トップ > 法廷の経過一覧 > 被告第7準備書面

被告第7準備書面

 被告は、本準備書面において、原告の主張する「手続的瑕疵」によって処分を取り消すことはできないこと(第1)、水俣病認定の立証責任は原告が負担すべきこと(第2)を再説し、本件請求は速やかに棄却されるべきことを明らかにした上、原告が求める証拠調べ(証人尋問及び原告本人尋問)及び求釈明に対する意見(第3)を述べる。
 なお、用語は、特に断るもののほか、従前の例による。

第1 原告の主張する「手続的瑕疵」自体は取消事由に該当しないこと

1 「手続的瑕疵」に関する原告の主張について
(1) 原告は、原告第10準備書面(11ぺ一ジ以下)において、本件申請に対する棄却処分が遅れたことないし医療機関の資料を収集しなかったことそれ自体が取消事由に該当し、このような場合、棄却処分をすることは許されず、あるいは水俣病であるとの認定をすべき法的効果が発生すると主張する。

(2) しかしながら、被告第4準備書面でも述べたように、仮に、申請から処分まで長期間を要したのが違法であるとの理由で当該処分の敢消しか認められたとしても、再度処分をやり直すまでに更に時間を要するだけであり、何ら違法状態が解消されることはないから、そのような理由で当該処分を取り消すことは、違法状態の解消を目的とする取消訴訟が予定しないところである。
 原告は、本件申請を棄却することはできないとか認定すべき法的効果が発生するとか主張するが、そもそも、行政処分は法定の要件を充足する場合にのみなされるものであるところ、申請に対する処分の遅れは、認定の処分要件として法定されていないから、処分の遅れを理由に認定することはできない。そして、以上の理は、医療機関の資料を収集できなかったことについても同様であり、原告の主張する「手続的瑕疵」を取消訴訟によって救済することは予定されていないといわざるを得ない。

2 「極限論」に関する原皆の主張について
 ところで、原告は、2003年12月5日付け第15準備書面(以下「第15準書面」という。)において、被告の主張を不正確に摘示しつつ、「極限論」などと称する意見を述べる。しかし、原告の上記主張は、被告の主張を不正確に摘示している上、結局のところ、いずれも従前の独自の見解を繰り返すだけであって失当である。以下においては、念のため、必要な範囲で反論しておく。

(1) 救済法を根拠とする原告の主張について
 原告は、「救済法を制度目的に従って解釈すれば自ずから極限的遅滞の認定が法定されていることが分かる」、「救済法は、極限論の法理を内在しており、実質的に法定されている」などとるる主張する(原告第15準備書面3、4ぺ一ジ)。その趣旨は明確でないか、結局のところ、救済法は公害被害者の生命・身体に対する被害の救済を目的とし、同法における認定は医療費支給・医療という目的のための要件・手段であり、申請者が医療を受けられぬまま亡くなる程の長期間の遅滞は否定しているということのようである。
 しかしながら、まず、水俣病と認定されたからといって特別な治療を受けられるものでもなければ、認定が遅れても治療費の負担において不利益を受けるものでもなかったこと(被告第4準備書面21ぺ一ジ)だけからしても、原告の主張は失当である。また、その点はおくとしても、原告の論法によれば、申請者が中請後に死亡した場合は水俣病と認定されるべきであり、その理由は申請者が医療を受けるためであるということになるが、この論法が矛盾していることは明白である。
 また、原告は、「処分者が、いずれの処分も出来ぬ時、或いは処分をしないときは、救済法は認定すべきことを、法定していると解すべきである」と主張する(原告第15準備書面6ぺ一ジ)。しかし、原告も認めるように、他の立法例においては、申請に対する応答がない場合に認可や却下の処分がされたものとみなす規定が存在するところ(原告第15準備書面7ぺ一ジ)、救済法には、かかる規定が置かれていないことからすると、結局、同法は原告の主張するような立法政策を採用していないと解される。よって、原告の主張は解釈論の域を超えるものであり、失当である。

(2) 申請棄却の通知義務を根拠とする原告の主張について
 原告は、救済法施行規則2条2項が、認定を行わない旨の決定をしたときは、申請者に文書でその旨を通知しなければならないとしていることをとらえて、「逆に、認定期間内に『認定を行わない旨の決定を通知しない』場合は、申請者は当然に認定されたことを期待することになり、処分者も結果的に『棄却しないこと』を公言していることになる」と述べる(原告第17準備書面5ぺ一ジ)。
 しかしながら、同条項は、認定を行わない旨の決定をした場合に、申請者に対して、不服申立て等の便宜を図るために規定されたものと考えられるほか、認定することになった場合も当然に通知はされるのであるから、認定するという通知がないことをもって認定されるものだと期待しても、その期待が保護に値するということはできない。

(3) 行政手続法を根拠とする原告の主張について
 原告は、行政手続法についてるる主張し、適正期間の徒過の効果であるが、行政手続法はその効果を一律には明示していないから、個別法規でその法的的効果を解釈するものであると述べる(原告第15準備書面7ぺ一ジ)。
 しかし、救済法は、適正期間を徒過したとしても、認定処分がされたものとみなす規定を置いていないのであるから、認定処分がされるとの法律効果が生ずることはない。
 なお、原告は、これまでの被告の説明・弁解は、ただ抽象的に業務が多くて処分できなかったというにすぎないと主張するが(原告第15準備書面8ぺ一ジ)、被告は、被告の努力にもかかわらず未処分者が滞留し、生存者を優先しなければならなかったことと、民間資料の利用については、公平、公正性の点で種々の問題があったことを主張しているのである(被告第4準備書面第3の2(6)〔12、13ページ〕、本準備書面後記第3の2〔8ないし10ぺ一ジ〕)。

(4) 禁反言を根拠とする原告の主張について
 被告は、本件申請者が水俣病に罹患していると認定する旨原告に信頼させたことはないから、反論の要を認めない。
 なお、原告は、被告が、病理解剖をすべきであったとか、環境庁に申請すべきであったとか、カルテの保全をすべきであったと主張しているかのように述べるが、被告の主張を正解しないものである。

(5) 不当形成の排除の法理・失効の法理を根拠とする原告の主張について
 原告のいう不当形成の排除の法理については、同法理の要件及び効果について原告がいかなる主張をしようとするのか明らかでないが、そもそも原告が主張する事実関係が存在しないから、主張の前提を欠いており失当である。
 また、失効の法理については、少なくとも行政庁の権限の不行使を相手方が信頼し、これが法的保護に値することが必要であると解されるところ、原告の主張によっても、原告は本件申請者に対する処分について毎年のように県に問い合わせたが、いつも「検討中」などの回答を受けるにとどまったというのであるから、被告が棄却権限を行使しないと信頼したどは到底解されず、同法理の適用場面でないことは明らかである。

第2 水俣病認定の立証責任は原告が負担すること

1 第6準備書面で主張したとおり、被告は、本件については、水俣病認定要件に該当するか否かが真為不明の事案ではないと考えるが、論理的には、水後病認定要件該当性の立証責任が同該当性の判断の前提となるので、念のため、被告の従前の主張を補充する。

2 救済法3条1項の文理及び趣旨、水俣病認定処分は社会保障的性格を有する授益処分であること、原爆医療法8条1項に基づく認定要件である放射線起因性について判示した最高裁判所平成12年7月18日第三小法廷判決(松谷訴訟最判)からみて、水俣病認定要件該当事実の立証責任は原告が負担すべきものである。
 そして、本件で立証責任が被告に転換されることはない。その理由は、次のとおりである。(ア)立証責任の所在は、その性質からして、法的安定性、予測可能性が強く要求されるから、客観的に定められるべきものであって、個別具体的な事件ごとに決まるものではないし、訴訟における立証の経過により移動するものでもない。(イ)本件では、@被告には、本件申請者の処分までに長期間を要したことにつきやむを得ない事情があった、A水俣病の認定により特別な医療行為を受けられることになるわけでもなく、本件申請者は、生存中、認定を受けることにより救済法、補償法上受けられる医療費等に相当する給付を既に実質的に享受できる状況にあり、死亡後は、認定を受けることによって救済法、補償法上受けられる利益はなかった、B原告側においても、本件申請者の解剖の選択、環境庁への認定申請など、処分を早期に行う方法は存在し、証拠への距離も遠くなかった、C立証責任を転換することは本件申請者と同時期に申請して棄却された者との間で不公平が生じる。
 以上は、被告第4準備書面16〜23ぺ一ジで詳述したとおりである。

3 ところで、被告第6準備書面で明らかにしたように、本件申請者については、仮に、医療機関調査により資料を収集できていたとしても、水俣病認定に資する情報を発見することはできなかったであろうと推認される。原告は、被告が立証責任を負う理由として、資料が収集されなかったことにより水俣病であるか否かの判断資料が失われたことを主張するものと解されるが、そもそも、資料を収集しても水俣病認定に資する事実を発見できない以上、原告の主張は失当であり、立証責任が転換されることはない。

第3 証拠調べ(証人尋問及び原告本人尋問)並びに求釈明に対する回答の必要がないこと

1 証拠調べ(証人尋間及び原告本人尋問)について
 原告は、2003年2月17日付け証人申請書及び同年9月19日付け証人尋問に関する上申書において、岡山大学大学院講師津田敏秀、ジャーナリスト宮澤信雄、元熊本県環境公害部長永野義之及び平成6年7月1日に原告の相談に応じた吉田早苗の各証人尋問並びに原告本人尋問の申出をしている。
 これらの人証によって原告の主張する取消事由のいずれをどのように立証できると原告が考えているのかは明らかでないが、原告の主張する「手続的瑕疵」を理由として棄却処分を取り消すととができないことは理論上明らかであり、原告申出に係る人証を調べてもその結論が左右されることはない。
 また、本件申請者が水俣病であったことを理由として本件処分を取り消すことができるかについても、原告申出に係る人証を調べることによってその結論が左右されるとは考えられない。
 したがって、原告申出に係る証人尋問及び原告本人尋問は、いずれも必要性がないというべきである。

2 求釈明について
 被告は、被告第5準備書面において、原告の2003年8月4日付け第11準備書面における求釈明の申立てのうち第2ないし第10については、訴訟の円滑な進行に協力するという観点から回答したところである。
 しかしながら、これまでの被告の主張したところにより、原告の請求が、「手続的瑕疵」を理由とするにせよ、本件申請者が水俣病であったことを理由とするヒせよ、速やかに棄却されるべきことが明らかになった。そこで、被告は、残された求釈明事項については、円滑・迅速かつ適正な裁判の要請に照らし、回答の要がないと思料する。
 ただし、従前の経緯にかんがみ、以下の点についてのみ触れておく。
 まず、求釈明「第11 夫検診者の取り扱い」の1については、本件申請者の「申請当時」、関係市町、医法機関を通じて申請者が死亡した場合には解剖(出検)を受けることを勧めていた。しかしながら、原告は、冒頭意見陳述で述べたとおり、自ら本件申請者について「解剤はしない」と決めたのである(もちろん、解剖を受けることが強制されるものではない。)。
 なお、本求釈明の趣旨は、「申請当時」より後に発出された昭和52年通知が「認定申請後、審査に必要な検診が未了のうちに死亡し、剖検も実施されなかった場合などは、水俣病であるか否かの判断が困難であるが、それらの場合も曝露状況、既往歴、現疾患の経過及びその他の臨床医学知見についての資料を広く集めることとし、総合的な判断を行うこと。」としていることをとらえて、これに沿った方針に基づく処理が行われていたか否かを問おうとしているものと解されなくもない。そうであるとすると、被告は、未検診死亡者にづいて、昭和52年通知の趣旨に沿って、医療機関調査を行い、審査会に対して諮問を行ったことはある(その例として、甲第10号証及び11号証の各1、2。また、このような取扱いが従前行われたことがあるものの、やむなく中断したという事情については、甲第12ないし第15号証及び乙第77ないし第79号証参照)。
 しかしながら、既に触れたように(被告第4準備書面13ぺ一ジ)、水俣病罹患の有無を民間資料により判断することは、民間資料があるものとない者の間に不公平を生じるだけでなく、民間資料は、内容がまちまちであったり、とられた所見の正確性に疑問があったり、必要な所見の記録が内容として乏しいなど、公正性の点で問題があるものが少なくなかった。
 その上、いかなる民間資料も申請者の死亡のみを理由に一律に公的検診による資料と同等に扱われるとするならば、公的検診が求められている生存者の場合と比しても公平さに欠けることは論を待たない(特に、昭和55年9月以降は検診拒否運動が開始され、認定申請して処分を求めているにもかかわらず検診を拒否する者が増加していた。このような状況下で、民間資料の取扱いが大きな問題であったことは明自である。)。
 そして何より、生存者救済の必要性にもかかわらず、熊本県は膨大な未処分者を抱えていたことから、被告は、昭和56年以降、未検診死亡者については、審査会に対して諮問すること自体、中断せざるを得なかったのである。
 また、医療機関調査は、県の職員が医療機関に赴き、診察を行った医師から話を聞き、当該医師の許可を得てカルテの内容を転記するなどの方法により行っていた(当時のカルテに対する意識からは、電話や文書による依頼によりカルテを送付してもらうことは考えられなかった。)が、本件申請者については、この諮問中断までの問に医療機関調査及び諮問が行われるに至らなかった。この間、本件申請者を殊更に不利益に取り扱ったという事情はうかがわれないし、未検診死亡者を放置していたわけでもない。同様に、諮問中断後も、本件申請者を含む未検診死亡者の処理は、被告にとって検討課題として残されていたこともいうまでもない(その意味で、原告からの電話照 会に対して、「検討中」と回答しても誤りではない。)。
 なお、原告は、裁判所の送付嘱託、証拠保全等によらずとも、病院に電話をかけさえすればカルテのコピーが入手できると考えているようであり、求釈明の「第12 カルテ収集」の1も同様の発想に基づくもののようであるが、これは、カルテの開示について、平成11年4月に日本医師会が「診療情報の提供に関する指針」を策定し、同年7月に医療審議会が「医療提供体制の改革について(中間報告)」を発表するなどの、近時におけるカルテに対する考え方を前提とするものであることを指摘しておく。

第4 結語

 以上のとおり、原告の請求は理由がないことが明らかであるから、遠やかに棄却されるべきである。

トップ > 法廷の経過一覧 > 被告第7準備書面