが、同文言上からも、疫学的な法則からも、公衆衛生の必要性からも措定されているのである」とか主張する。しかし、そのような結論を導き出せる根拠は何ら示されておらず、上記主張も失当というほかない。
(4) (5)について
昭和54年2月、「水俣病の認定業務の促進に関する臨時措置法」(昭和53年法律第104号。以下「臨時措置法」という。)が施行され、救済法に基づく申請者で認定に関する処分を受けていない者は、環境庁長官に対し認定に関する処分を求めることができることとなり、同申請ができる者全員に対し、環境庁及び熊本県において、文書により申請の手続をするよう呼びかけ、原告もこれを知っていたと推測できることからすると、原告の主張は失当である。なお、本件申請者が死亡した時に病理解剖を行う方法もあったし、不作為の違法碓認訴訟を提起することも可能であった。
4 同準書面第3の5について
争う。
上記において、それぞれ検討したことから明らかなとおり、県知事が収集した資料によって「公害病を否定できないときは認定すべき」などという義務などはどこにも規定されてはいないことは明白であり、原告の主張は全く失当である。
1 上記各主張に対してはいずれも争う、被告の反論の詳細は後記第4のとお
りである。
ただし、その前提として、以下において、まず、被告第2準備書面第3の9で述べた熊本県における認定業務の状況の要点を再度説明するとともに、補充をする(後記2)。次に、原告が引用する高田事件判決が本件と事案を異にすること等を主張しておく(後記3)。
2(1) まず、原告は第6準備書面においていくつかの判決を紹介しているが、いわゆる待ち料訴訟は紹介していないので、これに触れておく。
(2) 待ち料訴訟は、水俣病患者の認定申請をした者が、熊本県知事において長期間にわたりその応答処分をしなかったことで精神的苦痛を被ったとして、認定業務を委任した国及びその費用を負担した熊本県に対して国家賠償法1条1項、3条により慰謝料の支払を求めたものである。第一審の熊本地裁昭和58年7月20日判決(判例時報1086号33ぺ一ジ)及び控訴蕃の福岡高裁昭和60年11月29日判決(判例時報1174号21ぺ一ジ)は一部原告らの請求を一部認容したが、上告審である最高裁平成3年4月26日第二小法廷判決(民集45巻4号653ぺ一ジ、以下「待ち料訴訟最判」という。)は、原判決を破莱して原審に差し戻した。
(3) すなわち、待ち料訴訟最判は、救済法3条1条又は補償法4条2項に基づき水俣病患者認定申請をした者が相当期問内に応答処分されることにより焦燥、不安の気持ちを抱かされないという利益は、内心の静穏な感情を害されない利益として、不法行為法上の保護の対象となることを認めたが、その一方で、同認定申請を受けた処分庁には、不当に長期間にわたらないうちに応答処分をすべき条理上の作為義務があり、この作為義務に違反したというためには、客観的に処分庁がその処分のために手続上必要と考えられる期間内に処分ができなかったことだけでは足りず、その期間に比して更に長期間にわたり遅延が続き、かつ、その間、処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避するための努力を尽くさなかっ走ことが必要である旨判示した上、本件認定申請に対する処分のためにどの程度の期聞が必要であったかは、その当時の全体の認定申請件数、これを検診及び審査する機関の能力、検診及び審査の方法、申請者側の協力関係等の諸事情を具体的個別的に検討して判断すべきであるとして、原審に差し戻したものである。
(4) そして、差戻後の控訴審判決である福岡高裁平成8年9月27日判決(判例時報1586号32ぺ一ジ、判例タイムズ925号107ぺ一ジ(乙第76号証)。以下「待ち料訴訟差戻後控訴審判決」という。)は、原告らの請求を莱却した。
すなわち、同判決は、水俣病患者認定業務について、医師確保の困難性、集中検診に対する患者らの反発等の事情を認定した上、県知亨は、答申保留の措置がとられた者を除き、全体的に見て、当時の具体的状況の下においては、処分庁とLて、処分の遅延を回避するために知事に通常期待される努力を尽くし、相応の努力を払っていること、答申保留の措置がとられた者等については、反対運動により検診業務が停止したこと、再開時には大量の未検診数、未審査数を抱え、容易にこれを解消する余地がなかったこと等の事情から、県知事には条理上の作為義務違反がなかったと認定したものである。なお、前掲判例タイムズにおいては、「本判決の判断の要点は、水俣病という医学的に判断の困難な疾病につき、一地方において専門家を大量動員することができず、また、検診に対する反対運動があったこと等を認定業務の遅延の理由として重視したと見られる。」との解説が示されている(乙第76号証108ぺ一ジ)。
(5) このように、待ち料訴訟差戻後控訴審判決は、熊本県においては認定業務の促進が困難な状況にあったこと及び不作為判決の前後を通して被告が国と協力して申請者の処分促進に努カしていたことが正当に認定されている、以下、同判決で認定された事実を中心に、未処分者が滞留した理由を述べる。
ア 水俣病は、昭和31年に公式発見された神経系疾患であるが、発生当初は典型的有機水銀中毒としてのいわゆるハンターラッセル症侯群の症侯(四肢の感覚障害、小脳性運動失調、視野狭窄、難聴、構音障害等)を高度に示し、水俣病であるか否かの医学的判断は比較的容易であるとされていた。しかし、もともと、神経系疾患の診断は、患者の応答により診察を進める場合が多く、相当の熟練を要する医師でないと正確な診断が困難な上、第1期審査会発足(昭和45年1月)ころには、有機水銀中毒症としては非典型的であって前記症候を明確に具備しないものが多くなっており、加齢現象や他の疾病も類似の症侯を示すことから、申請者の示す症侯が水俣病であるか否かの医学的判断は、一層困難となってきていた(以上につき、乙76号証117、118ぺ一ジ)。
なお、本件申請者は、昭和49年に申請したもので、原告の主張によれば、症状の発現は昭和47年ころからである。
イ 昭和46年、水俣病であるか否かの判断基準として、46年通知が環境庁から発出されたが、同通知に示された症状があるといえるか、当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合を含め、当該症状の発現又は経過に係る魚介類に蓄積された有機水銀の経口摂取の影響が認められるといえるかについては、なお、その判断が困難な場合が少なくなく、審査会委貝の間においても意見の一致を見ないことがままあった。
ウ 昭和52年、環境庁は52年判断条作を発出したが、なお医学上の判断が困難な場合が少なくなかつた(以上のイ及びウにつき・乙76号証118、119ぺ一ジ)。
エ 審査を促進するには、その前提となる検診を促進する必要があるが、水俣病の医学的判断が困難であることから、検診には相当の学識と経験を持った専門医に当たらせる必要があるところ、熊本県においては、諸般の事情から、これら専門医の供給は熊本大学医学部に求めるしかなく、 その確保はもともと容易でなかった。
オ 昭和48年3月、熊本地方裁判所においてチッソの水俣病患者に対する損害賠償責任を認めるいわゆる熊本水俣病第一次訴訟判決がされたこと、同年7月に水俣病患者東京本杜交渉団がチッソとの間でチッソが水俣病患者に対してランクに応じて1600万円から1800万円の慰謝料や終身特別調整手当等を支払うこと等を内容とする補償協定が締結されたこと(この協定は、協定締結後に認定された水俣病患者についても希望する者には適用するものとされている。)などから、それまでおおむね月30件ないし60件で推移していた申請者数が、同年4月以降約150件ないし500件と急増したため、第2期審査会による審査促進のための改善措置にもかかわらず、未処分件数は一向に減らず、処分の遅れは一層深刻になった。
ちなみに、未処分件数は、チッソとの補償脇定が成立する前年である昭和47年度末には584件であったが、同協定が成立した昭和48年度末には2172件、本件申請のあった昭和49年度末には、2821件に上った(乙第51号証)。
カ 上記のとおり、申請者が急増し、これに伴い未処分件数の累計も急増したため検診医の増員が必要となったが、熊本大学医学部医師は、水俣湾周辺地区住民健康調査、有明海及び八代海沿岸住民健康調査に、それぞれ従事した等の事情のため、検診に従事する専門医の確保、増員は熊本大学医学部に頼っていたのでは不可能な状態にあり、検診の遅延が審査の遅延、さらには処分の遅延を招いていた。
キ 知事は、環境庁の提案を受けて、昭和49年、未処分件数滞留の事態を打開するため、熊本大学のほか、九州各県の大学、国立病院の医師を動員することにより、検診医の増加を図って検診の遅延を解消することとし、同年7月と8月に約400人の集中検診を実施した。しかし、協議会(水俣病認定申請患者協議会)等の反対行動のため、徹夜の交渉で熊本県職員が暴行を受けたり、疲労のため救急車で搬出されるという事態まで発生した。集中検診に参加した医師らも、夏休みを犠牲にして協力したにもかかわらず中傷を受けたとして強い不満を示し、紛争に巻き込まれたくないとして検診辞退の意向を示したことから、検診業務は一部を除いて同年9月から昭和51年3月まで、審査業務は昭和49年11月から昭和50年3月まで、それぞれ停止せざるを得ず、再開時には大量の未検診数、未審査数を抱えるに至った(未処分件数は、昭和50年度末は3191件、同51年度末は3641件に上った。乙第51号証)(なお、以上のエないしキに、つき、乙76号証121〜123ぺ一ジ)。
ク 検診、審査業務の再開後は、協議会等の申請者団体の要望もあって、集中検診態勢を存続させることはできず、従来の熊本大学医学部中心の態勢によるほかなかったため、検診数の急激な増加を図るのは困難であった。そのような状況の下において、国と熊本県は、検診、審査に従事する専門医の確保に努め、昭和52年10月以降は月間150人検診、L20人審査(昭和54年4月からは130人審査)の態勢を整えるに至ったが、昭和53年以降再申請者が増加したこともあって、未処分件数の滞留が続いた(昭和52年度から同61年度までは未処分件数は5000件前後で推移していた。乙第51号証)(なお、以上につき、乙76号証124、125ぺ一ジ)。
ケ 熊本県において未処分者が膨大となり、一県では対応し得ない問題であったことから、昭和53年10月20日、第85回臨時国会において、臨時措置法が成立し、同年11月15目に公布され、昭和54年2月14日に施行された。これにより救済法に基づく申請者で認定に関する処分を受けていない者(本件申請者を含む。)は、環境庁長官に対し認定に関する処分を求めることができることとなった。
そこで、環境庁と熊本県は、臨時措置法に基づき環境庁長官に申請できる者全員に対し、文書により申請の手続をするよう何度も呼びかけた
(以上につき、乙76号証125ぺ一ジ)。
コ このように、当時、国及び熊本県は、検診、審査態勢の充実のため、種々の施策を講じたが、これらの施策にもかかわらず、未処分件数の滞留を解消することはできなかった(以上につき、乙76号証125〜127ぺ一ジ)。
サ なお、補償法によって、申請者は、応答処分がない間でも療養費等の請求をすることができ、認定されれば、請求のあった日からの補償給付が受けられることになっている(同法10条)。また、救済法による申請をした者の救済法施行期問内の医療又は介護に係る費用については、その申請の日にさかのぼって支給することができるとされている。さらに、昭和49年10月には、申請者の負担を軽減するため、「水俣病要観察者治療研究事業」により、申請者で未だ応答処分を受けていない者のうち一定の要件を満たす者は、救済法上の認定者に対する治療費等に相当する支給を受けられることになり(同午4月以降の診療分から適用)、昭和50年4月からは、同事業は「水俣病認定申請者治療研究事業」と改称され、指定地域等に5年以上居住し、申請後1年以上経過している者も支給対象に加えるなどの改定がされた(本件申請者もその適用対象であった。)。
こうして、認定の遅れによる救済補償関係の通常の財産的損失は、ほとんど解消されていた(待ち料訴訟最判)。財産的得失だけで議論すれば、棄却される者にとっては、早期に棄却処分を受けるよりも、応答処分を保留される方がかえって利益になるとすらいえるとの見解もある。(待ち料訴訟最判についての最高裁判所判例解説民事篇平成3年度282ぺ一ジ、特に298ぺ一ジ参照)。審査会は、症状が不明確である場合、他疾患との識別が困難な場合、知能障害等で所見が十分にとれない場合、症例のとり方があいまいである場合、症状の間に矛盾がある場合、一応水俣病でないと考えられるが水俣病の疑いを全く捨てきれない場合、など、判定が困難で答申内容が全員で一致しない場合には、何らかの答申をするとすれば、「水俣病ではない」又は「わからない」の答申とならざるを得ないが、その答申を受けた知事により棄却処分がされるおそれがあるため、被害者救済の見地から、このような場合は、答申を保留していた(以上につき、乙第76号証120ぺ一ジ)。
(6) 以上のような未処分者滞留の中で、昭和49年には熊本地方裁判所に不作為の違法確認訴訟が提起されて同51年12月15日には同裁判所において不作為の違法確認判決がされた(原告第10準備書面8ぺ一ジ末行に1983年とあるのは、1976年(昭和51年)が正しい。)。また、昭和53年には待ち料訴訟が提起された。
このような状況の下で、認定を現に待っている生存者(待ち料訴訟最高裁判決のいう「相当期間内に応答処分されることにより焦燥、不安の気持ちを抱かされないという利益」を「内心の静穏な感情を害されない利益」として現に有している生存者)の処分を優先せざるを得なかった。
また、本来、審査会が水俣病であるかどうかを医学的に判断するには、審査に足りる資料が必要であるから、未検診死亡者は本来審査に必要な資料の一部又は全部を欠いている人であるところ、未検診死亡者に対する民間資料(民間の病院を受診した際の資料)の使用は、処分の公正さや、未検診死亡者と生存者の間の公平(特に、検診拒否運動、すなわち、審査のために必要な資料を得るための検診を拒否する運動が激しい中で、生存者との間の取扱いの公平さは大きな問題であった。)、未検診死亡者の中でも資料がある人とない人の間の公平と深くかかわる。申請時診断書や検診医でない他の医療機関の資料は、内容がまちまちであったり、とられた所見の正確性に疑問があったり、必要な所見の記録が内容として乏しいなど、公平・公正性の点で問題があるものが少なくなく、にわかに重視できるものではない(待ち料訴訟差戻後高裁判決、第五(当裁判所の判断)四2(四)(1)、乙第76号証130ぺ一ジ参照)。それゆえ、未検診死亡者の処分は、それ自体困難な問題であった。これに加え、生存者救済の必要性にもかかわらず、未処分者が増加していたことから、未検診死亡者に対する処分は進まず、被告は、審査会に対して諮問すること白体、中断せざるを得なかった(乙第77号証ないし第79号証、甲第12号証ないし第14号証)。
(7) このように、未検診死亡者の処分が保留されたことについては、やむを得ない事情があった。
3 原告は、最高裁判所昭和47年12月20日大法廷判決(刑集26巻10号631ぺ一ジ、いわゆる高田事件判決)を引用してるる主張するが、同判決の事案が、刑事手続の打切りに関するものである(なお、免訴という形式約な裁判をしたものであり、無罪を言い渡したものではない。)のに対し、本件の事案は、救済法による給付の前提となる認定手続に関し、給付の前提となる認定を受けたいとする者の申請を行政庁が拒否した処分を争うものであるから、明らかに事案を異にする。
また、前記のとおり、昭和54年からは臨時措置法が施行され、環境庁長官に対して認定申請をすることができるようになった。熊本県における認定業務はその未処分者の膨大さもあって円滑には進まなかったのに対し、環境庁においては昭和54年3月から昭和56年6月までの間に50人の申請者があったが、昭和55年2月から昭和56年12月までの間に、全員についてその処分を終わり(認定9人、棄却41人)、その後、甲和58年2月までの間に22人申請者があったが、同年12月26日までに全員についてその処分を終わっていた(認定11人、棄却11人)(乙第80号証)。このように、環境庁においては認定業務はスムーズに行われていたことからすれば、早急な処分を求める者には環境庁に申請替えをするという手段が有用であったと考えられるところ、原告は申請替えを行うことはせず、ただ熊本県に処分を急ぐよう要求するのみであった。さらに、本件申請者が死亡した際に、原告ら遺族の意向によっては病理解剖を行う方法もあったが、本件申請者については病理解剖は行われていない。
環境庁長官に対する認定申請又は病理解剖が行われていれば、本件申請者についての応答処分は速やかに行われていたと考えられる。
(2) 原告の主張に対する準告の反論
しかし、原告の上記主張は、以下に述べるとおり失当である。
ア 救済法は、その3条1項で水俣病患者認定の要件を規定しているところ、原告の指摘するような「極限的遅延により資料の消滅を来したときには被告は申請を菜却することはできず、水俣病患者であるとの認定処分をすべきである」ことは何ら規定しておらず、これが要件でないことは明らかである。したがって、原告の前記主張は、その前提において既に失当である。
なお、一般に、申請に対する応答がない場合に実定法上採用されている制度としては、一定期間内に申請に対する応答がない場合は棄却処分がされたものとみなすこととし、申請者はこの「みなし棄却決定」を争うことにより申請の日的を達することができるようにする制度がある。生活保護法65条2項、66条2項がその典型である。これに対し、みなし棄却決定の制度が採用されていない場合には、申請に対する応答がないときに提起し得る抗告訴訟は不作為の違法確認訴訟しかない。救済法は、みなし棄却決定の制度を採用していないから、申請に対する応答がないときに提起し得る抗告訴訟は不作為の違法確認訴訟だけである。
以上のように、原告の前記主張は、救済法の文理に反する独自の見解であって、失当というほかない。
イ 仮に、申請から処分まで長期間を要したとの理由で当該処分を取り消すとすると、再度処分をやり直しても、再度の処分までに更に時間を要するだけであり、何ら違法状態が解消されることはない。
ちなみに、例えば、本人に対する告知聴聞や第三者の意見聴取の手続を採らなかった場合や、書面による申請を要しないのに口頭による申請であるとの理由で却下したような場合において、手続違反を理由に処分が取り消されたときは、履践すべき手続を履践した上で、再度行政処分を行うことになる。その結果、行政処分の内容が取り消された行政処分と異なる内容となることもあれば、同一内容となることもあろうが、いずれにせよ、とるべき手続がとられることになり、手続面での違法状態が解消されることになる。しかし、本件はこれと明らかに異なる。
したがって、申請から処分まで長期問を要したことが違法であるとして当該処分を取り消すことは、違法状態の解消を目的とする取消訴訟が予定しないことであるといわざるを得ない。
ウ 原告が自らの主張を根拠づける法理として挙げる、認定制度それ自身に内在する法理や救済法1条の法理なるものからは、「申請を棄却することができない」とか「水俣病患者であるとの認定処分をすべきである」といった法的効果を生じさせることができないことは、上述したところから明らかである。
工 また、原告が自らの主張を根拠づける法埋として挙げる禁反言の法理も、失当である。
すなわち、原告の主張は、「待たせておいて認定しない」のが禁反言に触れるとするもののようであるが、被告側において、「待てば認定する」旨の事実を、原告や本件申請者に対して告げた事実は存在しない。
このように、被告には禁反言に触れる事実はないのであるから、原告の上記主張は失当である。
ア 救済法3条1項は、「指定地域の全部又は一部を管轄する都道府県知事は、当該指定地域につき前条第2項の規定により定められた疾病にかかつている者について、その者の申請に基づき、公害被害者認定審査会の意見をきいて、その者の当該疾病が当該指定地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行なう。」と規定している(乙第52号証)。
この規定の趣旨について検討すると、救済法による給付は、基本的には、原因者による損害賠償がされるまでの応急的な行政上の特別措置であり、被害者が加害者から損害賠償等を受けた場合には、この制度による給付に相当する額を返還させるという「立替払い」的な性格を有するものであるが、他面において、@指定地域につき指定疾病にかかっている者であることと、A救済法3条の規定によりその者の当該疾病が当該指定地域に係る大気汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を受けたこと、換言すれば、救済法の定める健康上の被害(当該疾病)の存在と当該疾病と大気汚染又は水質汚濁との間の因果関係の存在、という2点さえ証明されれば、a)加害者及び加害行為の特定、b)加害行為と損害との間の相当因果関係の存在、c)加害行為の違法性、d)加害者の故意、過失の有無等については、証明を要することなく、必要な給付を行うことにより、司法制度による解決と比較して、より迅速かつ広い範囲にわたる救済を図るものであって、この意味において社会保障的性格を併有するものである。
以上の救済法3条1項の文理及び趣旨に照らせば、認定の要件である@申請者が指定疾病(本件では水俣病)にかかっていることや、A救済法の定める健康上の被害(当該疾病)の存在と当該疾病と大気汚染又は水質汚濁との間の因果関係の存在について、申請者による証明を必要とすることは明らかであって、申請拒否処分の取消訴訟において認定要件該当事実の主張立証責任は申請者である原告が負うというべきである。
イ このことは、本件処分の処分としての性質からも明らかである。
すなわち、一般に、国民の自由を制限し、国民に義務を課する行政処分(侵害処分)の取消しを求める訴訟においては、行政庁がその適法であることの立証責任を負担し、国民の側から国に対して、自己の権利領域、利益領域を拡張することを求める申諸の却下処分(授益処分の拒否)の取消しを求める訴訟においては、原告がその申請の根拠法規に適合する事実についての立証責任を負うと解される(司法研修所編・改訂行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究(以下「実務的研究」という。)170ぺージ、乙第81号証)。
しかるところ、水俣病患者認定処分は前述したとおり社会保障的性格を併有する授益処分であるから、申請者である原告において認定要件該当事実の主張立証責任を負うと解すべきである。このことは、申請拒否処分である本件処分においても同様であって、自己の申請が、救済法の規定する処分要件を満たしているとして申請をしたものであるから、その拒否処分に対しても、基本的には、処分要件を満たしていることについて、原告が立証責任を負うというべきである(実務的研究178ぺ一ジ参照、乙第81号証)。
ウ 以上のことは、最高裁判所平成12年7月18日第三小法廷判決(集民198号529ぺ一ジ、判例時報1724号29ぺ一ジ)からも明らかである。
すなわち、同判決が原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(以下「原爆医療法」という。)8条1項に基づく認定の要件であるいわゆる放射線起因性の立証責任について、「行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に、その拒否処分の取消訴訟において被処分者がすべき因果関係の立証の程度は、特別の定めがない限り、通常の民事訴訟における場合と異なるものではない。そして、訴訟上の因果関係の立証は、・・・経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきであるから、法8条1項の認定の要件とされている放射線起因性についても、要証事実につき『相当程度の蓋然性』さえ立証すれば足りるとすることはできない。」と判示している。
この判示は、原爆医療法8条1項に基づく認定の要件である放射線起因性の立証責任は、被処分者である申請者が負うことを明示したものであるが、「行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に、その拒否処分の取消訴訟において被処分者がすべき因果関係の立証の程度は」という判文からすると、より一般的に、申請拒否処分の取消訴訟における立証責任は被処分者(原告)が負担することをも判示しているものと解される。
そうすると、上記の最高裁判所の判例によれば、少なくとも、社会保障の分野における授益処分の申請拒否処分の取消訴訟において、処分要件を満たす旨の立証責任を原告が負担すべきものと解される。
しかるところ、本件処分が授益処分に係るものであることは前述したとおりであるから、認定要件該当事実の主張立証責任は原告が負担するというべきである。
なお、原告第1準備書面5、6ぺ一ジが原爆医療法8条1項の放射性起因性の立証責任について実質的な立証責任の転換を図る傾向にあるとしているが、上記のとおり、上記最高裁判決は、原爆症の認定要件である放射線起因性について原告にその立証責任を負わせているのであるから、失当である。
(2) 原告の主張
この点に関する原告の主張は必ずしも明らかではないが、本件が特殊な事案であるとして、本件訴訟においては被告に立証責任が転換されると主張しようとするものとも解される。
(3) 原告の主張に対する被告の反論
しかし、原告の上記主張は、以下に述べるとおり失当である。
ア そもそも、立証貢任とは、訴訟において真偽不明の状態になった場合の不利益ないし危険を訴訟当事有のいずれが負担するかという問題である。そして、立証責任の帰属は、当該要件事実について客観的に定められるべきものであって、個別具体的な事件ごとに決まるものではないし、訴訟における立証の経過により移動するものでもない。
原告の上記主張は、当事者の公平、事案の性質、事物に関する立証の難易等により、立証責任を決するもののようであるが、「具体的な事案について」という点が、個々の訴訟ごとに当事者の公平、事案の性質、事物に関する立証の難易等により、立証責任を決することを意味するとすれば、法的安定性、予測可能性を損ない、到底採用し得ない(南博方編・条解行政事件訴訟法265ぺ一ジ、園部逸夫編・注解行政事件訴訟法110ぺ一ジ参照)。
イ 仮に、本件が特殊な事案であるとして立証責任を転換するとすれば、申請から応答処分までの年数を基準とする場合には、何年を基準に立証責任を転換するのかが間題となるし、年数だけを基準にしない場合には、年教以外にどのような事情を参酌するのかが問題となる。いずれにせよ、画一的に適用できる合理的な基準を定立することができず、不当極まりない。
ウ なお、本件では以下のような事情があり、この点からみても立証責任の事実上の転換の余地がないことを念のため付言しておく。
(ア)(遅延の理由) まず、被告には、処分までに長期間を要したことにつきやむを得ない事情があった。
a 被告は膨大な未処分者を抱え、その解消策も申請者団体等の再三の抵抗により実行が困難であった。待ち料訴訟差戻後控訴審判決においても、認定遅延につき条理上の作為義務違反はないと判断されている。
b 本件申請者が生前に耳鼻咽喉科と眼科の予診と本診までしか受診できなかったのは、被告が原則として申請順に検診を行っており、当時は未処分者が滞留していたためである。
c 本件申請者はこれらの本診の直後に死亡してしまったが、上記のような未処分者滞留の中で、認定を現に待っている生存者(待ち料訴訟最高裁判決のいう「相当期間内に応答処分されることにより焦燥、不安の気持ちを抱かされないという利益」を「内心の静穏な感情を害されない利益」として、現に有している生存者)の処分を優先せざるを得ない事情があった。
また、未検診死亡有に対する民間資料(民間の病院を受診した際の資料)の使用は、処分の公正さや、未検診死亡者と生存者の間の公平(特に、検診拒否運動、すなわち、審査のために必要な資料を得るための検診を拒否する運動が激しい中で、生存者との間の取扱いの公平さは大きな問題であった。)、未検診死亡者の中でも資料がある人とない人の間の公平と深くかかわるため、未検診死亡者の処分はそれ自体困難な問題であり、被告が本件申請者に対する審査、応答処分ができなかったことにはやむを得ない事情があった。
(イ)(遅延の弊害の実質的欠如) 水俣病の認定をしたからといって、特別な医療行為を受けられることになるわけではないから、保護法益が生命・身体にかかわる重大なものであったとの原告の主張(原告第10準備書面10ぺ一ジ)は、この点で誤りである。本件申請者は、水俣病認定申請者治療研究事業により、生存中、認定を受けることにより救済法、補償法上受けられる医療費等に相当する給付を既に実質的に享受できる状況にあった。
一方、死亡後については、本件申請者の死因が水俣病である場合には葬祭費(加えて本件申請者が原告を扶養していた場合には原告に対する遣族補償費)等を支給されることになるが、本件においてはこれらを支給すべき事情は認められないので、原告には、認定を受けることにより救済法、補償法上受けられる利益はないといってよかった。
(ウ)(原告側の事情) 本件申請者の死亡後、原告には、本件申請者の解剖を選択するなり、環境庁に認定申請するなりの方法があった(前記第3の3参照)のに、原告はこれらの方法を採っていないのであって、原告が証拠への距離が遠いとはいえない。原告の主張によれば、あたかも医療機関のカルテの収集は原告において行う方法は絶無であるかのごときであるが、原告においても証拠保全の方法があったことはいうまでもない。
(エ)(他の中請者との公平) 仮に、本件申請者が本来は水俣病患者と認定されるべきでないにもかかわらず、申請から処分まで長期間であったことを理由として認定されることになるとすると、かえって、本件申請者と同時期に申請して棄却された者と原告との問で不公平が生じかねない。
例えば、原告は、沖田アキと嶋崎ミスエは、本件申請者と同様の時期に申請し、検診未了で死亡したのに病院調査が行われていると主張するが(原告第1準備書面4ぺ一ジ、沖田アキについては昭和51年2月4日死亡、嶋崎ミスエについては昭和48年8月13日死亡と、本件申請者よりも死亡が2年あるいは4年も早く、本件申請者とは事情を異にする。)、これら2名は医療機関調査等の結果、棄却処分となっている。本件申請者が上記の理由で誌定されるとすれば、原告が救済法及び補償法による給付でなくチッソとの補償協定による給付を選択するならば、本件申請者については1600万円ないし1800万円という高額の補償金が支払われることになり、公平とはいえない。すなわち、救済法、補償法上の救済を早期に与えないことによる弊害については前記(イ)のとおりであるし、救済法、補償法上の救済を離れて、実際上の利益不利溢を考慮した場合には、他の申請者とかえって不公平が生じることになりかねず、いずれにしても、立証貢任を事実上も転換すべきでない事情となるというべきである。
これらの事情を総合すると、本件については立証責任の事実上の転換の余地もないというべきである。
以上